7月
浅利慶太氏が亡くなりました
2018/07/19
今回の水害で助けを求めている人達をボートや水上バイクで必死に避難所に届けた人や、埋まった家の泥や流れ着いた材木等を運び出す人、人命救助の結果自らが流されて死亡した警察官、最愛の子供を亡くした親たち。異常とも言える今回の高温の中で熱中症になりながら必死で復旧に努めている多くの人達がいる一方、そんなことには目もくれないで国会議員6増とギャンブル法案を何とかして採決するために国会を延期までする自己中心の議員達。もうこれはマンガにもならない異常な《世紀末》状態で、何も言えません。そんな議員達ですから、舌禍や酒盛りによる国民の非難も何のその。正に「勝てば官軍」的意識で「寄らば大樹の陰」と権力にすり寄るのも恥とは思っていないため、外から見ると余計に無様なんですけれどねぇ。
そのような日本の中で、自分の悲惨な戦争体験を後世に伝えたいとの思いから『戦争3部作』のミュージカルを作り上げた浅利慶太氏が亡くなられました。私も元演劇部顧問であり、劇団四季の舞台が好きで何度か東京や広島等に見に行ったことがありますが、最近の劇団四季は余りにも大きくなりすぎた感がします。大きくなりすぎると末端まで血液が流れなくなるものですが、四季には今の国会のようにはなってほしくないと願っています。

《~つもり》はコワイですね
2018/07/18
昨今の異常高温、ちょっと目を離すと境内の植木がグッタリ。特に鉢植えの紫陽花はその傾向が激しく、前日にホースで水まきをしたのに昨日は萎れ気味でした。この原因は水をやった《つもり》になっているせいだとは思いますが、このように《つもり》になって失敗することはよくあります。物をいつもの所に置いたつもりでうっかりと適当に置いてしまい、後で慌てて探すこともしばしばです。しかし、こんな《つもり》は可愛い方でしょうが、一番困るのは「火を消したつもり」「ブレーキをちゃんと掛けたつもり」等の《つもり》です。なぜなら、それらは自分だけでなくて他人も巻き込んでしまうことがあるからです。最近よく見られる「アクセルとブレーキを間違えた」というのも、結局は「自分はちゃんと運転している」という《つもり》が原因かもしれません。先日もご門徒の墓参りで坂道を歩いて登りましたが、足腰はダルくなるし息は切れるしで、暑さに負けただけでなくつくづくと《歳》を実感しました。自分ではまだまだ元気な《つもり》でいたのですがねぇ。
しかし、公園に作られているこの花壇は一体どんな目的があるのでしょうか。たいした花も植えられていないのでとても「きれい」とは思えないし、ただでさえ狭い所なので邪魔になるだけですがねぇ。市としては「いいことをした《つもり》」なのでしょうかねぇ。

椅子もエアコンも、すべてご門徒のため
2018/07/17
「異常気象もここまで来ると・・・」という程の高温が続きます。しかも、夕べのニュースではこの先1~2週間は続くとか。この猛暑で聞こえてくるるのが、お参りに来られた方々の本堂での第一声「あぁ、涼しい」です。当寺の正面は川のために時には涼しい風が入ってきますが、裏側は民家ですから風が入りません。そのために「夏場にお参りされる方々にゆっくりとみ仏に向かってほしいから」という思いで数年前に本堂にエアコンを入れました。まさかこんな猛暑や酷暑の日が来るとは思ってもいませんでしたが、「ご門徒のために」との思いで設置した椅子(40脚)とともにこのエアコンも皆様に喜ばれています。もっとも、私はしっかりと法衣を身につけた姿で正座して読経していますから、汗びっしょりですが、それでもやはり、お参りしてくださっている方々が暑さや足のしびれで《気もそぞろ》では、せっかくみ仏に向かって合掌される時間がもったいないですからね。「お寺はご門徒あってのお寺、ご門徒はお寺あってのご門徒」は前坊守(亡母)がいつも言っていた言葉ですが、坊守も私もそれをしっかりと守って実践している現在です。
(山草の姿は、どことなく涼気を感じさせますね)

逆光ではまともに見えなくなるのです
2018/07/16
この猛暑で本堂の供花も人間もグッタリです。昨日はお勤めの後で墓にもお参りしましたが、元気なのは雑草だけでした。しかし、その猛暑の中で被災者は勿論のこと、救援に精を出しておられる警察やボランティアの方々の苦労は大変なものでしょう。特にここ数日は異常な暑さでもあり、くれぐれも熱中症にならないようにしてほしいものです。
ところで、ある自治体では避難先の人々に「総理の意向で体育館にエアコンを入れました」と言ったそうですが、この言葉には疑問を感じます。まるで「総理の意向だから入れたのだ。そうでないと・・・」というようにも聞こえるのであり、それこそ自治体による「被災者よりも総理が重要」という《忖度》そのものに思われます。被災した自治体は何より被災者のことを第一に考え、(総理に《忖度》するのではなく)国に対して復興に対する支援を強く訴える気概が求められますし、それは自治体の《権利》であって《依願》ではありません。かつて鳥取も西部地震を経験しましたが、当時の知事は国に先駆けて県独自で被災者に対する復興資金の援助を約束しました。今回でも早速に知事は被災者に向けて住居の提供を申し出ていますが、どの自治体でも長は常に「我が県民」「我が市民」という意識で足元に目を向けてほしいものです。同じ吊り鉢でも逆光ではまともに見えなくなるのと同じで、視線が逆になると正しいものも見えなくなりますから・・・。

気象庁の発表よりも高い気温ですよ
2018/07/15
昨日は猛烈な暑さで、多治見市では39.8度とか・・・。その他にも37~38度程度は当り前という、正に鍋底にいるような暑さでした。この猛暑も数日は続くということで余計にグッタリしていますが、気象庁から発表される気温はあくまでも《百葉箱》によるもの。そのため、実際に生活している場所の気温はアスファルト等の照り返しもあるので3~5度程度は高くなるのだそうです。なにしろ《百葉箱》の設置基準は厳しく、「風通しのいい場所で、下は芝生等が生えている照り返しのない所」とか「中に熱をためないように上質の木材を使い、外壁は白色」「内壁は熱をためにくいもので二重にする」等の条件があります。以前にも草が箱の周りに生い茂っているために「通風が悪いので不適」とされたものがありましたが、《緑のカーテン》と称するゴーヤや朝顔などによる簾作りで少しでも涼しく過ごそうとしている我々にとっては、百葉箱のあるところが誠に羨ましいことです。
まぁ、こんなことですから、気象庁の発表をそのまま鵜呑みにしないで自分なりに注意した方がいいですね。メダカだって昼間は睡蓮の陰でじっとしているのですから・・・。

大丸が事業再建!?
2018/07/14
「鳥取大丸が販売事業を分割して再建」とのニュースが流れました。かつて鳥取には2店舗のデパートがあり、その一つが現在は物産館と呼ばれている駅前交差点にある建物で「とりせん」と呼ばれ、屋上には飛行機の形をしたメリーゴーラウンドがあって子供達の夢の場所でした。そして、もう一つがこの大丸で屋上には小鳥売り場もあり、ここも子供達の遊び場でした。もっとも、私にはこの大丸に苦い思い出もあります。
小学生の時にやっと貯まった小遣いでどんな文具を買おうかとあちこち見て回ったところが万引きに間違われました。その時の私の手の中には握り込んでいた小遣いがあっただけでしたので《無罪放免》になりましたが、家に帰った私から話を聞いた今は亡き母が「子供を盗人にするのか!」と大丸に怒鳴り込んでいったのです。その後、大学生になった私は過去の体験を封印し、冬休み(夏は盆参りがあるため)に大丸の売り場でのバイト。催し物から酒や商品券の売り場に配置されたり、一度は外商の事務にも回されましたが、その時に得た給料で両親に初めてお年玉をあげました。母からは毎年のように「子供から初めて小遣いを貰った」と喜ばれたことを今も懐かしく思い出します。そんな悲喜こもごもの思い出がある大丸が事業再建とのニュース。驚きましたが、それでも「店と建物は存続する」とのことですので、ひとまずは安心しています。

しかし、蝉もトンボも少なくなっています・・・
2018/07/13
夏本番に突入しているのか、蝉の声が聞こえています。去年はいつから聞こえだしたのかと思って昨年の『独り言』を開いてみると「7月7日の夕方にニイニイゼミの声が聞こえ始めた」とありましたので、今年もほとんど同じ頃(7月10日)に聞こえ始めたのことになります。やはり自然は数日の差こそあれ、ほとんど同じ周期で動いているのですね。しかし、今回のような豪雨は子供の頃には経験がないので、これは自然災害と言うよりも温暖化という人間の傲慢さが原因の人為災害かもしれません。今年の永代経講師は大阪のために列車の不通でおいでになれませんでしたが、報恩講の講師は広島(呉市)の方です。被災が心配になって見舞いの手紙を出しましたが、無事であることを祈ります。
昨日の朝、境内にある花ザクロの枝に蜻蛉が止まっていました。昔はどこにでもいたモンシロ蝶もムギワラトンボもまったく見かけなくなった今、このハグロトンボを見つけただけで嬉しくなるのはどうしてでしょうか?近づくと逃げてしまうので離れて撮った写真ですから少しブレていますが、本物が少なくなっている昨今ですから、昆虫採集ではなくて写真撮影で満足している昨今です。

14日から「はくと」が運行再開です
2018/07/12
豪雨で分断された智頭鉄道も途中の智頭までは「特急はくと」を運行(鳥取~智頭間は代替バスを運行)することになり、これで京阪神からこちらに通ずる《山陰の東の玄関》が確保されることになります。京阪神から鳥取方面に通ずる列車は、この智頭鉄道以外にも岡山~鳥取の因美線や岡山~米子の伯備線がありますが、どちらも復旧のかなりの時間がかかります。そのためにこの智頭鉄道の開通が復興の足がかりになりますが、こんかいのことで開通した直後のあの阪神大震災で部分運行されたことが思い出されます。この鉄道は元田中総理の《日本列島改造論》で90%以上も完成しながら、あと少しというところで頓挫。ですから、この開通は県民の長年にわたる願いでした。そして、それが開通したとたんに阪神大震災で大阪が不通となったため、その前後を部分運行して人々を運んだということがありました。その後、一度だけ佐用の冠水で運行に支障をきたしたことがありましたが、それ以外は京阪神と鳥取を結ぶ重要な《足》としての役割を果たしてきました。
今回の豪雨による被害は中四国の多岐に渡っていますが、それでも鉄道が再開されることは、どこであっても物心ともにありがたいことです。

『独り言』を立ち上げた目的とズレてきている現状
2018/07/11
昨日も書きましたが、安倍総理を含めた自民党議員の酒盛りについてツィッターにも堂々と(?)写真をアップしていますが、神経を疑います。加えて、7日の豪雨で死者が出ている京都でも自民党議員がビアパーティーを開いていますから、いかに自民党が緩んでいるか、情けない思いです。加えて、あどけない我が子の死を知って号泣している父親もいるのに、昨日は「災害復興よりもカジノ法案が優先(しかも、自民党委員長の判断)」という国会ですから、こんな人達に国民の命を任せなければならない現状に寒々としてきます。潜水艦に衝突されて水産高校練習船の生徒が死亡しながら森元総理はゴルフを止めなかったため、遂に解散に追い込まれたことがありましたが、そんなことも「喉元過ぎれば~」なのでしょう。今の安倍総理は何とかして国民の視線を避けようと「中東訪問を取りやめ」と言っていますが、そのことは今回の被害予想が為された数日前から既に意見具申されていたとの報道もあります。
(こんな情けない文句やグチを連日のように書くために『住職の独り言』を始めたのではないのですがねぇ)

こんな時に酒盛りをしているなんて・・・
2018/07/10
この度の西日本豪雨での死者は広島・岡山・愛媛の3県だけて100人を超え、全体で死者が126人、行方不明者は86人ということですが、この数には鳥取の1人が加わっていませんので実際にはもっと増えるでしょうから、《未曾有の大災害》は間違いありません。しかし、安倍総理も髪を振り乱した姿で「速やかな対応を・・・」と言っていながら、現実には災害対策の長である総理を初めとして防衛省や復興省、果ては法務省の大臣達が議員会館で酒盛りをやっていたというではないですか。きっと、「オウム関係者の死刑実施というニュースで国民の目を文科省から逸らした」と言って酒盛りをしていたのでしょう。それでなくては法務省の上川大臣がいるはずがありませんから・・・。こんなニュースを被災された方々が聞かれたら、どれほど怒り悲しまれることでしょう。実際に、この度の豪雨では必ずや被害が出ることは予想可能だったはずです。この鳥取市内でさえも《避難警報》のアラームが鳴り響いたほどですから。安倍総理は慌てて会見を開きましたが、すべて「遅きに失した」対応です。昨日も書きましたが、自然災害がこれほどまでに度重なっている現在では「復興」ではなく「防災」に視点を置いた対応をすべきでしょう。それでなくては、愛する方を亡くされた方々やすべてを無くされた方々の苦しみ・悲しみがまた繰り返されるだけですから。

災害が起きてからのことを考える前に・・・
2018/07/09
昨日もご講師がおいでになれず、結局2日間とも私の話になりました。一昨日の失敗から昨日は話の流れを考えましたが、やはり一度話し始めると脱線も多く、最後には何とか予定していた内容になって安心しましたが、授業と違って講話は難しいことです。
しかし、その時にも話しましたが、この2日間に永代経を勤められたことを有難く思うと同時に、被災された広島や岐阜の方々に対しては何と言えばいいのか・・・。こんな時ほど行政の素早い動きを期待したいことです。石破氏は「今ある《復興省》ではなく、《防災省》を作って度重なる災害に備えるべき」との意見を述べておられますが、これほど甚大な被害を起こす災害が増え続けている今、私も石破氏と同じく、政府には災害が起きてからのことを考えるよりも災害が起きないようにするにはどうすればいいのかを考えてほしいと思います。

予測不可能な大雨でした
2018/07/08
今年の永代経法座は、この大雨によって列車も道路も運行不能になり、結局ご講師は両日ともに来ることが出来なくなりました。昨日はピンチヒッターとして私が何とか話をしましたが、最後に「明日のご講師の法話を楽しみにしてください」と伝えたもののそれもなし。自然の力には勝てないので仕方のないことですが、2日間連続での法話話は経験がありませんので、何を話せばいいのか頭を抱えています。しかし、避難警報を受けて避難された方々や冠水された方、道路崩壊で《陸の孤島》化した方々に比べれば、《贅沢な悩み》かもしれません。とにかく今は「数十年に一度あるかどうか」という今回の大雨でしたが、多くの皆様に何もないことを祈るばかりです。
寺の前の袋川(唱歌『ふるさと』の「小鮒釣りし かの川」です)の水位も今朝は下がり、土手が姿を見せています。写真は撮っていませんが、ひとまずはホッとしている今朝の様子です。

鳥取にも《特別警戒警報》出る
2018/07/07
今日から2日間が永代経会ですが、鳥取にも今朝早々に大雨による《特別警報》が出て、市内の各地でも避難警報が出ました。40年ほど前にも大路川が氾濫したことがありましたが、今回も大路川の近くに住む家々に避難指示が出ました。「数十年に1度」という大雨ですが、高校時代には西町(現・日赤病院付近)も冠水して小舟が出たことがありました。私も膝まで水につかりながら歩いて家に帰ったことを思い出しましたが、現在は大杙地区から直接に千代川につながる《新袋川》が造成されたので市内の冠水もなくなりました。しかし、今回の大雨とそれによる避難勧告は経験がありません。昨夜から今朝にかけてスマートホンに直接に警報が入りますが、驚いて画面を見てもすぐに消えてしまって完全に読み終えることが出来ません。もう少し時間的に長ければいいのですが・・・。寺前を流れている袋川(『ふるさと』の川です)の状況を写真に撮って載せたいとは思いますが、「危険なことはしない」のが鉄則。とにかく、心配な2日間です。
※今回のご講師は伝道院(京都)におられますが、列車が動かないために講話が出来ません。私が代わって話すつもりですが、明日はどうなるか不明です。

政治家でなく《政治屋》ですか?
2018/07/06
今回の台風7号による大雨は各地に被害を出していますが、今朝の新聞には桂川の渡月橋の写真が載っていました。数年前にも氾濫して大きな被害を出した場所ですが、次の年には何もなかったかのような様子でした。有名な観光地ですので必死で復旧されたのでしょうが、他の場所はどうでしょうか。特別な地域でもない過疎地や、そこに住む住民も歳を取っていたりしたら、復旧自体が困難になる可能性もあります。現に、東日本大震災の被災者や熊本の被災者の中には今もって避難生活をしている人も多くいます。それなのに、国会では《目先の利益》のために嘘でごまかしたり問題を無視している閣僚もいれば、子供を医大に入れるために自分の立場を利用して便宜を図る官僚もいます。中学校の授業で習った倫理社会には《国民の代表》とか《公僕》という言葉が出ていましたが、半世紀も経った現在では《死語》になってしまったのでしょうか?
A。ビアスの『悪魔の辞典』には「『政治』・・・綱領競技(コンテスト)といった按配で、仮装して行う利害得失の争い。私欲のため国政を運営すること」とありますが、120年も前と同じことを今でもしているなんて、正にビアスの言う《政治屋》ですよね。

法座のお齋の準備は大変ですが・・・
2018/07/05
永代経会の日が2日後に迫っていますので、その準備に大わらわ。本堂の花瓶をすべて下ろして次の花が活けられるようにしたり、お齋会場である大広間の準備をしたり、境内の掃除もあって坊守と一緒にあちこち動き回っていますので、夕方には2人ともグッタリです。特にここ数日は台風の影響で蒸し暑いですしね。
ところで、当寺のお齋はすべて仏教婦人会の方々よる手作りです。そのため、法座の2日目は朝から台所で調理をされる方や配膳する方で大騒動になりますが、私はその日も法務が入っていますので皆様に「よろしくお願いします」と頭を下げるだけです。「お齋は婦人会による手作りを続けなさい」というのは前坊守(亡母)の遺言でもありますが、亡母は「お寺はご門徒がいてこそお寺なのだ」という考えから、いつも「お寺は敷居を高くしてはいけない」と言っていました。そのために茶道の指導で若い人達を招いたり、仏教婦人会の組織を立ち上げて勉強会(研修会)をしたり本山参拝をしたりと、とにかくご門徒と一緒にいろいろな活動をしていました。その母の活動を見聞きし、その意志を受け継いだ我々だからこそ、今もご門徒の助力を得て続けているのです。大変ですが、やりがいのあることです。

情報→自分勝手な理解→新たな情報発信→??
2018/07/04
経典ではお浄土や諸仏について説かれていますが、もともと「言葉もなく、形もない」世界のこと。だから、「釈尊が人間に説き伝えられたものは、あくまでも釈尊の悟られたものを、我々に伝わるように喩えられたもの」であるということを知っておかなければなりません。言うならば、山の頂上に行く様々な道を聞く人に合わせて話されたものであり、その「頂上にある世界ー浄土」も、途中におられる諸仏も、すべて釈尊が説かれたものです。しかし、ただ単に「素晴らしい世界」「清らかな世界」と口で言っても、誰も想像さえ出来ません。なにしろ、見たこともなければ聞いたこともない世界ですから・・・。そこで、釈尊は「極楽世界は~~となっているのだよ」と具体的に話されたので、聞いている者は容易に想像が出来たのです。つまり、「言葉もなく、形もない」ものを伝えるために言葉が大切な役目を果たしたというわけですが、反面、聞く者にとっては《自分勝手な理解・解釈》になることも多々あります。その《自分勝手な解釈》を「これこそが正しい。人に言うことは間違っている」と他人に伝えることほどコワイものはありません。なにしろ、聞いている者はそれが正しいのかそうでないのか分からないのですから・・・。最近のSNSもこれと同様です。インターネットによる情報も新聞もテレビも「情報が与えられた」だけであって、「それが是か非かを判断するのは自分自身だということを私たちはもう一度考えることが必要な時代になった」と思いますが、果たして人はどう思うのでしょうか。

もう歌丸師匠の噺が聞けないのは悲しいです
2018/07/03
桂歌丸師匠が亡くなられました。日本テレビの看板番組『笑点』にスタートからの登場であり、司会者になられた時は勿論、50周年をもって引退された後もイジられっぱなしでしたが、やはりこん平師匠とともに欠かせない存在でした。落語協会の会長としても活躍されましたがここ数年は体力も落ち、酸素吸引しながらの高座もあったそうです。今後は円楽さんのイジリもなくなりますが、イジリにはイジリで返していた歌丸師匠の当意即妙ももう聞けません。師匠の噺家としての技術と意志はこの公孫樹の若葉のように若手につながっているのでしょうが、もう噺が聞けないと思うと寂しいです。
寂しいと言えば、日本サッカーはベルギーに2点先取しながら同点に追いつかれ、最後のロスタイムで逆転されたとのこと。その中でインタビューしたメディアに対して長谷部主将は「今はまだ整理がついていませんので、何を話せばいいか・・・」と言っていましたが、心の整理がつくまで少しの時間を待てなかったのでしょうか?悲しんでいる被害者の家族にマイクやカメラを突きつけて《いい場面》を得ようとしたり、まったくメディアってものはいつも自分勝手です。今は「喜びに対しては一緒に喜び、悲しみに対してはともに悲しむ」という人間としての感情を捨てている者が優秀なメディアになれるものなのでしょうか??

夏に挿していた花が庭から絶えてしまいました
2018/07/02
6月末日の蒸し暑さから一転して昨日は「暑い!」の一言。明日影響があるという予報の台風7号による大雨が心配ですが、その中でも境内の睡蓮鉢ではメダカたちが元気に泳いでいます。毎朝口をパクパクさせて水面に出ていますので、朝の仕事に餌やりが加わっています。観賞魚用の薄っぺらな餌を指先でもみ砕いて水面に浮かべますが、すぐに集まってきます。鉢の中では睡蓮が1輪つぼみを見せていますが、メダカたちの元気に押されるのか隅っこにひっそりと・・・。そんな7月の初日ですが、残念なのは木槿に花芽が見えないことです。何年か前に境内に残っていた1本が枯れてしまったので根本に生えていた幼木を鉢に植え替え、なんとか1mになるまで育てました。そして毎年「今年こそ」と期待したにもかかわらず、今年もまたつぼみがゼロ状態。花がつけば永代経の講師部屋に飾りたかったのですが、別の花にしなければ駄目なようです。昔は何種類もあった木槿や夏椿を交代で花瓶に挿していたのに、それも今は「夏の夜の夢」になってしまいました。寂しいことです。せめてメダカに元気を分けてもらいましょうか。

今日から7月がスタートです
2018/07/01
今日から7月。旧名では『文月』ですが、旧暦では7月~9月が「灯火親しむ秋」というところからそう呼ばれるのでしょう。しかし、新暦では夏本番。梅雨に台風7号も加わって蒸し暑さが続いていますので、ご法事を勤める本堂には昨日から冷房のスイッチを入れました。これでご門徒の方々も心静かに読経に耳を傾けていただけることと思います。もっとも、内陣で正座のまま読経している私は汗が・・・。
今日の誕生日の花は《半夏生》だそうです。何年も前にお盆参りでご門徒のお宅に行ったことがありましたが、家の横を流れている疎水に下半分が白い葉の植物がびっしりと生えていました。気になって読経の後に聞いたら《半夏生》とのこと。名前は知っていましたが実物をゆっくりと見たのはその時が初めてだったので、そのお宅にお参りすると今でも懐かしく思い出します。その土地の持ち主が刈り取ってしまったので、今では1本もないのが残念です。人の趣味はそれぞれですから何も言えませんが、花が咲いていないものはすべて《雑草》として抜き取られてしまうこともしばしばです。その情景を見ると悲しくなるのは、茶道で床にいつも花を飾っていた亡母の影響かもしれませんね。(7月最初の花は、1枝だけ咲いたブーゲンビリアにしました)

6月
自分勝手な行動は迷惑です
2018/06/30
6月最終日の今朝は、境内に公孫樹の葉が舞い散っていました。昨日の荒天のせいでしょうが、「早起きは三文の得」ではありませんがすぐに掃き取りましたので、何とかきれいにはなりました。ただ外のゴミ置き場にはビール缶や食べ残しを一緒に入れた袋が出してあり、木曜日の収集車も取ってくれていないので、この暑さで臭いが出ています。誰が置いたかは不明ですが、町内の人は分かっていますからそんなことはしません。誰かが通りすがりに置いていった可能性もありますが、以前も花見シーズンに同じようなことがありました。その時も結局私が手袋をはめて指定の袋に入れ直したりしましたが、「《自分さえよければ》という自分勝手な行動」には周りが困るのですがねぇ。
そう言えば、「子供を産むかどうか」という勝手な発言を繰返す政治家に対し、外国では冷笑しているようです。そして、「そんな馬鹿な政治家に舵取りをされながら何も言わない」と言って国民もあきれられているようですが・・・。世界からは《言うべきことは言い、聞くべき事は聞く》という姿勢が日本人に求められているのでしょうが、さて、現状はどちらが欠けているのでしょうねぇ。

市場の花も夏になっています
2018/06/29

ここ数日の蒸し暑さは「さすが梅雨!」と言えるものですが、身体がダルくて大変です。昨日は本堂の花を買いに行きましたが、朝市では野菜も花も季節に応じたものが出ていますので、その変化がすぐに分かります。そして、昨日はグラジオラスが終わって向日葵が多くなっていました。もう少しするとリンドウが出てくると思いますが、昨日は中菊と小菊とともに向日葵を何本も購入して本堂と納骨堂に生けました。向日葵が少し残ったので玄関先にも生けましたが、それまでの百合とはまた違った雰囲気が感じられます。ただこの時期の花には水揚げがしにくいものもありますが、こればかりは《経験》がものを言うのかもしれませんね。ついでに、「植物の水揚げには、茎の皮を剥いて焼きミョウバンをつけるといい」と教えられましたし、「カヤ等にはウィスキーもいい」ということも聞いています。昔は切り口を焼いたり叩いてつぶしたりしたものですが、花の種類が多くなっている今は水揚げだけでも頭痛の種です。まぁ、一番いいのは毎日水を取り替えることと、時々は切り口を新しくすることでしょうかね。


気を抜く暇がありません
2018/06/28
21日の『独り言』に「笹百合が好き」と書きましたが、今日の花言葉がその笹百合(希少価値、上品)ですね。
ところで、今日は日本にとってW杯の最終試合です。今まで1勝1分ですので今日勝てば1位通過になりますが、別のグループにいた常勝ドイツが韓国に負けて最下位となるなど、戦いにおいて《絶対》はあり得ません。まして相手は最下位にならないように必死で向かってきます。日本選手も気を緩めることなく、かといって硬くならず、90分を戦ってほしいものです。一度歯車が狂ったら、元に戻すのは難しいことですから・・・。
6月も残すところ3日です。来週は法務以外に永代経会の日程も決まっていますので、その準備も含めて気を抜く余裕がありません。7月用の掲示板もまだ書いていませんし、中頃に発送予定の寺報の原案もまだ固まっていません。また、今日は本堂の花を生け替えることにしていますが、その前に花店で花材を選ぶこともしなければならないし、時には《悩み事相談》の電話(数日前にもありました)にも応対しなければなりません。本当にお寺の仕事というものはいろいろあるのですよ。

松本サリン事件から24年です
2018/06/27
平成6年の今日は『松本サリン事件』が起きた日です。物置の中に多数の薬品(庭木の消毒等)があったために容疑者扱いされ、後になってオウム教が関係していることが分かって疑いは晴れましたが、その間に受けた肉体的精神的苦しみを因幡組の連続研修の記念講演の中で話されたことがありました。私も聞きましたが、冤罪の苦しみは想像を絶するものだということがひしひしと伝わってきました。数ヶ月前にも死刑を宣告されながら無実を訴え続け、数十年経ってからやっと釈放されたという袴田事件がありましたが、高等裁判所ではまた「無罪の根拠なし」という判決。DNAによる検査も当時とは格段の進歩を遂げているにもかかわらず「それによって犯人でないとは判定できない」というのですから、警察や検察は「証拠がすべて」と言いながら最終的には人間による判断になってしまうのでしょう。しかし、その肝心の人間は常に「不完全に存在である」ということを忘れ、「自分が常に正い」と思い込んでいる部分もあります。そのため、逆に自分にとって都合の悪いことは「知らない」「忘れた」と言い逃れをする・・・。
つくづくと《権力を持った者の自分勝手》な面を見せつけられている昨今の出来事に情けなくなる思いです。

仕事も多いが、やり甲斐もあります
2018/06/26

早いもので6月も今週限りです。これで1年の半分が過ぎることになりますが、7月から8月にかけては法務以外にも行事予定に永代経会や盆参り等が控えています。そして、それに関するご案内もご門徒にしなければなりませんので、案内文とともに寺報の製作に追われます。なにしろ、どんなに遅くても行事の半月前までには皆様の手元に届けなければなりませんから。そのために寺報の原案作りにとりかかるのはどんなに遅くとも1ケ月前ですし、原稿製作から印刷、封筒に入れるための紙折りと同時に発送用の封筒印刷と、実に多くの仕事があります。それでも、封筒に入れる作業や各地区へ手配りしてくださる方もあって助けられていますが、それがなければパニックです。当寺ではHPにおける『住職の独り言』を毎日書き込む以外にも年間に5回の寺報発行(寺報は印刷も含めてすべて手作り)をしています。手間も郵送料も大変ですが、それでもご門徒から「読ませてもらっています」と言われると、疲れが飛んでしまいます。


連研(問題提起)の目的
2018/06/25
昨日の連研における問題提起には、さすがにだれもが「?」だったそうです。普段使っている「お経」という言葉に疑問符がつけられたのですから当然でしょうが、実は私の狙いもそこにあったのです。
子どもの頃は誰でも「なぜ?」「どうして?」と言って大人を困らせました。「どうしてお月様がついて来るの」とか「どうしてシャンプーすると泡が立つの」等々。そのたびに困ったという経験は、大人なら誰でもあったはずです。しかし、逆に考えれば、子どもが《疑問》を持つからこそいろいろなことが分かってくるのではないでしょうか。他から与えられたものを素直に受け取り、そこに何ひとつ疑問を持たないならば、そこには《成長》はないとも言えます。そして、その答やヒントはあちこちにあります。今回は普段使っている『経』の漢字に注目してもらい、それが《縦糸》を表わしていることから、「最も大切なもの」「釈尊の真実の教え」という意味を込めていることに注目すること。そして『仏説阿弥陀経』の最初が「我はこのように聞いた」で始っていることから、「経典の中身は、釈尊の教えを聞いた弟子達が釈尊の死後に集まってまとめたもの」だということに気が付いてほしかったのです。(でも、こんなやり方は、やはり《国語の教員》だったからでしょうかねぇ)


《お経》と《経》とは違う?
2018/06/24
大阪北部地震において、芸能人のSNSに炎上しているものが多いそうです。中には明らかに「これは被災者に失礼だろう」と思われるものもありますが、ちょっとした言葉に対して敏感(過ぎるほど)に反応したものもあります。以前にも書きましたが、言葉は《言霊》とも言われているように意味だけでなく感情も表わし、言葉のニュアンスやその場の状況によっても意味内容が変化します。そのことから考えると、現代人で最も言葉の使い方が下手な者は政治家がトップでしょうか。
ところで、今日は第10期連続研修の第3回目です。佐貫の同派寺院が会所でそこの住職が講師、問題提起が私になっていますが、今回のテーマは『浄土真宗のお経にはどんなものがあり、何が書かれているか』というものです。しかし、一般的に使っている《お経》という言葉と本来の《経》の意味は違っています。一般的に使っている《お経》には『浄土三部経』の一部である『讃仏偈』や『重誓偈』も親鸞聖人の書かれた『顕浄土真実教行証文類』(教行信証)の中の一部である『正信偈』もすべて指していますが、これらは本来は《聖典》と称されるものです。以前の「浄土真宗の教章」には《経典》として『浄土三部経』が表記されていますが、新しい教章では《聖典》として前述のもの以外も表記されています。言葉って、使い方が難しいのですよ。

ちょっとしたことが大きな痛みを生む
2018/06/23
昨日は「目がチクチクする」と書きましたがその後すぐに痛み出し、運転にも支障をきたすほどでした。そのために10時前に眼科医院に飛び込んで診てもらいましたが、やはり牡蠣の殻が原因でした。1㎜ほどの大きさの殻が角膜に張り付いていたことによる炎症でしたが、刺さっていなかったのが不幸中の幸い。もっとも、「本人は食べていないのですが」と言うと「それは本当に大変でしたね」と女先生に笑われてしまいましたが・・・。その後は炎症を抑える抗生物質を何度か点眼して過ごしましたが、本当に小さな小さな貝殻が原因の痛みに手も足も出ない1日で、「どこに不幸が潜んでいるか分からないのがこの世の常」を実感した昨日でした。(お陰で今朝は痛いもほとんど収まり、何とかこの『独り言』を打ち込めるようになりました)
ところで、大阪でのブロック倒壊は建築士の資格を持たない市教委の者による目視と打音検査だったそうです。「蟻の一穴」という言葉がありますが、「この程度なら~」という気の緩みが大きな被害を生んだのです。市民や国民を守るべき者は絶対に「このくらいなら~」という楽観をやめ、心を引き締めてほしいものです。

夏牡蠣の恨み?
2018/06/22
「Jのつく月には牡蠣は食べない」と言われますが、鳥取では6月にも牡蠣が食べられます。鳥取ではこれを岩牡蠣と言っていますが、子どもの頃はこの貝の身を剥いた後で殻は砕いて鶏の餌に混ぜていましたが、昨日はそれこそ何10年振りに貝を剥く作業にかかりました。しかし、あれだけ分かっていた貝柱がどこにあるのか分からなくなっており、ここと思ったところを金槌で砕いてナイフを入れましたが、いくつかは身がつぶれてしまいました。ところが、その時右目がチクッ!!どうも砕いた貝殻のカケラが目に入ったようです。その時は何ともなかったのですが、夜中に眼が覚めるとコロコロしてもう二度寝が出来ません。そのために3時半頃から起き出してしまいましたが、これはどうも眼科医院行きですね。もっとも、大学生の時に乗っていた列車で鉄粉が目に入り、診察してもらいに行った眼科医院で《目にメスが近づいて来た》というコワイ経験がありますので心配ですが・・・。
ここ数日間載せている写真は境内で咲いている様々な色と形の紫陽花です。これ以外にも毎年のように新しい種類が店頭には出ていますが、今日は隣の公園に咲いているものを載せます。確か「花火」とか「隅田川」とかいう名前の紫陽花だったと思いますが。

鉄砲百合は日本原産ですよ
2018/06/21
会期延長にはなりましたが、国会の最終日と大阪北部地震とW杯の3つの騒ぎに紛れこませたような加計学園理事長の謝罪会見の本意は何だったのでしょうかねぇ。
ところで、地震の被害とW杯の勝利の報道で明け暮れた20日から一夜明けた今日の《花言葉》はテッポウユリだそうです。これは普段はカタカナで書かれていますが、本当は「鉄砲百合」と書く日本原産の花です。この名の由来は種子島に伝来した鉄砲(そこから「種子島」とも呼ばれる)の口部分が開いているのに似ていることからついたものだそうですが、日本原産であるのに何故か「イースター・リリー」とも呼ばれています。そしてこの鉄砲百合は昔から「立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花」と美人の形容にも使われていますが、花言葉はそれにふさわしく《清い恋》《清純》そして《淑女》だそうです。
なお、日本の百合には別にオレンジ色の鬼百合もありますが、私は何と言っても甘い香りのする可憐な笹百合が好きですね。(蛇足ながら、今盛んに咲いているアジサイも日本原産と思っている人が多いようですが、実は丸い形の紫陽花は外国から入ってきた物であって、本来の日本原産の紫陽花は「ガクアジサイ」と呼ばれているもので、昨日の写真がそのガクアジサイです)

学校のブロック塀は耐用年数を過ぎていないか?
2018/06/20
今まで惨敗ばかりの南米(コロンビア)から勝ち点を奪った今回のW杯も大きなニュースですが、それよりもなお大きく報じられているのが大阪北部地震の報道です。特にブロック塀倒壊による小学生の死亡事故から、各地の学校におけるブロック塀の強度や建築基準の調査が行われていますが、多数の場所で不備が見つかっています。中には手で押しただけでグラグラするものもあり、如何に《箱物》だけに目が行っているかが分かります。当寺の第二駐車場でも隣家が3階建ての壁面にビッシリとブロックを積んでいますので、不安は不安ですが・・・。
新興住宅地では家を建てる場合の内規として「ブロック塀禁止」を謳っている所もありますが、旧市内の住宅地では逆に生け垣からコンクリート塀にした所もあります。50年前は戦後復興による建築ブームと《個人の尊重》という風潮からブロックやコンクリート塀による「隣家との境界」がもてはやされましたが、その頃に作られたものは勿論、その後に作られたものも耐用年数はとっくに過ぎているはずです。特に子ども達が集う場所では早急な点検をしてほしいものです。

京阪神が震度6でした
2018/06/19
昨日は外出先で地震警報が入り、その直後に大阪や京都が震度6弱と聞きました。大阪や奈良には知人がいますのですぐに連絡を取りましたが、「棚から物が落ちた程度」ということで安心しました。数年前の鳥取中部地震の時も京都にいましたが、「鳥取は震度5」と聞いて慌てて自宅に連絡を入れました。幸いにしてその時は何ひとつ被害がなかったのですが、今回の京阪神を中心とした震災では4人の死者が出ており、その中の2人は倒壊したブロック塀の下敷きになったとのこと。中でも小学生の場合はたまたま当番で早く家を出たのが災いとなったものであり、しかもその塀は違法建築の《プールの目隠し》であったとのこと。すぐに教員や近くの人たちがジャッキでブロック塀を持ち上げようとしたのに、全く動かなかったということです。今から考えれば「《目隠し》ならば板塀でもいいはず」と思いますが、何にしても悲惨な現実は既に起ってしまいました。今後は2度とこんな悲しい事故が起きないように、そして「喉元過ぎれば~~」にならないようにしてほしいものです。
ところで、地震の直後にはペットボトルの水やインスタント食品が品切れになったということですが、外国のように暴動にならないでタクシー乗り場も商店も大勢が並んで自分の順番を待つ姿は「さすが日本人」と思います。しかし、南海トラフが盛んに叫ばれている昨今、寺田寅彦の「天災は忘れた頃にやってくる」をつくづくと実感した今回の京阪神の地震でした。

「もの作り、日本」ここにあり?
2018/06/18
今でも覚えてますが、子どもの頃はオート3輪というものがあって、運転席のハンドルは今のように輪ではなくて自転車のハンドルと同じ形をしていました。ウィンカーも最初の頃は腕を伸ばして指示したそうですが、さすがに私の子どもの頃は人参のような形の矢印で指示するようになっていましたが・・・。その後は日本の国土に合わせてスバル360やキャロル、ホンダ360などの軽自動車がどんどんと出てきましたが、普通車は「車であっても商品ではない」と言われたりしていました。それが今や世界中で日本車が走っていますが、この度は世界最高峰のレースの一つである《ルマン24》で日本(トヨタ)の車に日本人のチームと日本人のドライバーという《日本一色》で1位と2位を独占しました。戦後の日本は車と飛行機に関しては常にアメリカの後塵を拝していましたが、ホンダ社製のジェット機の優秀さが認められて世界中で売れていますし、《低燃費》と《高い安全性》を持った車としてトヨタやマツダやスバルなどがどの国でも購入されています。今回の《ルマン24》での成績もそれを後押しすることでしょうが、残念ながら一部に見られる粗悪商品や勝手な自己判断による事故が後を絶ちません。「もの作り、日本」を作り上げた先人の遺志を思い出してほしいものです。

指導者とは『先達』と知るべき
2018/06/17

教師には部顧問がついて回りますが、私が初めて顧問になったのは、友人が立ち上げたバドミントン同好会でした。やったこともない運動のために何も分からず、ただ見るだけでなくて自分でも市民体育館に打ちに行ったりルールブックを買って読んだりして覚えました。その後は転勤の度に部が変わってもバドミントン部の顧問は10年(最後は15年近く演劇部顧問)ほど続きました。運動能力は別としても「身体を動かす」ことは元々嫌いでもないので、バドミントンやテニスを生徒と一緒にしたり、職員同士でテニスをすることも多々ありましたが・・・。そのような経験から分かったことは、顧問の資質とは「経験の有無」だけでなく、それが「好き」ということと「やってみよう」という気持ち(「自分も一緒に成長する」という意識)が大切だということであり、「教えてやるから、黙ってついてこい」的指導では(時にはそれがいいことも否定しない)完全ではないということでした。
現在いろいろなところで問題になっている運動部の指導ですが、指導者とは「何が彼らに必要か」「どの方法が最適か」ということを常に考え、彼らに《正しい道を指し示して、導いていく》者なのであり、言い換えれば「指導者とは『先達』でもある」ということが分かっていれば何も問題は起らなかったと思うのですが・・・。


人間の性と降圧剤の服用
2018/06/16
教員時代は毎年健康診断があって心電図から血圧まで検査していましたが、退職後はほとんど検査していませんでした。しかし、退職後に何かで診察してもらうたびに高い血圧を指摘されましたので、3月からは降圧剤を服用しながら毎日自分で計っています。その成果が出たのか、時々は上がったり下がったりしても何とか最近は120~130前後で落ち着いています。やはり母が高血圧気味でしたのでそれを受け継いだのかもしれませんが、服用によって治まっているのならば、それを止めるとまた上がる・・・?寺田寅彦が「災害は忘れた頃にやってくる」と言っていたように、大体においてホッと気が緩んだとたんに悪いことに出くわすものです。何事も充分過ぎるほどの注意が大切ですが、それが出来ないのもまた人間の性(さが)なのかもしれませんね。さぁ、朝食をとったら忘れずに薬を飲みましょうか。
植木鉢のチンシバイが真っ白の小さな花をつけました。今年は1本の枝先しか咲いていませんが、花が咲くのは嬉しいものです。しかし、ご門徒からいただいた《アンネのバラ》が葉を落としてきましたので、こちらは心配です。

言葉は《言霊》を忘れている昨今
2018/06/15
2ヶ月ほど前ですが、あるご門徒から「お墓を直すので、拝んでほしい」と連絡がありました。そのお墓はまだ数年しか経っておらず、おかしいなぁと思いながら拝ませていただきましたが、「納骨しようと思ったら、業者から『傾いている』とか『洋墓なのに縦書きの名前はだめだ』『この石は色がはげる安物だ』などと言われて、修理するように指示された」とのこと。「そんなことはありませんよ」とは言いましたが、やはり納骨をする側からすれば気になるのでしょう。結局は無理をしながらその業者の言うとおりにされましたが、他の業者にその是非を聞くと、やはり「そんなことはないし、第一そんなことを施主には業者として言わない」とのことでした。その業者がどこか聞かれてもさすがに言えませんでしたが、満中陰の後に納骨をしようとしている方の心理を逆なでするようなことを言う業者の存在には驚きました。
このことは昨日の新聞の投稿にあった「患者を馬鹿にしたような医者の言葉」から思い出して書いたものですが、言葉は昔から《言霊》とも言われており、いくら記録に残らないとはいっても相手の心には必ず残りますから、口に出すときには充分に気を付けたいものですね。

「平成」も残り10ケ月弱です
2018/06/14
6月も半分過ぎようとしています。ということは、今年も半分近くが終わろうとしていることになります。「平成」の元号がなくなるのも《カウント・ダウン》ということでしょうか。新聞に両陛下の《天皇としての生き様》が載りますが、それを読んでも私たち一般庶民に対して同じ目線で語りかけてくださる姿が伝わってきます。先日はあの未曾有の被害を被った福島の地に赴かれ、いつもと同様に膝をついて被災者に語りかけられました。しかし、最近の報道では必ずと言っていいほど「これが最後の~~」という言葉が加わっています。譲位をされた後は「すべての公務から身をひく」と言っておられますが、被災者と向き合って悲しみをともにされることまで身をひかれるのは、お歳(体力)から考えれば仕方のないことでしょうが、寂しいことです。皇太子との《テニスコートの恋》から始まり、我が子を自らの乳房で育てられ、子守歌まで作られた美智子妃殿下。そして、「妃殿下がいてくれてこそ、私もここまでてこられた」と言われた陛下。ともに支え支えられあって今日まで過ごされた両陛下の姿こそ、「平成」という名にふさわしいものであると思います。あとは、「陛下」として残された10ケ月弱の時間をお元気でお過ごしいただくことを願うばかりです。

米朝会談の結果は信用できる?
2018/06/13
今回の米朝会談については報道にも大きく取り上げられていますが、内容については「?」ではないかと思います。安倍総理は拉致問題にも進展があるように話していますが、結果的には政治家の得意な「善処します」的《玉虫色》発言にしか思えません。総理が本気で対処するつもりならば、小泉元総理のように堂々と乗り込むくらいの気構えがほしいものです。
ところで、今日は衣笠選手が連続出場世界記録を更新した日です。衣笠選手は残念ながらお亡くなりになりましたが、一つのことをずっと続けることの難しさは誰でも経験していることです。中でも一番よく言われるものが《禁酒・禁煙》の難しさでしょうか。よく「禁煙なんて簡単だよ。だって、何回でも実行できるのだから」と冗談で言われますが、常習化している人には「止める」ことの難しさは身にしみていることでしょう。私の父もそれこそ障子がニコチンで黄色くなるほど吸っていましたが、病気を境にピタッと止めました。結局は何か大きな原因があってこそ人は止められるものなのでしょうが、「その時にはもう遅い」ではなく、それこそ「今でしょ」が大切なのでしょうね。

核拡散も海のプラゴミも、何故署名しないのか
2018/06/12
ゴミの放置(ポイ捨て)が深刻です。先月は町内のゴミ置き場に2袋も生ゴミが置いてありました。分別も不十分の状態でしかも指定ゴミ袋ではないために回収されず、数日間はそのまま。結局次の回収日の朝に指定の袋に入れ直しましたが、これがもっと多ければ、さすがに私も手が出ません。
ところで、ゴミと言えば、G7では海のプラゴミが問題になっています。先日は死亡した鯨の腹に大量にあったプラゴミが報道されましたが、大気汚染や温暖化とともに海のプラゴミを減らそうというG7の数値目標にアメリカと日本が署名しませんでした。他国からは「海に囲まれ、海の恩恵にあずかっている日本が署名しないとは何事か」と非難囂々です。核拡散批准条約の時もそうでしたが、アメリカのすることにはすべて「おおせごもっとも」と愛想を振り回している日本の姿が丸見えで、世界はあきれています。今回も米朝会談に出発する直前にトランプ大統領に連絡を取った(直前にも日米の会談を持っている)安倍総理の姿には、アメリカにベッタリどころか「あなたの言うことは何でも聞くから、拉致問題をお願い」という必死の姿が垣間見られます。ツイッターでは「お前が北に乗り込んで、拉致被害者を連れて帰れ」というものがありましたが、口では「拉致問題に政治家生命を賭けます」と言いながら、結局はアメリカに手をこすり合わせてお願いするだけの安倍総理の姿に幻滅している国民の声なのかもしれませんね。

紫陽花の花と新旧交代する植物たち
2018/06/11
ここ数日は境内の紫陽花が少しずつガクを大きくしていると思ったら、今朝は薄青色の大輪になっていました。当寺では土質のせいか赤や濃い青ではなくて白が中心です。だから様々な色をしている紫陽花を見ると羨ましくなりますが、こればかりは仕方ありません。写真の紫陽花はかつて一緒に勤務した先生からいただいたものですが、これも株が小さくなりました。娘から贈られたものは鉢植えしていますが、植え替えしないせいかだんだんと株が小さくなっています。地植えしてやりたいのですが、椿やミズキか育ちすぎて植える場所もなかなかありません。「梅雨の投げ捨て」と言われるように今が植え替えの最高の時期なのですが、草花を植える場所が少ないのも悩みどころです。そんな中であちこちに花を植えて世話をしていた亡母の苦労は大変だったことでしょう。そういえば、本堂裏一面に咲いていたイチハツも株が少なくなっていますし、裏庭に生えていた十二単や紫式部も今では絶えてしまいました。世の中では新旧交代と言いますが、植物のこんな新旧交代は何か寂しいですね。もっとも、自分の横着の責任転嫁かもしれませんが・・・。

善悪の区別が付かない、感情優先の若者達
2018/06/10
今朝のニュースで「新幹線の中で殺人」というものがありました。22歳の若者が「ムシャクシャしていたから、誰でも良かった」と言ったそうですが、そんな理由で殺されたのでは被害者は納得できないでしょうし、送り出した家族も納得できないでしょう。しかし、近年はこんなフザケた理由による事件が満載です。「子どもが泣いてうるさかったから」という理由で親が子どもを殺し、「日誌の書き方にいちいち指導を受けたから」という理由で警官が上司を殺したという事件は枚挙に暇がありませんが、一体どうしてこんな時代(社会)になったのでしょうか。
私たちの子ども時代には「向こう3軒両隣」という言葉があり、垣根越しに立ち話をしたり、時にはお隣さんにいろいろとお願いしたりしていました。「善は善、悪は悪」ということでいいことをすれば周りから誉められたし、悪いことをすれば怒鳴られたりげんこつをお見舞いされたりしましたし、それに対して親が怒鳴り込む等もありませんでした。確かに悪童もいて何かと子ども達に《悪さ》を教えていましたが、彼らも弱い者に対する限度は知っていました。そんな世代の私たちには、今の若者達の気持ちが理解出来そうにありません。

片山晋呉選手に対する非難報道は??ばかりです
2018/06/09
ゴルフの片山選手に対して青木会長が指導するそうですが、一体何が悪いのか分かりません。こちらが知る内容はあくまでも報道で聞く範囲内だということが原因かもしれませんが、それにしても「?」です。
解説によると、プロアマ戦ということでそれぞれが1名ずつでチームを組み、最初のホールが終わってアマが「次に行こう」と誘ったのに、片山選手は「まだ前が詰んでいるから」と言ってパターの練習をしていたことがペアの気にさわった、ということが原因のようです。しかし、片山選手は翌日にも試合があってそのためのパター練習ならば、「少しの時間も惜しんで練習する姿を見て、そっとしておくのが本当のファンではないのか」と私ならば思いますが、このプロアマ戦というのはどうも相撲で言うところの《谷まち》に対するファンサービスのようなもののようであり、ファンの方も「自分が見てやっているのだ」という《上から目線》的気分があって、「自分の言うことに従わなかった(自分を無視した)」ということで「会長に言いつけてやる」と腹を立てたのではないかという報道です。勿論、その時の態度や声音によってはお互いが腹を立てることもあるでしょうが、その場にいない我々はそのことに関しては何も言えません。しかし、日大の対応に対する非難もあってか、青木会長も少し騒ぎすぎる気がしないでもありませんがねぇ。

60年も前の光景が夢に出てきます
2018/06/08
今朝〈午前5時〉のラジオで《今日の花言葉》を言っていました。今日の花は野バラだそうですが、花言葉は「素朴な愛」「飾らない言葉」ということです。私がまだ子どもだった頃、西側にあった板塀にピンクの小バラがびっしりと咲いていました。八重だったように記憶していますが、花瓶に挿すことも出来ず道路側から見るだけでした。そして、その頃は横手に幅が1mもない疎水があって前の川に流れ込んでいましたし、出口のそばには桃の大木があり、その下には鶏小屋がありました。当時は「滋養のためには卵がいい」という考えがあったからですが、餌になる草を川原で取ってきたり、殻を強くするために牡蠣の貝殻を金槌で壊すのも私の仕事でした。だから、当時は牡蠣の殻を剥くのも得意でしたね。どこに刃を入れればいいかも分かっていましたし・・・。
当時はまだ五右衛門風呂のために廊下横の土間には薪が積んであり、裏庭にはイチジクやグミの木がありました。その横を通って裏庭から墓地に行くのですが、最近はそんな場面がよく夢に出てきます。高校時代を過ごした4畳半の勉強部屋には何故かラジオがあったりしますが、「歳を取るほど、昔のことが鮮明に思い出される」と言われる歳に私もなったということなのでしょうね。

5歳の子どもの悲しい謝罪ノート
2018/06/07
過日の日大アメフト宮川選手の謝罪会見には感動すら覚えましたが、今回の少女の謝罪ノートには悲しみとともに怒りすら覚えます。わずか5歳の子どもが覚えたての平仮名で大学ノートに綴ったのは「ゆるして」という言葉。暴力での虐待と食事を与えられなかったことによって体重も5歳児の半分しかなかったのに「あすは きょうよりも できるように するから ゆるして」と必死で書き綴ったノートを読み上げる捜査員は、声を詰まらせていたそうです。阿弥陀如来の第18願には「唯除五逆」とあって親を殺すことの悪逆非道を説いていますが、子どものことはまったく書かれていません。それは、いつどんな時でも子どもを殺すことは非情であり、まして親が子を殺すことはあり得ないことだったからです。親は自らの命を捧げても子どもを助けようとするものであり、「自分が死んでも幽霊となって我が子に乳をふくませた」とか「幽霊となって毎晩のように水飴を買いに来ていた」などというような話は、落語の世界でも残っています。それが当り前の親の愛情であるのに、母親さえも我が子をいたぶり、果ては「ゆるして」とまで言わせながら死なせる・・・。こんな悲しい世の中に、一体誰がしてしまったのでしょうか。
向拝では星桔梗が咲いていますが、「せめてこの小さな星の一つになれたら」と思わずにはいられないことです。

懐かしい下駄の音でも気になりますか?
2018/06/06
いよいよ鳥取も梅雨に入りました。夕べからシトシトと降り続いている雨ですが、その中を何年かぶりに下駄履きで歩きました。カラコロと鳴る音は懐かしいものですが、朝早く(5時30分頃)ですので、近所の人達から「音がうるさい」と言われないか気になりました。いつも聞こえている音ならば気にならないのでしょうが、最近はまったくと言っていいほど聞かなくなった音ですから、《騒音》かもしれませんね。
ところで、最近は子どもの声が騒音だとして幼稚園や保育園の新規建設を断られるそうです。坊守の実家も幼稚園と保育園を経営していて朝から子ども達の声が聞こえますが、そんなに気になりません。確かに「仕事から帰ってやっと眠れると思ったのに、子ども達の声で眠れない」と言う人にとっては騒音かもしれません。しかし、最近は「赤ん坊の鳴き声がうるさい」と言って「列車に連れてくるな」と言う人もいるそうです。赤ん坊にとっては泣くのが仕事なのに・・・。きっとその人は、自分も赤ん坊だったことを忘れているのでしょうね。そして、自分もいつか歳を取って赤ん坊に戻るということも・・・。

多鯰ケ池と高校時代の思い出
2018/06/05
今日の新聞に、砂丘の隣にある多鯰ケ池で電気ショックによる外来種の駆除をしたことが載っていました。若い頃はこの池に何度も行ったことがありますが、最近は20年ほど前に一度だけ旧道を通って睡蓮を見に行っただけです。しかし、この池にはかつて貸しボートがあり、高校時代の春の遠足で担任から「男子たるもの、ボートも漕げないようではダメだぞ」と言われ、男子達は女子を乗せて必死で漕ぐ練習をしたものです。勿論私もその中の一人ですが、その経験があって今でもボートを漕ぐことは出来ます。こんな調子で、高校時代は(担任にのせられて?)楽しかったものです。5時間目のLHRに久松山の頂上まで走って登りながら何とか6時間目の授業を受けたり、学校行事のマラソン(男子10㎞、女子5㎞だったかな?)で無事に完走したり、3年の運動会では自分たちで作り上げたシンボルを担いで市中行進したりと、とにかく1学年850名という大所帯が一堂に集まって騒ぎますから・・・。もっとも、私はその中で比較的おとなしかった一人でしたがねぇ。
去年は高校卒業50年の同窓会(私は多忙で欠席)がありましたが、何にしても高校時代の思い出は懐かしいものです。

数字のゴロ合わせも面白いですが・・・
2018/06/04
今日6月4日は『虫歯予防デー』で、6月18日は『良い歯』です。これらはいずれも数字の組み合わせによる《ゴロ合わせ》で、他にも『肉の日ー2月9日』や『救急の日ー9月9日』等もあります。こういう数字の組み合わせで作られるイベント日は楽しいものですが、同じ数字でも忌み嫌われる者があります。それは4と9で、「《死》と《苦》につながるから」とわざと「4号室」や「9号室」を作らない病院もあると聞いていますし、実際に1497号室になった人が「4と9があって縁起が悪いから替えてくれ」と言った人がいたらしいですが、病院側が「これは『よ(4)く(9)なる(7)』と読む部屋ですよ」と言ったので、逆に喜んだということですが・・・。
数字のゴロ合わせに一喜一憂するのも面白いものがありますが、あまりそれに捕われることがないようにしたいものですね。(特に「満中陰-49日のことーが3ケ月にかかると悪いことが起きる」というのは完全なゴロ合わせですからね)

田圃の光景から思い出される通勤風景
2018/06/03
ここ数日、郊外に行くと水を張った田圃で苗が揺れているのを見かけるようになりました。36年間の教員生活の中で最も長かったのは2度の赴任で14年間を過ごした岩美高校ですが、バイパスがない時でしたから国道9号線を車で通勤していました。時には砂丘から海岸道路に入ったりしましたが、必ず駟馳山を越えます。そして、そこを登り切って岩美町に入ると眼前に田圃が広がりますが、3月・4月・5月とその光景が変化するのです。硬い土から梳かれた土になり、そこに張られた水が太陽に輝き、苗が植えられて薄緑になり、そしてその色が次第に濃くなっていく・・・。砂丘道路に咲くニセアカシヤの真っ白な花とその先には紫色をしたラッキョウの花が咲く砂地があり、風が吹くと漂ってくるあのラッキョウの独特の香りなど、この田圃の風景を見ていると教員生活の半分近い時間を過ごした岩美高校の出来事が懐かしく思い出されてきます。《わかとり国体》があった最初の赴任は当然のこととして、2度目の赴任からも既に20年以上は経ち、当時10代だった生徒も皆40代(中には60代近い者も)になっています。時の流れは多くのものを記憶から奪っていきますが、それでもいくつかは残っています。ホロ苦く、それでいて懐かしい思い出として・・・。

お悔やみ欄を見て
2018/06/02
どこの家でも朝は新聞に目を通すことから始まるのでしょうが、それは私も同じです。最初に目が行くのは第一面と『海潮音』ですが、お悔やみ欄も必ず見ます。去年は同じ高校で勤務した先生の奥様の名前が載っていましたが、昨日は元校長の名が載っていました。その方とも教員時代には同じ高校に勤務していたこともあります。投稿欄にも一緒に勤務していた人の名がよく載っていますが、お悔やみ欄に名前を見つけたときには当時のことが思い出されて寂しくなります。
最近は《いじめ》や《校則》に加えて日大のことでも学校の対応が問題になっていますが、私が教員になった当時(昭和47年)は先輩がいろいろと教えてくれたものでした。授業の仕方は勿論、時には酒を飲みながら教えてもらったこともあります。もっとも、まだまだ若かったこともあって上司に反発したこともありましたが、先輩にそして同僚に(そして生徒にも)教えられながら過ごしてきた36年間でしたから、その人達の名前をお悔やみ欄に見つけたときは本当に寂しくなるとともに、私もその中に入る年齢になったことを実感することです。

今日から《水無月》です
2018/06/01
6月は旧名で『水無月』ですが、「梅雨に入るのにどうして『水が無い月』なのか」という疑問が湧いてくるかもしれませんね。唱歌に『夏は来ぬ』というものがありますが、その歌詞は「卯の花の匂う垣根に~~夏は来ぬ」とあります。4月は《植え月》または《卯の花の咲く月》ということから卯月と呼ばれていますが、季節では実は夏なのです。俳句の季語では1月~3月が春で4月~6月が夏。そして7月~9月が秋で10月~12月が冬ですから、現在の6月は旧暦では7月にあたるために初秋になります。したがって、「梅雨の時期なのに《水が無い》のはおかしい」ということにはならないのです。
戦後になって私たちの生活に新しい考え方が入りましたが、その代表が年齢計算でしょう。今では《満年齢》が当り前ですが、私の子どもの頃はいちいち「満○歳」と言っていました。なぜなら、戦前までは《数え年齢》だったからです。葬儀社で言われる「行年○歳」は実は《数え年齢》だということに気が付いていない人が多いと思いますが、生活の中にも古い考えと新しい考えが混じり合っていることに気が付かないと、疑問だらけになってしまいます。もっとも、何も疑問に思わない人は別ですが・・・ね。
(6月最初の写真は、ピンクの撫子にしました)

淨宗寺(浄宗寺) 〒680-0821 鳥取県鳥取市瓦町110 TEL:0857-22-5744 FAX:0857-22-5745