1月
人の心を失ってきた現代人
2018/01/23
昨日の夜にPCでニュースを読んでいましたが、先日の常磐線での出産に対し匿名で非難した人に対してある番組の中で「バカだ」とか「人間の心を持っていない」と断言したコメンテイターがいたそうです。その人に言わせると、「匿名で言いたい放題言うのは卑怯だ」とか、「お前も母親から生まれてきたのだろう。生命の誕生ということをもっと真剣に考えろ」ということのようですが、私も匿名者の「生まれそうなら、家から出てくるな」「そのために電車が遅れたのだから、遅延損害を払え」との言葉には疑問よりも強い憤りを感じます。数ヶ月前の新聞に、流れてきた桃を拾った老婆(『桃太郎』の話)を用いて《「泥棒だろう」などと気軽にいろいろと書き込んだ言葉がどれほどその老婆の心を深く傷つけるか》という内容の広告が載っていましたが、投稿した人間が特定されない《匿名》の場合、書いた人間には何の責任感も持たないどころかその場面を面白おかしく拡散させていい気分に浸っています。しかも、その記事を読んだ人の数によって企業から金が入ってくるというシステムにより、ますます内容がエスカレートして過激になっています。先日も青木ヶ原での自殺死体をバックに自撮りした写真を載せたアメリカの青年がいましたが、彼はそのような投稿を続けて年に1億円も稼いでいるとか・・・。売り物の品が入っている冷蔵庫に寝そべっている写真や線路内でふざけている写真等々、実に情けない世の中になったものですね。

2018/01/22
今朝のニュースで報道されているものの中では「都内でも大雪の怖れ」がトップでしょうか。確かに豪雪による道路の寸断や交通マヒも大変なことは経験として分かっています。しかし、都内で言われる大雪がどの程度かと言えばわずか5㎝ほど。そこでは2~3㎝も積もればパニックだと聞いたことがありますが、そもそも日本は温帯なのであっていくら東日本とは言っても「雪がまったく降らない」ことはないはずです。それなのに、わずか2~3㎝でパニックに陥り、5㎝も積もればすべてがマヒしてしまうというのは、都会人の傲慢さが裏にあるからではないでしょうか。私も冬場に大阪や福岡に行ったことがありましたが、いくら鳥取が大雪で長靴生活を送っていたからと言っても、その格好でむこうに行けば《田舎者》と見られます。しかし、今回は都内でも積雪が見込まれるという予報が出ています。《長靴=田舎者》という考えを捨てて《必要だから履く》という柔軟さを持てば、都会人ももっと人間として幅広くなれるとは思うのですが・・・。(こんな考えは『ごまめの歯ぎしり』でしょうか?)
境内のあちこちでは椿が咲いていますが、今日の写真は裏庭に咲いていたものです。

今週はまた寒波の襲来が・・・
2018/01/21
今週は寒波がまたやってくるということです。天気予報では北陸・東北方面が強く被害を受けるとのことで、その後に「西日本にも寒波がやってくる」と書かれていましたが、まさか去年の豪雪のようにはならないでしょう。今冬を振り返っても積雪のあったのはたった一度だけでしたから、今回の予報に対してもそんなに心配はしていません。しかし、スキー場では積雪量の急激な現象が見られ、あれほど雪が多かった大山の方でも「可」と「不可」のゲレンデが半々になっていました。多分この前の陽気が原因でしょうが、あちこちのスキー場では今週の寒波予報を強く期待していることでしょう。同じ雪でも、立場によってその期待度もまったく違ってきます。「降ってほしい」と願っている人もあれば、「これ以上寒波はやってきてほしくない」と願っている農家や消費者の方達もいます。自然現象ですから仕方がないのでしょうが、逆に考えれば「自然現象に右往左往している現代人の弱さ」が露呈しているのかもしれませんね。10日前に開花したデンドロも少し最近は萎れてきていますし・・・。

列車内での出産というニュース
2018/01/20
来週の1週間はまた寒波の襲来だそうです。まぁ、暦の上でも大寒が来ているのですからそれも当然のことでしょうが、昨年の大雪ほどにならないことを願うばかりです。
ところで、右を見ても左を見ても悲惨な事故や事件ばかりの中で、昨日のJR常磐線での出来事はホッとするものでした。出産のために病院に行く途中の車内で破水し、たまたまそこに居合わせた元看護師の手助けもあって無事に出産した、というものです。飛行機の中で出産した子どもにはその会社から一生タダで乗れる権利が与えられるそうですが、「この子にもそんなお祝いが与えられないかな」と考えたくなるほど嬉しいニュースです。もっとも、同じ車両にいた者(特に男性には)にとっては気恥ずかしい瞬間だったかもしれませんが・・・。何はともあれ、その女児の未来に「乾杯」です。
今日の写真は、ここ数日の暖かさで開花した蝋梅です。

薬と自然治癒とどちらがいいの?
2018/01/19
ここ数日は気温が高く、凍結していた遊歩道もみるみるうちに溶けただけでなく、境内の蝋梅も開花してしまいました。今まではセーターの上にコートを着ないと風が冷たかったのですが、昨日などはセーターだけでも充分に温かいと感じるほどでした。もっとも、「来週はまた寒波の襲来がある」との予報ですので安心はできませんが・・・。あれほどひどかった咳も大分おさまり、夜中に咳き込むことも1~2度になりました。先日の記事によると、「《薬を飲んで治療する》ものと《しっかりと休んで治療する》ものとの風邪の治癒時間はほとんど差がなく、後者の方がわずかに短い」とのことでした。やはり人間も厳密に考えれば《動物》なのですから、ケガをした野生動物が動かないでじっとしていることによって自然治癒させることと同様に、おとなしく寐ているのがいいのでしょうね。ただ、野生動物と違って人間には《社会人としての任務=仕事》があってじっと寐ていることが出来ないのがクセモノなのですがねぇ。
(今日と明日は、蝋梅の写真にします)

阪神大震災から23年が経ちました
2018/01/18
阪神大震災からもう23年が経ちました。今から13年前の新聞に「あの震災から10年が経ち、子ども達も小学3年になりました。しかし、この子達にはその記憶がありません。このまま時間が経てば、あの未曾有の大震災の記憶も風化するのでしょうか。それは何としても避けなければなりません」という記事がありましたが、今、その倍以上の時間が過ぎていきました。あの時は今年と違って雪が降り積もっており、玄関に置いていた水槽に波が立って水があふれ出していました。しかし、それでも本堂や庫裏には被害がまったくなかったのが幸いでしたが、すぐに点けたTVの画面に映った街のあちこちで立ち上っている煙は今でもハッキリと記憶に残っています。大きく波打った高速道路が壊れ、そこに宙づりになっているバス。地震の数年前に大学視察で泊まった三宮駅前では、あちこちでビルが倒れていましたし・・・。その数日後に神戸の学校に進学していた女子生徒が戻ってきて九死に一生を得た生々しい体験を話してくれましたが、あれから過ぎ去った23年という時間をどのように捉えるか。それが東日本大震災にもつながっていく今後の大切な課題なのです。

花材も言葉も、使い方一つです
2018/01/17
玄関の活け花の花材をひとつ変えただけでガラッと雰囲気が変わりましたが言葉も同様で、「同じ言葉でも言い方を変えればケンカになる」という内容のことを、15年以上も前に一口法話で使ったことがありました。相手に対して「~~を知っているか」と直に言うのではなく、「ご存じでしょうが」と言えば相手を敬った形になるので、ケンカも起るはずがない、というようなことです。最近はクレーマーと言うかモンスターと言うか、ちょっとしたことでもすぐに文句を言ってくる人が多いようですが、それにしても「すみませんが・・・」と一言付け加えれば、聞く方にしても気分を害することはないはずです。しかし、最近の人達にはその「すみませんが・・・」や「ありがとうございます」という言葉を知らない人が増えています。かつては祖父母が教え、それを今度は親が子に教えてきたものでしたが、近年はそのことを教える親がいないばかりか、人の忠告を素直に聞く子どももいなくなりました。まぁ、これは他人の子どもに手を延べたら訴えられるという社会の変化や親の責任感の欠如が原因なのでしょうが・・・。道徳が教科の一つになりましたが、自分の言葉に何ひとつ責任を持たない政治家が考え出したものに効果があるのですかねぇ。

仏教婦人会研修会で18願を解説しましたが・・・
2018/01/16
昨日は今年初めての仏教婦人会研修会があり、18願について話しました。導入は《七日正月》と《小豆正月》で、そこから《小正月》に進んで「1月15日がなぜ国民の祝日だったのか」を話してから18願に入ったのですが、肝心の18願の解説はなかなか難しいものです。特に「乃至十念」の解読には浄土宗との違いもあり、簡単に「~~が正しい」とは言えないからです。また、「唯除~」の部分も『無量寿経』と『観無量寿経』の間には(表面的には)矛盾も見えます。そのような問題点がいくつも含まれている18願ですから単純に「浄土真宗の大義を示すもの」という解説だけでは済まないこともあり、「如何にすれば分かってもらえるか」を考えるだけでも大変でした。「一度で分かってくださいとは言いません」と言って終わりましたが、つくづく解説する技量のなさにへこんでいます。かと言って《教義を解説するだけ》という講義方式ではいけないことも分かっていますから、余計に・・・。
今朝は早くから動いていますが、どうも朝から暖かい一日になりそうですよ。

今日は邪気を払う《小豆粥》の日です
2018/01/15
「年のうちに春は来にけり ひととせを 去年とや言はむ 今年とや言はむ」という和歌がありますが、昔は旧暦(太陰暦)の為に1年が360日でした。そこから12月の最終日が《大晦日》と呼ばれるのですが、昔の人達は常に自然とともに生活をしてきたことが分かります。そして、360日を季節の変わり目に合わせていくつかに区切ってそれぞれに節句を設けましたが、それが《五節句》と言われるもので、七草がその最初に当ります。その七草の日は「七日正月」とも言われ、《7草粥》を食べて邪気を払う日になっていますが、同じ「邪気を払う」日に1月15日もあります。この日のことを元日の「大正月」に対して「小正月」と称して小豆粥を食べることから「小豆正月」とも言われます。そして、武家社会では男の子の元服をする日でもあったことから、「成人の日」という国民の祝日でもあったのです。
今年の「成人の日」は《はれのひ》という会社のために暗い門出の日になった人達も大勢いましたが、せめて今日の《小豆粥》で邪気を払って人生の門出としてくれれば、幸いです。

大雪で思い出すタローとジロー
2018/01/14
予報と違って鳥取市内は思っていたほど積雪がありません。そのため、庭の木々も枝折れ(前回の雪では前庭のツツジが折れていました)がなくて済みそうです。「竹に雪折れなし」の言葉通りに竹はグッとしなりますから、折れることはほとんどありません。それが折れるときは突然の大雪で絶えきれなくなったことが原因ですが、今回の雪ではそんなことはなさそうです。
雪と言えば、南極観測隊が大荒れのために泣く泣く観測基地に残してきた15頭の犬の中でたった2頭だけが生き残っていた、という話題が世界を駆け回ったことがありましたが、この2頭の犬がタローとジローであり、今から40年近く前の(昭和34年・1979年)の今日のことでした。あの当時の南極はまだ《温暖化》が顕著になっていなかった頃であり、ブリザードも越冬隊員が残れないほど激しかった中で1年間も生き続けた2頭の犬。生き延びることが出来たのは2頭の協力があったからでしょうが、普通ならば「捨てられた」という意識と厳しい自然環境から野生化していても不思議ではありません。しかし、次の年にやってきた越冬隊員の姿を見たときに喜んで飛んできたタローとジローの姿からは、どれほど隊員達から愛されていたかが伝わってきます。犬でさえも愛される心は通じるのに、《親に愛されず、虐待される子ども達》はどんなに辛く悲しいことでしょう。最近は悲しいニュースが多すぎます。

風邪ではなくて気管支炎でした
2018/01/13
咳が止まらないために昨日病院に行きましたが、診察の結果「気管支炎です」と言われました。そして、「ここしばらく来ておられませんね」とも・・・。何しろその病院で最後に診てもらったのが10年近く前であり、この10年間に病院に行ったのが白内障の手術とその事後診療だけでしたから・・・。別に健康だったというわけではなくて何度かケガをしたり咳き込んだりしたことがありましたが、ケガは別としてほとんど自然治癒で済ませていたからです。しかし、今回の咳には降参。咳の度に胸は痛むし横になっていると呼吸の度に変な音がするし、頭痛はするし・・・。やはり「餅は餅屋」、体調が狂ったときには医者に診てもらうことが一番ですね。
昨日の写真は境内にあるドウダンツツジの下に生えている水仙ですが、この寒さで蕾も凍えているように見えます。また、横にある八朔の木では《木守り柿》ならぬ《木守り蜜柑》が色づいています。今冬は外れ年のためにつけた実もこの一つだけでしたので、そのまま《木守り》として残しておきました。

外は凍結、中は時季外れの花が・・・
2018/01/12
昨日は一日中凍結状態で、郵便局に投函に行くだけでもヒヤヒヤものでした。やっと寺に帰ってきて安心したとたんにツルッ!幸いにして転ばなかったのですが、昼になっても溶けなかったために運転が怖くて病院に行けませんでした。15日には上洛してご門徒に頼まれている本廟への納骨をする予定ですが、このままではとても体力が持ちそうもないので、今日はなんとかして病院に行くつもりです。
ところで、毎年冬になったら室内に入れていたブーゲンビリアが今年は何故か1輪花をつけています。毎年のように葉が落ちて裸木になってから枝を剪定するので、この冬も同様にしていました。しかし、今年は何故か裸木になってしばらくしてから葉が出始め、気が付くと花がついていたのです。冬のことですから真っ赤ではなくて薄ピンクですから、最初は枯葉だと思っていたほどです。残念ながら私のカメラでは接写がうまく出来ないし、たとえ出来ても薄ピンクの姿がきれいに写りませんので、写真はあきらめましたが・・・。もっとも、「時季外れに花が咲くのは、子孫を残そうとするため。肥料をやらないと枯れるよ」と言われましたので何とかして肥料を購入しに行きたいのですが、この風邪がねぇ。

どうやら本格的な風邪の初期症状のようです
2018/01/10
一昨日から喉の奥がいがらっぽくて空咳ばかりしていましたので、とりあえず薬を飲んで休むことにしました。しかし、昨日は完全に風邪の症状が出てしまい、ガラガラ声寸前です。夜中でも咳が止まらないので、2時前に眼が覚めてから朝まで熟睡が出来ませんでした。15日は当寺の仏教婦人会研修会があって一口法話もしなければなりませんが、それまでになんとか声の調子が戻ってほしいものです。その15日ですが、研修会が終わったらすぐに上洛する予定です。本山の御正忌報恩講が16日に終わりますのでそれにお参りしたいのと、ご門徒から頼まれている本廟への納骨もあります。心配なのは今日から雪という予報が出ていることですが・・・。とにかく、何はともあれ、風邪を早く治すことですね。

PCは楽だけれど、思い出はガリ版の時の方が・・・
2018/01/09
ここ数日は喉がいがらっぽくて空咳をしていましたがとうとう昨日はひどくなり、結局《のど飴》の世話になる半日となりました。それが原因かどうか分かりませんが夜中も充分に眠れず、何か疲れが取れない雰囲気です。何しろ年末から(3ケ日を除いて)ずっとPCに向かって書類の作成や印刷にかかりきりだったこともあり、その疲れが原因の一つだとは思っていますが、まだまだ書類作成は《山積み》状態です。もっとも、現在はPCが活躍してくれていますから何とか助かっていますが、それ以前の負担は言葉にならないほどでした。それでもガリ版による手書きから始まってタイプライターに、そしてワープロへと進んで現在は「大抵の家に1台はある」と言われるPCになったので、その負担も多少は軽減されています。あとは「PCが予測不可能な状態になった時のパニックからいかにして逃れるか」でしょうが、こればかりは「自称機械音痴」の私にとって最大の難関ですが・・・。
こんなことを書いていると、インクで汚れないように黒い腕カバーをつけて1枚1枚ローラーで印刷をしていた学生時代が懐かしく思い出されます。ガリ版を使ってやっと書き上げた原稿に罫線を入れたとたんに頭がまっ白になったことなども・・・ね。(ガリ版を使ったことのある人は、きっと同じ経験をしたことでしょう)

親子で5つの元号を体験できる?
2018/01/08
昭和天皇の崩御によって「平成」という元号が当時の小渕議員によって提示されましたが、その平成も来年の4月で終わります。しかし、その平成が始まったのは昭和64年1月8日、つまり30年前の今日でした。亡父は明治39年生まれで亡母は大正元年生まれ。そして私は昭和生まれですから親子合わせると4つの元号を生きていたことになりますが、1年4ケ月後には5番目の元号を生きることになります。いくら親子でも生涯にせいぜい2つか3つの元号を生きるのが精一杯でしょうが、私たちの世代(第1期ベビーブーム)には親が明治や大正生まれという者も多くいます。そう考えると、私たちは5つめの元号を肌で知ることのできる最初で最後の年代になるのかもしれませんね。
そんなことを考えながら窓辺に置いている蘭を見ていると、初めて鉢植えのデンドロビュームが花を開きました。昨日の写真に蕾を載せましたが、今日はその開花した写真にします。

何か大切なものが抜け落ちていませんか?
2018/01/07
昨日の『独り言』で「すずなとすずしろは誰でも目にしている」と書きましたが、この二つはかぶらと大根なのです。教員の時には必ずと言っていいほど毎年このことを話しましたが、実はもう一つ《五節会》についても話しました。「日本には昔から大切な5つの節句があってそれを《五節会》と読んでいるが、3月3日の《桃の節句》・5月5日の《端午の節句》、7月7日の《七夕》、9月9日の《重陽の節句》とあと一つは何か」という質問も毎年の恒例ですが、月と日が同じであるためにほとんどが1月1日だとの回答。しかし、正しくは1月7日の《七草》なのですよね。まぁ、政府自体が《成人》の意味も考えずに1月の第2月曜日を「成人の日」と制定するくらいですから高校生が《五節会》を知らないのも当然でしょうが、今度は18歳を《成人》とする法案が出されるとか・・・。これは投票権の年齢に合わせているせいでしょうが、もっと人間としてそして日本人として、抜け落ちている根本をどう埋めるかを先に考えることの方が大切なのではないでしょうかねぇ。小学校での英語授業や道徳の授業化等に必死になるよりももっと大切なものがあるように思えてしかたないのですが・・・。

明日は《七草》です
2018/01/06
明日は7日『七草』の日で、《五節会》の中の一番最初の節句に当ります。「正月の行事で疲れた心身をさっぱりと清め、明日からの新しい生活に向かってことを始めよう」という目的を持った行事で、現在ではこの日をもって正月が終わる(本当は、15日の『小正月』まで)と考えるのがほとんどです。そのためか、郵政省も52円の年賀葉書の使用期限を7日までとし、8日からは10円切手が必要になります。うっかりとそのまま投函すると返送されるか受取人が負担することになりますので、要注意です。まぁ、当選番号を確認したら、官製葉書に交換しておく方が無難でしょう。
ところで、七草といえば山上憶良が「せりなづな ごぎょうはこべら ほとけのざ すずなすずしろ 春の七草」と詠った『万葉集』の短歌(和歌という表現は、平安時代から)が誰でも口を突いて出るものですが、せり・すずな・すずしろの3つは普段でも目にしていても、その他のものはめったに見かけなくなりました。周りに原っぱを見かけなくなったせいもありますが、古老達から「これが~だよ」と教えてもらう機会がなくなったのも原因の一つかもしれませんね。その意味でも、今朝の新聞に載っていた河原町の行事は大切にしてほしいものです。

正月早々の悲しい出来事に対して・・・
2018/01/05
昨日の池坊保子委員長の会見で気になる言葉がありました。確かに「相撲は礼に始まって礼に終わる。その礼を大切にしてほしい」という内容は納得できます。相撲に限らず柔道・華道・茶道・書道なども「道」がついている以上同じですが、気になったのはそこではなくて最後の「~~と私は思います」の部分です。この言葉を聞いたとき「今言うべきは評議委員会の報告であって、個人の意見・感想ではない。ここは『評議委員会としては~』と言うべきだろう」と思いましたが、さて、どうでしょうか。
ところで、今朝の新聞にまた悲しい出来事が載っていました。2人の子どもが浴室で死亡した、というものです。浴室と脱衣場の温度差から脱衣場に暖房機を置くことが推奨されていますが、今回の事故はその脱衣場にある電気ヒーターが原因ではないかと言われています。本当にそうなら親心がアダになったのであり、母子3人の幸せな生活が正月早々に一瞬で不幸のどん底に落とされたことになります。確かに「生まれ出づる者は、いつか必ず終わりを迎える」ことは否定できないものですが、この母親の気持ちを考えたとき、親鸞聖人ならばどのようなお話をされるのでしょうか。
(誰もいない公園には子ども達が遊んだのでしょうか、《ケンパ》の輪だけが残っていました)

正月番組では《ライブ》に餓えています
2018/01/04
正月番組は娯楽番組ばかりでそのほとんどが録画ですから、新しい出来事が知りたいのになかなか手に入りません。やっと聞けたと思ったら、ホッとするものは何もなし。その中で、箱根駅伝の影に隠れて報道されなかったものに《市民ランナー》川内氏のボストンでの世界新記録があります。-17度という極寒の中で実施されたボストン・ニューイヤーマラソンに参加したわずか3人のうち2人が途中棄権した中で完走した川内氏のスタイルは黒タイツに目出し帽。もともとマラソンは《孤独な競技》と言われますが、その姿でただ1人走り通した川内氏の記録は76回目の2時間20分以内(世界記録は75回)ということで、「週40時間働く公務員ランナーが作った世界記録」としてボストンでは大々的に新聞報道もされているようです。
箱根駅伝は正月の娯楽番組の中で唯一と言ってもいいほど人気あるライブですからそれを否定はしませんが、「もっと多くの視野を広げた番組がほしい《餓えた3ケ日》」になった3ケ日間でした。

今日で《3ケ日》が終わります
2018/01/03
「正月は3ケ日だけ」ということで4日から仕事が始まるのがほとんどであり、私も教員時代には4日から出勤していました。もっとも生徒はまだ《お休み中》でしたが・・・。
その中で、既に2日から始まっている所もあります。昨日は昼前に大丸で池坊の花展を見て、その後に北イオンの近くの店舗内でやっている《絵手紙展》を鑑賞に行きました。この花展には私も40年ほど前に何度か出品した経験がありますが、正月ですから松竹梅が中心で、それ以外には千両や万年青や水仙等がよく使われていました。近年の花展は材料も派手になって蘭や様々な種類の百合がよく使われていますが、やはり《日本人》なのか、昔から用いられている花材の活け花に目が引かれました。
また、絵手紙展はご門徒が出品しておられる関係から毎年行っていますが、今年も積雪がなくて無事に鑑賞できました。
3ケ日が過ぎれば幕や打敷を外す予定ですが、ただ今日は嫌な風が吹いています。もしかすると雪になるかも・・・。

今月は古稀を迎えます
2018/01/02
元旦会から始まった今年ですが、外は上天気。12月の積雪が夢のようです。しかし、東北方面ではここ数日の間にまた寒波に見舞われるとの予報が出ています。雪も大切な自然現象ですが、何事も「過ぎたるは及ばざるが如し」の言葉通りに《適切な量》がいいのでは・・・。もっとも、その《適切な量》というものが場所や人の立場で違ってくるということも事実ですが。
ところで、今の時間は午前0時20分。なかなか寝付けないのでこの『独り言』を書いています。こんなことで今年は無事に乗り切れるのか心配ですが、今月は同窓生に少し遅れて古稀の誕生日を迎えますので、体調管理に気を付けて乗り切るつもりです。

心にゆとりを持ってスタートしましょう
2018/01/01
「明けましておめでとう」と言ってもいいものかどうか、大晦日になって「鳥取県南部町の寺院で本堂が全焼」というニュースが飛び込んできました。宗派としては別の寺院ですが、当寺も鳥取大震災や大火災で罹災していますので他人事とは思えません。本堂からの出火と新聞に書いてありましたから漏電かローソク等の不始末が原因かもしれませんが、とにかく「来年は明るいニュースがほしい」と書いた31日の『独り言』が打ち消された思いでした。
とにかく今日から平成30年がスタートします。新聞にも「天皇が行事に参加される最後の年」と書いてありましたが、いろいろな意味で人生にとって重要な年になりそうな予感がします。そのためではありませんが、今月の掲示板は見ていただければ分かりますように、新年を祝っての言葉にはせずに「ゆとりを持っていこう」的な言葉にしています。1年の始まりがピリピリギスギスしたものではつまらないですものね。

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