4月
作品展示会はそこそこ盛況の様子です
2020/04/04
昨日の総理のマスク発言はアメリカのメディアからも嘲笑されているそうですが、今回新たに「1世帯30万円の補助」が発表されました。でも、家族の人数に関係なくすべて同額であり、何よりも基準が「前年度よりも収入が減少したところ」だけ。しかも「その証明書をつけて地方自治体に申請」という条件。しかし、「その減少幅の内容はこれから検討」であり、その詳細の発表があっても肝心の自治体の受け付け(担当職員や申請書類の確認等)に費やす時間的・物理的能力は自治体任せ。申請が始まってからの大混雑する様子が今から目に浮かびます。
ところで、昨日から始まった「淨宗寺作品展」には《手仕事》に興味を持っている人達の来訪もあって、そこそこの人出がありました。帰り際のくじ引きでは小物入れが当った人もいれば外れても小さな針山になった人もありましたが、昨日は人数を見込んで準備していた品物が不足気味になる程だったそうですから、今日と明日はどうなりますかねぇ。衝立の設置や固定等のセッティングをした私としても、皆さんに喜んでもらえて《仕事名利》に包まれています。もっとも、そのせいで一昨日から腰が痛くなって困っていますが・・・。
(蕾が出ている君子蘭も会場の飾りに使いました)

「アベノマスク」と揶揄される総理
2020/04/03
本当に何を考えているのでしょうね。「全国の5000万世帯にマスクを2枚ずつ配る」と総理が胸を張って述べましたが、ちょっと計算してみてください。マスク200円を5000万軒に配布するとして、郵送料は規定外50gの封筒で120円がかかります。つまり、
【200×50、000、000×120】円ですよ!しかも、その他に封筒代や住所を印刷するインク代等もかかるし、何よりも誰が封筒詰めするのですか?改ざんを命じて文科省の職員の命を奪いながら、こんどは厚労省の職員にそんなばかなことをさせるのですか?
何より、そんな金があるならすぐに生活困窮者や中小事業者に配るべきです。役所に支援金の申請に行っても大混雑で受付までに1ケ月もかかるという現状の改善も早急に必要だし、「困難者には全員支援する」と言いながら、風俗関係で働く人には『規定外』ということで支援しないとのこと。「差別はいけない」と言っている閣僚自身が多くのシングルマザー達が「仕方なく」働く場所として選んだ職種を《差別》しているのが現実です。本当に、百田氏ではありませんが「マスクを配る?バカか!」と言いたい気分です。
(今日の写真は、セッティングした作品展の会場です)

明日から作品展示会です
2020/04/02
今日の新聞『催し欄』にも載っていますが、本堂で作品展を開催します。「こんな時に・・・」という意見があるかもしれませんが、本堂は開け放しですし、堂内では大声でおしゃべりをする人もないでしょうから、少なくとも条件の2つは解除されています。しかし、会場のセッティングには苦労しました。31日の法要後に40脚ある椅子を全部片付け、昨日は衝立として使う障子や襖(屋根裏の倉庫から下ろしていたもの)をZ形に配置してから電動ドライバーを使って留め木で固定。しかも、それらはすべて1人の作業でしたから、疲れました。今はその衝立が倒れないかと心配ですが、「大風が吹き込まない限りは『大丈夫だぁ~』」と思うより他はないですね。まぁ、大体において「準備が出来れば8割終わる」との言葉もあるほどですから、今はしばしの休息タイムです。
婦人会の方々の作品はパッチワークを中心に押し絵やカルトナージュ等があるそうですが、展示前日の今日は出展される方々が集まって作品の配置を考えながらセットするとのこと。作業内容的に私の出番はなさそうですが、そうは言ってもきっと雑用を仰せつかることでしょうね。

「楽しい」嘘と《犯罪》的な嘘を区別しよう
2020/04/01
いよいよ4月。今日4月1日は(発祥は不明ですが)「嘘をついてもいい」とされる《エィプリル・フール》のため、コロナに対する《うそ=デマ》が多数SNSなどに載られるのを恐れていつも以上に警戒している組織があります。しかし、先日も陽性になった人が《自粛要請》を振り切ってスナックに行き、従業員に感染させた(本人はその後死亡)ことがありましたが、この間もスマホの手続きに待たされたことに腹を立てて「俺はコロナだ」と怒鳴ったり、機内や店舗内で「コロナだ」と言ったりした人がいましたが、その度に衛生局から完全防備で現場に行かなければならなくなったり(とりあえず)現場を消毒したりと、大変な時間と手間がかかりました。イギリスではわざと警官に向かって咳をしたりする若者が大勢いるそうですが、過日の「舐めたアイスを棚に戻す」場面をSNSに挙げたところあちこちで大勢が同様のことをしていましたし、「コロナに挑戦」と言って便器を舐める画像を見てまねをした若者(この若者はコロナに罹って入院中)も出ました。
誰もが嘘と分かっていて楽しめるものならいいのですが、人を不安に陥れる嘘は《犯罪》です。また、私たちもそんな嘘に惑わされないように《自己判断力》を養成することが必要ですね。

3月
明日から4月ですねぇ
2020/03/31
3月も今日で終わりますが、最後になって志村けんさんの死が報告され、「コロナの恐ろしさを、身をもって知らせてくれた」と小池知事が言いましたが、文面を読むだけの姿に何か白々しいものを感じました。この3月31日は昭和56年にはピンク・レディーが解散したり平成22年には日本に最後まで残っていた霧笛灯台も廃止されるなど、《物事の区切り》的な日の様相を示しています。そして、今年も新しいことが始まる4月1日は値上げラッシュの日です。消費増税やコロナで四苦八苦している家庭に、またしても大打撃が襲いかかる《値上げ》ですが、政府は「給付金の配布などを検討しています」と言うだけ。必死で頑張っている自営業や中小企業の人達は「1ケ月ももたない」と悲鳴を上げているのですがねぇ。
今朝早くに自坊の周りを被写体を探して歩き、何枚か写真を撮りました。いつも葉だけ(しかも、毛虫にやられている)になった赤木蓮を見ていましたが、今年は久し振りに花を見た気がしますので、早速「カシャッ!」。(この写真は、4月に掲載しますよ)

やはり「子年は何かが起る」は正しかった?
2020/03/30
「3月は《去る》」の言葉どおり、残りは今日と明日のみ。もう既に1年の1/4が過ぎることになります。雪がまったくなく、やっと降ってもすぐに溶けてしまう暖冬の中で《桜問題》に続いて《モリカケ問題》の渦中に沈んだ赤木氏の遺書が発表されて国会は大荒れ(安倍総理も麻生大臣も無視を決めていますが)している中で飛び出した新型コロナによるパンデミック(世界的汚染拡大)によるオリンピックの史上初の延期開催の決定や総理独断の《一斉休校》と《自粛》の要請によって給食業者のみならず子どもの世話のために仕事に行けない保護者が出たり、キャンセル続きで倒産に追い込まれている人達が出るなどと日本経済の縮小を呼び込み、本当に「子年は何かが起る」と言われる年となりました。まぁ、国民には「不要不急のこと以外は《自粛》してほしい」と花見までも自粛を要請した総理自身が「数人の知人が集まってレストランから見える桜をバックに写真を撮っただけ。国が要請している《花見の自粛》には当てはまらない」と夫人の行動を言い訳する国ですから、たとえ法を犯したり国を危険な状態に陥れるであろうことを言ったりしても「申し訳ありません。でも、辞職しません」の一言で《あきれる》程の高給が補償されている国会議員にとっては、「しょせんは他人の金」的感覚なのでしょうね。日々の生活に汲々としている者としては実に羨ましい限りです。

生活の変化と消えていく言葉
2020/03/29
日本には「花曇り」とか「花冷え」という粋な言葉がありますが、最近は聞いたことがありません。若い人達に使われていないせいかそれとも天候不順のせいか分かりませんが、日本語が急に変わってきたことは確かです。日常生活から消えてしまった「土間」や「くど(おくどさん)」は勿論のこと、普段の生活で使っていた言葉もどんどんと消えています。そして、それと同時に生活の中にも変化が現われてきました。たとえば、普段使われる《のし袋》という言葉の《のし》とは何かを知らない人たちが多くいたり、その裏側のたたみ方(どちらを上にするか)を知らなかったり・・・。確かに「日本の常識がアメリカでは非常識」というものもあります。たとえば、日本では訪問時にはコートを脱いでから玄関に入るのが礼儀ですが、アメリカではコートを脱ぐことは「長居をする」ことを示すので失礼に当ります。(そんなアメリカでも英国と言葉の使い方が違っていて、「ファースト フロア」はアメリカでは1階でも英国では2階のことだそうですがね)
「言葉の使い方は時代や生活の変化によって変わっていく」ということは『桃尻本枕草子』でも言われていましたが、それでも素晴らしい言葉や大切な生活習慣は次世代に残していきたいものですね。

砂丘の思い出
2020/03/28
コロナ患者の発生していない県は東北方面の2県と島根・鳥取の計4県だけになりました。そのせいかどうかは不明ですが、先日の連休には鳥取砂丘と鬼太郎ロードの観光客が多かったそうです。特に砂丘は広大なことによる開放感と密集しない土地ということが原因の一つだったそうです。確かに《開放感》についてはその通りでしょうが、私の子ども時代(60年以上昔)はもっと広く、今のように防砂林などはなくて砂丘の中に防砂用の竹垣があったくらいでした。もっとも、それもすぐに埋まってしまうほど砂の動きが激しく、当時は朝になるとどこまでも風紋が続いていました。そんな時代と比べると今の砂丘は「狭くなった」感がありますし、隣の池にはボートがあって、高校時代には先生から漕ぎ方を教えてもらったこともありましたが、今はそれもありません。(もちろん「男子たるもの、女子を乗せることが出来ないとダメだ」と言われて教わったのでしたが、ね)
「歳を取ると懐古趣味になる」と言われて嫌われるのももっともだと思いますが、やはり昔の思い出は《甘酸っぱい》中にも懐かしいものがあります。

心配事がどんどんと増えます
2020/03/27
昨日は午前中にホームセンターに行って化学肥料を購入し、午後から山茶花や白梅の根元を掘って肥料を埋めたり、鉢植えの牡丹等にも肥料をやりました。そして、そのまま裏庭の除草に取りかかり、とりあえず夕方までには作業を終えました。後は境内表側にある松や黒椿の下に映えている草を抜いたり枯れた落ち葉を掃除することです。春の太陽に照らされてカラカラに乾いて茶色になっていた苔でしたが今朝は久し振りに雨が降り、昨日撒いた肥料も土に染みこんでくれるので一安心ですが、今日は雨で外掃除は無理。明日の納骨も、お墓が山の中腹にあるために無事に上れるのか心配です。
あと数日で『淨宗寺作品展』が始まりますが、その前に本堂のセッティンクが必要です。なにしろパッチワーク作品が多いために本来ならばそれらを飾る衝立が必要ですが、そんなものは寺院にはありません。かといって借りるわけにもいかず、結局は古い家を解体した時に残しておいた障子と襖を利用するわけですが、それらを立ててしかも倒れないようにする《手腕》が問われます。頭では考えていても実際にうまくいくか、心配事がどんどんと増えてくることです。
(写真は、作品展に使われる手作りの針山だそうです)

古稀を過ぎて体力の配分が困難です
2020/03/26
今月も残り5日ですが、月末まで法務が入っていますのでバタバタの毎日です。納骨堂の打敷と供花の整理は彼岸が終わってすぐにかかりましたので一安心ですが、まだ本堂の方が残っています。両脇の供花は納骨堂の後で生け替えましたが、昨日もご門徒宅のリフォーム工事が終わってお仏壇を元に戻されたのでお参りに行きましたので、前卓の生け替えは今日になりそうです。境内(松の下付近)や裏庭の草取りも何とか3月中には終わらせたいのですが、土日は毎週のように法務が予定されているので、なかなか時間の配分が難しいことです。と言うよりも、古稀を過ぎた今は《体力の配分》の方かもしれません。
そんな中に「アスリート・ファースト」と言われるオリンピックで1年という時間が選手に選ばれた人達はにどのような変化を与えるかが心配ですが、「それよりもまず、自分の体力を考えろ」と言われそうな昨今の私です。

オリンピックが1年延期になりました
2020/03/25
「やっと」と言うべきでしょうが、オリンピックの延期が決りました。確かに開催国に決定権はありませんが、これまでの大騒ぎは安倍総理と森委員長が「絶対に開催します」と言い続けたことにあったのであり、その根底には《メンツ》にこだわったこととモリカケ問題と同様に、「自分から言い出さなければ、それですむ」という《責任逃れ》が見え隠れしているように感じます。そのために一番困るのは現場なのですがねぇ。とはいえ、延期と決まっても代表選手がそのまま移行するのかとかチケットの払い戻しや聖火ランナーやボランティアをどうするか等多くの問題を抱えていますから、早急に解決策を出してほしいものです。もっとも、「自分が全責任を持つ」と言った上司を信じて、若い部下に手を汚させることをさせないで自分だけで改ざんをした赤木氏でしたが、今回の『手記』に対して当の上司は「そんなことを言った覚えがない」と全否定したように、組織の上にいるのは土壇場で《責任転嫁》や《逃げ》を打つ人達ばかりですから、今回の延期騒動にしても《早急な対処》は求められないかもしれませんね。もしも本当にそうなら、このチューリップのように花をつけないままで終わるかもしれませんが・・・。

ついに深紅のアマリリスも開花しました
2020/03/24
「手記には書いてない」と声を荒げて反論した安倍総理に、「被告と原告だから、顔を合せることは許されない」と答えた麻生大臣。この2人の答弁には決定的なミスがあります。前者は《その後句がないからといって、文言から推測されるものは否定できない》ことであり、《原告と被告という立場は告訴後のことであり、墓参りの依頼は2年前》ということです。しかし、それを追求できない野党も弱腰ですね。
ところで、とうとう今年のアマリリスが開花しました。やはり思った通りに深紅の花弁でしかも八重ですので、一重の花弁(去年の球根)と比べてあでやかさは圧倒的に差があります。どちらがいいかは人それぞれでしょうし、私としてはどちらも好きなのですが・・・。一重と言えば、庭の片隅にラッパ水仙が咲いていました。中が黄色で外が真っ白の水仙ですが、別の場所ならもっと株が増えたかもしれません。多分、亡母がこっそりと植えていたものでしょうが、どこか日当たりのいい場所に移してやりたいものです。

森友問題はどうなるのでしょうか
2020/03/23
今日の国会では新型コロナに対する対応とともに森友問題について審議されるそうですが、「既に終わったこと」として「再調査しない」と答えた安倍総理と麻生財務大臣の言葉に対して「あなたたちは調査される側であり、そんな人達が『調査しない』と言う権利はない」と痛烈に反論した未亡人の言葉をどのように受け取るのでしょうか。そして、この問題は既に告訴されていることから司法の手に渡ったわけですから、司法の態度が最大の焦点になってきます。もっとも、手記にあった「このことについては知っている」はずの特捜部が横槍を入れてくるとしたら、「もはや三権分立である司法の独立性はなくなった」と判断せざるを得ないでしょうね。それにしても、あらかじめ質問が分かっているせいか、答える者の「紙に書かれているものを淡々と読む」姿勢は何とかならないものですかねぇ。
お彼岸も今日が最終日です。写真は《彼岸の入り》の日のものですが、今日は供花が納骨堂一杯になっています。多くの方のお参りをいただき、ありがたいことです。

アマリリスが開花しました
2020/03/22
東京の桜の開花が日本一早くなりました。いつもなら10~15位だったのが今年は1位。確かに暖冬の影響があったことは否定しませんが、ここまで関東の開花が早くなったことには驚きです。ついでに言うと、鳥取の開花予想は3月24日とのこと。ただ、今年は《鳥取桜祭り》も桜土手の雪洞の点灯もすべて中止とのこと。「ゆっくりと花見ができる」と喜ぶべきか「寂しい」と悲しむべきかはとりあえず不問にしておきましょう。もっとも、毎年桜の下で楽しく騒いでいる人達が今年は《自粛》するかどうか分かりませんが・・・。
ここ数日の暖かさで室内に置いているアマリリスが開花しました。去年のものは写真のように薄ピンクですが、今年の花は深紅になるはずです。こちらは2~3日後に開花となることでしょうから、またその姿を写真に撮るつもりです。逆光のせいで少し濃く見えますが、今日はとりあえず薄ピンクの花を載せます。

お彼岸も残り3日間になりました
2020/03/21
今週は水曜日と金曜日に鳥取因幡組の2つの役員会が当寺を会場にして持たれました。場所は庫裡の2階にある大広間(24畳)ですが、水曜日は暖かく金曜日は寒いということでエアコンの作動を2機にするか1機にするか悩み、最後には「使用される役員に一任」としましたが、本当にここ数日の寒暖差には体調管理以外にも悩みが生まれることです。
ところで、昨日は中日ということもあってさすがに納骨堂も次々とお参りの方が来られ、お供えの花も一杯になったので新しい容器を準備しておきましたが、納骨堂のお参りの後で本堂にもお参りしてくださることがありがたいことです。もちろん「本尊にお参りをするのが当然」なのであり、そのようなことをちゃんとお伝えするのも我々の仕事なのでしょうが、「(建物が)すぐ隣にある」こともいい方向に動いているのかもしれませんね。彼岸もあと3日間。私は今日と明日ともにご法事が複数入っていて多忙ですので、お参りの方達とお会いするのは坊守に一任します。本当に、「ようこそお参りくださいました」

ぼた餅とおはぎの名前は花に由来しています
2020/03/20
昨日の管財局の方の手記に対し、安倍総理も麻生大臣も「新事実が出たわけではないから、再捜査はしない」と言い切り、今朝の新聞を読んでも第一面の中程にそのことが載っているだけ。閣僚だけでなく司法もメディアもこのまま終わりにするなら、いよいよ「正義は死んだ」との思いが国民につのることでしょう。そうならないことを信じたいのですが・・・。
ところで、当寺の納骨堂は「傘を差さなくてもお参りが出来るように」との思いから室内でお参りをする形になっており、朝から夕方まで施錠をしませんので、いつでも誰でも自由にお参りが出来ます。そのため、気軽に毎日お参りなさる方が何人もおられますが、お彼岸には当然に普段よりも多くの方がお参りなさいます。昨夜も入口の施錠に行った時にお供えされている品を見ましたが、やはりお彼岸ですね、お店で購入されたぼた餅がお供えしてありました。しかし、よく見るとラベルには《3色おはぎ》と書いてあります。確かに出来上がった品はぼた餅もおはぎも同じものですが、《おはぎ》は秋のお彼岸時に使われる言葉であって、春のお彼岸時にはあくまでも《ぼた餅》です。これはその時期に咲く花の名前【牡丹(春)と萩(秋)】からつけられた呼び名なのですが、そのような日本古来の文化も忘れられてきているのでしょうか?そうだとすると、実に寂しいことですね。
(もっとも、牡丹はまだ堅い蕾の状態ですがね)

命をもって訴えた事実を無視しないでほしい
2020/03/19
森友問題で自殺した職員の手記と遺書を添えて、妻が改ざんを指示した全員と国を告発しました。しかし、その手記を読むと、大阪検察庁特捜部もその事実を知っていながら《不起訴》としたことがうかがわれます。安倍総理に対する《忖度》が白日の下にさらされたことが明白ですが、他方「折角国民の目が他のものに向いて安心していたのに、なんで今更・・・」と言った関係者もあると新聞に書いてありました。こんな人達の集まりことだからこそ、本気でこの問題に向かう司法の態度が切に望まれます。「どうせ結果は変わらない」と高をくくっている閣僚や関係者に対し、検察庁も裁判所も自らの命をもって真実を告げた赤木氏の覚悟を汲みとってほしいものです。それとも、司法は今回も暖かい陽を浴びてのんびりと「我関せず」と言っているこの猫と同じ態度を取りますか?

桜祭りも雪洞の点灯も中止になりました
2020/03/18
昨日は彼岸の入りで、当寺では毎年の春・秋ともこの日に彼岸法用を勤めています。しかし、昨日はコロナのこともあってかお参りがなく、坊守と2人でお勤めをしました。本堂の後は納骨堂で読経し、その後は当山のお墓参り。一昨日の寒さに比べて気温も上がりましたが、それでも向拝を開けっぱなしにしている本堂は「寒い!」の一言。今朝の新聞には毎年当寺の近くにある《きなんせ広場》での『鳥取桜祭り』も中止、桜土手の雪洞の点灯も中止と決まったようです。「コロナ騒ぎもココまで来たか」と思われることですが、48都道府県野中で数少ない《罹患者なし》の鳥取ですから、これも仕方ないのかと・・・。
窓辺では去年のアマリリスがいよいよ開花寸前になっています。開きかけている蕾が薄いピンクをしているので、桜に先立って花を咲かせる時が待ち遠しいことです。開花したら写真に撮ってここに載せようと思っています。

浄土は極楽だけではない
2020/03/17
昨日は3月の仏婦研修会でしたが、彼岸前でもあったので《浄土》について話しました。彼岸の中日が春分と秋分になっているのは「太陽が真西に沈む方向に極楽浄土がある」と善導大師が説いたこととも関係していますが、もともと『仏説阿弥陀経』の中に「西方十万億土に浄土あり、これを極楽と言う」との釈尊の言葉が源です。そこから人が死ぬことを「往生する」とか「極楽浄土に行く」とか言いますが、実は浄土は極楽だけでないことを昨日の研修会で話しました。たとえば、薬師如来の浄土は《浄瑠璃世界》と称し、東方にあります。また文殊菩薩の浄土《離塵垢心》は南方にあり、普賢菩薩の浄土《知水善浄功徳》は北方にあるとされています。諸橋氏の『仏教大辞典』にはその他にも数多くの浄土があることが述べられていますが、要は「西方の極楽浄土は阿弥陀如来が創られたもの」であるということです。そのような話から、それぞれの宗派で祀られている仏には阿弥陀如来以外にも釈迦如来や薬師如来等があってそれぞれの仏が自分の浄土に人々を救い取ってくださるのだからこそ、「どの仏の教えも正しいのだから、他宗を誹謗してはならない。ただ自分が阿弥陀如来の本願を信ずればいいだけである」と言われた親鸞聖人の教えで研修会のまとめとしました。

飛鳥時代にオーロラが見えたそうです
2020/03/16
早朝のラジオで、福岡在住の聴視者からの「強風で散歩も出来ません」とか「自転車がなぎ倒されています」という報告が放送されていました。鳥取はまだ風が吹いていなかったので安心していましたが天気予報では「山陰地方は雪」とあり、屋根は真っ白で外に出た途端に霰に見舞われました。昨日も書きましたが、本当に《日替わり》の天候(気温も併せて)ですね。
ところで、今日は新聞が来ないためにネットでニュースを調べていたら、面白いものを発見しました。「飛鳥時代にオーロラが出て、人々が神の知らせかと驚いた」というものです。これは天皇家の正しい流れを残すことを目的として書き記された『古事記』に対してどちらかと言えば歴史的記事が多い『日本書紀』に載っていた文章で、今までは彗星のことではないかと思われていたものです。しかし、この度の研究報告で「天上から地上まで光り輝く状態を雉が羽を広げた姿のように捉えた人々の印象から、オーロラが起きていた」と結論づけたものです。この記述は明和7年7月27日のものですが、《令和》の改元された年にこのような発表があったことは、気候変動や新型コロナのパンデミックなど何か令和の年に不安を思わせるものがありそうですね。

ピント外れもはなはだしい
2020/03/15
よく「三寒四温」と言いますが、ここ数日は《日替わり》状態です。一昨日は暖かかったのに昨日は氷雨が降り、今朝は青空です。最高気温に4~6度の差があるためになかなか体調の管理が難しい昨今ですが、僧侶は職業分類では《サービス業》になりますので、体調の管理が最重要課題です。しかし、2月から3月にかけて世界中で新型ウィルスが蔓延していますので、いくら鳥取と島根には入ってきていないとは言っても用心するにこしたことはありません。でも、読経やお説教の時にマスクは出来ませんので、ますます体調管理に留意しないといけないようです。その中で、昨日のテレビで「コロナに気を付けている業者の実例」というものを放送していました。「たとえ恋人であっても、席を必ず一つおきにする」映画館とか「マスク着用でない方は入場お断りにしている」というレストランもありましたが、「大体にマスクは飛沫を防ぐためのものであってウィルスの持ち込みを防ぐものではないし、そもそも食事をするときにはマスクを外すわけだから、ここまで来ると《行き過ぎ》であり《過剰防衛》ではないかなぁ」と思わざるを得ません。もっとも、今頃になって「卒業式は十分な注意があればよい」とか、「外で子ども達を遊ばせてほしい」と会見で発表した総理自体が《ピントはずれ》ですからねぇ。

機械の進歩について行けません
2020/03/14
最近のPCは機能的にも複雑になっていますが、悲しいことに私は「アプリって何?」程度ですし、今でも時々CDでなくてレコードと言うことがあります。そんな私ですから当然にpayなるものも興味なし。入力が面倒だし、なにしろ昔人間で現金の増減が目に見えて分からないと不安ですから、キャッシュレスを使う気がありません。そんな私ですから、PCに不具合が出るとパニックです。
先日も写真の取り込みが出来なくなって事業所に連絡を取りましたが、「◯◯を動かしてください」と言われても「それ何ですか?」状態。それでも何とかして取り込みが出来るようにしてもらって今に至っていますが、ガリ版を使ってプリントを印刷していた時からスタートして世の中は次々と新しい印刷機が登場し、書式も手書きからワープロやタイプライターになって今はPCが当り前な時代になっていますので、言い換えれば、我々は《機械化への変革期》のまっただ中で必死になってついていった年代とも言えるのでしょう。それに比べて今の子ども達は上手に使いこなしていますが、入口付近でウロウロしている《機械オンチ》の私には苦労の連続です。

春はすぐそこまで来ています
2020/03/13
6日の写真に載せていたアマリリスがぐんぐんと花芽を伸ばし、今朝方に物差しで測ってみると37㎝ありました。しかし、最初に球根から花芽を出していたものは32㎝。これはまるで『ウサギとカメ』そのものです。最初に勢いよくスタートした方が途中で追い抜かれたのですから。しかも、蕾にはもう既に色がハッキリと見て取れます。この調子でいけば来週末くらいには開花するかもしれません。
ところで、いよいよ今年も春の彼岸が近づいて来ました。「暑さ寒さも彼岸まで」とは言いますが、本堂裏の桜桃も満開状態になっています。実は、去年の初冬に剪定されて枝が少なくなってしまったので「来年は咲くだろうか」と心配していたのですが、昨日のご法事の前、換気のために本堂裏の戸を開けた時に薄桃色の花が目に飛び込んだのです。そして、その足元には紫色をした蔓草の花が開いています。土手の桜の枝も焦げ茶色から心なしか色が薄くなっているように感じていますし、やはり春はすぐそこまで来ているのでしょうね。

選抜大会が中止になりました
2020/03/12
高体連に加盟しているすべての競技と同様に、とうとう高校野球も中止と決まりました。「甲子園を夢見て頑張ったきた生徒が気の毒」との意見もありますしそれを否定もしませんが、選手の努力が報われなかいのはどの競技でも一緒です。ただ、高校野球ほどメディアの露出がないだけです。ですから、球児達だけを気の毒がるのはおかしいのではないでしょうか。
それはともかく、今回の決定に繋がった理由の一つとして一斉休校による練習不足が表に出ていますが、報道されていないものもあります。「選手に罹患者が出れば大会を中止する」としていましたが、「万一それが現実になった時にはSNSで《犯人捜し》が始まる可能性もある」というものです。選手の失策で勝利をふいにしてしまったことから、「それをずっと攻められ続け、その苦しみから野球が出来なくなった」という元選手の話を聞いたことがありますが、その場合でも非難は一部だけです。しかし、罹患したことによって大会が中止になればその非難は全国にも及ぶことでしょうから、その子はまるで《犯罪》を犯したように非難されて言葉では表せないほど心に傷を負うことになります。そうなることを恐れたことも《隠された理由》だと思っていますが、ちょっと考えすぎかもしれませんね。とにかく、一日も早くこの悲しみから立ち直ることを願っていいます。

一貫性がない政府の要請内容
2020/03/11
安倍総理による突発的な一斉休校の要請で世間は右往左往しましたが、またイベントの中止要請期間が延ばされました。そのくせ「子どもが公園や校庭・体育館などで遊ぶことについては禁止しない」との文科省の発表ですが、世間では何でもかんでも《×》状態。要は専門者会議が発表した3つの拡大した条件(「密閉された空間」「密集した状態」「会話する人の間隔」)さえ気をつければいいということで、「子ども達が公園で遊ぶことはOK」となったのでしょう。以前、一斉休校の要請にもかかわらず保育園等が外された時の理由として大臣が「換気を充分にしてもらえればいいから」と答えたので、質問した人は「それなら、学校に対してもそうしてもらえばいいではないか」とあきれていましたが、視聴していた我々も同意見でしたよ。
当寺のHP『お知らせ』欄にも載せていますが、当寺では4月3日から5日にかけて本堂で『淨宗寺作品展』を催します。専門者会議の3項目には一切触れていませんので、どうぞ安心してご鑑賞ください。

オリンピックもしっかりと考えて決定した方がいいですよ
2020/03/10
新型コロナウィルスによる各スポーツ界の対応が発表されて殆どが無観客や延期となっていますが、オリンピックについては「絶対に実施」とのこと。しかし、「5月末までに終息が見通せない場合には実施は困難」との報告もあり、その場合には「中止・延期・代替・無観客」のいずれかとも言われています。しかし、3兆円以上もかけたものをすべて放り出すことはできず、かといって代替地もなし。そもそも酷暑の夏に実施が決定したのも米国内のスポーツの放映権との絡みがあってのことからしても延期もあり得ない。となれば残りは無観客だけですが、肝心の『復興オリンピック』と銘打った今回の東京オリンピックも被災地である岩手・福島・宮城3県では60%以上の人達から「興味・関心がない」と言われ、経済復興についても「恩恵がない」が70%以上にものぼるとのアンケート結果が報告されました。東京に決った時から「資材も人材も東京に集中して復興の妨げになっている」とも言われていたのですからその数値も当然のことでしょうが、その中で起こった今回のパンデミックによって世界中が震撼させられている現在、なんとかして日本の罹患者を少なくしようとして豪華客船の患者を《その他》に分類するなど《メンツ》だけにこだわると、将来に禍根を残すことになりますよ。

あなたは桃李に負けていませんか
2020/03/09
今月の掲示板には『史記』に出てくる言葉を記し、それに続いて「あなたは桃李に顔向けが出来ますか」と書きました。この言葉は中学校や高校の古典の教科書に載っているものですので、「そう言えば聞いたことがある」という人も多いことでしょう。「桃やスモモは自分から何も言わなくてもその美しい花や美味しい実に惹かれて多くの人が訪れるので、自然と小道が出来る」という意味で、その奥には《人としてあるべき姿》が説かれています。しかし、今の人達を見ていると、自分で確認しないままに嘘のデマを流したり、それに乗っかって買い占めや高値で売りつける人達が出たり、一斉休校の余波で大変な保育園や児童センター等に「爆弾を仕掛けた」と伝えて大慌てするのを楽しむ《愉快犯》等が目につきます。逆に、それらに「我、関せず」という態度でニヤニヤしながら《言い逃れ》や《無視》《ヤジ》等で過ごす「政治《屋》」も目に余りますが、それらの姿を見ていると「人として、もはや桃李にも劣るなぁ」と思わずにはいられません。その気持ちから、今一度自省してほしくて「あなたは桃李に顔向けが出来ますか」と書いたのですが、果たして肝心の人達に届くのでしょうかねぇ。

昨日はやはり水が冷たかった
2020/03/08
昨日は境内の火鉢内にいるメダカのことを書きましたが、もう一つ気になるのが室内で飼っている金魚鉢のメダカ。30㎝四方の鉢ですが、去年の初冬から減った分だけの水を追加してやる程度で他に何もしないままでしたが、それでも水を入れるとゴミが舞うなどしていましたので、とうとう一念発起して昨日鉢を洗ってやりました。しかし、水の半分は湧水ですがあと半分が水道水のせいか、今朝見ると白く濁っています。これを書き終わったら半分抜いて金魚がいた鉢(今は何もいない)の水を入れ替えてやるつもりですが、それでうまくいけばいいのですが・・・。
それにしても、昨日の作業でつくづく感じたのが鉢を洗った時の水の冷たさです。世間ではサウナ好きの人が多いそうですが、サウナから出て冷たい水に入るのがルールだとか。サウナの発祥地(?)のフィンランドを撮した映像にそんな場面があった記憶がありますが、サウナに入ると胸が締め付けられるように感ずる私としては、さらに冷水に飛び込むなんて考えただけでゾッすることです。

冷たい水の中のメダカをどうすればいいのだろう
2020/03/07
ここ数年お参りに行くたびに目に付いたのがメダカの姿です。もう10年近く前になりますが、メダカを自宅で孵化させて育てているご門徒がおられました。盆参りが過ぎた頃に訪問して10匹近くをいただき、家で飼ったことがありました。何匹か稚魚も生まれて育てたことがありましたが、残念ながら数年後には絶えてしまいました。最近は別のご門徒からいただいたメダカを境内で飼っていますが、睡蓮鉢は底が浅くて夏場は水が熱を帯びてきますので、現在は火鉢だけにしています。しかし、今まででしたら積もった雪の下でゆっくり休んでいたメダカも、今年は時折冷たい水の中でのろのろと動いている姿を見かけます。そうは言っても(底に残るだけなので)エサをやることも出来ないのでそのままにしていますが、いくら暖冬とは言っても水が蒸発しますので、「少なくなった鉢に水を加えてやると、冷たい水が激しく動くので驚かないかなぁ」などと妙な心配もしています。
とにかく、去年今年と2年続けての暖冬ですっかり自然形態が変わってしまい、ウロウロしている私です。

アマリリスの支柱をどうしよう
2020/03/06
昨日は啓蟄で、土の中で眠っていたものが地上に出てくると言われる日です。つまり《春の訪れ》を意味する言葉ですが、窓辺に置いているアマリリスもここ数日の間にグッと花芽を伸ばしています。植木鉢に入れているこの球根は去年のものですが、昨年の初冬まで土に植えていた球根が抜いてみると丸々と太っていたので「もしかすると・・・」と思い、日陰にしまって2月になってから窓辺に置いてやったのです。その結果、写真のように無事に発芽しました。ただ、アマリリスの花は大きいので(なにしろ、植木鉢に入れているだけですから)うまく支えてやらないと倒れてしまいます。そのため、蕾が膨らんできたら支柱をどうするかが今後の課題ですので、ウキウキした気持ちの反面、頭を抱えているのが現状です。

高校野球よ、お前もか
2020/03/05
新型コロナ騒ぎで中止になった行事も多い中で、東京GCとともにスポーツ関係は《無観客》対応を決めています。オープン戦は調整期間ですからまだしも、大相撲に次いで高校野球も《無観客》になりました。しかし、高校3年になると成人と認められる年齢になるとは言え、高校生も中学生と同様に《生徒》と呼ばれる存在ですから、その意味では身体は一人前でも精神的には脆い部分もあり、試合中に応援の声で息を吹き返すということもよく聞きます。それが《無観客》ということは応援も皆無ということです。勝てば残り負ければ直ちにその場から退かなければならないという厳しい環境の中で、応援の声がどれほど彼らに力を与えるか。確かに近年は応援が派手になりすぎて禁止されたものもありますし、「どうして高校野球だけを特別扱いするのか」という意見も否定はしません。それでもやはり相手はまだ精神的に一人前ではない高校生ですし、社会的にも活動の自粛が求められ、その上に《全国一斉休校》中での今回の措置だけは大いに疑問を感じます。

まず落ち着いてから動きましょう
2020/03/04
とうとう昨日の午前中に除雪機を倉庫に格納しました。昨冬に準備した時に燃料を入れていたので、格納した時にそれを全部抜き取る必要がありましたが、なんとかそれも終了。あとは突然の降雪がないことを祈るだけです。
ところで、数日前に「中間スイッチが見つからない」とか「綿の種の保管場所が分からなくなった」と書きましたが、見つかりました。「これに何を入れていたっけ」と思って開けた箱にあったのですが、結局「ここにしまったはず」という《思い込み》がすべての原因でした。そう言えば、「トイレットペーパーがなくなる」というデマの発信源は米子医療生協の職員だったそうですが、それも自分が聞いたことを確認しないままにSNSに投稿したのが原因だとか。その人は大慌てのようですが、やはり何ごとも《思い込み》で動くのではなく、まず《確認》しないとダメですよね。「デマに踊らされる方が悪い」と言っても、それも人間の持っている本質の一部ですから非難できませんが、とにかくまず落ち着きましょう。
(写真は、山門横に咲いている侘び助椿です)

どうしてイジメがなくならないのだろう
2020/03/03
今日3月3日は『桃の節句』。1月の七草に続いて五節句の2番目で女の子を邪気から守ることを願ったものであり、次の5月5日は男の子が立派に成長することを願う『端午の節句』。男の子と女の子でどうしてこんなに目的が違うのかと不思議ですが、漢字を見ればそれがよく分かります。《女》は子を抱いてあやす姿であり、《男》は田(外)に出て働く姿から作られた象形文字ですが、それが子どもに恵まれて《母》になれば抱いている子に両の乳房を含ませる形であるのに対して、《父》は鋤と鍬を重ねた象形であって、やはり家族のために外で働く意味を持っています。こんなことを言えば《男女同権》とか《女性参画》が叫ばれている現在では「何を古くさいことを言うのか」と叱られそうですが、数千年も昔にそれぞれの特性を考えていたことが伝わってきます。では《子》という漢字は何を込めているのかと言えば、この漢字の横棒は両腕であり、その上と下の膨らみは胸とお腹の膨らみ、つまり「お腹に子を宿した母の立ち姿」を表わしていることから、子どもは生まれ出る前からその存在を認めていたことになります。
昨夜11時頃のNHKテレビ番組では、教師も荷担した『葬式ごっこ』というイジメによって死を選んだ中3生の事件を追った元記者とその事件を担当した弁護士を取り上げていました。学校はイジメを全面的に否定し、教師も何も語らなかったこの事件で昭和61年1月に死を選んだ子どもの遺書に書き殴られていた言葉の最後は「もう自分を最後にしてください」でした。しかし、その後もイジメによる子どもの自殺は後を絶ちません。長い時間をかけてお腹の中で大切に育まれ、生まれ出てからも愛情を込めて抱かれ育てられる子ども。それなのに、どうしてイジメという残酷な行為が今に至るまでなくならないのでしょうか。大人は子ども達に何を教えているのかと悲しくなります。(もっとも、教員同士がイジメをする世の中ですから、何を言っても『ごまめの歯ぎしり』なのかもしれませんが・・・)

《物忘れ》が強くなってきました
2020/03/02
今朝早くから玄関に雛人形を飾り付けました。もっとも狭い場所なので内裏びなだけにしましたが、向かって左が男雛ですから《関東風》です。しかし、雪洞の配線をしたまではいいのですが、肝心な中間スイッチがありません。去年片付けた時に中間スイッチを別の場所で使ったまでは覚えていますが、最後にどこに仕舞ったか思い出せません。数日前に偶然見つけた時にちゃんとしておけば良かったのですが、その時はバタバタしていたので「後で仕舞おう」と思ったのが運の尽き。それがどこだったかも思い出せない悲しさ。去年は綿の花を咲かせてそれから新しい種を取り、「また来年咲かせよう」と小箱にしまったはずなのに、その箱がどこにもないと分かった時の悲しさと同じです。やはりこれも《物忘れ》の初期段階なのでしょうか?

権力とデマに振り回される人間の弱さ
2020/03/01
今朝の新聞には一斉休校による保護者(特に、特別支援学校に通う生徒の保護者)の困惑が数頁にわたって載っています。新聞報道によれば、今回の総理の発表は文科大臣の反対にもかかわらず腹心の補佐官による進言が強く働いたからだとか・・・。「総理の全責任で・・・」と言って仕事に出られない者に対する支援金の増額を打ち出して乗り切ろうとしていますが、それが「金を出せばいいだろう」的な発想でしかないものに感じられるのはどうしてでしょうか。
ところで、今回のコロナ騒ぎに合せて飛び交っているデマと騒動(トイレットペーパーやティッシュの買いだめ)がありますが、ちょっと考えれば分かる馬鹿馬鹿しいものばかりです。たとえば、「25度~26度のお湯を飲めば、ウィルスは死ぬ」とか「緑黄色野菜をとれば、罹患しない」などですが、大体に人間の内蔵温度が35度であってもウィルスが生きているのだから、「25度程度のお湯を飲めば死ぬ」はずがないでしょう。また、《緑黄色野菜》を食べるのは確かに栄養的には間違っていないのですが、それが直にウィルス殲滅に繋がるというのはあり得ません。デマに踊らされる人間の稚拙さ、力ある者に振り回される人間の弱さ。それも我々が《凡夫》である証拠かもしれません。(3月の『独り言』が愚痴で始まるのも、何か寂しいですね)

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