9月
2020/01/01

8月
2020/08/18
 ホームページの動作不良が発生しているので、「住職のひとりごと」を外部に移動しました。
以下がURLになります。

http://siunzan.blog.jp/

昨日はHPが作動不能になりました
2020/08/17
15日の『独り言』を打ち込んでいる時に突然に写真が消えたので「あれっ?」と思っていましたが、そのまま打ち込み終了。しかし、その後はエラーが出てHPが使用不能に!しかも会社は夏休み。仕方なく今日まで待って対応してもらったところ「写真ソフトが壊れていた」とのこと。結局昨日の『独り言』は打ち込みが出来なくて今日から再入力になりました。
ところで、午前中に納骨に行きましたが、身体をチリチリと焼くような太陽光線に体育祭を思い出しました。もう15年近く前のことですが、今から考えると、かんかん照りの真下でよく倒れなかったことだと思います。なにしろ生徒とは30年以上の差があったのですからね。幸いにしてテント内で過ごす時間が多少はあったとはいえ、生徒会主任としては殆ど出ずっぱり状態でしたから・・・。それでも湿度が低いのはやはり過ごしやすいですね。
(今日の写真は、日陰で咲いているテッセンにしました)

浄土真宗の教えは・・・
2020/08/15
今年の盂蘭盆会も法要は午前・午後ともにありますが、一応今日が最終日です。ただ、今年はどこも計画変更に悩まされたようで、毎年千代川土手で実施してる精霊送りは服部のイナバさんに会場変更になりました。また、3密を避けるために参詣も供物もすべてなし。ただ読経しておられる僧侶の姿を配信するだけです。もっとも浄土真宗では「仏は常に側にいて私を支えていてくれる」という教えですので精霊送りというものがなく、それぞれの寺院がそれぞれの場で盆法要を勤めています。ついでに言えば、同じ理由で昨日の新聞に載っていた《迎え火、送り火》もしませんし、今日の新聞に載っていた《精霊馬(牛)》も作りません。
釈尊という1人の仏陀の教えから生まれたものが仏教ですが、40年の長きに渡ってインド中を旅しながら説いて回られた釈尊の(救いの)教えは[待機説法]と呼ばれるもので相手によって説話の中身も仏も変わります。そして、それらの話が纏められた仏典の中から《最も大切な経典》を選んでその教えを説かれたものが各宗派の根底になっているので、宗派によってはまったく違う教えになることもあります。だからこそ親鸞聖人は「他宗を誹謗してはならない。ただ自分が信ずる阿弥陀如来の教えを大切にするだけだ」と説かれたのであり、そのことからも《精霊送り》などの行事は浄土真宗にないのです。
(1週間前に咲いていたウツギの花です)

今日は盂蘭盆法要の中日です
2020/08/14
昨日の盆法要は午前中のお参りが多く、本堂と納骨堂での読経と茶菓による接待の時間を十分に取っていたのですが、本堂での初盆法要を希望しておられた方の時間に間に合うかどうかヒヤヒヤでした。特に昨日は蒸し暑いうえに高温になり、本堂では4台のエアコン(2台が直結してあるタイプのため)を稼働させていたところが第一声が「寒い」とのこと。確かに扇風機で風を動かしていたこともあって、扉の中と外の温度差が厳しかったのでしょう。とりあえず室内の温度も適度に下がったので片方を切って法要に入り、『正信偈』をご唱和いただきました。ありがたかったです。
本堂の外では綿の黄色い花が咲いています。今年はプランターに多めの種を捲いたせいか、花が小さいようです。

盂蘭盆が始まりました
2020/08/13
今日から盂蘭盆会ですが、本堂での法要とは別に初盆のお参りを望まれたお宅には行かせていただいています。今朝も本堂での盆法要までの時間を希望されたお宅に行きますが、少し離れていても市内なので「車のを留める場所もないので、自転車で」と考えていましたが、朝から雨模様。これでは自転車は無理ですね。5時に起き出し、あちこちの扉を開いて準備万端なのですが、今朝の雨は予想外でした。。《う~ん、どうしようかなぁ・・・》
ところで、1週間前に購入した姫野牡丹が枯れそうです。購入後は玄関に置いて訪問客の目を楽しませていたのですが、その間は水やりがおろそかに・・・。慌てて外に出してからタップリと水をかけてやりましたが、この数日の猛暑のせいで予想外に水の蒸発が早かったようです。昨日は境内に置いている火鉢(中にはメダカがいる)の水草が繁っていたのでさびいてやりましたが、この猛暑で水を落とすものとは逆に繁茂するものもあり、ウロウロすることです。

供花を購入するだけでも大仕事です
2020/08/12
今朝は青空が見えているのにジトッとした空気で、本堂と納骨堂を開けてから山門に幕を設置しただけで汗が噴き出ました。いよいよ明日から盂蘭盆会が始まりますが盆前は何かと多忙になりますので、あちこちの供花は昨日しておきました。しかし、墓を買いに行った所は駐車場は満車で、結局ずっと端まで行くことになりました。ここでも検温からアルコール消毒と続き、それから購入です。あちこちに鶏頭や女郎花や菊やユリが一杯ありましたが、「品物を1本ずつ選ぶ」という余裕はなく、花生けに必要だと考えていたものを何種類かパッと取って(勿論マスク着用でしたよ)レジで代金の支払い。昨日(11日)でこれですから、今日はもっと混雑していることでしょうね。納骨堂も、明日からはきっと供花で一杯になることでしょう。
本堂は今朝も早くから正面を開けましたが、親鸞聖人側の灯明(電気ローソク)が点灯していません。調べると結線した部分のビニールテープの接着液が溶けて外れていました。すぐに結線し直したので大事には至りませんでしたが、この猛暑は人間だけでなくこんなものにまで影響を与えるのですね。本当に《要注意》の1週間になりそうです。

猛暑日が増えるのに反して人影は少なくなります
2020/08/11

今週は35度超の日が連続するとのこと。55年前の高校時代が懐かしいですね。30度で「暑い」と言っていた時代で、夏一杯を学生服で通した応援団の猛者がいたこともありました。お堀に咲いていた真っ白な大名蓮を見ながらの登下校や、下校途中に店でジュースの粉末を買って帰宅後に水を入れて飲んだりと、どれもこれも懐かしい思い出です。しかし、最近は連日の猛暑で、時には《酷暑》と呼ばれる日もあります。それに今年はコロナ禍という予想だにしていなかったものも起こり、なにもかもがひっくり返ってしまいました。例年でしたら既に9日からお盆参りをしていましたが、今年はそれが本堂と納骨堂での盆法要に変更です。本当にいろいろな意味で《寂しいお盆》になりました。「せめて、家族が揃って仏前で手を合わせる一時を持っていただけたら」と願うことです。
公園(元は当寺の墓地)にあるムクの木は鳥取大火に遭いながらも生き延びてきたもので、例年ならその木陰で涼んでいた人もいましたが、今年は枝が剪定されたせいか木陰も少なくなり、ラジオ体操の音だけが響く中で子どもの影も減りました。寂しいことですね。


感情にもてあそばれないでほしい
2020/08/10
昨日は午後から円護寺墓地(市が鳥取大火後に市街地に造成)にある県外門徒のお墓に献花香をしてお参りをし、夕方からわずかに残っている寺内の墓地の除草をしました。途中で雨にあいましたがなんとか最後まで終わらせました。まだ除草のしていない所はありますが、とりあえずお盆を迎えるのに必要な場所だけは終わったので、ホッと一息というところです。
ところで、昨日は松江の高校で1名の陽性患者が出たことを知りましたが、今朝はその高校で91名の陽性患者が出たというとんでもないニュース。サッカー部員の集団発生(クラスター)ということですが、島根県の発生者は99%が松江であり、その大多数がこの高校の関係者です。今日から「十分な措置をとる」という条件で甲子園で高校野球の特別大会が開かれますが、いくら徹底していてもウィルスは存在します。「病を得るときには得るが良い。死ぬるときには死ぬが良い」とは良寛和上の言葉ですが、今の我々にはそれを素直に受け止める心構えが出来ていません。そこから青森のように帰省者を非難するメモが生まれるのでしょうが、せめて人間である以上は感情にもてあそばれることはしないでほしいものです。

初盆法要をお勤めして・・・
2020/08/09
今年はコロナの関係で盆参りを中止し、代わりに本堂でのお勤めに替えました。今までも15日の夕方に《盆法要》を勤めていたのですが、今年は13~15日の3日間(午前10時と午後5時)の6回としましたが、初盆のお宅だけは既に1日から初盆法要を勤めさせていただいています。もっとも同席される人は家族だけというのが殆どですが、中には「誰も帰ってこないので、法要は辞めます」というお宅もあります。こちらとしてはたとえ1人でも一緒に仏様に向かって手を合わせていただきたいのですが、「辞める」と言われるのに「絶対に勤めなさい」とは言えません。ですから、「仕方ないですね。では、いつか落ち着いた時に皆様と一緒にお参りしましょう」と言うだけにしています。浄土真宗の教えでは「盆になったら仏が戻ってくる」ということはなくて「常に側にいて見守っていてくれる」というものであり、だからこそ、より多くの人と一緒に心を込めて合掌したいですからね。
(今日の写真は、3日前に載せていたアメリカフヨウを接写したものにしました)

暦では《立秋》でも、やっぱ「暑い!」
2020/08/08
こんなに猛暑が続くと心身ともにダウン寸前です。しかも、昨日も今日も暑さだけでなく湿度も高く、少し動くだけで汗びっしょり。まるで熱帯雨林にいるようです。そんな昨今の気候ですが実は暦の上では既に《立秋》で、「暑中見舞い」から「残暑見舞い」になっているのです。とても信じられませんが・・・。前の川で悠々と泳ぐ鯉が恨めしい!
目の前に吊っているサクラランから蕾が姿を現しました。春に薄桃色の花を咲かせたので今頃咲くはずもないと思っていましたが、確かに蔓の途中にあるコブのところから蕾が出ています。これも《異常気象》のせいなのでしょうか??開花したら写真を撮って載せたいものですね。

1月
日本語をもてあそぶのも総理の資質?
2020/01/31
国会討論の珍答弁に《ご飯パン論》というものがあります。「今朝はご飯を食べましたか」という質問に対して「ご飯は食べていませんが、パンは食べました」というものです。この場合の《ご飯》と言えば誰でも《朝食》を意味することは分かっていますが、それを《米の飯》と狭義に捉えて「質問されているものについては知りません」と回答して逃げるやり方ですが、今回の総理の答弁はそれを上回った珍答弁でした。「募っていますが、募集はしていません」って、本当に総理は日本人?さすがに「《募集》の《募》を《つのる》と読むことくらいは知っていますよ」と質問者もあきれていましたが、早くも今年の『流行語大賞』はこれに決定ですね。
ところで、昨日は5七日のお参りをさせていただきました。お仏壇の前に座るとフッと漂ってくる甘い香り。「あぁ、蝋梅ですね」と言ってから『正信偈』の読経に入りましたが、「芳しい薫りが漂っている」と釈尊が説かれたお浄土の姿が思われ、亡き人に対するご家族の気持ちが伝わってきたことです。
(今日の写真は、半月前は蕾だった胡蝶蘭にしました)

本当に「1月は《いぬる》」月ですね」
2020/01/30
1月も明日まで。まったく時の経つのは早いものですが、この1月も雪の姿を見ませんでした。いい加減に除雪機を仕舞おうかとも思いますが、2月は旧名では『如月』で「衣さら着=寒さが厳しいので、衣を更に重ねて着る」が語源ですから、やはり3月まではそのままにしておくべきなのでしょうね。その必要性が考えられない1月でしたが・・・。
窓辺では胡蝶蘭が2鉢とも可愛い花を拓いていますし、その隣ではデンドロが咲いています。昨年末に咲いたものは赤紫の花でしたが、今度は黄色の花。両方の写真は以前に蕾の時のものを載せていましたので、とりあえず開花している写真を撮ってこの欄に載せようと思っていますが、法務に月末の多忙さも加わって頭では考えていても(年齢も関係しているでしょうが・・・)行動が伴いません。2月分の掲示板は書いたので一安心ですが、来週は鳥取因幡組総代会と仏壮の共同企画による研修会が当寺を会場に持たれますので、その準備もしなければなりません。ゆっくりと温泉にでもつかって英気を養いたいところですがそうもいかないので、いただいた柚で作ったジャムでも食べてシャキッとしますか。

人命よりもメンツが大事なの?
2020/01/29
新型コロナウィルスで国内初(中国人観光客のバスの運転手)の感染者が出て大騒ぎですが、肝心の武漢にいる日本人の国外脱出については民間のチャーター機が1機しか届かず、200人程度しか戻れませんでした。現地にはまだ400名を超す帰国希望者がいるのに、です。安倍総理は民間機2機と政府専用機2機を使って一度に帰国させると発表したのに、中国側が政府専用機を拒否。その理由は「自衛隊機が護衛に当ることを認めない」とのこと。また、日本政府も「アメリカ人の帰国に先んじて日本人を帰国させると、相手のメンツをつぶすことになる」というつまらない理由で、結局1機だけになり、しかも「次の予定は未定」とのこと。発生源である中国もそうですが、肝心の日本政府自身が「人命よりもメンツ」を重んじる態度に疑問を感じざるを得ません。まぁ、今の国会答弁を聞いていると《我が身が大事》の姿がありありと見えますから、それも当然かなと・・・。でも、こんなことでは若者に政治に関心を抱かせるなんて不可能でしょうがねぇ。

亡母と同じ歳になりました
2020/01/28
私の母は72歳で突然の往生でしたが、私もとうとう同じ歳になりました。7人兄姉の末っ子である私が亡母と同じ歳になったのですから、何か不思議な気持ちがします。勿論、私と母の72年はまったく違います。母は戦争と戦後の混乱期そして連続して襲ってきた災害(地震と大火)を受けながら、住職を支えて7人の子どもを育ててきました。そんな母だからこそ、「門徒は寺があって門徒であり、寺は門徒があって寺である」という言葉が出たのでしょう。確かにかつては寺の存在が一番であった時代もありましたが、多くの悲しみを経験してきた母だからこそ、「寺と門徒は互いに寄り添っていくことが大切」であり「報恩感謝の心を持つことが大切」であることを実感として私たちに伝えたのでしょう。私も坊守もその母の教えを受け継いで常に《感謝》の心を持つことに努めていますが、私たち夫婦が母の教えを受けることが出来たのもわずか7年間。本当に突然の別れを迎えたその同じ歳に「とうとう」と言うか「やっと」と言うかは別として、私もなりました。

人間の傲慢さと油断が原因か
2020/01/27
今日は差温が下がって寒い朝ですが、本当はこれが普通です。と言うよりも、本来ならばもっと寒いはずですが、とにかく今年は異常と言えるほどの暖冬です。その中ですっかり冷え込んでいるのがスキー場と観光客相手の商売でしょう。新型コロナによる罹患者の爆発的な拡大によって、とうとう中国政府が観光旅行で出国することを禁止にしました。武漢市に対する突然の出入り禁止で《監禁状態》になった人達もありましたが、今度は出国禁止。逆に言えば、前日までにその場を離れた人達の帰る場がなくなったということです。東日本大震災の時もそうですが、《突然の布告》によって自由を奪われた人達にとっては「泣きっ面に蜂」かもしれません。もっとも、今回はウィルスの拡大を防ぐという大義名分がありますから反論は出来ませんが、どちらも予防と対応がほんの少し早ければある程度は防げたかもしれないものです。結局は人間の傲慢さと油断が生んだ事象と言えるかもしれませんね。

蝋梅をいただきました
2020/01/26
昨日はたまたまスイッチを入れたテレビが相撲の結びの一番。貴景勝と朝乃山の一番には力が入りましたが、上手を引かれてからの逆転に「あーっ」のため息が・・・。これで今場所の優勝は、もしかすると幕内番付最下位の力士となるかもしれません。白鵬の《横綱相撲》に嫌気が差していた中での大荒れの初場所。こんな結果も相撲の楽しみなのかもしれませんね。
ところで、当寺の蝋梅は去年の剪定でバッサリ枝を切られたので咲いていませんが、昨日はご近所の方から満開になった蝋梅の枝を何本もいただきました。さっそく花瓶に活けて玄関に飾りましたが、何とも言えない香りが満ちあふれています。水仙のかそけき香りも素敵ですが、秋の金木犀の香りと同様に厳寒の中で強く香る蝋梅には春の到来を感じさせるものもあり、どこか心躍る素晴らしいものですね。

大切な方がまた一人往生されました
2020/01/25

昨日はご門徒のお通夜を勤めましたが、その方は、坊守がパッチワーク教室を作ってご門徒の方々の憩いの場とおしゃべりの場を作りたいと思っていた時に真っ先に「じゃあ、私が指導してあげる」と言ってくださった方でした。指導と言っても《教師》という形でなく、あくまでも「どうしたらいいか分からない」場合に「こうしたらどう?」と自分の経験から得た知識を教えてあげる程度でしたが、それがかえって楽しい雰囲気を作ることにつながり、10年以上経った今でも《手が半分でおしゃべりが半分》というような場になっています。
もともと先代の坊守(亡母)が「お寺は敷居を高くしてはいけない。誰でも気軽に入ってこれる場にすることが大切」と言っていたことを坊守も受け継いで今に至っているわけですが、その基礎の形成に一役買っていただき、4月に実施するパッチワーク作品展示会には是非ともおいでいただきたい方でした。本当にありがとうございました。


新型コロナウィルスの入国を阻止できるか?
2020/01/24
大寒が過ぎたとは言え連日の10度を超える気温とは《異常》以外の何者でもない現象ですが、それとともに新型コロナウィルスによる疾病が異常な速度で拡大しています。以前SARSの発生源を見つけた香港大の管教授によると、「今回の拡大は、SARSの100倍」であり、しかも「武漢の市場は既に閉鎖されているので、発生源の確認は困難」とのこと。
今は7時25分ですが、番組の中で突然に「日本国内における2人目の感染者が出た」と伝えました。その発表の後は通常の放送内容に戻りましたが、中国では最初に発生した武漢を出発する航空便や列車・バス等の全交通機関を禁止して《封じ込め作戦》に出たということで、「一日違っていたら、私も閉じ込められていた」とインタビューで答えていた人もいたほどです。そんな中で一千万人超の人達が国外に出る《春節》が始まりましたが、ゴーン氏がいとも簡単に密出国できた日本で本当に《水際作戦》が成功するでしょうかねぇ。
(5日前に載せた有楽椿[ウラク椿]を枝から切り、壺に活けて玄関に飾りました)

国会議員の顔の皮はどれほど厚い?
2020/01/23
NHKのラジオ番組で「今日の出来事」というものがあり、朝は5時30分頃に放送されます。枕元の目覚ましはラジオ付のために5時に設定していますが、まだボーとしているせいかニュースは時々聞きそびれてもさすがに30分経てば頭も少しはスッキリしますので、この番組をよく聞いています。今朝も「へぇ~、そんなことがあったのか」と聞いていましたが、残念ながら何があったのか思い出せません。これもやはり《前期高齢者》のせいでしょうか?
ところで、最近のニュース解説では新型コロナによる罹患者数の爆発的増加と中国の春節による世界各地への病原菌の移動が中心になり、数日前に盛んに言われていた総理の所信表明でのIRでの贈賄問題や《桜》問題等の国会議員の不祥事がかすんできた気がします。二階氏は「桜はもう散った」と言って平然としていますし、取り調べを受けた議員も何もなかったような顔をして議員席に座っています。よく国会議員は「国民の信を得た」と言いますが、国民からNOを突きつけられても平然とできるようになっている法律が不思議ですね。

とりあえず治療から《無罪放免》になりました
2020/01/22
男が老齢になると2人に1人がなるという前立腺の異常。私も前立腺癌に罹って半年前に放射線治療をしましたが、昨日の診察(CTも含む)をもって何とか《無罪放免》になりました。ほっとした途端に思い出したのが朝食を取っていなかったこと。客間に置く洋服掛けを買う用事もあったので食事がてら病院を後にしてホームセンターへ行きましたが、「身も心も軽く・・・」とまではいかなくてもホッとしたことは確かです。帰寺してからはまだ手をつけていなかった事務仕事に取りかかりましたが、今日はこれから参道の脇で目立ち始めた草取り(これも暖冬のせい)をするつもりです。今日は午後から寺族婦人会(各寺院の坊守=住職の奥さん)方の研修会が当寺を会場にして持たれます。前回に続いて「仏教讃歌を歌おう」ということのようですが、研修会の間は《留守居役》が私の仕事です。

今日は半年ぶりの事後検査があります
2020/01/21
暦の上で大寒を過ぎると春に向かうわけですが、「今冬最後の願い」として雪乞いをしたスキー場もあります。過日のご法事の時にも「雪が積もらないと、虫が死んでくれないので困る」という言葉を聞きました。でも、よく考えるとおかしな表現です。「~してくれる」とは相手に対する敬意であって普通なら「死なないから」です。しかし、一方で「虫のいない土は死んだ土だ」とも言います。釈尊は「この世は皆親兄弟」と言われ、親鸞聖人もその言葉を受けて「同朋」と言われましたが、その考えからすると虫も同じ命あるものであり、時には悪さをしても自分と同じ《生かされている》存在であるからこそ、人は敬意を持って向かっているのではないかと考えたりもするのです。
今日は半年ぶりの診察があります。昨日は広島カープの名選手だった北別府氏が血液のガンであることを公表されましたが、私も男に多いガンに罹っています。幸いにして発見が早く治療もスムーズにしましたので今は健康ですが、やはり事後検査は大切です。今日の診察はその事後検査ですが、辛いのは「朝食はダメ」という項目。朝ちゃんと食べないと動けなくなるのに!?
(今日の椿は大白玉です。写真ではよく似ていますが、やはりサイズがまったく違いますよ)

基礎をつけてこそ次が生まれる
2020/01/20
共通一次からセンター試験になった入試制度も今年まで。来年から新しい形でスタートしますが、その最後の年にカンニングとは、今後の入制度の不安さを暗示するようです。しかし、どのように変わっても、基礎がしっかりしていれば解けるはずです。たとえば、今回のテストで漢詩の読み方が出ましたが、五言も七言も語句の切り方を知っていれば簡単に解けるわけです。私の教員採用試験(50年前)でも「この漢詩の詩形とその理由を答えなさい」という問題が出ましたが、文字数と対句の形式と韻の踏み方が分かっていれば簡単な問題です。
「人は死ぬまで勉強だ」という言葉があります。人間が一度に理解できる範囲には限度があり、しかも次から次と新しいものが出ている現在、私も過去にはガリ版から始まってボールペン原紙やRiSOファックスに回転(ドラム)式のファックス、更にはタイプライターや『書院』『ルポ』というワープロ等の使用法を理解することから初めて現在ではそれがPCになっていますが、子ども達はスマホどころか今ではタブレットだけを持って教科書や辞書を持たない時代になっています。クリックさえすれば答えが出るために逆に大切な知識や技術が置き去りになっているのが現状だからこそ「温故知新」ということを再確認することが大切なのであり、今こそ「知識や技術という基礎をしっかりつける」ことに指導者も子ども達も向き合ってほしいことです。
(今日の写真は、少し開きすぎの白玉椿です)

今年は椿の開花が少し変です
2020/01/19
花好きな上に茶道の指導をしていた亡母が植えていたこともあって境内のあちこちに椿がありますが、今年の椿の開花がいつもとは違っているようです。普通なら今頃は雪をかぶった白玉椿がやっと蕾を膨らませ、その中で葉の陰で咲いている花を探して茶室に活けていたのですが、今年はピンクのウラク椿が既に満開になって(その他にも大白玉や五色椿も開花している)います。確かにこれらは冬季に咲く椿ですが、何と言っても「雪の中に咲く白玉椿」が冬のイメージに一番あっているように思います。もっともこの白玉椿には別の思い出もあります。枝に積もった雪を落としたところがウッカリと開きかけた白玉椿も一緒に落としてしまい、母から「折角開くのを待っていたのに」と愚痴を言われたのですが、まぁ、それも今では懐かしい思い出です。
今年はまったく雪の姿を見ていないので、もしかすると桜が開花するのも早いかもしれませんね。

やっと大山に積雪がありました
2020/01/18
市内ではそれほどには感じませんでしたが昨日は冷え込み、「山は雪かも・・・」と思っていました。今朝の新聞によるとやはり大山の中の原ゲレンデは積雪があって多くのスキー客が訪れたそうですが、それに比して氷ノ山では《雪乞い》をするとのこと。この差は標高の差なのかそれとも鳥取の東西に位置する地理的な理由なのか分かりませんが、教員時代には両方とも生徒を連れてスキー研修に言った経験がありますので、その時の様子を思い出して懐かしんでいます。圧雪でパンパンになった道路に対してゲレンデのパウダースノーは素晴らしく、そこで滑った気持ちよさは忘れられません。もっとも、《雪国》生まれでも技術的には《初心者》なのでボーゲン以外はダメでしたが・・・。それからもう20年近く経ちますが、太陽を受けて輝くゲレンデのまぶしさとスキーウェアの下に来ていたセーターで暑かったことは今でも鮮明に覚えています。
人によっては思い出したくないものもあるでしょうが、それでも楽しかったことも辛かったことも《記憶》として残っているということは、考えようによれば本当に素晴らしいことですよね。

人の悲しみ・苦しみを我がこととすることの大切さ
2020/01/17
あの未曾有の阪神大震災から25年。《記憶の風化》と感ずる人が6割という記事が載っていましたが、震災から10年目の社説には「あの時生まれた子どもが10歳になり、何も知らない子どもが増えている。このまま風化していくことが恐い」と書かれていました。それから15年経った現在ですからその怖れは益々高まり、その現実が「6割」という数字で表わされているのでしょう。命あるものは必ず終わりを迎え、葬送の場では悲しみに沈む人も多くいます。しかし、その《別れ》がいつか自分にも訪れることを殆どの人が理解していません。最近は《家族葬》という言葉をよく見かけますが、そもそも葬儀とは今までお世話になった方々にお礼を伝え、残された者のことを頼む場であるとともに、「誰にでもいつか終わりがやってくるのだから、《生かされている今》を大切にしてほしい」と伝える場でもあるのです。
寺田寅彦は「災害は忘れた頃にやってくる」と記しましたが、数多くの自然災害(中には人災もある)を経験している私たちにはもはや「想定外」という言葉はあり得ません。「人の悲しみ・苦しみを自らのこととして次に生かしていく」ことが今ほど求められていることはないでしょう。

恵比須大黒像が海底から引き上げられました
2020/01/16
阪神大震災から25年経ちましたが、その時たまたま神戸の友人の下宿に行っていた卒業生が倒壊に遭い、「持ち金を合せて必死で帰鳥した」という報告を受けたことがありました。去年はスーパーボランティアと呼ばれた人もいましたが、《ボランティア元年》はその阪神大震災でした。そして、その後数多くの自然災害が起こり、その都度ボランティアの必要性が説かれますが、現在問題になっているのは「すべてをボランティアの善意に頼らず、各自治体でも旅費の補助等が出来ないか」ということです。「せめて旅費だけでも補助できれば、より多くの人数が得られるのではないか」ということで兵庫県では既に実施しているそうですが、保身だけを考えている国会議員も一度ボランティア活動に参加して動いてみてほしいことです。
ところで、自然災害と言えば、東日本大震災の折に流されて行方不明だった気仙沼の恵比須大黒像が見つかり、海底から引き上げられました。恵比須大黒は鯛を抱えていることから大漁の神としてあがめられていますが、戦時中の供出によってなくなり、今回のものは戦後に作られた2体目だったとのこと。しかしそれも失われたので3体目を作っている最中の発見ということでしたが、それはそれとして、発見されたものは神社に奉納されるそうです。イランや韓国や桜問題に加えて登場した贈収賄議員のニュースばかりでなく、たまにはこんな嬉しいニュースもあるとホッとしますね。

前期高齢者の免許更新が済みました
2020/01/15
前期高齢者として初めての免許更新でしたが、《高齢者講習》を受けていたこともあってか、書類記入と視力検査が済んだら写真撮影があり、しばらく待って免許証を受け取ると「あとは帰ってもらって結構です」とのこと。長年ゴールドを続けた前回の更新でも短時間の講習があったので、室内で待っていたのにそう言われて一瞬「はっ?」。職員に「もう帰っていいのですか」と確認してセンターを出ましたが、手続きにかかった時間の方が長かったように思います。
ところで、今日は今年になって最初の当寺の仏婦研修会です。年末に石田雲鶴さんからいただいた屏風も今日まで本堂に飾って明日に仕舞う予定ですが、問題は「今日は何を話すか」です。《睦月》の意味については元旦会で話しましたので、今日は15日の《小正月》と16日の《御正忌報恩講》から入り、親鸞聖人の改名とその意図について話そうかと考えていますが、さて、上手くまとまりますかねぇ。なにしろまったく原稿を作らないでいきなり本題に入るのが常ですからね。
(境内を歩いて何種類かの椿の花を見つけましたので、今回はそれにします)

今日は免許更新に行ってきます
2020/01/14
昨日は久し振りに時間的に余裕が出来ましたので、坊守と一緒に米子に映画を見に行きました。途中は風が強くて軽自動車が揺られましたが帰りは風も収まり、途中にある吉岡の温泉に行こうということでISで下りたところが休館!またUターンして鹿野まで行きましたが、心配なのはガソリンの残量。何しろ軽ですから内容量も少なく、結局は鹿野市内のスタンドで10ℓだけ給油して帰りましたが、別の意味で疲れが残りました。今朝は納骨堂を解錠してから本堂で読経し、やっと落ち着いてこれを書いていますが、今日はこれから免許の更新に行ってきます。何十年も続けてきたゴールドでしたが、たった1度の一時停止違反でガックリ。本人としてはちゃんと停まったつもりでしたが、警官によれば「ちゃんと3秒は停まってください」とのこと。2秒程度ではダメなの?

愛犬の死を悲しむご門徒
2020/01/13
可愛がっていた犬の死を悲しんだご門徒から「お寺でお経を貰えないか」との依頼がありました。私は快諾して本堂で読経させていただきましたが、お参りは10人近い方が来られました。きっと家族や親戚にも愛された、それこそ「家族同様」の《そら》ちゃんだったのでしょう。釈尊の悟られた《縁起》の教えには「我ありて彼あり、彼ありて我あり」とあり、「この世のありとあるものは皆親兄弟である」と説かれました。私は読経の後の一口法話でそのことを使って「誰も一人でここにいるのではない。多くのものによって守られ支えられて今ここにいるのだ。この《そら》も犬という形を持ってはいるが、私たちを支えてきた存在であり、家族である。だからこそ、今まで互いに支え支えられあってきたことを大切にしてほしい」と話しましたが、犬や猫が事故に遭って死ねば、保健所では《ゴミ》と同じに取り扱うのだそうです。これも人間の傲慢さが根底にあるのかもしれません。「四海同胞」と坂本龍馬が言いましたが、それを忘れて国家や人種、性別によって相手を差別し迫害する人間の傲慢さがすべての原因なのかもしれませんね。もう一度釈尊の「皆、親兄弟」と説かれた言葉を味わってほしいものです。
(今日の写真は、3度目の開花をした胡蝶蘭にしました)

《成人》って、そもそも何?
2020/01/12
今日は『成人の日』ですが、第2月曜日が祝日になったのは2000年からで、《ハッピーマンデー》と称して「月曜日を祝日にして3連休にしよう」という考えがあったからです。その根底には世界から「日本人は働き過ぎる」という非難があったからだそうですが、本来の《祝日の意義》からは当然のごとく外れています。『成人の日』の趣旨は「大人になったことを自覚し、自ら生抜こうとする青年を祝い励ます」ことであり、そのために「一人前になったことを示す《元服》の儀式」を行った日を『成人の日』に決めたのですが、現在はただ単に「3連休にすれば、家族で旅行も出来る」程度の理由で第2月曜日に閣議決定されたのです。この考えで変更になったのは『体育の日』もそうであり、「戦後日本の復興した姿を世界に知らしめる」という立派な理由も今では国民にまったく伝わっていません。「3連休にする」というつまらない考えで勝手に祝日を変えるから、かつての沖縄の成人式(近年はその姿も変わってきているそうです)のように「大人になったことを自覚」していない者達による野放図な成人式が行われるのではないでしょうか。数年後には20歳という年齢が18歳になるわけですが、それに関連する『少年法』の問題も「同じ高校生でも大人とそうでない者がいることはどうするか」という問題も解決していない現在ですから、投票率を上げたいという単純な理由で決めた《成人》の年齢変更がはらむ数多くの問題を今後どのように解決していくのでしょうかねぇ。

蘭がまた咲き始めました
2020/01/11
今冬は暖冬で日本列島の半分にはまったく降雪がないという異常さですが、沖縄では早くも桜が開花したとのニュースです。もっとも、桜と言ってもヒカンザクラ(緋寒桜)ですから、ソメイヨシノの薄桃色とは違って緋紅色の花びらが特徴です。この花は春の花展でもよく使われるので、見知っている人も多いのではないでしょうか。
ところで、年末に境内であれほど咲き誇っていた椿も今はひと休憩の体ですのでこの欄に使う写真が少なくなって困っていましたが、窓辺に置いている蘭がまた咲き始めました。年末に2度目の花が散った胡蝶蘭はまた3度目の花を見せていますが、別の鉢のデンドロビュウムは年末につけた蕾が膨らんできて、とうとう2~3日前から開きました。年末に咲いたのは紫色が入ったデンドロでしたが、今回は白色の花です。胡蝶蘭とデンドロ。これでまた数日分の写真が出来ましたので、一安心です。
(とりあえず、今日はデンドロの膨らんだ蕾の写真にしました)

記録も記憶も簡単になくなるものなの?
2020/01/10
一昨日の風と昨日の雨で参道に落ち葉が張り付いていますが、今朝は晴天ですから乾いて掃き集めやすくなるものと思います。しかし、落ち葉は掃き集めれば綺麗になりますが、意図的に破棄された重要書類は二度と元に戻りません。そのためにバックアップがされるのであり、当寺でも大切なものはPCで三重に記録(過去にはフロッピー2枚に記録して保存したりMDに保存したときもあった)しているほどです。必要な資料をすぐに見たい時には、何と言っても印刷してあるファイルを調べる方が便利ですけれどね。当寺でさえもそうしているのですから、「資料がないから分からない」とか「保存期間があるため、廃棄した」と答弁する国会は不思議でなりません。過去の大切な資料をなくして、どうして「過去を振り返る」ことが出来るのでしょうか。中学や高校で『温故知新』という言葉を習ったはずなのに、国会議員になったとたんに突然に記憶から消えてなくなるのでしょうか?そうだとすると、《最高学府》出身という学歴を誇っている議員達にチコちゃんが「ぼーっと生きてんじゃねえよ」と怒るでしょうねぇ。

これも異常気象の現われ?
2020/01/09
昨日の《春の嵐?》のせいか参拝者用の下足置きが風で倒れ、柱に紐で固定しました。還骨法要の後でお参りの方達は2階大広間で食事をとられて暗くなってから帰宅されましたが、その時は風も少し落ちていましたので助かりました。私の方は夜になってからこの欄に使う写真の被写体を求めて何点か撮りましたが、今日はその中の一つを載せることにしています。
ところで、昨日のニュースは介護施設での殺人事件の公判とイランの報復攻撃、そしてゴーン被告による発表で一杯でした。弁護側の主張している《精神疾患》を示すためのパフォーマンスとしか見えない法廷での被告の態度もあったり、「日本の司法は《推定有罪》だ」と訴えたゴーン被告もいたりと何かと耳目を集めた昨日でしたが、その中で突風による足場の倒壊や屋根が吹き飛んだニュースには驚き以外の何者もありません。本当に、この時期にはあり得ない《嵐》でしたから・・・。

今日は異常に暖かくて気持ち悪いです
2020/01/08
今朝から異常に暖かい気温になり、「何かの前触れか」と思わされています。この時期に16度を超えるとはまったく異常ですよね。確かに気圧配置から考えれば《春一番》とも思われる激しい風が吹くようですが、やっと降り積もった雪を喜んでいる人達にとつてはさぞかしうらめしいことでしょう。
ところで、鳥取因幡組の組織の一つである門徒推進委員会(略して門推)の前会長が往生されました。私も連続研修の事務局長として多少とも関わりがあった方です。最初に組長から届いた訃報(FAX)に続いてまた同様のFAXが届き、一体何ごとと驚きましたが、どうも「最初にいただいた院号に《遠慮文字》が含まれている」とのことで、新たに別の院号が付与されるとのことでした。そう言われれば確かに親鸞聖人に関係する漢字が入っていましたが、普通はなかなか気づきません。《遠慮文字一覧》でもあれば別ですが・・・。
(この欄に載せる写真のストックがなくなりました。今日の法務の後でまたあちこち探してみますが、とりあえず京都市内で見つけた石像を載せます)

「昭和は遠くなりにけり」
2020/01/07

以前ご門徒が住んでおられて今は空き家になっているお宅を借りた方があり、その家にあるお内仏の遷仏法要を勤めさせていただきましたが、その家を借りた人は坊守の実家の幼稚園に通っていた方であり、ご主人は坊守の義妹の実家がある所の出身とのこと。こんな偶然もあるのかと驚きましたが、やはりこれも《ご縁》なのでしょうね。
ところで、今日は五節句の一つである「人日」で七草の日ですが、実は昭和最後の日でもあります。昭和天皇の崩御された日が昭和63年1月7日で、明日が小渕さんが『平成』と書かれた額を掲げて平成元年になった日でした。でも、現在の変化するスピードの中ではそんなことも昔のことなのかもしれませんね。あぁ、「明治は遠くなりにけり」どころか「昭和は遠くなりにけり」の感です。そう言えば、過日の俳句の番組に出ていた殆どの若い人達が「湯豆腐のすがたつ」という言葉を知らなかったのには夏井先生だけでなく私も驚いたことです。


仕事始めと体調管理
2020/01/06
鳥取でも最低気温が2度とのこと。そのせいか、今朝の空気は《冬そのもの》という感じでした。「上州名物、かかあ天下に空っ風」という言葉がありますが、これは風が体温を奪ってしまうために寒く感ずるのであって、雪が降るから寒いのではありません。むしろ、雪の積もる方が寒くないのかもしれませんね。だからこそ、暖冬で雪の姿をまったく見られない時ほど一日の温度差が厳しくて体調管理が難しくなるのであり、空気も乾いてくるので風邪を引きやすくなるのです。いよいよ今日から仕事始めという人も多いことでしょうが、数日間をのんびりと過ごした分、今まで以上に体長に留意してほしいものです。特に、家庭に子どもやお年寄りがいる家庭では、「外から帰ったらうがいと手洗いをしなさい」と子どもに言うだけでなく、自分自身も心がけてほしいものですね。
ところで、昨日の写真は元旦会に使った『はなびら餅』です。中心の牛蒡を白あんで包み、表を求肥でくるんでいる和菓子で、裏千家が初釜に使う《祝い菓子》です。和菓子は季節毎にいろいろな形がありますが、『はなびら餅』は年に1回だけしか使われないものですので、私もこれを見ると「お正月」を実感することです。

正月休みも今日までです
2020/01/05
3ケ日が過ぎた昨日は山門の幕を外しましたが、「本堂等の打敷は7日正月までにすればいい」と、少しずつ後延ばしにしています。雪が積もれば境内や駐車場の除雪も増えるので仕事がかぶらないように一気に片付けるのですが、どうも《のんびりムード》に浸っている現在です。もっとも、2月にある組の総代研修会の案内と参加者の集約をしなければいけないので、除雪がなくても仕事はいくらでも控えていますが・・・。
今年は正月休みの3日に加えて4日と5日が土日になっているために殆どの仕事始めは6日からですが、毎年の楽しみだった正月の初生けは2日。しかし、新聞の行事欄にはそのことが載っていなかったので「おかしいな」とは思っていましたが、会場になるデパートが開く時間を待っていそいそと行ったところが、催し物のある階には《改修中》の張り紙が!歌舞伎のセリフではありませんが「今年は春から縁起がいいわい」とはならなかった今年の正月でしたので、果たして今年は何が起きるやら・・・。

福袋の楽しみは・・・
2020/01/04
正月の楽しみと言えば初売りの福袋かもしれませんが、ずっと昔に市内のオモチャ店で福袋を買ったところが正に「売れ残り」と思われる物ばかり。勿論今はそんなことはないでしょうが、その時のショックが今も続いていて、それ以来一度も買ったことがありません。今では中身を初めから伝えている店もあるようですが、福袋はあくまでも「福を買う」というもので宝クジ同様に一種のギャンブル性も含まれていますから、中身が最初から分かっているのがいいかどうかは人それぞれでしょう。もっとも、私のように「ショックで二度と買わない」と思う人は最初から買わないのが正解かもしれませんね。
当寺の元旦会用に準備した福袋はあくまでも子どもが対象ですから、中身はいつも「空くじなし」のお菓子の詰め合わせにしています。でも、家に帰ってから「大人ばかり食べている」と子どもに泣かれるのは私の責任ではありませんよ。

石田雲鶴さんから屏風をいただきました
2020/01/03
昨年末にこの『独り言』の欄を新しく作り終わってホッとしていましたが、元旦に書き始めようとすると何かおかしい。写真を入れるようになっていないし、やっとその項目を作り直したら今度は月日の記録欄がない!よく考えるとコンテンツタイプが《日記》になっていなかったので、そのために1月1日分を書き終わってから2月~12月分を改めて作り直しましたが、本当に元日早々からパニック寸前になりました。
今朝は早くから納骨堂を開けて新聞を取り、朝のお参りを済ませてから事務室でこの欄を書いています。昨日は暖かいのか寒いのか分からない一日になりましたが、年始挨拶に来られたご門徒によるとお母さんが風邪気味とか・・・。とにかく不安定な気候ですから、私も体調に気を付けて過ごしたいものです。
昨年末に石田雲鶴さんから屏風をいただきました。中国古典から取ったもので「福」や「春酒」という漢字があるため、元旦会で紹介できるようにさっそく本堂に立てましたが、さすがに本堂内ではそれほど大きく感じませんね。

1月を「睦月」と言う意味は・・・
2020/01/02
昨日は元旦会を勤めましたが、毎年お参りしていただいたご門徒の中で往生なさった方もありますが、年末に突然のお別れをなさった方のご家族もおられ、一緒に心を込めて読経させていただきました。抹茶で接待させていただいた後は家族でおせちをいただきましたが、それまでの疲れが出たのか、午後はダウンしていました。
法要の後でいつもするのが一口法話ですが、今回の元旦会では《師走》から入って《睦月》の意味に続き、「1年の最初の月を《睦月》と言うのは、年の初めに家族が仲良く過ごすことを目標とすることでその年が素晴らしいものにしようという意図がある」と話しました。去年は《桜》問題を初めとして車の運転等でもあちこちで《自己中心》の行動が見られましたが、今年はお互いが「仲睦まじく」過ごすことを目標としたいものですね。それこそが《人間》である証拠なのですから・・・。

令和2年が始りました
2020/01/01
とうとう令和2年が始りましたが、「大晦日から大荒れになる」との予報も出て雪を心待ちにした人も多かったことと思います。しかし、結局は霙が降っただけの一日でしたが、午前中は風が強かったせいもあって境内は落ち葉だらけ。そのため、元旦早々に境内の掃き掃除からスタートです。そして、今日も[元旦会]から法務が始ります。本堂の荘厳も終わり、後は開始時間を待つだけです。
昨年は消費増税とともに自然災害が続いた年でしたが、その他にも《桜》《公文書の破棄》《忖度》等々で閣僚の不祥事も続出した年でした。せめて今年は平穏な1年になってほしいものです。
今年もなんとか頑張って『独り言』を書き続けるつもりですので、宜しくお願いします。

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