7月
被災地における苦悩のWパンチ
2020/07/14
日曜日の夕方に鹿野町を車で通過しました。かちみ園の所の蓮は葉ばかり繁っている感じでしたが、そば道場の畑は満開でした。当寺にも蓮を植えた鉢がありますが、小さな葉が伸びるだけで蕾をつけることもありません。この時期の代表である蓮ですから鹿野ではゆっくりと鑑賞したかったのですが、急いでいたので素通り。当然に写真も撮っていませんので、いつかゆっくりと鑑賞したいものです。
ところで、鳥取でも新型コロナの陽性5人目が出て慌てていますが、豪雨による甚大な被害を被っている熊本ではもっと大変とのこと。県外から来てくれた保健関係の職員数名から陽性反応が出て、被災地ではその対応(濃厚接触者の検査や被災者の体調確認、徹底した消毒作業等)も加わってバタバタだとか。そして、球磨村の人達は被災とコロナに対する不安とがWパンチとなって心身ともにくたびれ果てているとのことです。安倍総理は被災地に出かけて黙祷したそうですが、以前に被災地の県関係者が「政府関係者が来ると対応に時間が取られるだけで邪魔」と言っていた新聞記事を思い出しました。中には県職員におぶさって水たまりを越えた議員もいましたし・・・。「顔を売るチャンス」と考えているような議員達では、《支援者の1人》という立場で名前を隠して温かい食事を振る舞っていたSMAPの中居さんのようにはなれないのでしょうね。

「人は世に連れ、世は人に連れ」ですか
2020/07/13
昨日は午前中に1件のご法事を勤めさせていただき、午後から同派寺院の永代経法座に参列させていただきました。その寺院はWebで本堂の様子を集会室等に中継するだけでなく県外のご門徒(希望者のみ)にもご法事のネット中継が出来るようにしておられました。お墓にしても今では《洋墓》なるものが数多く造られていますし、納骨の方法も《散骨》や《樹木葬》等を希望される方がおらると聞いています。お寺の在り方もどんどんと変化してきている現在、ご法義の伝道にしても、これからはどんどんと形を変えていかなくてはならない時代になったということでしょうか。そう言えば、今は当り前になっているご法事や葬儀での法話も先代の頃はなかったようですし、手作りの新聞(寺報)やホームページによる広報活動なども今の代になってから始めたものです。「人は世に連れ、世は人に連れ」とも言われますが、やはり《時代に合わせた動き》が求められるのであって、それに乗り遅れると大変なのでしょうね。(もっとも、機械オンチの私には言葉を理解するだけでも「???」の連続ですから、とてもとても・・・)

寺田寅彦の言葉が身にしみることです
2020/07/12
やっと昨日から寺報の原稿作成に取りかかりましたが、何度か着き直しても内容に不満が生まれます。そのせいか、夜中に目が覚めると「どう書き進めようか」ということばかりが頭に浮かんでなかなか寝付けません。これが《産みの苦しみ》なのでしょうかねぇ。
ところで、今日の新聞に寺田寅彦のことが載っていました。今回の豪雨による災害もそうですが、大きな災害が出る度に寺田寅彦の言葉が使われます。そう、「災害は忘れた頃にやってくる」というものです。「50年に一度の災害」にしても「命を守る行動を」にしても毎年のように聞く言葉ですからもはや『耳にたこ』的になっていますが、それでもこのような災害に対しては「またか」ではすまされないものがあります。それは、常に《命》に関わっているものであると同時に長年築き上げてきたものすべてがなくなってしまうからであり、その後には悲しみしか残らないからです。「またか」とか「耳にたこが出来た」と感ずるものは、どこかの総理が使う常套句(「総理である私の責任です」「しっかりと説明責任を果たします」等)だけで結構です。
(今や、プランターの中は綿の苗でビッシリになっています)

鳥取にも洪水警報が出ました
2020/07/11
九州だけでなく中部方面にも被害をもたらしている今回の豪雨ですが、昨日から今日にかけて各地に大雨洪水警報が発令され、鳥取にもとうとう洪水警報が出ました。指定地区は鳥取北部・智頭町・八頭町・若桜町などですが、ここに降った雨水は一級河川の千代川に集まって下流に流れていきます。去年はこの川が流れている用瀬(もちがせ)町で「あと10㎝で橋を越える」というところまで降ったことがありました。それでも昨夏は猛暑続きで逆に水不足に陥り、年が明けてもまったく雪が降らないで殆どのスキー場が開業できないという異常な事態に陥りましたが・・・。そして、今年もコロナ禍とともに豪雨と洪水による被害が数多くの県に広がるということは、まったく予想だにしていませんでした。幸いにして、たった今(7時29分)「解除になった」とのニュースが流れましたが、それまでは心配で心配で・・・。政府は今回の災害を《甚大被害指定》にすると発表していますが、いっそのこと「国会議員に渡したボーナスを全員から回収してそれを支援金に充てる」という発令もしてもいいのではないでしょうかねぇ。たった1人の立候補者にポンと1億5千万円出した《太っ腹》な議員の集団なんだから、それほど困ることでもないでしょう。

エアコンを掛けても換気で開放状態です
2020/07/10
今朝もラジオで九州(南部・北部とも)に大雨が予報されていました。数日前の豪雨と洪水に続いてですからまさに「泣きっ面に蜂」でしょう。そんなニュースを布団の中で聞くことに何か罪悪感を感じてしまいます。鳥取もこの1週間の天気予報は雨続きで、今朝も降っています。雨だれの所にバケツを置いて貯まった水を植木に掛けてやるようにしていますが、この1週間はその作業も《休止》状態。それがいいのか悪いのかは別として、今もって花が萎れかけている紫陽花の剪定も済んでいません。しかし、こんなうっとおしい天気だからこそ本堂にお参りの方には高湿度が厳しく、ここ数日は出入り口を解放したままでエアコンを動かしています。これでは冷気も逃げてしまいますので本当は来月の電気代の請求書を見るのが恐いですが、これも《換気》のためには仕方ないことですし、雨の中にお参りしていただけるだけでも有り難いことだと思っています。
そう言えば、胡瓜の苗のうち1本の葉の色が以前から悪かったのですが、ご門徒から「虫が付いている」とのことで抜いてしまいました。今は濃い緑の葉をした2本だけになっています。

寺報の原案がサッパリ浮かびません
2020/07/09
「今年は1日限定の特別という形でしたがそれでもやっと永代経法座が終わり、本堂の片付けも済んでホッとしています」と言えればいいのですが、盆参りの案内にもなっている寺報の原稿がまったく出来ていません。いつもでしたら「今号はこれについて書こう」と原案がすぐに思い浮かぶのですが今回はさっぱりで、こんなことは初めてです。昔から何か一つでも案が浮かべばそれを土台にして書き進めることが出来たのですが、今回はそれも思い浮かんできません。一体どうしたのでしょうか。最後の手段としては永代経法座で話したことを元にする方法があるのですが、どうもそれも気が進みません。何か書きたい気持ちもあることはあるのですが、それがうまく形になってこないので、困っている現在です。一度頭を空っぽにすることもいいかもしれませんが、1日1日と時間が過ぎると気ばかりあせって・・・。まぁ、明日と明後日は何も予定がないので、じっくりと考えをまとめてみます。
玄関横ではキュウリの蔓がここ数日でグンと伸び始めました。黄色の花をつける日が心待ちされることです。

今年の永代経もなんとか・・・
2020/07/08
昨日は40名近い人のお参りがあり、住職の拙い法話でしたがありがたいことでした。法話はコロナという名前の意味を導入にしてそこからコロナに翻弄される人間の弱さへと続け、その根底にある《三毒》につなげました。そして、それから逃れる手段としての《四諦八正道》へと話を続けた前半と、生命の鎖としての親の数を一休禅師の米倉の話を引用しながら30代まで遡り、そこから《縁起》と《同朋》へと話を続けた後半。時には脱線しながら前後併せて80分近いものになりましたが、今年は特別に1日だけの法座でしたのでなんとか法話も終えることが出来ました。相変わらず「授業のような」ものになったと自分でも思っていますが、つくづく講師の力量には頭が下がる思いです。
今朝は打敷を初めとして本堂の椅子の配置替え等、復元に一汗掻きました。

災害対策は今のままでいいのか
2020/07/07
九州は沖縄県も含めて8県ですが、その中の5県に警報が出ています。中でも球磨川は一級河川でもあり、同じ一級河川の千代川が心配になりました。当寺の前にも川(袋川)が流れていますが、何年も前に河川工事で新袋川が整備されたので水はそちらに流れ、「昔は河口から舟が登ってきた」と言われた袋川も今では水量が減っています。その袋川もこのような大雨では水量が増しますが、殆どはのり面の上くらいで収まっていて、高校時代(50年前)に県庁前の増水で漕ぎ出された小舟の姿が最後の記憶です。
報道にもありましたが、わずか数十分程度で車が流されるほどの大量の水が襲ってきたときの恐怖はとても筆舌に尽くせないことでしょう。しかし、毎回言われている「50年に1度の・・・」とか「未だかつてなかった」との定型句がもはや《常套句》ではないかと思われるほど繰り返される今、根底から災害対策を考え直さなければならないのではないでしょうか。

本堂の供花とその苦労話
2020/07/06
昨日は本堂と仏間の花生け。仏間はサッと(簡単に)出来ましたが、本堂はいくら3ケ所(本尊と両脇)とは言ってもやはり時間も体力も必要です。本堂の耐震工事の時に庫裡も改装して水場を本堂の近くに設置したので楽になりましたが、それまでは亡母も私も後門が花生けの場所であり、狭い廊下と遠い水場で苦労したものです。その頃に母から花瓶の後ろ側に太い枝や板を差し込んでしっかりと留めることも教えてもらいました。今はオアシスや赤銅の筒を使って生けていますので昔ほど体力が必要ではなくなりましたが、それでも年齢が進むにしたがって体力は落ちますので、結局は「花生けは《体力勝負》」とは縁が切れそうにありませんね。とりあえず、これを書き終わったら花を長持ちさせるために花瓶の水を取り替える作業に取りかかりましょうか。
境内では紫陽花が既に終わりを迎えても真夏の代表であるサルスベリはまだ蕾状態ですが、昨日は市内のあちこちで薄紫や白の木槿(ムクゲ)が咲いていました。これを見ると、やはり「夏近し」なんですね。
(今日の写真は、円護寺墓苑の通路で咲いていたものです。名前は知りませんが・・・)

花生けは《工夫》と《体力》勝負です
2020/07/05
いよいよ明後日は永代経法座ですが、今年はコロナ禍で山口の御講師には(県をまたいでの移動自粛もあり)お詫びの連絡をして私が法話をすることになっています。《3密》の関係もあって毎年2日間だったものを今年のみ1日だけと総代会で決りましたが、今日は午前中に月参りがありますので、供花の準備は午後から。打敷やお供えは明日の予定ですが、問題なのは夏は供花があまり長持ちしないこと。薬を入れたりしていろいろと工夫するのですが、やはり一度茎を切って土から引き離したものはどうしても長持ちしませんね。特に茎が細いものは水揚げも悪いし、かといってグラジオラスの花は開くとすぐに萎れるし、向日葵は葉が黄色になるし、アカバンサスはすぐにパラパラと散るしで、花を選ぶことにも苦心します。以前に華道の先生から「ミョウバンを切り口につけると、水揚げがいいですよ」と言われていましたし確かに今までもその効果は十分にありましたので、とりあえず今度もそうしてみようとは思っています。もっとも、花の種類によっては水揚げの方法が違い、蓮は茎に水をポンプで入れる(最初にホースに水を入れておくと水が吸い上げられるのと同じ原理)方法ですし、「ススキはウィスキーや焼酎につけてからにするといい」とか・・・。こうなると、花生けも《工夫》と《体力》勝負なのですね。

コロナ禍よ、早く収まれ
2020/07/04
夕べはお通夜参りをさせていただきました。盆参りの時にはいつも抹茶を立ててくださった方ですので、そんな思い出も加えながら話をさせていただきました。しかし、ちょうどコロナ禍の時期に入院しておられたとのことで、「それでは、なかなか見舞いにも行けなかったのではありませんか」と言うと、「入口で着替えを渡すだけとか、たとえ出来ても5分程度でした」とのこと。自粛も解除されてやっと見舞いが出来るようになった途端に出た今回の4人目の陽性反応ですが、これでまた以前のようになるのでしょうか。当寺のこ門徒にも怪我等で入院されている方がありますので見舞いに行きたいのですが、もしかすると「家族以外はダメ」と言われるかもしれません。10年以上前にも病室まで見舞いに行かせてもらえないことがありましたが、それが家族であればなおさら行く方も待つ方も会えないのは寂しいことでしょうね。一日も早くコロナ禍が収まってほしいものです。

鳥取に4人目が出ました
2020/07/03
コロナ罹患者が東京では2ケ月振りに100名超となりました。遠く離れた鳥取では「大変だなぁ」程度に感じている人も多かったことと思いますが、それに冷や水を掛けるようなテロップが夕べ8時前に入りました。
普通なら数秒で消えるはずのテロップが30秒近く出たままですので心配になり、その詳細が知りたくてすぐにニュース番組の有無を調べましたが、あいにくと1時間後。やっと地方版の番組を探して知事や市長の報告を聞きましたが、2人とも言葉がくぐもってよく聞き取れません。普段でも口をハッキリと開ない発言は聞き取りにくいものですが、今回はマスクをしているので余計に口が開けられなかったせいか余計にくぐもった発言となったのでしょう。音量を上げて耳をそばだてても何を言っているのか分からず、直後に画面に出る報告のまとめでやっと最小限のことは分かりましたが、これからは台風による避難情報等の報道も出てくるでしょうから、このような緊急事態時における内容を放送する場合には、視聴者にとって「聞き取りやすく理解しやすい」ものにしていただければ幸甚です。

素晴らしい話は民族や国に関係なく存在する
2020/07/02
以前に本山の図書購入補助券を使って数冊の本を購入したことを書きましたが、その中の『羽の水』という仏典童話集に『旧雑譬喩経』から採った『羽の水』というものがあります。ヒマラヤの麓の竹林に住んでいた1羽のオウムが、竹林の火事で仲間が死にそうになっているのを防ぐために羽に水を含ませて竹林と池とを何度も往復する、という話です。釈尊は聞いている人に合わせてたとえ話を替えて説かれたそうですが、そのたとえ話は釈尊の創作だけでなく昔から伝わっていたものもあります。先週の新聞に、コロナ禍で困窮している南米エクアドルの人達を救うためにそこのプロチームでプレーしていた元サッカー選手を中心にした支援活動があった記事が載っていましたが、その名前が《ハチドリのひとしずくプロジェクト》でした。この名前は現地先住民の民話にあった山火事を消すために一滴ずつ水を運んだハチドリからつけられたものですが、仏典童話とまったく同じ内容に驚くとともに、「他を救うために身を削って努力する」ことの素晴らしさを伝える話は国や民族に関係なくあることを知らされました。
たとえ大切な議会に出席しなくても我々からすれば「目を見張る」程の満額の給与や賞与を貰える議員に聞かせたい話ですね。

市仏教会の精霊送りが実施と決まったそうです
2020/07/01
いよいよ今年も半分が過ぎ、今日から7月(文月)に入りました。7月の永代経法座と8月の盆参り等、ますます多忙の日々になりそうです。
ところで、盆参りと言えば鳥取市仏教会が毎年8月15日に実施している《精霊送り》の内容が決まったそうです。若桜橋の下で実施した年もありましたが、殆どは先代川の土手で実施していました。しかし今年はコロナ禍もあってどうするか検討していたそうですが、結局「建物内なら雨天でも可能」ということで、市内の葬儀社の協力を得て実施するそうです。しかし、いくら「消毒をしっかりする」とは言ってもこの行事にお参りする人は多く、島根方式のように《焼香がすんだ者はそのまま帰る》ということになるのでしょうか。もっとも、浄土真宗では「仏は常に側にいてくれる」という教えなので「仏がやってくる」とか「帰る」という考えはなく、したがって《迎え火・送り火》もなければ精霊送りもしませんが・・・。とにかく、当寺も盆参りがありますから、早く収まってくれないと困るのですがねぇ。
(7月は咲き始めたノウゼンカズラの写真から始めます)

6月
レジ袋有料化の理由が分からない
2020/06/30
6月も今日で終わり。年明けには雪がまったく降らなくてスキー場も困っていましたが、まさかその2ケ月後にこんなことが起るなんて予想だにしていませんでした。そして、コロナコロナで明け暮れた4~6月でしたが、その6月も今日で終わり。今年も半分が過ぎたことになりますが、明日からは新たにレジ袋の有料化が始まります。
ところで、この有料化の構想は以前にもありました。その時の理由は「石油の消費を抑えるため」でしたが、今回は「海洋汚染(マイクロチップによる汚染)を抑えるため」とのこと。そのため、政府からは「植物性バイオマスが25%以上含まれているものは無料」との指示もあり、そちらに切り替えて無料を続ける店も出ています。しかし、レジ袋はプラゴミの中のわずか数%である上にバイオマスが入っているものが「環境に優しい」ことは全くなく、逆にバイオマスの材料を作るためには大量の植物が必要になり、そのために多くの樹木やトウモロコシ等の植物が刈り取られるので、逆に酸素を生み出す森林が減少する原因にもなっています。しかも、「環境に優しいから、捨てても土に戻る」と言われているそのバイオマスの袋ですが、捨ててもプラ部分は溶けないし、バイオ部分も腐食した時には一酸化炭素やメタンガスを吐き出すので逆に「温暖化現象」の一因でもあり、国連でも警鐘を鳴らしているのですがねぇ。本当に、政府による説明は「すべて結論ありきの後付け」なのだということがよく分かります。

シンの通った記事が読みたい
2020/06/29
過日「蒸し暑い」と書いたのがきいたのか、今朝はさわやかな一日の始まりになりました。じっとりとした空気よりも青空とサッパリとした空気には、やはり心も軽くなりますよね。
ところで、ローリング・ストーンズと言えば我々の年代には懐かしいグループですが、今朝のニュースで「トランプ氏が自分たちの曲を勝手に使うことを禁ずる」と宣言したとのこと。「これを破れば法的処置を執る」とまで言っているそうですが、その辺はやはりアメリカ的ですね。「自分の言いたいことははっきりと伝える」という強い意思とそれに対してハッキリと是非を伝える司法の態度には今の日本(政府関係)も見習ってほしいものです。新聞を隅から隅まで目を通すことから一日が始まりますが、特に最近の報道には1本心が通ったような記事が少ないように思われます。それが日本的な《玉虫色表現》なのかもしれませんが、少なくとも忖度だらけのコメンティターや芸能人の不倫に時間を割くような番組は見たくもありません。

言葉はその奥に多くのものを含んでいる
2020/06/28
当寺では年間5回の時報発行をしており、前号では「自慢」について書きました。「《慢》は《慢心》の意味で、自分を人よりも高い位置に置く心を意味する」というようなことを書き、最後に「《我慢》も同じことですよ」と結んで終わりましたが、昨日おいでになったご門徒から「どうして我慢が同じなのですか」と尋ねられたのです。《我慢》は確かによく使われる言葉で、「我慢しなさい」とか「よく我慢したね」というようにいい意味として使われます。「それがどうして《自慢》と同じなのか」と言う質問でしたので、こう答えました。「確かに《我慢》はいい意味でよく使われます。しかし、我慢をする人にとっては、『自分はもっと出来るのに』とか『どうして自分が・・・』という反発する気持ちを押さえつけることになり、もともとそんな気持ちがないならば『押さえつける』ことをする必要もないはずです。その意味で《我慢》も同じなのです」と。勿論「自分の方が上」だという意識を表に出す《自慢》と押さえつける《我慢》とは本質が違っていますが、根底においては似たようなものを含んでいますよね。
言葉は使う場所や場面や相手(TPO)によって意味が違ってくることもありますからよほど意識して使わないと大変なことになりますが、何故か政治家の言葉ほどは「軽い」ものはないですね。

夏の直射日光は厳しいなぁ
2020/06/27
昨日は雨が上がってから気温が上がりました。と言ってもここ数日の夏日よりも数度は低かったのですが、それでも大雨の後の高温ですから、湿度が一気に上昇。私の一番苦手な《高温多湿》状態になり、身体がだるいのと肩コリによる頭痛ですっかりダウン状態いに陥り、扇風機をかけても、風が直接やってくるとますますだるさが増すばかり。そのために少し上を向けて回しましたが、今までこんなことはなかったのでにさすがに突然の《高温多湿》になった昨日ばかりはまいりました。水槽の中でゆったりと泳いでいるメダカが羨ましくなるほどです。梅雨とくれば紫陽花が連想されますが、境内にある鉢植えの赤い紫陽花は既に花が終わろうとしていますが、ドウダンツツジの裏に置いている青の紫陽花は(1輪だけですが)元気いっぱいです。これは直射日光に当たっていないせいでしょうから、そう考えると人間にも植物にも夏の直射日光は危険ということでしょうかねぇ。おまけに今夏は《マスク着用》という今までになかった生活様式まで加わっていますから・・・。

ゼブラフィッシュの実験を議員に見せたい
2020/06/26
昨日夕方のニュースを見ていたら、理化学研究所の面白い実験が報告されていました。『腹が減っては戦が出来ぬ』が本当に正しいのかどうかという実験結果です。「餌をやっていないゼブラフィッシュとやっているものを一緒の水槽に入れた場合、どちらが勝つか」というものですが、結果は空腹の方が勝ちました。研究員の報告では「空腹が神経回路に作用し、『生きたい』という意識が勝ったようだ」とのことですが、その結果報告を聞いて「ぬるま湯につかっているような国会議員に聞かせたい」と思ったのは、果たして私だけでしょうか?世界でも有名なフォションが破産しましたし、日本でも老舗の旅館や長年愛され続けてきた食べ物屋が店を閉めました。また、今回のコロナ禍ではバイトで生計を補っていた学生達も収入がなくなり、1日1食にしたり退学を考えている者もいると聞いています。でも、自分から「辞める」と言わない限り国民の税金がいつまでも《給与》として流れ込んでくる議員には分からないでしょうね、そんな人達の苦悩は《他人事》ですから・・・。
(アカバンサスも向日葵のように同じ方向を向くのですね)

今朝は地震のニュースで眼が覚めました
2020/06/25
玄関の横にはいつもテッセンの鉢を置いていましたが、1週間ほど前に胡瓜を植えたプランターにしました。やっと蔓が1~2本出てきた程度でそんなに伸びていないから玄関横とは言ってもあまり気づかれないだろうと思っていましたが、それでも気づく人は多いのですね。何人かから「キュウリが植えてありますね」と言われています。中には「100個ほどなるよ」と言った人もあるそうですが、たった3本の苗でしかもプランターですから、どんなに多くても10個ほどだと思っています。それでも収穫の出来る日が楽しみです。なお、苗の1本はプランターではなくて鉢植えですが・・・。
今朝は地震(震度5弱)発生のニュースで眼が覚めました。アナウンサーが震度4や3の地区を言っていましたが、早口で言わないといけないほど多くの地区でした。「津波の怖れはない」とか「今のところ、被害を受けたとの届け出はない」ということでホッとしましたが、最近は地震が多発していることもあって一瞬《南海トラフ》の前ぶれかと思いましたが、そうではないとのことで、また安心したことです。

境内の剪定に入ってもらいました
2020/06/24
年に2回、境内の剪定に入ってもらっています。最初は業者に6月頃に松を中心とした木々をしてもらい、報恩講前にはご門徒にお願いして初夏にしなかった木々(サルスベリや蜜柑やノウゼンカズラ等)をしてもらっています。今回は特に菩提種を初めとして新芽が伸び放題になっている椿や梅も切ってもらいました。おかげで台所の窓の《目隠し》がなくなったようですが、育ちすぎた木の下でうずくまっていた椿や山茶花も伸びることでしょう。もっとも、「山門横の松は少し元気がないので、今年は肥料だけにして、剪定は来年にしましょう」とのこと。また、昨冬に花が咲かなかった裏庭の山茶花の木も今年の剪定は中止しました。何ごとも専門家の意見を取り入れることが大切ですからね。
昨日の写真は鉢植えにしていたバラですが、石塔の陰から朝日が当る場所に置き換えていたものです。本当はもっと大きな花だったはずですが・・・。今日の写真は、台所の前に咲いているクチナシにしました。

裏庭の草取りがやっと終わり増した
2020/06/23
スパコン富岳が1秒の計算能力を含めて4部門で世界一。何年か前には「2位ではいけないのですか」と問うた議員がいましたが、スパコンは単なる《計算機》ではなくて科学・医療・経済等で求めたものに対する《回答》を導き出す人工知能であり、最近では「車内における飛沫の動き」がシミュレートされましたが、それも富岳が導き出したものです。そう考えると、スパコンは身近でも使われているのですよね。
ところで、昨日の午後から裏庭の草取りをしましたが、1/4程度し終わってダウン。そのため、今朝は5時から続きをして2時間掛けてやっと終わりました。もっとも、苔の中にある2㎝程度の草は根まで抜くことが出来ず、しばらくすればまた伸びてくると思います。それでもなんとか綺麗にはなっていますが、腰や指先は痛いし立ち上がるとフラッと眩暈がするしで、今日一日使い物になりそうもありません。つくづく《年齢》を感じます。

それは『進化論』の誤用例にもありますよ
2020/06/22
アベノマスクで失敗し、星野源とのコラボで失敗し、給付金の支給で失敗し、唯一当てにしていた検察総長の定年延期で失敗し、加えて元法務大臣が逮捕されるという事態で完全に立場のなくなった安倍総理が「政治生命を懸ける」と言い続けた《憲法改定》ですが、ついに「ここまでやるか」とあきれて口がふさがらないものが発信されました。
ダーウィンの『進化論』は誰にでも知られている説ですが、この『進化論』を人間社会に当てはめて《優勝劣敗》による人間の自然淘汰を唱え、優性であるゲルマン民族との血の交わりを否定して数百万人ものユダヤ人の虐殺を命じたナチスドイツの存在から「進化論の安易な政治への応用は危険」との考えが生まれ、しかも現在ではその『進化論』の《誤用例》さえも提示されているのに、その《誤用例》をそのまま使って《堂々と》「今こそ憲法改正が必要である」と、自民党のウェブサイトやツィッターで発信しているのです。そこには「最も強い者が生き残るのではなく、最も賢い者が生き延びるのでもない。唯一生き残ることが出来るのは、変化できる者である。だからこそ、これからの日本をより発展させるために、いま憲法改正が必要と考える」というものですが、これがどれほど《国民を馬鹿にした言葉》なのかということが分からないとは、あきれて口がふさがりません。
(せめて《口直し》に、綺麗な花でも見ましょうか)

雑草を抜いてやらないといけないのに・・・
2020/06/21
今朝もさわやかな夜明けを迎えました。境内に置いているメダカの簾も今朝は外して、太陽をいっぱい浴びさせます。これが真夏ならば水温が上がってくるので外すことはしないのですが、たまには《日光浴》もいいでしょう。この鉢からは2回睡蓮が咲きましたが、今は蕾もないようです。もしかすると、今年はもう咲かないかもしれませんね。それに反して、裏庭の雑草は苔を覆うほどに生えています。早く抜いてやらないと大変なことになりますが、以前に雨とヤブ蚊の攻撃にあったので、あと一歩踏み出せません。一度踏み出せばなんとかなるのですが・・・。《体力》と《気力》の減少にかこつけて動いていない昨今ですが、亡母が突発の脳内出血で倒れたのが72歳の11月(ちょうど父の誕生日でした)で私も5ケ月後にはそれと同じ年齢になりますが、この時期になるといつも朝早くから草取りをしていた母でしたから、それに倣って私も頑張らないといけないのですがねぇ。どこかの総理と同様に、なかなか《思い》に《行動》が伴ってこないことです。

気温の変動に体調がついていきません
2020/06/20
昨日は「寒い!」の一言。郵便局に投函に行くだけでしたが、半袖が寒いと感じたのは今年初めてでした。テレビで誰かが「20度を切って寒いと感じるとは、異常ですよね」と言っていましたが、本当にそう感じた昨日でした。数年前の盆参りでは《熱中症》で15日の朝は立ち上がれなかったことがありました(点滴を受けてお参りに出た)が、今年のように不安定な気温の連続では体調管理が難しく、また《悪夢》が蘇りそうです。とりあえず盆参りは例年通りの予定(コロナが拡大しない限り)ですが、盆の期間だけはコロナよりも猛暑(酷暑?)の方が恐い私です。なにしろ真夏でも下着・襦袢・白衣・法衣と4枚も着ているのですからね。
ところで、以前「泰山木の古葉が若葉に席を譲っている」ということを書きましたが、いよいよ真っ白の花を咲かせる時期になりました。葉の陰にあるので写真を撮るのが難しいのですが、両の掌で包み込んでいるかのようにふっくらとした花です。

本山より本を購入しました
2020/06/19

本願寺出版部への注文書に押印を忘れていたので送り返されました。すぐに押印して再送付しましたので、注文した本が5冊届きました。『本願寺ものがたり』『救いの源流』『赤いバラは赤いまま』そして仏典童話集『羽の水』と本願寺の書院等にある花卉図を纏めた『本願寺に咲く花』の5冊です。特に『本願寺に咲く花』は今まで念仏奉仕団対参拝で何度も訪れて拝見していた各部屋の花ですが、今改めて本を見ると、気が付かなかった(と言うよりも、そこまで熱心に見ていなかった)ものも数多く載っていて、新鮮な気持ちになります。その他の本もこれから時間を見つけてゆっくりと読んでいくつもりですが、永代経法座の講話に使えるものがあればいいのですが・・・。今更ながら「人生は死ぬまで勉強」という言葉が身につまされることです。


自然観賞の機会になれば・・・
2020/06/18
玄関横には10年以上もテッセンの鉢を置いていましたが、過日に花も終わったので模様替えをしました。鉢を2つとも納骨堂の石碑奥に移動して新たにプランターを置いたのですが、実はキュウリです。昨日JAに買いに行ったのですが「時期はずれ」ということでありませんでした。しかし市内の種苗店には3本だけ残っていましたので、それを求めて植えたのです。テッセンの時には蔓が伸びても短くて日よけにはなりませんでしたが、これなら日よけになるほど伸びてくれるものと思います。それに、ご法事等でやって来る子ども達の《自然観賞》にもなる(もちろん、《実》も楽しみですが・・・)ことでしょうから。
小学校では学年を決めて夏休みに朝顔やミニトマトを育てさせるという課題もあるそうですが、「山や畑で走り回ることもしたことがない」という現代の子ども達にとっては、自然の力に触れることが出来るこんな教育があってもいいのでしょうね。当寺も広い庭があればもっと多くの《自然観賞》が出来るビオトープが造りたいのですが、現状では「夢のまた夢」です。だから、せめてキュウリの棚作りでも・・・
(キュウリの写真は苗がもう少し大きく育ってからにしますので、あしからず)

長崎土産の黄色のバラが咲きました
2020/06/17

数年前に義母の希望で一緒に長崎まで車で行ったことがありましたが、その時にバラ園で貰った苗が大きくなったので、鉢から地植えに替えました。当寺の土地は痩せているので植え替えるときには《花の土》と肥料を入れてやりましたが、それが功を奏したのか、黄色の花を開かせました。ただ、全体的に茎が細いので、いくつかある蕾が開き終わったら下の方を切って茎を太らせるつもりです。君子蘭や紫蘭や水仙が咲き終わった今は紫陽花が張り切っていますが、その側では花はなくてもフウチソウやシダや杉苔が鉢の中で緑の葉を伸ばしています。そう言えば、あでやかな花たちの中でひっそりとドクダミが白い花を咲かせているのも目につくようになりました。これらはまた別の機会に写真に載せようと思いますが、今日はしばらく続いた『紫陽花展』から視線を変えてみたいと思います。


国会が閉会します
2020/06/16

イージスアショアの配備計画が見直しになりました。秋田の場合には書類に不正(ヤマトの角度を意図的に替える)が見つかって県民の反感を食らったことが原因でしたが、山口では「発射後のブースターは、落下をコントロール出来るから安全」と言っていたのに、今になって「現段階的には技術的に不可能」とのこと。こんなことは最初から分かっていたはずなのに、《配置ありき》で動いていたものだから、誰も本当のことが言えないままに今日まで来たと言うことでしょう。沖縄の移転計画とその後の埋め立て工事とともに、全くの《国民無視》です。
昨日は大阪府知事と伝染疾患の専門家との対談が放映されていましたが、知事は「第2波・第3波における対応」について「大切なことは起こさないこと、発生源とその原因をしっかりと把握すること、弱者と医療従事者を守ること」として、それを具体的に説明していましたが、政府は「そんなことは起ってから考える」として国会の閉会を宣言しています。そのくせ、国民の10倍以上もある給与やボーナスは「貰えるものはきっちりと貰う」という態度ですから、「追求から逃れるため」の閉会と言われても「知らぬ存ぜぬ」の一点張り。本当にマックス・ウェイバーの説く『政治家の資質』とは真逆の《政治屋》根性丸出しですね。


今朝の青空は心にしみますね
2020/06/15
これほど青空が懐かしく思われたことはありません。昨日は夕方から盛んに「◯◯地区に洪水警報発令」などとテロップが流れるので親戚もあるために心配になりましたが、幸いにして長続きすることもなく解除されました。しかし、同じ《解除》でも東京の《自粛解除》では昨日も47名の罹患者が出ましたので、そちらは大変ですね。昨日はご門徒の娘様が来られましたが、「県外者ですので、ここから」と言って玄関の入口近くに立たれたままでした。こちらはそんなに気にしないで、宅急便の方とでもいつもと変わらず直接に対応しているのですがねぇ。よく見知っている人でもマスクで顔が半分隠れていると判別できないこともありますが、対面できないと余計に意思疎通が出来そうにありません。『新しい生活様式』とは言え、やはり顔を合わせて話すことが一番ですよね。
今日の写真は、30年近く前に同じ学校で勤務していた先生からいただいた青紫のガクアジサイです。大きな株でしたが、去年に生き残った小さな1株を植え替えてこれだけになりました。(昨日の紫陽花は、数年前の『父の日』に娘から貰ったものです)

これは台風の襲来ですか?
2020/06/14
今日も大雨で樋が全部の水を流すことが出来ず、あふれた雨水が盛んに流れ落ちてきます。いつもは濡れない玄関の入口も半分近く濡れていますので、隣の納骨堂に行くまでの数歩でも傘を差しての移動となりました。こんなことは台風以外では初めてです。ちょうど今ラジオで降雨量を放送していましたが、中国地方では24時間のうちに降る総降雨量が120㎜になるとのことで、大雨・強風・洪水警報が出ている地区もあるようです。これではもう台風時と同じですね。昨日のお寺参りの時にはちょうど小降りになったのでお参りの方(車は境内に駐めてもらいました)にとっては濡れなくて助かりましたが、今では数日前に「植木が弱ってきたので慈雨がほしい」と願った言葉を撤回したい気分です。列車では運行停止をした線も出たようですが、マスクもまだ届いていないし、給付金も今もって入金もされていないしで、さんざんです。

梅雨前線の襲来で大慌てです
2020/06/13
昨日は梅雨突入ということで納得の《ジメジメ感》になりましたが、午後から梅雨前線の影響で大雨。雨不足に対応するためにバケツを置きましたが、今朝は大型容器も3つのバケツもすべて満杯状態です。「乾燥→シトシト雨→大雨」がわずか1日のうちにやって来たので、驚いているのは人間だけでなくメダカもです。日陰を作るために立てかけてやった簾ですが、メダカにとっては《軒端》だと思われているかもしれませんね。しかし、この雨で困るのは我々も同じで、法衣の裾も足袋もずぶ濡れになります。かといって長靴を履いて行くわけにもいきません。3月のお参りでは坂道を登ってお墓に行くこともあって長靴を持参したことがありましたが、こんなことは特別です。確かに雨用の草履もあることはありますが、今回のような大雨ではあまり役に立ちそうもありません。せめて足袋の替えを持参しましょうか。
今日の写真は、亡母が茶室用に植えていたガクアジサイにしました。別名はシーボルトも言った『オタクサ』です。

日陰で弱々しくなった紫陽花に《反省》です
2020/06/12
過日(月曜日)、君子蘭を差し上げたご門徒より「いつ株分けをすればいいのか」と聞かれました。私は何度か株分けして鉢を増やした(増えすぎで困った)が、時期を意識して株分けしていないので早急には答えられません。でも「梅雨の投げ捨て」という言葉もあるくらいですから、「これからがいいのでは?」と答えました。今朝は境内に置いていた鉢植え(紫陽花)に花が付いているのを発見しました。なにしろ置いていたのが日陰でしたから、茎もヒョロヒョロしているし花芽が付いているとは思っていませんでしたが、その花を見て10年近く前に娘が『父の日』に贈ってくれた1株だったことを思い出しました。別の年の紫陽花はちゃんと手入れをしていたので今年もしっかりと赤い萼を開いていますが、こちらはうっかりと日陰に置いたままにしていたので、茎も白い萼も弱々しい姿です。「今度はちゃんと剪定して茎も太らせる様にしよう」と《反省》した今朝です。

いよいよ梅雨に入りました
2020/06/11
昨日の本堂でのご法事は暑かったですね。西側は庫裡に続いるために風が入ってくるということはありませんが、それでも東(公園)側と北(川)側の戸を開け放ち、外陣では扇風機も2台作動させていましたので、換気は十分です。しかし、問題は内陣の方。わずか一段高くなっているだけですがそれでも暖気は確実に上がってきますし、外気を入れるためとは言っても戸を開け放つことは出来ません。おまけに夏用の色衣は(見た目には透けて見えて涼しげですが)通気が良くありません。その法衣(下着も含めると4枚+袈裟)を身につけてしっかりと声を出すのですから、ご法事が済んだ後は下着まで汗びっしょりの状態です。
しかし、そんな暑かった昨日とは一変して今朝はドンヨリとした空気。天気予報ではいよいよ梅雨に入ったということですから仕方がありませんが、急激な《高温⇒高湿》の変化に身体の方が順応出来ません。これを書いている今でさえ身体も頭もスッキリしていません。睡蓮鉢の中で気持ちよく泳いでいるメダカたちが羨ましいことです。

メダカの稚魚が泳ぐ姿はどう表現すれば??
2020/06/10
昨日は午後から窓辺に置いていた水槽を取り除いて容器を取り替えました。ガラスの水槽では貝が発生して入れていたメダカの稚魚がいなくなったことから入れ物を取り替えたのですが、今度は稚魚がよく見えます。中に入れているものは100均で売っている台所用品を使って卵を産み付けやすくしたものですが、境内の火鉢に入れていたらメダカの卵がついていたのでこちらに移し替えてやったものです。今朝は1~2ミリ程の稚魚が10匹近く泳いでいるのが見えました。まさか一晩で孵ったのではないでしょうが、じっと目をこらして見ていると、赤ん坊のようにヨチヨチと泳いでいます。あっ、メダカに「ヨチヨチ」はないですよね。でも、少し成長すれば「スイスイ」という表現が当てはまりますが今の姿はどう見てもスイスイではないし、それに当てはまる擬態語がみつからないので仕方なく・・・。写真では小さすぎて写っていませんが、その姿には癒やされることです。ついでに、境内にあった睡蓮鉢を洗って水を張り、玄関に置いています。ここにも別のメダカを入れてやる予定です。
(『紫陽花の写真展』の予定でしたが、続きはまた後日に)

泰山木の落ち葉を集めたのでスッキリしました
2020/06/09
昨日のこの欄を書き終わってから、泰山木の落ち葉を掃き集めに出ました。山茶花や椿の下に潜って熊手で落ち葉をかき集めましたが、実はその作業の前にすることが・・・。納骨堂の石碑の奥にはタマノカンザシやバラなど10鉢近い鉢植えが置いてあるため、最初にそれらを動かしておかないと落ち葉が集められないのです。そのため、最初の仕事はそれらの移動。まぁ、何ごとも《手順》をちゃんと踏んでおけばスムーズにいくものですね。それから木々の下に潜って落ち葉を掻き出しましたが、昨日も書いたように大きくて硬い葉なのでちり取りよりも手で掻き取った方が早いため、ゴム手袋をしてそのままゴミ袋へ。かかった時間は1時間くらいでしたが、終わった後の境内はスッキリしています。残った仕事は鉢植えの復元だけでしたが、バラの鉢だけは陽がよく当たるように公孫樹の方に移動させました。しかし、落ち葉がなくなった途端に逆に目に付くようになったのが雑草です。今は土がカラカラに乾いているせいでうまく抜けないので、雨が降るまで待たないと駄目のようですがね。
今日からしばらくは『紫陽花の写真展(笑)』です。その後に挿し木が出来たらいいのですが・・・。

泰山木は今が新旧の入れ替え時期です
2020/06/08
この時期は新緑から青々とした若葉に移り変わっていく頃で、江戸時代の俳諧の「目には青葉 山ホトトギス 初鰹」がよく知られていますが、境内では唯一落葉している樹木があります。初夏に真っ白な花を咲かせる泰山木がそれで、花を咲かせる前に古い葉を落としていくのですが、この泰山木の葉は硬くて「放っておけば腐って堆肥になる」というものではありません。その上毎日のように落ちてくるので、木の下が落ち葉で埋まるだけでなくツツジの枝や植木鉢の上にも落ちてきて、それを取り除くのがまた大変です。硬い上に葉がそこそこに大きいのでゴミ袋もすぐに一杯になり、本当に掃除が大変です。
ところで、今朝は近所の方からいただいた数種類の紫陽花を写真に撮りましたので、明日からしばらくは《紫陽花の展覧会》的になると思います。とりあえず、今日は泰山木の落ち葉の写真にしていますが・・・。(誰か掃除を手伝ってほしいなぁ)

《慈雨》がほしい境内の植木達です
2020/06/07
「事業費に108兆円とか予備費に10兆円と宣言している中で『go to キャンペーン』の事務費の3000億円程度はすんなり通るだろう」というような意識が見え隠れする政治家の金銭感覚ですね。まぁ、国民からみれは膨大な給料でも、減らされることもなく《当り前》のように受け取っている議員達にとっては10万円を慈雨のように感じている国民と金銭感覚が違うのも当然でしょうね。
慈雨と言えば昨日は東日本では豪雨と聞いていますが、それを少しでも分けてほしい鳥取の降雨量です。今頃は人によれば「待ちに待った鮎釣り」が始まる時期ですが、雨量が少なければ鮎の食べ物である苔も育たず、遡上も出来なくなります。また、田植えが終わった水田にとっても(境内の植木達にとっても)大切な雨ですが、降雪がなかったことも加わって《水不足》が心配になる今年の夏です。なにしろ、6月に入ってから28度前後の毎日ですから、やっと昨日から温風機に変わって扇風機が各部屋に鎮座しています。

30度って6月の気温だったっけ?
2020/06/06
拉致被害者の元会長だった横田滋氏が87歳で亡くなられましたが、早朝のラジオニュースにあった総理の「全力を尽くしてきましたが・・・」に一瞬興ざめしました。「あなたが尽くしてきたのはモリ・カケや桜問題、検事総長の定年延期等に関する公文書破棄とコロナ禍の遅延をごまかすかのような大切な税金のバラマキだけだったのでは?(こんなにあると、一コマ漫画で収まりますかねぇ)」
今日は昨日よりも5度近く気温が下がり、半袖にしたのが失敗のように思われる涼しさです。と言っても6月はこの気温が正しいのであって、(以前にも書きましたが)私の高校時代は30度が真夏の気温でしたから、6月早々に30度になるなんて正に《異常気象》以外の何者でもありません。寺前の土手ではサツキが満開になっていますが山門横で青々と茂っていた赤木蓮の葉は青虫にやられて丸裸ですし、今頃は境内のあちこちで咲いていた紫陽花も今年は数えるほどしかありません。植え替えしたバラはやっと根付きましたが、もう完全に《水不足》状態です。元気に走り回る子どもの姿も最近は少なく、コロナ禍がうらめしい水無月です。

うっかり忘れたマスクの着用
2020/06/05
昨日は午前中に本堂裏の墓地(10基程度)と裏庭の草取りをしました。大のゴミ袋2枚使ってもまだ草が残っていますが、ヤブ蚊が顔の周りにまとわりついていたのと汗(とにかく暑かった!)でビッショリになったので、裏庭の草取りは途中でストップ。その後は永代経案内の寺報を送付する封筒の準備(印刷は後日)をしたり、ご門徒からいただいた花を花瓶に活けたりして過ごしました。午後はテーブル消毒用のアルコール液や事務用の修正テープ等を求めて外出しましたが、いつも車の中に置いているマスクをつけるのを忘れて店内へ。「3ヶ月前にはこんなに呼吸が楽だったのか」と思った数分間でした。もっとも、誤解のないように言っておきますが、買物中の数分間は一切会話もせず、しっかりと《3密》を避けることに心がけていましたからね。

《柔軟な頭》が求められる時代です
2020/06/04
コロナとくればマスクと繋がる昨今です。しかし、ここ数日の暑さから熱中症の心配もあって「体育ではマスク不要」との指示が出ています。これは中国の中学生がマスクをつけたままの長距離走で死亡したことから出た指示でしょうが、私もご葬儀やご法事の読経時にマスクをしていません。これは「(法務に)マスク姿が似つかわしくない」との思いもありますが、何よりも呼吸がしにくいという理由もあります。幸いにして読経中は本尊に対面する形で参拝者の方を向いていませんし法話の時にも2mは離れていますから、本堂という空間からも《3密》ではありません。それでも「マスクをつけないで・・・」と不快に思われる方もあるかもしれませんので、最後に「・・・のため、申し訳ありませんがマスクをつけていません」と言うようにしています。それで殆どの方が納得されますが、中には感染予防のために本堂や会議室等に透明シートを立てておられる同派寺院もあります。今は昔と違って「お寺だから・・・」という《上から目線》の姿勢でなくて相手を第一に考える姿勢が求められていますので、僧侶ももっと頭を柔軟にしていろいろと考えていかなければならない時代になったのでしょうね。
(石にしがみつくようにしてセッコクが咲いています)

「国民の公僕」はどこへ行った?
2020/06/03
相変わらず政府関係の無駄遣いが出ています。今回のコロナ禍に対する支援金配布等では実務をする企業の途中に訳の分からない会社(役員も正社員もいない10人程度の会社)を入れ、そこに26億円以上の手数料を支払っているとか、「(決定までの)過程はどうでもいいでしょう」と言いながら数日後には「決定したのは私です」と言った防衛大臣のブルーインパルス飛行。ジェット機5機分の燃料費の調達だけでなく飛行には航空管制等に関する様々な手続きも必要であり、「現場では突然の命令に混乱をきたした」とも言われています。しかし、「安倍総理はそれを見て手を叩いて喜んでいた」とのこともあり、防衛大臣は「大勢が喜んでいるから、またやります」と言っているそうですが、これを「次期総理を目指したパフォーマンスだ」との陰口も・・・。結局は「コロナ禍で苦しんでいる国民を放っておいて、他人の金を使って自分の知名度を上げることに血眼になっている政治《屋》」ばかりなのでしょうね。教会前でインタビューを受ける為に邪魔になる(平和的な)デモを軍隊を使って後退させたトランプ大統領を「教会前で祈ることもせず、軍隊を使ってデモ隊を追い払った」と協会関係者は非難していますが、日本の国会議員は「見て見ぬ振りをする」だけで非難さえしない者ばかりなのですね。

『言霊』ではない政治家の言葉
2020/06/02
昨日は《思い》を絵に描くことの難しさを書きましたが、それは言葉でも同じです。むしろ、言葉の方が難しいのかもしれません。今朝の新聞に「専門者会議の議事録は、出席者の了解があれば出来る」との回答が載っていましたが、これなどもどれほど閣僚が《責任転嫁》《責任放棄》をしているかが分かる発言ですが、一度口から出してしまえばもう消すことは出来ません。後で出来るのは「それは皆の誤解です」と《責任転嫁》したり、「お詫びして訂正します」と言うだけ。。今回のような未曾有の事態が次に起った時に最も必要とされるものは《過去の経験》であり、その記録ほど大切なものはないからこそ、記録は正に『宝物』なのです。それなのに、政府の言葉は「(本当は嫌だが)ほしいというなら作ってやってもいい」という《上から目線》の態度であり、そこには過去の経験に対する重要性の認識は一切ありません。
言葉というものは一度外に出してしまえば「消しゴムで消す」ことも出来ないからこそ昔から『言霊』と言われているのですが、政治家の言葉ってどうしてこんなに《軽い》のでしょうかねぇ。せめて、このやるせない気持ちは綺麗な花で紛らわせましょうか。境内だけでなく袋川ののり面も、サツキが満開ですよ。

カレンダーのイラスト描きは難しい
2020/06/01
「さぁ、梅雨期だ」と思って境内を眺めましたが、アジサイの1鉢が水を落としていました。早く雨が降ってほしいのですが、それよりも水を掛けてやる方が早いかもしれませんね。それとも、車を洗う度に雨に降られるジンクスがあるので、洗車をする方がいいのか・・・。
今日から6月なのでカレンダーも替えましたが、当寺作成のカレンダーに使っている赤い長靴のイラストは私の手描きです。去年から12ケ月分のイラストは全部私の手描きになりましたが、それぞれの月に合わせた絵柄にするのが難しく、絵心がない私からすると、簡単に絵手紙を描いておられる人が羨ましいことです。イメージがあってもそれを形に表わすことって、本当に難しいことですよね。
(写真は、20年も昔にご門徒からいただいた星桔梗です)

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