2月
最善の解決の方法は何だろう
2018/02/23
日本では相変わらず《いじめ》と《虐待》のニュースが目につきますが、アメリカでは列車事故と学校での銃乱射事件が目につきます。先週のフロリダの高校での乱射事件に続いて別の学校で乱射を計画した高校生が事前に逮捕されましたが、その子の部屋にはピストルとともに機関銃(当然に実弾も)が数丁あったそうです。そして、トランプ大統領は事件に遭遇した人達を招いた討論会で「教師が銃を持って対応すればいい」という意見に対する賛否を問うたそうですが、当然ほとんどが反対と表明したそうです。トランプ氏の意見は「教師が最初に相手を殺せばいい」ということですが、それでは銃の所持に反対する人は教師にはなれないことになります。また、たとえ教師が銃を持ったとしても、突発の出来事に落ち着いて対応できる者がはたして何人いるのでしょうか。トランプ氏の意見は「こちらが武器を持てば、相手は襲ってこない」という考えに裏打ちされているようですが、それが正しくないことは北朝鮮との関係でも分かっているはずです。「もはや武器や戦いは解決の最高の手段ではない」ということに早く気づくことが大切だと思いますが・・・。

名脇役の大杉氏の突然の訃報です
2018/02/22
今年もどんどんと時間が過ぎていき、如月も残すところ1週間になりました。《衣を重ねて着るほど寒い月》から《生命が土から頭をもたげてくる月~いや生い月~》へと移行して「各地では梅が満開になっています」というニュースも聞こえてきますが、境内の梅はまだつぼみが堅い状態です。しかし、それでも朝の冷気は少し緩んできているように感じます。
ところで、夕べのニュースで大杉漣氏の突然の死が報じられました。66歳という年齢は、古稀を迎えた私からすれば「まだ若いのに、なぜ?」です。大杉氏は東テレ番組で直前まで元気に仕事をしていたそうですが食後に突然に痛みを訴え、そのまま急性心不全で亡くなられました。演技派として、そして名脇役としての存在は他に比類を見ない役者の突然の死。カッコ良さだけで人気を得る最近の芸能人の中で《本物の役者》だった大杉氏に対し、心からご冥福をお祈りします。~合掌~

春は近くても、何か淋しいですね
2018/02/21
ここ数日の間に道路では雪が隅に残っている程度になりましたが、積み上げた塊はなかなか溶けず、昨日は某マーケットの駐車場では除雪機を使って吹き飛ばしていました。週間予報で「来週は10度を超える」と言っていましたが、福寿草が咲いているご門徒のお宅もあるようですし、春はそこまで来ているのでしょうね。このような時期になるといつもフキノトウのことを思い出します。今から考えるともう半世紀以上も前になりますが、庭の隅に薄緑色をした蕾を持った草を見つけたことがありました。私は何か花の蕾だと思っていましたが、後から考えるとフキノトウだったのです。実際に生えている姿を見たのが初めてだったせいでもありますが、この時ほど「知らないということほど怖いものはない」と思ったことです。フキノトウにしてもタラの芽にしても普段はほとんど見かけないものですし、松露などは(ツクシはいくらでも見かけますがね)当然のこと知りません。もっとも、40年ほど前には春の遠足で砂丘に行ったときに松林の中で見つけたことがありましたが・・・。
寺の前の川にうるさいほどいた蛙も今はいませんし、水たまりにいたオタマジャクシも現在ではまったく見かけません。春が近いとはいいながら、実に淋しいことです。

さすがに《プロ》ですよね
2018/02/20

スノーボード競技では5m以上もの高さになるそうですが、下から見上げるのとは違って、上からのカメラで見る見るとすごい高さなのですよね。ジャンプでもそうですが、自分があの高さを飛ぶ場面を想像したら、臍の辺りが冷えてくる思いです。私自身は足が地に着いていれば怖いという感覚が少ないので《高所恐怖症》ではないと思っていますが、あくまでも「足が地に着いている」ことが条件ですから、スノーボードもジャンプなどとても出来そうにありません。だからこそ、それを平気でやっている選手は尊敬の的です。それと、子どもの頃によく遊びの中でしていた回転も平衡感覚が狂ってすぐに気持ちが悪くなるため、高速で三回転四回転とやってのける羽生選手や宇野選手もスゴイと思っています。
何にしても「その道のプロ」と呼ばれる人達には、《努力》という言葉とともに私たちが持っていない何かが備わっているのでしょう。だからこそ《プロフェッショナル~その道の専門家~》と呼ばれるのですが・・・。


たった1人の少女ために動く人達
2018/02/19
風と寒さでいろいろと問題が起きている平昌ですが、それよりももっと寒いロシア極北の村で心あたたまるニュースがありました。人口わずか50名という寒村にいるたった1人の女子生徒の通学ために特急列車が停車した、というものです。その生徒はいつもはスクールバスで通学するのですが、厳しい寒さによる道路凍結してバスも運行停止。そのために住民が運輸局に特急列車を止めてほしいと要請し、当局もそれを受けたというものですが、おかげでその生徒は列車に乗って1時間先にある町まで通学できているそうです。これは新聞の片隅にあるトピックスに乗っていた記事ですが、親が子どものことで必死になるようにこの子は村民にとって大切な《我が子》なのでしょうし、その愛情に揺り動かされた当局の人達もまた《人の親》なのでしょう。「人と人とは心によって結ばれている」ということを表わすニュースですが、わずか26秒の遅れでも乗客にお詫びする日本の鉄道関係者ならば、この場合には一体どう判断するのでしょうかねぇ。知りたいものです。

「羽生が勝って羽生が負けた」って何のこと?
2018/02/18

「羽生が勝って羽生が負けた」とくればまるで《判じ文》ですが、実は平昌オリンピックのフィギュアスケートと将棋界のお話。勝ったのは羽生選手で負けたのは羽生2冠なのですが、同じ漢字でもまったく違う呼び名ですので、ウロウロです。羽生選手の方は何度もTVで再生されていますのでそのシーンを見る機会はありますが、羽生2冠の方はさすがに再生はなし。しかし、この『朝日将棋杯』オープン戦は実況中継をしていましたので、藤井5段と広瀬8段との決勝戦は(途中からですが)見ていました。藤井5段の手持ちは歩が1枚で相手は駒台に何枚も乗っていましたので「藤井5段はどう攻めるのだろうか」と思いながらの観戦でした。解説者も「きっとこう行くだろう」などと予想していましたが、さすがにそこはプロ、ほとんど正解でした。しかし、そのプロでさえも読み切れなかった藤井5段の桂馬打ちが勝利を決めたと言ってもいいのでしょうが、その手を読み取った能力は中学生とは思えないほどです。だからこそ、羽生2冠に「将来きっとタイトルを取る」と言わしめたのでしょうが、久し振りにゆっくりと将棋が観戦出来た昨日の数10分間でした。
なお、藤井君はこのオープン大会で優勝したため、規定によって5段からわずか半月で6段に昇段です。


メディアにとってのニュースバリューとは?
2018/02/17
昨日のメディアは羽生選手一色と言ってもいいほどで、朝から(放映は午後から)そのニュースばかり。ちょうどマラソンで放映時間前から視聴者のチャンメルを逃がさないためにダラダラと解説していたことを思い出させるものでした。もっとも、肝心な演技は月参りの時間と重なっていたため、結局宇野選手も合わせて見ることが出来ませんでしたが・・・。
今日から明日にかけて本山でビハーラ研修会があり、坊守がご門徒2名と一緒に今朝一番の列車で上洛しました。駅まで車で送りましたが、いつもと違ってそれほど風が冷たいとは感じられず、「春近し」の感がしていたけさですから、公園のブランコにまた人がやってくる日も近いことでしょう。それに比して東北・北陸の人達にはまだまだ厳しい寒さが続いています。今日も北陸では大荒れだそうですから、更に積雪も加わっていくとのこと。過去に例のない積雪量で玄関も埋まっていると聞きますが、このようなニュースも羽生選手の出場に覆い隠されたました。「どれほど凄惨な内容のニュースも《賞味期限》を切れたら価値がない」のがメディアの価値観でしょうが、そこに何か心寒いものを感じます。それでもやはり、羽生選手の演技は素晴らしかったことは否定しませんがね。

花を愛で時間を持ちたいものですね
2018/02/16
正月用に生けた玄関の白梅。あれほど硬かった蕾がほころび始め、数日前に1輪が開きました。7日の写真に載せていたものですが、一度切った枝でもしっかりと生きているのですね。以前聞いたことですが、梅や桃や桜の枝を寒い時に切ってそのまま室に仕舞っておき、時期が来てから市場に出すのだそうです。草花でも市場に出す時には「いつ頃に開花するか」ということを考えるそうですが、私も購入するときには出来るだけ蕾状態に近いものを選ぶようにしています。そうすることによって生き生きとした花の美しさが少しでも長く伝わってくるからですが、一度切った花は結局のところ枯れ萎れてしまうのであり、言い換えれば「命の最後の灯火」としての美しさを私たちに伝えていることでもあります。だからこそ私たちの心に花の美しさが直に伝わってくるのですが、その美しさもバタバタした心には捉えられないかもしれません。だからこそ、たまには温かいお茶でも飲みながらゆっくりと花を愛でる時間を持ちたいものですね。雪の下では、春の太陽を待ちわびている生命が息づいているのですから・・・。

本当に《春一番》ですか?
2018/02/15
毎日積雪と凍結のことを書いていますが、今朝もしつこく・・・。早朝まだ暗い時から山門の下でスコップを突き立てていました。除雪車によって片面に寄せられた雪が固まり、それが連日のシバリでどうにもならないほど硬くなっています。今日は仏婦主催の特別研修会があって多数の人達が聴聞に来られる予定ですので、足元が不安定なのは危険です。そのため、暗いうちから(車の通行が少ないため)スコップを持ちだして雪の塊に突き刺して少しずつ取り除きましたが、ツルハシでないとどうにもならないほど硬く、わずか2m程度でも腕が痛くなりました。それでも、お寺に来られる人の足元を確保するのも私たちの仕事だと思えばこそ、出来ることなのですよね。
昨日は九州や中四国で《春一番》が吹いたそうですが、その中で本堂の周りを歩いて雪の状況を写真に納めてきました。雪に埋まっているお墓があったりブランコに続く足跡もない公園もある中で、やはり少しずつ雪解けは進んでいるようです。今日から数日はその様子を載せていくつもりです。

凍結した道路でも平気で走り去る車
2018/02/14
今朝は久し振りに積雪はなかったのですが、その代わりに路面がバリバリに凍っていました。特にきなんせ橋(智頭橋)の所は坂道になっていますがここは交差点でもあるため、止まる位置を考えないと大変なことになります。そこで空回りをして動かなくなっている車を見ると、1年前のあの大雪によるスタックを思い出します。去年は近所の者が協力して車の前を掘ったり後ろから押したりしてなんとか動かしましたが、凍結した坂道では押すことも出来ません。なにしろ足元がツルツルですから、万一転んだりすると危険ですからね。しかし、そのような状態の道路でもスピードを緩めないで走り抜ける車がいつもありますが、多分そんな人は今まで怖い思いをしたことがないのでしょう。一度でも怖い思いをすれば、絶対にそんな運転はしないはずですから・・・。横道から出てきたバイクが凍結した道路で転倒し、そのまま運転手と一緒に道路の中央まで滑ってきたことがありました。もう40年前のことですが、その時走っていた車が私で、ブレーキも利かないのでとっさに横の雪に車を突っ込んで止めましたが、あの時は本当にしばらくの間ドキドキして運転も出来ませんでした。凍結した道路を見ると、いつもあの時のことが思い出される私です。

いくら機械でも、古稀には辛い除雪作業
2018/02/13
昨日は朝早くから除雪したので今朝はもうしなくてもいいと思っていましたが、積雪5~6㎝。今も降っていますが、訪問客のためにせめて参道だけは開ける必要がありますので、今朝はスコップで作業しました。午前中は何もないので、智頭の往復で少なくなったガソリンを入れに行こうと思っていますが、窓越しに見ていると今でも舞い落ちる雪が見えます。夕べから今朝の雪は、節分後の何番目になるのでしょうかねぇ。
夕べから頭痛がしています。熱は出ていないので風邪ではないでしょうから、毎日の除雪作業が引き起こした肩こりが原因なのかもしれません。除雪機は雪を飛ばしてくれるのでスコップよりも大幅に楽ですが、Uターンさせたりするのに予想外の力を使いますから、きっと連日の除雪作業が《古稀》の身にこたえたのでしょうねぇ。

除雪機の音にも気を遣います
2018/02/12
今朝は午前1時30分頃に眼が覚めたまま眠りに落ちず、結局4時過ぎに起き出して境内の除雪をしました。もっとも、朝早い時間ですのでエンジン音を小さめにしたため、パワーの関係から雪は遠くへは飛びません。境内と山門の前(除雪車がまだ来ていない)まで除雪してから駐車場に行って車を雪から掘り出し、とりあえず山門の下に避難させました。15日には当寺の仏教婦人会研修会もあるため、今日は寺族婦人研修会が行われた大広間の机と椅子を片付けて昼食用の長机を設置することになっています。また、今後の雪の状態によっては駐車場の除雪も必要になりますので、どうも今日は多忙な1日になりそうです。
しかし、昔の人はよく言ったものですね。「節分過ぎて7雪」ということは、昨日の雪が2度目になるのでしょうか?

今年はなかなか凍結した部分が溶けません
2018/02/11
ここ数日の低温でなかなか参道の雪が溶けず、今でも凍りついた部分が残っています。最近のスコップはプラスチック製品のためにこのような場合には役に立ちません。駐車場入り口の塊は物置の奥にしまっていた鉄製のスコップでやっと壊すことが出来ましたが、今回もこれを使わないとダメなようです。ただ鉄製品は粉雪の場合にはひっつくなど不利なこともあって一長一短ですが、凍結した場合には植栽用スコップ(先のとがったスコップ)が便利であることは経験済みです。近所のお店では、ご主人がツルハシを持ち出して凍結した部分をコツコツとはがしていったそうですが、「そのせいで腰を痛めた」と言っておられました。そうでしょうね、ツルハシを振り下ろすのならばまだいいのですが、そんなことをすれば路面を壊しかねないですし、重いツルハシをコツコツと路面に当てていくのは絶対に腰に負担が来ますからねぇ。
今日からまた数日の間は寒気団が下りて来るとのこと。私も積雪と除雪で体力を奪われないようにしないといけませんが、せめて花を見ることで暖かい春を想像していきましょうか。

歩行者は無視ですか?
2018/02/10
昨日は宅参りに行かせていただきましたが、読経の後の雑談では去年の大雪が話題になりました。前日の雪模様もあって゜タクシーを予約していたのですが、当日になって「渋滞にはまって動けない」との連絡が入り、その旨ご門徒に連絡すると、ご門徒の車も動けないとのこと。2日後にお参りしましたが、今年も雪。幹線道路は大丈夫でしたが駐車する場所がなく、結局前のお宅に頼んで置かせていただきました。我々にとって30㎝程度の雪は子どもの頃から経験していますので、驚くことはありません。しかし、近年の問題は車です。除雪した雪が交差点の角に積んであるために大回りしなければならないとか、歩道は除雪をしないので歩行者や自転車が車道に出るとかで運転には気を遣います。当寺の前の遊歩道も普通以上に広く取ってありながらまったく市側が開けませんので、仕方なく私が除雪をしていますが、兵庫県での除雪体制は完璧だということを聞く度に鳥取市の対応に腹が立ちます。数年前に市に電話をしたことがありましたが、「歩道を開ける余裕がありません。各自で開けてください」とのつれない返事。一体、何年経ったら「経験を糧にできる」ようになれるのでしょうかねぇ。

小学生の標準服にアルマーニ?
2018/02/09
いよいよ平昌オリンピックが始まりましたが、リオの時と同様に問題が山積しています。特に今回は寒さが最大の問題ですが、それとともに「北朝鮮との統一参加が政治に利用されている」というものもあり、無事に終わるか心配です。
ところで、それ以上に気になる問題が日本国内にあります。銀座に立地している公立小学校で標準服を替えるという発表があるのですが、それが事もあろうに《アルマーニ》なのです。世界的に有名なアルマーニですから、小学生用と言っても上下服からセーター・カッター(しかも夏冬)まで合わせると10万円近い金額で、校長の独断で決まったそうです。しかし、その理由が「銀座という場所に対する地元愛と自覚を持たせたい。言うならば《服育》だ」とのことですが、言い換えれば「銀座に住んでいる」ということにおける《特権階級的意識》にすぎないのではないでしょうか。この考えを当てはめれば、「京都の祇園に住んでいるのだから、着物を着て地元愛を示そう」ということにもなってきますが、誰でも《馬鹿な考え》と言うだけでしょう。それを堂々と主張している校長は、「この人に本当に教育者としての資格があるのだろうか」と思うのですが、どうでしょうか。
(裏庭の椿にツララが出来ていました。こんな光景は滅多に見られませんよね)

このまま『籔の中』になりかねないモリカケと相撲協会
2018/02/08
昨日は駐車場の除雪をしましたが、問題は入り口部分です。ショベルカーが積み上げたものですから硬い塊が山になっているので、除雪機でも吹き飛ばせません。それでも何とかして壊しましたが、今朝起きてみるとまた10㎝ほど積もっています。この程度なら車が入りますからいいのですが、境内には徒歩ですから、これを書き終わったら出来るだけ除雪をする予定です。
ところで、昨日の特別番組で貴乃花親方との対談が2時間近くに渡って放映されていました。一番問題になっていたのは協会側が報告した内容との違いと、何故親方が黙っていたのか、でした。しかし、「その違いについて協会側に質問状を送っても、協会側からは今日まで回答がなかった」とのこと。「協会に報告がなかった」と言って理事を解任した協会ですが、春日野親方の暴行事件についても「過去のことだから報告しなかっただけ」という親方の発言をそのまま受け取ったり、今回の質問状に対する回答をしなかったりと、協会自体にも問題が山積みです。もっとも、AとBとがまったく違うことを言っている場合には第三者に委任する以外にないのですが・・・。貴乃花親方と協会との問題《も》このまま『籔の中』になってしまうのでしょうか。
(正月に生けていた千両の実を残しています。庭に蒔きたいので・・・)

ヘリが民家に墜落しました
2018/02/07
昨日はご葬儀と還骨法要に出勤して夕方に帰寺し、すぐに駐車場の除雪。しかし、既に凍っている雪も多くてローターがバリバリという音を立てていました。ローターと言えば、佐賀では自衛隊のヘリが民家に墜落しましたが、その原因もやはりローターのようです。ヘリは4枚の羽根を高速で回転させて飛行するものですが、その羽根を回転させる部分がメインローターで、「それが分解してしまったのが原因では」と言われています。このヘリはアパッチAH64という機種の《攻撃型へり》であり、世界中で多数使用されていますが、「この10年間に40度の墜落事故を起こしている」との報告も出ています。しかし、残念ながらそのようなことは一切国民には報告されていませんし、沖縄での墜落事故(別の機種)も原因についてはまったく報告されていません。今回の墜落では不幸中の幸いで民間に死者が出ていませんが、民家に墜落・全焼という被害を出しています。「家にいても車が突っ込んでくる」と言われる現在ですが、「家にいてもヘリが堕ちてくる」はシャレにもなりません。原因の追及は当然ですが、住宅地での飛行そのものについても再検討してほしいものです。

智頭は雪が少なかった
2018/02/06
昨日は鳥取市内でも30㎝オーバーの積雪で境内の除雪でも長靴が埋まったほどでしたので、智頭町に同派寺院のお通夜参りには洋服と長靴という出で立ちになりました。でも、車で走るほど雪が減って智頭は数㎝!しかし、この状態で一番喜ばれたのはお参りなさるご門徒の方々ではなかったでしょうか。前坊守(住職の母)は満99歳・行年101歳という高齢でしたが、だからこそ何かとお世話になられたご門徒様もおられたはずです。その方達がお参りなさる時に降雪では、仏になられた前坊守様も悲しまれたことでしょう。
私は今回の御葬儀に《脇導師》で出勤させていただいていますので今日も還骨までお勤めさせていただきます。今朝は道路も凍結気味ですので、早めに坊守と一緒に出発する予定です。帰寺は還骨までいるとおそらく19時になると思いますので、帰りも道路事情には要注意です。

『節分過ぎて七雪』といいますから・・・
2018/02/05

今日は多忙な1日になります。先ず、朝から除雪作業。9時40分頃にはご門徒を迎えに行ってから坊守と因幡組の仏教婦人会役員研修会に連れて行き、その足で月参りに行きます。そして、同派寺院の前坊守様のお通夜参りが夕方からありますが、場所が1年前に積雪による渋滞で全国的に有名になった智頭ですので、3時頃には出発しなければなりません。なにしろ今回の御葬儀の《脇導師》に任命されていますので遅刻するわけにはいきませんし、何と言っても夕べから降り続いている雪で無事に着けるのか心配ですから・・・。いつもでしたら着物姿で行きますが、今回の卓参りも智頭行きも洋服の方がいいのかもしれません。途中でスタックでもしたら、着物姿ではどうにもなりませんからね。どっちみち長靴ですし。
雪になる前は気温が下がって道路の雪解け水も凍っていましたが、夕べから降り続いた雪で30㎝は積もっているようです。もっとも、昔から『節分過ぎて七雪』と言いますから仕方がないのかもしれませんが・・・。


在原元方の和歌を楽しめる人は?
2018/02/04
節分に続く今日は立春。しかし、旧暦では月の満ち欠けで計算するために1ケ月が30日で1年が360日のため、24節季の日がズレることもあります。『古今集』は技巧をあまり用いない素直な歌が多い作品集ですが、その中でも在原元方の1首は素直そのものと言えるような歌です。「年のうちに 春は来にけり ひととせを 去年(こぞ)とや言はむ 今年とや言はむ」がその和歌ですが、「立春が年内にやってきた。今日は去年と言えばいいのか、それとも今年と言えばいいのか」というように年内に立春という節季がやってきたということを単純に楽しんでいる気持ちが素直に出ていますが、藤原俊成には好評でも正岡子規には酷評されています。もともと《節季》は「太陽年を太陽の黄経に従って24等分し、季節の移り変わりを示すのに用いた語」ですから、当然に1年の計算に《月の満ち欠け》を用いる旧暦では矛盾が生まれるわけですが、その矛盾を楽しむような気持ちをはたして現代人は持っているでしょうか?「金こそがすべて」という資本主義経済の毒に犯されている人達には、この在原元方の《楽しむ》心が伝わるのでしょうか?
(写真は、雪の中に佇む『ふるさと』の小鮒を釣る男の子とウサギを抱く女の子です)

「鬼やらい」と「恵方巻」の真意
2018/02/03
今日は節分で、別名「鬼やらい」とも言います。厳しい冬の寒さの中にさんさんと降り注ぐ陽光を心待ちにする平安期の人々の気持ちが伝わってくる行事ですが、現在では「吉兆の方向を向いてほおばればいいことがある」という《恵方巻》が流行しています。確かに平安期には『方違へ(かたたがえ)』と言って、目的地の方角が凶であれば回り道をして行くということは当然でしたが、「吉の方向を向いて巻き寿司を食べれば邪気が払われる」という《恵方巻》という行事はありませんでした。これはバレンタインのチョコと同様に米の消費量を増やそうとした企業が考えついたものだと言われている、ハロウィンの仮装やXマス等に見られる「日本人独自の解釈によるどんちゃん騒ぎ」に乗せられた流行現象のようです。その証拠に最近は巻き寿司ではなくてケーキによる《恵方巻》もあるのですから・・・。本当にそれが根拠のある行事ならば、「最近の若者は米を食べないから菓子で・・・」などとはしないはずですよね。
行事にはそれぞれにちゃんとした意味があるのであって、それを尊重する気持ちが大切なのです。もっとも、「休みを連続にすれば都合がいいから」と言って『国民の祝日』の意図から逸脱して勝手に《第2月曜》に変更した政府の元では、国民に何を言っても無駄でしょうが・・・。
(今週はまた雪模様。やっと動くようになった車もまた雪で覆われるかもしれません)

支援住宅の火事の責任はどこに?
2018/02/02
昨日のニュースで注目されていたものの中に札幌の自立支援住宅の火事があります。本来『自立支援住宅』とはその名の通り、生活の自立を目指す者に対する一時的な住居と食事の補助を目的としたものです。しかし、札幌の住宅の入居者数16人の中で大半は高齢者であり、身寄りがなく介護を必要としている者もいたそうです。しかも、「60歳以上の老人に住居や食事を与える」こと『老人ホーム』となってそれなりの住宅改善が必要になります。今回の建物はスプリンクラーが設置されていなかったことが原因のようですが、そうするだけの余裕がなかったのも事実です。昨日の国会で安倍総理は「現在の経済情勢は改善しており、景気も上昇している」と回答したようですが、収益が改善しているのは大企業だけであって中小企業はまったくそんなことはなく、大多数の国民は実質的値上げばかりの生活で疲弊しています。そのような状態の中で「自立しなさい」と言っても、年寄りや介護を要する者達には働ける場所などありません。政府は「自衛手段が必要」と言ってミサイルや戦闘機を《相手の言い値》で購入する予算計上をしていますが、たったミサイル1発の予算で今回のような支援住宅の施設整備も可能になるのです。「給食だけがまともな食事」とか《子ども食堂》に頼っている子ども達も実際にいます。去年は子どもがもらった奨学金を《収入》として生活保護を打ち切った(裁判では違法と判決)自治体がありましたが、ギリギリの収入で生活をしている者も大勢いるのが今の日本経済です。政府はそのような現実に本気で目を向けてほしいものです。

もう『如月ー衣を重ねて着るほど寒い月ー』ですよ
2018/02/01

早くも2月。『如月』の名の通りに寒さも今しばらく続きます。写真は薄暗い光の中に浮かび上がる雪の足跡ですが、これでも大分溶けているので、積雪量はそれほどでもありません。
ところで、昨日は同派の寺院の前坊守様が100歳で往生されたという連絡が入りました。このお寺の御住職は鳥取因幡組の前組長で、私も同時期に執行部の一員として教区の仕事をしていましたので何かと付き合いも深い上に親戚筋にも当ります。100歳ということは大正7年の生まれでしょうか。私の母も大正元年の生まれでしたので健在でしたら既に100歳を超えていますが、父の生まれた明治も母の生まれた大正も、そして私の生まれた昭和(私はベビーブーム第1派)も、平成が来年の4月で終わることを考えると、もう時代の流れの中に忘れ去られようとしている感があります。古老に「同じ昭和の生まれでしょう」とケロッとして言ってお互いが笑っていたこともありましたが、また1人、時代の荒波の中に生きたそれこそ《歴史の証人》とも言える方が亡くなられました。前坊守様に心から合掌いたします。


1月
病院の待ち時間って長いものですね
2018/01/31
早くも1月が過ぎようとしています。去年の今頃は智頭が大雪による渋滞で全国的ニュースになっていましたが、今年は幸いにして雪もそれほど多くありませんが、道路だけは凍結気味。今朝もツルッ!雪がないからと言って歩くときには要注意ですね。
ところで、昨日は紹介状を持って病院に行きましたが、それでも2時間近く待たされました。8時40分頃に病院についてそこを出たのが11時過ぎ。でも、これでもきっと早いほうでしょうね。
診察の結果は「2~3日の入院・検査が必要」とのことで、担当医の関係から2月下旬に決まりました。もっとも、「1週間前に血液検査や心電図も必要」とのことで、その時には坊守と2人で行く必要があります。白内障の手術の時もそうでしたが、特に手術が絡む時には問題が起らないように、必ず患者とは別の人を加えて説明をする必要があるのだそうです。でも、1人暮らしの方ならどうするのでしょうね。歳を取ればどこか悪いところが出てくるのは当然ですが、70歳と2日目ですので、歳を自覚すると同時に「まだ若いつもりなのに・・・」とガックリもした昨日でした。
(この欄に使う写真がなくなりましたので、雪景色を数枚撮ってきました)

除雪もしなければ・・・でも、時間が・・・
2018/01/30
夕べから降り続いている雪が今朝は10㎝以上積もっています。自称《雪国》の鳥取ですからこの程度はどうっていうこともありませんが、さすがに参道だけは除雪をしなければなりません。しかし、今日はかかりつけ医院から総合病院に診察予約(9時)を入れてもらっていますので、遅くとも8時30分には出なければなりません。今は7時50分ですので、ギリギリです。「だったら、日記を後回しにして除雪したら?」と言われそうですが、そこが苦悩のタネです。
そこで、とりあえずこの欄を書くのはここまでにして、次に移動します。
(保存している写真が今日でなくなりました。また何かいいものを考えます)

2月の研修会の案内と雪の塊
2018/01/29
当寺仏婦から「昨年の永代経講師の話をもう一度聴聞したい」との要望があり、「どうせなら全門徒に聞いてもらったらいいではないか」との意見に沿って全門徒に案内を出しました。宅配できる所にはそれぞれ各地区の責任者にお願いし、宅配できない家には郵送(目につきやすいように色用紙に印刷)という形を取りましたが、昨日は午前中かかってそれぞれの宅配者宅に配ってきました。まだ凍結している場所もあれば道が空けてない所もあっていつも以上に時間がかかりましたが、なんとか3時間ほどで終えました。
ただ、第二駐車場の入り口に直径1m近い雪の塊がドンと居座っていて入れることが出来ませんので、帰寺してもその塊をスコップで割って捨てる仕事が・・・。去年の冬も同じように大きな塊が駐車場のど真ん中に居座っていましたが、どうして除雪機が塊とは言えないほど大きなものを残していくのでしょうか。しかも2冬連続のことですから、まるで《わざとそうしているのではないか》と思いたくなります。庭木を覆うような雪ならばそんなに苦労はしませんが、除雪後に置かれた雪の塊は硬く重いので、人力では取り除けないのですがねぇ。

今日でいよいよ古稀の仲間入りです
2018/01/28
今日は1月28日ですが、実は私の誕生日でもあります。《第1期ベビーブーム》として22年生まれの者と一緒に席を並べたわけですが、なにしろ高校時代は15クラスでしかも各クラス平均52名という大所帯でしたから、1学年だけで800名を超えました。その年に生まれた者は去年から今年にかけて《古稀》を迎えましたので、私も今日でめでたく(?)70歳ということです。60歳を迎えた時の寺報に「『今年60のおじいさん』という歌があるが、そんな年になってしまったのが信じられない」と書きましたが、とうとう70歳。母が往生したのが71歳でしたから、その歳まであと1年になったわけです。本当に「自分が70歳!信じられない!」という気持ちがしますが、確かに円護寺墓地の坂道で息が切れるようになりましたし、亡父の気持ちがそのことを言っていたことが今更ながらに実感として分かるようになりました。ご門徒にそのことを話すと「70歳なんて若いですよ」と言われますが、仕方がないですよね、その人は私よりも年上だし、年齢は絶対に追い越せないのですから・・・。
庭の万両は雪の重みで押さえられていますが、雪が溶ければまた元通りになります。私も年齢に負けずにガンバらなくっちゃ。

昨日は数十年ぶりに同級生に会いました
2018/01/27
昨日は叙勲を受けた高3の同級生のお祝いに行きましたが、なにしろ雪・雪・雪。私は駅南の会場まで徒歩で行きましたが、中には「雪で出られない」との理由で急遽欠席した者もいました。それでも9人が揃いましたが、懐かしい顔ばかりです。担任を呼んでの同窓会はここ数年の間に3度(私は多忙で最初しか参加できませんでした)ありましたが、やはり男はすぐに名前が出ても女性はなかなか名前が出てこないものです。しかも、名字が変わっていますしね。今回の主賓は高校時代からの友人ですが、卒業してからは会う機会がなくて、今回が実に40年振りくらいでしょうか。それでも本当に懐かしい同窓生達でした。
往復ともに傘を持っていなかったこともあってフードをかぶって歩きましたが、それよりも疲れたのが境内と駐車場の除雪でした。今朝は積雪も少ないのですが、参道の除雪をしておかないとお参りの方々に迷惑になりますので、この欄を書き終わったらスコップを手にするつもりです。
(今日から数日は、雪の写真にします)

更に積雪です
2018/01/26
昨日は10㎝程度の積雪でしたがご法事(本堂にて)もあり、朝から除雪機で境内の除雪をしました。しかし、今朝起きてみると、更に10センチ以上も積もっており、合計20㎝オーバーとなりました。今日は秋の叙勲で褒賞を受けた高校3年の時の同級生を囲んでの同窓会がありますが、当然のことに歩いて会場(駅南)に行くことになりますので、足元は長靴になります。まぁ、鳥取のことですから当然のスタイルですが、都会のホテルでは「長靴での入室は遠慮してください」という所もあると聞いたことがあります。これが本当かどうかは分かりませんが、今年の冬は都会でも長靴の威力を再確認したことでしょう。
昨日は車庫に仕舞っていた除雪機用のガソリンタンクを持ち出して玄関内に置きました。今日もこれから除雪をしますので、まずガソリンを満タンにすることからのスタートです。でも、この雪で一番困っているのがこの欄で使う写真なんですけれどね。仕方がないので赤い椿の写真にしましたが、この椿はよく見ると数日前に載せていたものとは種類が違いますからね。

心配したほどではなかったです
2018/01/25
ここ連日報道している寒波ですが、鳥取では思ったほどには積もっていません。夕べに続いて今朝も確認しましたが、夜中に新しく積もったものがほとんどないくらいです。昨日は鳥取因幡組の坊守さん方を対象にした研修会(講師は湯梨浜町にある同派寺院の前住職)がありましたが、会の終わり頃から吹雪き始めた雪も心配したほどの積雪もなく、ホッとしたり少し残念だったり・・・。ただ、今回の雪は気温がとても低いこともあって粉雪状態であり、スキー場では歓迎されます。スキー(最近はスノーボードですか)で滑ると本当に「新雪の雪煙をたてながら・・・」という状態になり、気持ちのいいものです。私も教員時代には宿泊研修で生徒を連れて大山や氷ノ山に行った経験がありますが、新雪が降った次の朝はウキウキしたものです。しかしながら、今回の白根山の草津国際スキー場でも同じように高揚した気持ちでスキーに臨んだ人達ばかりだったのでしょうが、1年前の高校生の雪崩事故と言い、やはり「自然災害だから・・・」とは言いきれないものが残ります。そのような気持ちで新聞に目を通すと、またまた相撲協会による醜聞が載っていて、自然に対する人間の傲慢さを再認識した次第です。春日野親方が数年の前にあった弟子の暴行事件(刑事罰を受けている)を報告もせずに隠ぺいしていたというものですが、あれほど「協会に報告がなかったから」と言って貴乃花親方を厳罰に処した相撲協会です。はたして、この問題はどうするのでしょうね。

また突然の噴火がありました
2018/01/24
鳥取因幡組寺族婦人会研修会(坊守の研修会)が当寺でありますので、数日前から会場となる大広間や講師用客間の準備にかかっていました。そして、いよい今日が本番ですが、一番心配なのは雪です。今朝起きてみると積雪も1~2㎝程度で凍結も前回ほどではないので安心しましたが、大雪の予報は夕べから今日にズレ込んでいますので、今しばらくは心配も除かれません。
ところで、昨日突然に長野県の御嶽山噴火と同じ《水蒸気爆発》が群馬県の白根山でありました。そこは国際スキー場にもなっている場所であり、麓には有名な温泉地もあります。そこで突然に起った噴火で訓練中の自衛隊員が1人亡くなられましたが、この陸自は御嶽山でも活躍された救助活動のプロ集団である部隊でした。スキー客もゴンドラやロープウェイ場の中に身を隠すことが出来たので、御嶽山の噴火と違って死傷者の少なかったのが不幸中の幸いでしたが、亡くなられた自衛隊の方には心よりご冥福をお祈りします。
台風による洪水や地崩れ、地震や竜巻による家屋倒壊に加えて突然の噴火ですが、どれもこれも人間の傲慢さに対する自然の怒りかもしれませんね。

人の心を失ってきた現代人
2018/01/23
昨日の夜にPCでニュースを読んでいましたが、先日の常磐線での出産に対し匿名で非難した人に対してある番組の中で「バカだ」とか「人間の心を持っていない」と断言したコメンテイターがいたそうです。その人に言わせると、「匿名で言いたい放題言うのは卑怯だ」とか、「お前も母親から生まれてきたのだろう。生命の誕生ということをもっと真剣に考えろ」ということのようですが、私も匿名者の「生まれそうなら、家から出てくるな」「そのために電車が遅れたのだから、遅延損害を払え」との言葉には疑問よりも強い憤りを感じます。数ヶ月前の新聞に、流れてきた桃を拾った老婆(『桃太郎』の話)を用いて《「泥棒だろう」などと気軽にいろいろと書き込んだ言葉がどれほどその老婆の心を深く傷つけるか》という内容の広告が載っていましたが、投稿した人間が特定されない《匿名》の場合、書いた人間には何の責任感も持たないどころかその場面を面白おかしく拡散させていい気分に浸っています。しかも、その記事を読んだ人の数によって企業から金が入ってくるというシステムにより、ますます内容がエスカレートして過激になっています。先日も青木ヶ原での自殺死体をバックに自撮りした写真を載せたアメリカの青年がいましたが、彼はそのような投稿を続けて年に1億円も稼いでいるとか・・・。売り物の品が入っている冷蔵庫に寝そべっている写真や線路内でふざけている写真等々、実に情けない世の中になったものですね。

2018/01/22
今朝のニュースで報道されているものの中では「都内でも大雪の怖れ」がトップでしょうか。確かに豪雪による道路の寸断や交通マヒも大変なことは経験として分かっています。しかし、都内で言われる大雪がどの程度かと言えばわずか5㎝ほど。そこでは2~3㎝も積もればパニックだと聞いたことがありますが、そもそも日本は温帯なのであっていくら東日本とは言っても「雪がまったく降らない」ことはないはずです。それなのに、わずか2~3㎝でパニックに陥り、5㎝も積もればすべてがマヒしてしまうというのは、都会人の傲慢さが裏にあるからではないでしょうか。私も冬場に大阪や福岡に行ったことがありましたが、いくら鳥取が大雪で長靴生活を送っていたからと言っても、その格好でむこうに行けば《田舎者》と見られます。しかし、今回は都内でも積雪が見込まれるという予報が出ています。《長靴=田舎者》という考えを捨てて《必要だから履く》という柔軟さを持てば、都会人ももっと人間として幅広くなれるとは思うのですが・・・。(こんな考えは『ごまめの歯ぎしり』でしょうか?)
境内のあちこちでは椿が咲いていますが、今日の写真は裏庭に咲いていたものです。

今週はまた寒波の襲来が・・・
2018/01/21
今週は寒波がまたやってくるということです。天気予報では北陸・東北方面が強く被害を受けるとのことで、その後に「西日本にも寒波がやってくる」と書かれていましたが、まさか去年の豪雪のようにはならないでしょう。今冬を振り返っても積雪のあったのはたった一度だけでしたから、今回の予報に対してもそんなに心配はしていません。しかし、スキー場では積雪量の急激な現象が見られ、あれほど雪が多かった大山の方でも「可」と「不可」のゲレンデが半々になっていました。多分この前の陽気が原因でしょうが、あちこちのスキー場では今週の寒波予報を強く期待していることでしょう。同じ雪でも、立場によってその期待度もまったく違ってきます。「降ってほしい」と願っている人もあれば、「これ以上寒波はやってきてほしくない」と願っている農家や消費者の方達もいます。自然現象ですから仕方がないのでしょうが、逆に考えれば「自然現象に右往左往している現代人の弱さ」が露呈しているのかもしれませんね。10日前に開花したデンドロも少し最近は萎れてきていますし・・・。

列車内での出産というニュース
2018/01/20
来週の1週間はまた寒波の襲来だそうです。まぁ、暦の上でも大寒が来ているのですからそれも当然のことでしょうが、昨年の大雪ほどにならないことを願うばかりです。
ところで、右を見ても左を見ても悲惨な事故や事件ばかりの中で、昨日のJR常磐線での出来事はホッとするものでした。出産のために病院に行く途中の車内で破水し、たまたまそこに居合わせた元看護師の手助けもあって無事に出産した、というものです。飛行機の中で出産した子どもにはその会社から一生タダで乗れる権利が与えられるそうですが、「この子にもそんなお祝いが与えられないかな」と考えたくなるほど嬉しいニュースです。もっとも、同じ車両にいた者(特に男性には)にとっては気恥ずかしい瞬間だったかもしれませんが・・・。何はともあれ、その女児の未来に「乾杯」です。
今日の写真は、ここ数日の暖かさで開花した蝋梅です。

薬と自然治癒とどちらがいいの?
2018/01/19
ここ数日は気温が高く、凍結していた遊歩道もみるみるうちに溶けただけでなく、境内の蝋梅も開花してしまいました。今まではセーターの上にコートを着ないと風が冷たかったのですが、昨日などはセーターだけでも充分に温かいと感じるほどでした。もっとも、「来週はまた寒波の襲来がある」との予報ですので安心はできませんが・・・。あれほどひどかった咳も大分おさまり、夜中に咳き込むことも1~2度になりました。先日の記事によると、「《薬を飲んで治療する》ものと《しっかりと休んで治療する》ものとの風邪の治癒時間はほとんど差がなく、後者の方がわずかに短い」とのことでした。やはり人間も厳密に考えれば《動物》なのですから、ケガをした野生動物が動かないでじっとしていることによって自然治癒させることと同様に、おとなしく寐ているのがいいのでしょうね。ただ、野生動物と違って人間には《社会人としての任務=仕事》があってじっと寐ていることが出来ないのがクセモノなのですがねぇ。
(今日と明日は、蝋梅の写真にします)

阪神大震災から23年が経ちました
2018/01/18
阪神大震災からもう23年が経ちました。今から13年前の新聞に「あの震災から10年が経ち、子ども達も小学3年になりました。しかし、この子達にはその記憶がありません。このまま時間が経てば、あの未曾有の大震災の記憶も風化するのでしょうか。それは何としても避けなければなりません」という記事がありましたが、今、その倍以上の時間が過ぎていきました。あの時は今年と違って雪が降り積もっており、玄関に置いていた水槽に波が立って水があふれ出していました。しかし、それでも本堂や庫裏には被害がまったくなかったのが幸いでしたが、すぐに点けたTVの画面に映った街のあちこちで立ち上っている煙は今でもハッキリと記憶に残っています。大きく波打った高速道路が壊れ、そこに宙づりになっているバス。地震の数年前に大学視察で泊まった三宮駅前では、あちこちでビルが倒れていましたし・・・。その数日後に神戸の学校に進学していた女子生徒が戻ってきて九死に一生を得た生々しい体験を話してくれましたが、あれから過ぎ去った23年という時間をどのように捉えるか。それが東日本大震災にもつながっていく今後の大切な課題なのです。

花材も言葉も、使い方一つです
2018/01/17
玄関の活け花の花材をひとつ変えただけでガラッと雰囲気が変わりましたが言葉も同様で、「同じ言葉でも言い方を変えればケンカになる」という内容のことを、15年以上も前に一口法話で使ったことがありました。相手に対して「~~を知っているか」と直に言うのではなく、「ご存じでしょうが」と言えば相手を敬った形になるので、ケンカも起るはずがない、というようなことです。最近はクレーマーと言うかモンスターと言うか、ちょっとしたことでもすぐに文句を言ってくる人が多いようですが、それにしても「すみませんが・・・」と一言付け加えれば、聞く方にしても気分を害することはないはずです。しかし、最近の人達にはその「すみませんが・・・」や「ありがとうございます」という言葉を知らない人が増えています。かつては祖父母が教え、それを今度は親が子に教えてきたものでしたが、近年はそのことを教える親がいないばかりか、人の忠告を素直に聞く子どももいなくなりました。まぁ、これは他人の子どもに手を延べたら訴えられるという社会の変化や親の責任感の欠如が原因なのでしょうが・・・。道徳が教科の一つになりましたが、自分の言葉に何ひとつ責任を持たない政治家が考え出したものに効果があるのですかねぇ。

仏教婦人会研修会で18願を解説しましたが・・・
2018/01/16
昨日は今年初めての仏教婦人会研修会があり、18願について話しました。導入は《七日正月》と《小豆正月》で、そこから《小正月》に進んで「1月15日がなぜ国民の祝日だったのか」を話してから18願に入ったのですが、肝心の18願の解説はなかなか難しいものです。特に「乃至十念」の解読には浄土宗との違いもあり、簡単に「~~が正しい」とは言えないからです。また、「唯除~」の部分も『無量寿経』と『観無量寿経』の間には(表面的には)矛盾も見えます。そのような問題点がいくつも含まれている18願ですから単純に「浄土真宗の大義を示すもの」という解説だけでは済まないこともあり、「如何にすれば分かってもらえるか」を考えるだけでも大変でした。「一度で分かってくださいとは言いません」と言って終わりましたが、つくづく解説する技量のなさにへこんでいます。かと言って《教義を解説するだけ》という講義方式ではいけないことも分かっていますから、余計に・・・。
今朝は早くから動いていますが、どうも朝から暖かい一日になりそうですよ。

今日は邪気を払う《小豆粥》の日です
2018/01/15
「年のうちに春は来にけり ひととせを 去年とや言はむ 今年とや言はむ」という和歌がありますが、昔は旧暦(太陰暦)の為に1年が360日でした。そこから12月の最終日が《大晦日》と呼ばれるのですが、昔の人達は常に自然とともに生活をしてきたことが分かります。そして、360日を季節の変わり目に合わせていくつかに区切ってそれぞれに節句を設けましたが、それが《五節句》と言われるもので、七草がその最初に当ります。その七草の日は「七日正月」とも言われ、《7草粥》を食べて邪気を払う日になっていますが、同じ「邪気を払う」日に1月15日もあります。この日のことを元日の「大正月」に対して「小正月」と称して小豆粥を食べることから「小豆正月」とも言われます。そして、武家社会では男の子の元服をする日でもあったことから、「成人の日」という国民の祝日でもあったのです。
今年の「成人の日」は《はれのひ》という会社のために暗い門出の日になった人達も大勢いましたが、せめて今日の《小豆粥》で邪気を払って人生の門出としてくれれば、幸いです。

大雪で思い出すタローとジロー
2018/01/14
予報と違って鳥取市内は思っていたほど積雪がありません。そのため、庭の木々も枝折れ(前回の雪では前庭のツツジが折れていました)がなくて済みそうです。「竹に雪折れなし」の言葉通りに竹はグッとしなりますから、折れることはほとんどありません。それが折れるときは突然の大雪で絶えきれなくなったことが原因ですが、今回の雪ではそんなことはなさそうです。
雪と言えば、南極観測隊が大荒れのために泣く泣く観測基地に残してきた15頭の犬の中でたった2頭だけが生き残っていた、という話題が世界を駆け回ったことがありましたが、この2頭の犬がタローとジローであり、今から40年近く前の(昭和34年・1979年)の今日のことでした。あの当時の南極はまだ《温暖化》が顕著になっていなかった頃であり、ブリザードも越冬隊員が残れないほど激しかった中で1年間も生き続けた2頭の犬。生き延びることが出来たのは2頭の協力があったからでしょうが、普通ならば「捨てられた」という意識と厳しい自然環境から野生化していても不思議ではありません。しかし、次の年にやってきた越冬隊員の姿を見たときに喜んで飛んできたタローとジローの姿からは、どれほど隊員達から愛されていたかが伝わってきます。犬でさえも愛される心は通じるのに、《親に愛されず、虐待される子ども達》はどんなに辛く悲しいことでしょう。最近は悲しいニュースが多すぎます。

風邪ではなくて気管支炎でした
2018/01/13
咳が止まらないために昨日病院に行きましたが、診察の結果「気管支炎です」と言われました。そして、「ここしばらく来ておられませんね」とも・・・。何しろその病院で最後に診てもらったのが10年近く前であり、この10年間に病院に行ったのが白内障の手術とその事後診療だけでしたから・・・。別に健康だったというわけではなくて何度かケガをしたり咳き込んだりしたことがありましたが、ケガは別としてほとんど自然治癒で済ませていたからです。しかし、今回の咳には降参。咳の度に胸は痛むし横になっていると呼吸の度に変な音がするし、頭痛はするし・・・。やはり「餅は餅屋」、体調が狂ったときには医者に診てもらうことが一番ですね。
昨日の写真は境内にあるドウダンツツジの下に生えている水仙ですが、この寒さで蕾も凍えているように見えます。また、横にある八朔の木では《木守り柿》ならぬ《木守り蜜柑》が色づいています。今冬は外れ年のためにつけた実もこの一つだけでしたので、そのまま《木守り》として残しておきました。

外は凍結、中は時季外れの花が・・・
2018/01/12
昨日は一日中凍結状態で、郵便局に投函に行くだけでもヒヤヒヤものでした。やっと寺に帰ってきて安心したとたんにツルッ!幸いにして転ばなかったのですが、昼になっても溶けなかったために運転が怖くて病院に行けませんでした。15日には上洛してご門徒に頼まれている本廟への納骨をする予定ですが、このままではとても体力が持ちそうもないので、今日はなんとかして病院に行くつもりです。
ところで、毎年冬になったら室内に入れていたブーゲンビリアが今年は何故か1輪花をつけています。毎年のように葉が落ちて裸木になってから枝を剪定するので、この冬も同様にしていました。しかし、今年は何故か裸木になってしばらくしてから葉が出始め、気が付くと花がついていたのです。冬のことですから真っ赤ではなくて薄ピンクですから、最初は枯葉だと思っていたほどです。残念ながら私のカメラでは接写がうまく出来ないし、たとえ出来ても薄ピンクの姿がきれいに写りませんので、写真はあきらめましたが・・・。もっとも、「時季外れに花が咲くのは、子孫を残そうとするため。肥料をやらないと枯れるよ」と言われましたので何とかして肥料を購入しに行きたいのですが、この風邪がねぇ。

どうやら本格的な風邪の初期症状のようです
2018/01/10
一昨日から喉の奥がいがらっぽくて空咳ばかりしていましたので、とりあえず薬を飲んで休むことにしました。しかし、昨日は完全に風邪の症状が出てしまい、ガラガラ声寸前です。夜中でも咳が止まらないので、2時前に眼が覚めてから朝まで熟睡が出来ませんでした。15日は当寺の仏教婦人会研修会があって一口法話もしなければなりませんが、それまでになんとか声の調子が戻ってほしいものです。その15日ですが、研修会が終わったらすぐに上洛する予定です。本山の御正忌報恩講が16日に終わりますのでそれにお参りしたいのと、ご門徒から頼まれている本廟への納骨もあります。心配なのは今日から雪という予報が出ていることですが・・・。とにかく、何はともあれ、風邪を早く治すことですね。

PCは楽だけれど、思い出はガリ版の時の方が・・・
2018/01/09
ここ数日は喉がいがらっぽくて空咳をしていましたがとうとう昨日はひどくなり、結局《のど飴》の世話になる半日となりました。それが原因かどうか分かりませんが夜中も充分に眠れず、何か疲れが取れない雰囲気です。何しろ年末から(3ケ日を除いて)ずっとPCに向かって書類の作成や印刷にかかりきりだったこともあり、その疲れが原因の一つだとは思っていますが、まだまだ書類作成は《山積み》状態です。もっとも、現在はPCが活躍してくれていますから何とか助かっていますが、それ以前の負担は言葉にならないほどでした。それでもガリ版による手書きから始まってタイプライターに、そしてワープロへと進んで現在は「大抵の家に1台はある」と言われるPCになったので、その負担も多少は軽減されています。あとは「PCが予測不可能な状態になった時のパニックからいかにして逃れるか」でしょうが、こればかりは「自称機械音痴」の私にとって最大の難関ですが・・・。
こんなことを書いていると、インクで汚れないように黒い腕カバーをつけて1枚1枚ローラーで印刷をしていた学生時代が懐かしく思い出されます。ガリ版を使ってやっと書き上げた原稿に罫線を入れたとたんに頭がまっ白になったことなども・・・ね。(ガリ版を使ったことのある人は、きっと同じ経験をしたことでしょう)

親子で5つの元号を体験できる?
2018/01/08
昭和天皇の崩御によって「平成」という元号が当時の小渕議員によって提示されましたが、その平成も来年の4月で終わります。しかし、その平成が始まったのは昭和64年1月8日、つまり30年前の今日でした。亡父は明治39年生まれで亡母は大正元年生まれ。そして私は昭和生まれですから親子合わせると4つの元号を生きていたことになりますが、1年4ケ月後には5番目の元号を生きることになります。いくら親子でも生涯にせいぜい2つか3つの元号を生きるのが精一杯でしょうが、私たちの世代(第1期ベビーブーム)には親が明治や大正生まれという者も多くいます。そう考えると、私たちは5つめの元号を肌で知ることのできる最初で最後の年代になるのかもしれませんね。
そんなことを考えながら窓辺に置いている蘭を見ていると、初めて鉢植えのデンドロビュームが花を開きました。昨日の写真に蕾を載せましたが、今日はその開花した写真にします。

何か大切なものが抜け落ちていませんか?
2018/01/07
昨日の『独り言』で「すずなとすずしろは誰でも目にしている」と書きましたが、この二つはかぶらと大根なのです。教員の時には必ずと言っていいほど毎年このことを話しましたが、実はもう一つ《五節会》についても話しました。「日本には昔から大切な5つの節句があってそれを《五節会》と読んでいるが、3月3日の《桃の節句》・5月5日の《端午の節句》、7月7日の《七夕》、9月9日の《重陽の節句》とあと一つは何か」という質問も毎年の恒例ですが、月と日が同じであるためにほとんどが1月1日だとの回答。しかし、正しくは1月7日の《七草》なのですよね。まぁ、政府自体が《成人》の意味も考えずに1月の第2月曜日を「成人の日」と制定するくらいですから高校生が《五節会》を知らないのも当然でしょうが、今度は18歳を《成人》とする法案が出されるとか・・・。これは投票権の年齢に合わせているせいでしょうが、もっと人間としてそして日本人として、抜け落ちている根本をどう埋めるかを先に考えることの方が大切なのではないでしょうかねぇ。小学校での英語授業や道徳の授業化等に必死になるよりももっと大切なものがあるように思えてしかたないのですが・・・。

明日は《七草》です
2018/01/06
明日は7日『七草』の日で、《五節会》の中の一番最初の節句に当ります。「正月の行事で疲れた心身をさっぱりと清め、明日からの新しい生活に向かってことを始めよう」という目的を持った行事で、現在ではこの日をもって正月が終わる(本当は、15日の『小正月』まで)と考えるのがほとんどです。そのためか、郵政省も52円の年賀葉書の使用期限を7日までとし、8日からは10円切手が必要になります。うっかりとそのまま投函すると返送されるか受取人が負担することになりますので、要注意です。まぁ、当選番号を確認したら、官製葉書に交換しておく方が無難でしょう。
ところで、七草といえば山上憶良が「せりなづな ごぎょうはこべら ほとけのざ すずなすずしろ 春の七草」と詠った『万葉集』の短歌(和歌という表現は、平安時代から)が誰でも口を突いて出るものですが、せり・すずな・すずしろの3つは普段でも目にしていても、その他のものはめったに見かけなくなりました。周りに原っぱを見かけなくなったせいもありますが、古老達から「これが~だよ」と教えてもらう機会がなくなったのも原因の一つかもしれませんね。その意味でも、今朝の新聞に載っていた河原町の行事は大切にしてほしいものです。

正月早々の悲しい出来事に対して・・・
2018/01/05
昨日の池坊保子委員長の会見で気になる言葉がありました。確かに「相撲は礼に始まって礼に終わる。その礼を大切にしてほしい」という内容は納得できます。相撲に限らず柔道・華道・茶道・書道なども「道」がついている以上同じですが、気になったのはそこではなくて最後の「~~と私は思います」の部分です。この言葉を聞いたとき「今言うべきは評議委員会の報告であって、個人の意見・感想ではない。ここは『評議委員会としては~』と言うべきだろう」と思いましたが、さて、どうでしょうか。
ところで、今朝の新聞にまた悲しい出来事が載っていました。2人の子どもが浴室で死亡した、というものです。浴室と脱衣場の温度差から脱衣場に暖房機を置くことが推奨されていますが、今回の事故はその脱衣場にある電気ヒーターが原因ではないかと言われています。本当にそうなら親心がアダになったのであり、母子3人の幸せな生活が正月早々に一瞬で不幸のどん底に落とされたことになります。確かに「生まれ出づる者は、いつか必ず終わりを迎える」ことは否定できないものですが、この母親の気持ちを考えたとき、親鸞聖人ならばどのようなお話をされるのでしょうか。
(誰もいない公園には子ども達が遊んだのでしょうか、《ケンパ》の輪だけが残っていました)

正月番組では《ライブ》に餓えています
2018/01/04
正月番組は娯楽番組ばかりでそのほとんどが録画ですから、新しい出来事が知りたいのになかなか手に入りません。やっと聞けたと思ったら、ホッとするものは何もなし。その中で、箱根駅伝の影に隠れて報道されなかったものに《市民ランナー》川内氏のボストンでの世界新記録があります。-17度という極寒の中で実施されたボストン・ニューイヤーマラソンに参加したわずか3人のうち2人が途中棄権した中で完走した川内氏のスタイルは黒タイツに目出し帽。もともとマラソンは《孤独な競技》と言われますが、その姿でただ1人走り通した川内氏の記録は76回目の2時間20分以内(世界記録は75回)ということで、「週40時間働く公務員ランナーが作った世界記録」としてボストンでは大々的に新聞報道もされているようです。
箱根駅伝は正月の娯楽番組の中で唯一と言ってもいいほど人気あるライブですからそれを否定はしませんが、「もっと多くの視野を広げた番組がほしい《餓えた3ケ日》」になった3ケ日間でした。

今日で《3ケ日》が終わります
2018/01/03
「正月は3ケ日だけ」ということで4日から仕事が始まるのがほとんどであり、私も教員時代には4日から出勤していました。もっとも生徒はまだ《お休み中》でしたが・・・。
その中で、既に2日から始まっている所もあります。昨日は昼前に大丸で池坊の花展を見て、その後に北イオンの近くの店舗内でやっている《絵手紙展》を鑑賞に行きました。この花展には私も40年ほど前に何度か出品した経験がありますが、正月ですから松竹梅が中心で、それ以外には千両や万年青や水仙等がよく使われていました。近年の花展は材料も派手になって蘭や様々な種類の百合がよく使われていますが、やはり《日本人》なのか、昔から用いられている花材の活け花に目が引かれました。
また、絵手紙展はご門徒が出品しておられる関係から毎年行っていますが、今年も積雪がなくて無事に鑑賞できました。
3ケ日が過ぎれば幕や打敷を外す予定ですが、ただ今日は嫌な風が吹いています。もしかすると雪になるかも・・・。

今月は古稀を迎えます
2018/01/02
元旦会から始まった今年ですが、外は上天気。12月の積雪が夢のようです。しかし、東北方面ではここ数日の間にまた寒波に見舞われるとの予報が出ています。雪も大切な自然現象ですが、何事も「過ぎたるは及ばざるが如し」の言葉通りに《適切な量》がいいのでは・・・。もっとも、その《適切な量》というものが場所や人の立場で違ってくるということも事実ですが。
ところで、今の時間は午前0時20分。なかなか寝付けないのでこの『独り言』を書いています。こんなことで今年は無事に乗り切れるのか心配ですが、今月は同窓生に少し遅れて古稀の誕生日を迎えますので、体調管理に気を付けて乗り切るつもりです。

心にゆとりを持ってスタートしましょう
2018/01/01
「明けましておめでとう」と言ってもいいものかどうか、大晦日になって「鳥取県南部町の寺院で本堂が全焼」というニュースが飛び込んできました。宗派としては別の寺院ですが、当寺も鳥取大震災や大火災で罹災していますので他人事とは思えません。本堂からの出火と新聞に書いてありましたから漏電かローソク等の不始末が原因かもしれませんが、とにかく「来年は明るいニュースがほしい」と書いた31日の『独り言』が打ち消された思いでした。
とにかく今日から平成30年がスタートします。新聞にも「天皇が行事に参加される最後の年」と書いてありましたが、いろいろな意味で人生にとって重要な年になりそうな予感がします。そのためではありませんが、今月の掲示板は見ていただければ分かりますように、新年を祝っての言葉にはせずに「ゆとりを持っていこう」的な言葉にしています。1年の始まりがピリピリギスギスしたものではつまらないですものね。

淨宗寺(浄宗寺) 〒680-0821 鳥取県鳥取市瓦町110 TEL:0857-22-5744 FAX:0857-22-5745