9月
パンダの名前が「香香」になりました
2017/09/26
お彼岸も今日が最終日です。しかし、明朝には山門の幕や本堂の打敷等の撤去がありますし、午後からは若桜の同派寺院で研修会がありますので、今しばらく多忙な日が続きます。
ところで、上野動物園のパンダに名前が決まりました。「香香」と書いて《シャンシャン》と読ませるのだそうですが、実は最も多かった応募がウキウキした日本人の心情をよく表わした《ルンルン》でした。実は、これは1986年に募集したときも第1位になっていましたが、「それなのになぜ選ばれなかったか」と言えば、ただ単に「ルンに当る漢字がないから」ということです。確かに上野で生まれても親は中国からの借り物のために返還しなければならないという契約になっていますが、「『中国だから何でも漢字』という考えは古くさいのでは・・・」と思います。おまけに現在の中国では日本で使っている漢字がなくなり、略字体の文字(たとえば「木扁にヌ」と書いて「権」)になっています。そのような現在、「漢字にないから」という理由だけで一番多かった応募名を無視するのは、いかにも頭の硬い《お役人気質》でしかないのではないでしょうかねぇ。何も《キラキラ名》がいいと言うわけではありませんが、「少しは応用力を持ってもいいのでは」と思いますよ。

どうなる?「もったいない」の心は・・・
2017/09/25
「日本には素晴らしい言葉がある」と言って「もったいない」という言葉を世界に発信してくれたマータイさんは亡くなりましたが、果たしてその言葉はどうなっているのでしょうか。もっと言えば、その言葉を生んだ日本人の心がどうなっているのかと、はなはだ疑問です。バス停やプラットホームで整然と並んでバスや列車の到着を待ち、乗客が降りてから順番に乗り込む。この光景は私たちにとっては至極当り前のことですが、外国人(特に中国人)から見れば驚くべき光景だと言われます。また、食事ではどこにいても先ず「いただきます」と手を合わせることから始めます。これらは「当り前」なことであってそれを驚く方がむしろ不思議でもあるのですが、最近はその「当り前」なことが伝わっていない若者が増えているように感じます。沖縄で集団自決をした洞窟が《肝試し》と称した行為によって破壊されましたが、犯人であった18~19歳の若者達はそこがどのような場所なのかを知らなかったということでした。もしも我々にしてみれば「当然」と思っていることが次の世代に伝わらなければ、マータイさんの感動した日本人の心はどうなっていくのでしょうか。戦争体験者としてその悲惨さを講演を通じて子ども達に伝えておられた西川肇氏が亡くなられましたが、氏の思いが子ども達に正しく伝わっていることを祈ります。

金木犀の香で思い出すこと
2017/09/24
ここ数日、納骨堂を開けるために境内に出ると香ってくるのがあの懐かしい金木犀(でも、都会の子ども達はこの香り《トイレの香り》と表現したとか・・・)です。台風前には蕾をつけただけと思っていたのにその数日後に漂ってくる金木犀の香りを嗅いでいると、40年前の出来事が思い出されます。両親と総代と一緒に坊守の実家に行って正式に結婚を申し込み、帰途そのまま青谷駅で降りて青谷高校で勤務しましたが、放課後に青年部の職員達と蒜山(ひるせん)までドライブした時に漂ってきた金木犀の香りは、私にとって一生忘れられない懐かしい想い出です。
「1輪の花や微かな香りなどに触れてふっと昔のことが思い出される」というようなことは誰にでもあると思いますが、普段はそれらが記憶の内奥に仕舞われています。それが小さなことで表に出てくるわけですが、それが辛く悲しい出来事では心が傷つきます。しかし、人間の記憶の不思議とでも言うのでしょうか、「辛いことは忘れて楽しいことの方が浮かんでくる」と言われる人も多くおられます。「辛い体験をした人ほど、他人の辛さがよく分かる」という言葉もありますが、やはり《辛い経験》はしたくないですよね。

本当に日本をよくしてくれる人は誰?
2017/09/23
昨日の「日本語の乱れ」を借りて言えば、安倍総理の日米首脳会談と国連での表明は完全に「(国民を無視した)言葉の乱れ」でしょう。トランプ大統領をいきなり「ドナルド」と呼んだ態度は小泉元総理と元米大統領との親密さの再現をねらったのでしょうが、聞いている我々からして見れば「ベタベタして気持ち悪い」としか思えません。その上、国連での北朝鮮に対する圧力の強化発言は「核攻撃をしろ」と言っているトランプ氏を認めているようなものです。そんな安倍総理が要請してから3ケ月も待たされた臨時国会開会の冒頭で解散を宣言するのは完全に《疑惑隠し》であり、「臭いものには蓋」どころか「臭いもの」の存在を亡きものにしようとしている意図さえ感じます。正に《トランプ劇場》ならぬ《安倍劇場》そのものです。政治家は国民の、ひいては世界の平和と安定を作り上げる力さえ持っているものであり、権力はけっして《個人のオモチャ》ではありません。だからこそ、そのような権力を持っている「国民の代表」を選ぶ我々自身が《自己の利益》だけで選ぶのではなく、本当に候補者をしっかりと見て選ばなければならないのだと思っています。

日本語の乱れと意識の欠如
2017/09/22
この度、文化庁国語世論調査が報告され、存続か滅亡かの重大局面を現わす語句を「存亡の危機」とする間違いが8割を超えたそうです。確かに私もそのように使いますが、正しくは「存亡の機」です。確かにPCで「存亡の危機」と打ち込んでもそのまま変換されて出てくるように、今や大衆に受け入れられてしまっているようです。同様にここ数年でよく耳にする言葉が「全然~」でしょう。現在では「とても~」とか「非常に~」というように最上級的な肯定として使われていますが、正しくは「まったく~でない」という否定語です。けれども、俳優や芸人がそのように使っても誰もそれを非難しないどころか、今や《大衆化》している状態です。そして、似たようなものに「1000円からお預かりします」というレジ係の言葉もあります。「この『~から』は移動の出発地点を表わす言葉であって、間違いで非常に耳障りな言葉だ」と盛んに言われましたが、現在でもよく耳にしています。これらの間違った使い方がそのまま《大衆化》している根底には「パない」という省略語や「JK」等の頭文字だけの表現や「ワイハ」等の逆位置語を《カッコいい》として盛んに使う心理にもあるかもしれません。
しかし、現在の日本人に最も欠けていることは「ありがとう」「すみません」という感謝と謝罪の言葉がまったくと言っていいほど使われなくなっていることだ、と思いますがねぇ。
(昨日の写真の白い彼岸花が開きましたよ)

糸瓜忌も獺祭忌も同じです
2017/09/21
9月19日は別名『糸瓜忌』。これは俳句の創始者正岡子規が「痰一斗 へちまの水も 間にあはず」と詠んだことから付けられたものですが、もう一つ『獺祭忌』とも言われます。《獺祭》とは、カワウソが捕らえた獲物を前足でつかんで食べる姿が食べ物を前に合掌している姿に似ているところに由来があるもので、実際に子規も『獺祭書屋俳話』という書物を書いています。10年近く前に山口の温泉旅館に泊まったことがありましたが、メニューに《獺祭》という名の酒がありました。今でこそ総理の宣伝もあって世界的に有名になっている酒ですが、その当時仲居さんに「これは正岡子規から取った名前ですか」と尋ねたところ「分かりません」との返事。それを聞いたとたん、正直なところその温泉旅館にガッカリしました。客商売をしているならば、せめてその程度は知っていてほしかったのですが。
今は亡き父は日本酒が好きで夏でも燗酒を飲んでいましたが、母は酒が苦手でビールも「苦い」と言っていましたし、果実酒を作る時にはたくさんの砂糖を入れていました。もっとも、その父も近衛兵(生まれが京都のため)になるまでは《丸っきしの下戸》で「酒粕の汁を飲んで酔った」とか・・・。どうも私はそんな両親の血を受け継いでいるようです。

国民無視の国会冒頭解散
2017/09/20
25日の国会冒頭で解散を発表する安倍総理ですが、小泉元総理の郵政改革などとは違って[解散→総選挙]の必要性が皆無です。だからこそ「大義なき解散」と言われるのでしょうが、こんなにも国民を馬鹿にした総理特権の行使は過去にもありません。かといって投票に行かなければ自民党候補者が自動的に合格するシステムですから、我々は何をしたらいいのでしょうか。せめて《不信任権》でもあれば「この候補者は合格させません」と言えるのですが、現在のシステムでは、たとえ1票でも票が入れば認めたことになるのですがら、我々国民にとっては「ごまめの歯ぎしり」しか出来ません。「森友・加計隠し」とか「大義なき解散」と言ってもそれを追求出来ない《冒頭解散宣言》ですからねぇ。正に国民無視で国会を好き放題にしている現在の安倍政権ですが、これが「国民の代表」である政治家の本来の顔なのでしょう。本当に《不信任投票》を強く求めたい気分です。

彼岸花が咲き始めました
2017/09/19
今度の国会冒頭で解散が発表されるようですが、その理由は「今なら他に追随する党派がないから」ということ。正に私利私欲そのものですが、まぁこれが政界における《大人の判断》なのでしょうね。国民を馬鹿にするにもほどがありますが・・・。
ところで、台風で大荒れの数日間でしたが、気がつくといつの間にか遊歩道に彼岸花(曼珠沙華)が咲いていました。この花は地面から芽を出したかと思うと急激に伸び出し、一気に花を咲かせます。そのために花が咲いてから「あっ、彼岸花が咲いている」と気がつくことが多いのですが、今年は蕾を出したときに気がついていましたので毎日見ていました。しかし、遊歩道の赤い彼岸花に対して境内に植えた白の彼岸花はなかなか芽を出さず、「もしかすると絶えたのだろうか」と心配していました。しかし、植木鉢の中で1本だけ茎が伸び始め、やっと開きだしました。今度はなんとかこの球根を増やし、来年はもっと多くの白い彼岸花を咲かせたいと思っています。今日の写真は、その赤い彼岸花にしています。

「台風一過」にはほど遠い
2017/09/18
昼間はあまり台風の影響を感じていませんでしたが、昨夜は予報通りというか激しい風雨でした。「台風一過」という言葉があります。それは「台風の過ぎた後は青空の素晴らしい天気になる」ということでしょうが、今朝は素晴らしい天気どころか境内から山門前まで落ち葉で埋まっていました。特に当寺の前にはイタヤモミジの並木がある上に排水溝もありますので、風で吹き飛ばされた落ち葉が吹きだまりになっています。そのために朝早くから落ち葉を掃き集めてゴミ袋に入れて出しました(当地は月・木が集配日)が、押し込んだ末に45ℓの袋いっぱいになりました。横手ではノウゼンカズラの枝が吹き飛ばされていますし、タマノカンザシの鉢植えは屋根から落ちてきた雨水で葉がボロボロです。それでもバケツなどは仕舞っていましたので予想していたほどの被害もなくてすみましたが、稲刈りの方は無事に終わったのでしょうか?ご門徒様の中には農家の方も多く、その方面でも心配なことです。落ち葉の清掃が終わって家に入ると、袋川の付近では突然の降雨模様。どうも部分的な降雨なのかすぐに止んで今は青空も覗いていますが、なんとか「台風一過」になってほしいものです。

11年連続でイグ・ノーベル賞受賞
2017/09/17
(台風18号の速度が鈍くなり、中国地方への影響は半日遅くなって今夜になりました。被害が出なければいいのですが・・・)
今年のイグ・ノーベル賞は日本人が受賞していますが、これは《愚かなノーベル賞》という意味で、「他の誰もやりそうにない、ユーモアと独自性を兼ね備えた研究」に対して贈られるものです。よく「日本人はユーモアを介さない」と言われますが、実は日本人の受賞は11年連続なのです。
今年はトリカヘチャバネという昆虫の生殖に関する研究発表ですが、実はこの昆虫は生殖器が逆転しており、雌が突起状の生殖器を雄の穴状の生殖器に入れるのだそうです。そして、その理由が「食べ物がほとんどない世界で生き延びて子孫を残す為に、雌は雄の体内に生殖器を入れて精子と一緒に雄の栄養を吸い込む」ということで、「そのために、雌の方が雄よりも積極的に生殖活動をする」という発表を聞いた人達は一瞬あっけにとられ、その後ドッと笑いと拍手が起ったそうです。この雌と雄の逆転現象からつけられた名前が《トリカヘチャバネ》ですが、これは平安期に作られた『とりかへばや物語』に由来しています。ある貴族が生まれた2人の子ども(男子と女子)をそれぞれ男子は女として女子は男として育て、男女の本能と逆転している現状との差から巻き起こる悲喜劇を描いたものですが、この昆虫の逆転現象を現代人における《男らしさ》《女らしさ》の逆転現象に当てはめているところがイグ・ノーベル生物学賞に選ばれた理由かもしれませんね。

「経験しない」ことの怖さと未熟さ
2017/09/16
昨日は体育祭の想い出を書きましたが、鳥東高では数十年ぶりにシンボルが復活したそうです。竹を取りに行くことから始めているそうですので、それを割ることと削ぐことに苦労したのではないかと思います。しかし、24時間何でも買える今の時代だからこそ、最初からすべて自分たちの手で作ることの難しさと面白さを経験したことは決して無駄ではなく、必ず将来において何らかの役に立つものと思います。終戦間際に集団自決したことで当時の姿のまま保存されている沖縄の洞窟では16~19歳の若者達が破壊したり供えられている千羽鶴を燃やしたりして逮捕されましたが、彼らの共通点は「人々の受けた苦しみや悲しみを自ら体験していない」ということでしょう。教育関係者にとって9月1日は《魔の9月1日》と言われています。《イジメ》による子どもの自殺が圧倒的に増える日だからですが、その原因の根底にあるものも「イジメによる悲しみ・苦しみを自分で経験していないから、他人の悲しみも分からない」子ども達にあります。我々の子ども時代には、小学校に入学すると「肥後の守」という折りたたみナイフが親から渡されました。「これを使って自分で鉛筆を削れ」ということです。そして、それで指を切ったら「何故切ったか考えろ」と言われました。そのような経験から、私たちは鉛筆に当てる刃の角度や力の入れ方、そして何よりも「傷つくことの痛さ」を知ってきました。だから人に鋏などの刃物を渡すときには自然と柄を向けて差し出しますが、今の若者はそんなことも知りません。情けないことです。

私たちの体育祭では・・・
2017/09/15
先月はお盆でしたので淨宗寺仏教婦人会研修会はお休みでしたが、今月からまた始まります。今月もいつものように「何を話そうか」と悩んでいますが・・・。
ところで、教員時代には9月は学校祭があり、クラスでは生徒が「文化祭のクラス発表で何をするか」とか「体育祭のワッペンとTシャツのデザインは?」と話し合っていましたが、私たちの時にはシンボル製作が主でワッペンとかTシャツなどはありませんでしたね。骨組みが出来上がったものを持ち帰って新聞紙を貼り、その上から模造紙を貼って色つけでしたが、今でも何を作ったか覚えています。中学3年では『太平洋ひとりぼっち』のヨット《マーメイド号》で高校3年では《ツタンカーメン像》でした。特に高校時代には市中行進もあり、学校から智頭街道→駅前→若桜街道と回って帰るのですが、いつも日赤病院の前では気勢を揚げていたものです。表面的には入院患者に対して「頑張れ」ということでしたが、その実は家政高校(現・敬愛高校)が対象でした。まぁ、青春真っ盛りの年代ですからねぇ。そのシンボルからのぼりになって今では何も作っていませんが、クラス全員で苦労して作り上げたシンボルとそれを燃やしながら踊った『ジェンカ』が懐かしく思い出されることです。

某劇団の《舞台裏》に幻滅
2017/09/14
台風18号が急転回して日本列島縦断をしようとしています。このままでは土日に台風の影響下に入るようですが、今は稲刈りの真っ最中。何も被害が出ないことを祈ります。
ところで、インターネットのニュースだけでまだ新聞には載っていませんが、某劇団で初日の2日前になって2人の主演女優が辞退するということが起きました。発端は2人の女優に生放送の仕事が入っていて所属する事務所から「通し稽古を1度済ませてから退出する」との連絡を入れていたのに、演出する女優から暴言を浴びせかけられて「土下座までさせられた」ということだそうです。もっとも、脚本家のマネージャーはそのことを全面否定していますし、劇団側は逆に「事務所側から『開演できませんよ。辞めたらどうですか』と脅された」とも言っています。私も観劇は好きで高校演劇の顧問をしていたほどですが、このような《舞台裏》を聞かされるとその劇団や役者がイヤになります。人間の集団が作るものである以上、そこにはどうしても相容れないものも存在します。そのことは劇団だけでなく政治の世界にもありますし、もっと極端に言えば、最も小さい集団である《家庭》にだってあります。そのことを理解した上でどう対処するかが《大人の対応》でしょうが、どの世界でも「自分が一番」という意識が先立つようですね。

次期連研のテーマについて
2017/09/13
鳥取因幡組には連絡用のdropboxがありますが、なかなか開けることが出来ません。新規の行事が記載してないかどうかチェックするのですが、頭を悩ませることが多々あります。しかし、今回やっと開けたところ、来年から始まる第10期連続研修(略して「連研」)の担当寺院とテーマが載っていました。今までは半年空けて次の連研を始めていましたが、第9期から4月~3月の1年開催としたため、次期の開始まで丸1年が空くことになりました。その第10期の原案が載っていたのですが、それを見ているとどうも次期は新しいテーマ(「10年20年後の僧侶・寺院のあり方」)が加わっているようです。確かに寺院経営も今まで通りのやり方では困難になってきており、その原因の根底には《少子化》とそこから生まれる《過疎地域の拡大》や《親から子へ法義が伝わっていかない》という現状があります。そのことからも「その状態に甘んずるのではなく、皆で《何か出来ることきないか》と考えていこう」という姿勢の表れだと思いますが、地域性を初めとした数々の問題も現実にはありますので、そう簡単には結論が出ないテーマだとは思います。しかし、誰も「今のままでいい」とは思っていませんので、検討することも必要なのでしょうね。

テニス界の伊達選手も引退です
2017/09/12

今日から始まるテニスの大会を最後に、沢松選手に続いて女子テニス界を牽引していった伊達公子選手が引退します。スポーツ選手にとって年齢は体力の低下に繋がる最大の原因ですが、40歳を超えても一流選手として自他共に認められているのはイチロー選手と伊達選手でしょう。確かにゴルフ界では70歳になっても頑張っている人はいますが、体力以外にも持久力や瞬発力を必要とする野球やテニスでは無理な話です。その中で今までトップ選手として若手を引っ張ってきた伊達選手の引退は悲しいものですが、過去にもグラフ選手を初めとして多くの選手が第一線から身を退いてきました。始まりがあれば絶対に終わりもやってきます。伊達選手も今回の試合に結果はどうであれ全力を出しきり、次には後進の成長の手助けをしていってほしいと願っています。
伊達選手、お疲れさまでした。そして、次の新しい道を堂々と歩んでいってください。


過去の経験を捨ててはならない
2017/09/11
平成13年9月11日のアメリカ同時多発テロから既に16年が経ちましたが、東日本大震災も実は同じ11日(3月)でした。後者は未だ復興の兆しも見えないままですが、前者は被災地《グランド・ゼロ》から被害を示すものをすべて撤去し、より高い建物を「復興のシンボル」として建設するとのこと。広島を初めとして福島や岩手でも悲惨な記憶を後世に伝えるために残そうとする日本人の心情とはまったく逆ですが、そこに「過去に囚われず、未来を見つめて進む」というアメリカ人気質を見た思いがします。勿論、どちらが間違っていてどちらが正しいということはなく、どちらも正しいのでしょう。けれども現在ではそれらが逆転し、悲惨な過去をすべて忘れて70年前に後戻りをしようとしている日本と《白人第一主義》の考えから黒人差別を是としたアメリカの姿が垣間見られます。
映画『ダンケルク』はドイツ軍に包囲されて逃げ場を失い、救助に向かった輸送船や駆逐艦等も撃沈されていく。そのような海に、死と隣り合わせになっている英仏軍の兵士を救うために危険を顧みずにヨットや小型ボートを出していった市民が描かれていますが、その中の1人がこう言います。「我々が起こした戦争で若者達が死んでいく。今、彼らを救うのが我々の使命だ」と。北朝鮮の脅威にさらされている現在、過去の悲惨な悲しみを二度と繰り返さないことを第一と考える為政者がいてほしいものです。

9月9日と10日の想い出
2017/09/10
10年以上前のことですが、教員時代に体育祭の慰労会が9月9日に行われました。たまたま私が幹事のために開会の挨拶をしなければなりません。このような時に長い挨拶は無粋ですから簡単にして「今日9月9日は『重陽の節句』で、菊の花びらを浮かせた酒を飲むとよいそうですが、別名『救急の日』でもあります。せめて救急車を呼ばない程度に楽しんでください」と言ってから乾杯の音頭を取ったのですが、なぜかその時の挨拶が思い出されることです。
ところで、今日は昭和18年に鳥取大震災が起った日のため、県立公文書館へ行って資料や写真を見ました。あいにくと当寺の写真はありませんでしたが「松浦旅館」の看板のついた電柱が写ったものが1枚ありましたので、「この向こうに当寺があったのだなぁ」と感慨深いことでした。鳥取大震災は震度6で西部地震(震度6強)よりもわずかに弱いのですが、当時の建物のほとんどが木造であった上に午後5時36分ということで夕食の支度に入っていたため、他の地震と違って家屋焼失とそれによる死者があり、西部地震では0名だった死傷者も鳥取大震災では1200人を超え、けが人も20倍超。そして、なんとか復興した9年後には市内の大半を消失する鳥取大火災が起り、当寺もやっと建てた本堂が全焼した上に区画整理にあって境内の没収と墓地の強制移転・・・。本当に9月9日と10日には悲喜こもごもな想い出があることです。

磁気フレアとミサイル、どちらが怖い?
2017/09/09
遙か彼方にある太陽の爆発で生ずるフレアによって磁気嵐が心配されていましたが、幸いにしてたいした被害もなくすんだようですが、メキシコでは激しい地震による被害が生まれています。また、真夜中には秋田でも震度5強という地震がありましたが、こちらはたいした被害もなかったようで安心しました。しかし、太陽の爆発による磁気嵐を心配するように現在では《地球》とか《宇宙》という広大な範囲で物事を考えている中で、昨日の報道番組は「北朝鮮の建国記念日による挑発の有無」がメーンになっていました。確かに「東京を飛び越すミサイルを・・・」と言われれば怖いし、「戦闘状態へのカウントダウンか」と不安にもなるのでそれは仕方がないのかもしれませんが、広大な宇宙の中のたった一つの星のそのまた小さな《国》という空間同士の《自己主張=ケンカ》ほど馬鹿馬鹿しいものはないはずです。
昨日はテレビの某番組で石破議員が日本の核保有による自衛について持論を唱えていましたが、他の番組では「金正恩は父と違って国際外交については何も知らず、一切耳を貸さない」とコメンティターが力説していました。2名の解説は表面的には共通点がないように聞こえますが、根底には「北朝鮮による暴発の怖さ」があります。しかし、同じ人間同士がどうしてこんなにいがみあうのでしょうか。釈尊も「この世にあるものはすべて互いに関係し合って存在している、父母兄姉である」と述べておられるのに・・・。

寺院が《サービス業》なのはなぜ?
2017/09/08

私が学生だった時(50年ほど昔)に家族調査がありましたが、「親の仕事」の区別欄を読むと寺院は《サービス業》に入っていました。もっとも現在では《個人情報》などでそんな調査自体ありませんが、その当時はこんな調査があるのは当り前でしたし、生徒名簿に親の職業を記入する欄があったくらいです。そして、その時の調査で「寺院って、サービス業だったの?」と衝撃を受けた記憶があります。確かに寺院はいつ連絡が入るか分からないために必ず家には誰かがいますし、外出する場合にも連絡が届く手はずになっています。その意味では確かに《24時間体制》ですから、サービス業かもしれません。しかしながら、僧侶は人々におもねったり愛想を振りまいたりはしません。かつて僧侶は《知識人》であり、《相談役》であり、《子ども達の遊び相手》でした。その代表が良寛さんでしょうが、現在でも基本的にそのことは変わっていません。けれども、人々の考え方や見方が変化してきているのは否定できませんし、その中には僧侶自身の意識の問題もあります。特に門徒戸数が1000を超すと言われる都会の寺院ほどその傾向が強いと言われていますが、寺院にとって一番大切なことは、昔と同様に「人とのつながり」ではないでしょうか。八百屋や魚屋のおやじさん・おばさんと世間話をしながら買物をするあの雰囲気こそが《サービス業》の基本だからこそ、同じ《サービス業》に分類されている寺院も、人々の悩み・悲しみに寄り添い支えていくことの出来る《心のつながり》を第一とすべきだと思っています。


胸が痛くても、のんびり出来ない気質です
2017/09/07

昨日はやっと気温が30度を割りましたので、玄関を簾だけで開けっぱなしにするということもなく過ごしました。もっとも、週末からはまた30度前後に戻るということですので、当分は「秋冷の候」という言葉は使えそうにありませんが・・・。坊守が1泊2日で大田市であった寺族研修会に参加ましたので、その間私は留守番。でも、逆にゆっくりと次の寺報の原案を練ることが出来ました。連絡等の記入事項もあってまだ完成には至っていませんが、いつも最初に書いている住職の思いの他にクイズと雑話は何とか原案が出来ましたので、9月中には添削も含めて完成に持っていくつもりです。
先日研修に来られた北摂組の方から「本堂に掛けてあるカレンダーの言葉はとてもいいですね」と言われました。手作りのカレンダーと知って驚いておられましたが、注目していただいて嬉しかったことです。
(先月、鉢植えの木槿が宗旦だったと書きましたが、同じ幹から今度は真っ白の木槿が咲きました。)


北摂組の仏婦研修で講話をしました
2017/09/06
昨日は神戸市と三田市の北摂組仏教婦人会が46名鳥取に研修に来られ、講話を頼まれました。7月に旅行社から依頼の電話があって受けていたものですが、結局「生きるとはどういうことか」ということを中心にいろいろと40分程度話しました。しかし、中には御住職もおられ、汗顔の至りです。思い返すと1年前の寺報で似たような内容を書いていましたが、今回も『遊雲さん 父さん』という本を主にしました。というのも、現在は《恐怖の9月1日》が問題になっているからであり、「ただ単に命があるだけでは、本当に生きていることにならない」「生きることよりも、なぜ死を選ぶのか」という問題が私の心にあったからです。以前にも寺報に書いたように、この本は小学6年で骨肉種に罹り、中学を卒業しないで死に至った子どもとそれを見つめた父親の思いが切々と描かれています。自殺を考える子ども達には《絶望》の2字しかないのでしょうが、その子ども達に《逃げ場所=心の支え》を与えられたら救われるはずです。そして、《死》から《生きる》へと変わっていくはず。「本当の《生きる》とは、自分を支え見守っていてくれる者の存在を知らしめること」と話しましたが、元々無口な私。さて、どこまで上手く話せたのでしょうかねぇ。

誰も知らない花壇にひっそりと咲く花たち
2017/09/05
私のこの『独り言』には草花の写真を多く載せていますが、ほとんどが境内や裏庭等に咲いていたものです。ですから、月が変わると「あれ?先月も載っていたような・・・」というものもありますが、同じ月内では絶対に(ミスは別として)同じ花を載せ内容にしています。しかし、同じ種類のものは別ですが・・・。先日、隣の公園で数枚の写真を撮りましたが、ここの一角には知らない間に作られた花壇があって、何種類かの花が咲いています。昨日からその花を載せていますが、子ども達が走り回るのには邪魔な位置に作られた1畳分ほどの大きさの花壇の花は弱々しく風に揺れていました。他の公園でも同じようなものを見かけたことがありますのでおそらく市の公園課が作ったものでしょうが、周りの人達も「いつ出来たの?」と言っているほどある日突然に姿を現わしたものです。こんな花壇ですからそこにどんな花を植えるのかも知らされておらず、当然のことに花壇を作った目的も知らされていません。
今は小さな花が何輪かひっそりと咲いるのでそれを写真に撮って昨日から載せていますが、これでは花たちがかわいそうです。

一服の清涼剤でした
2017/09/04
今回の北朝鮮の核実験については気象庁から早々に「水爆」との発表がありました。過去の地震と比較しても10倍近い差があることからの結果ですが、原水爆や「ICBMに載せることが可能な小型化に成功」に続いて「電磁パルスも可能」との発表もあります。これは高高度において爆発させることにより電磁波を狂わせてミサイルレーダーを使用不可にする技術であり、これが可能だとすれば日本やアメリカの防衛網も役に立たなくなります。今の北朝鮮はカッコいいオモチャを次々と与えられた子どもと同じで、「アメをあげるからそのオモチャを捨てなさい」と言われて逆にしっかりと抱え込んでいるようなものでしょう。そんな子どもがカンシャクを起こしてオモチャを投げつけたら、一体どうなるのでしょうか。本当に不安と紙一重の現在の状況ですが、原水爆の唯一の被害者である私たちが言えることは「絶対に戦争はダメ!」です。しかし、このような中で昨日の婚約会見は《一服の清涼剤》のようでした。今はまだ宮家である眞子様のために一歩引いて発言された小室氏や、2人に関する内容にはチラッと相手を見ながら《彼=太陽》と《眞子様=月》として互いを大切な人と発言されたご様子には恥じらいも感じられ、本当に心から「お幸せに」と言いたくなりましたね。

仏壮と仏婦の合同懇親会を持ちました
2017/09/03
昨日は当寺の仏壮と仏婦を中心とした懇親会を催しましたが、参加者は総勢28名。仏壮と婦人会が揃って食べたり飲んだりする機会はあまりなく、あったとしても男は座り込んで婦人会の方々がバタバタすることになりますので、この会はいつも外に会場を設けて行っています。そのせいか女性陣も落ち着いて飲み食いが出来、話も弾んで和気藹々とした会になりました。もっとも、あまり飲めない私はすっかり「二日酔い」状態です。それでも朝はいつも通りに起き出していますが・・・。しかし、法座後のお斎とは違った雰囲気でしたので、普段とは違った、肩のこらない話などが出来るこのような会もいいものですね。インディアンは1本のタバコ(キセル式のもの)を回し、お互いがそれを吸って《トモダチ》だとしたそうですし、「酒をタップリと飲んで初めて仲間になれる」という意味の言葉を持った国もかなり外国にはあると聞いていますが、日本でもそれと似たような言葉があります。もっとも、どこかの野球選手のように飲み過ぎて暴れたり絡んだりするのは逆に嫌われることになるので、御法度ですがね。

日野氏の言い分は正しい
2017/09/02
「世界的トランペッターの日野皓正氏が公演の最中にドラム奏者の中学生に往復ビンタ」という記事が大々的に報じられましたが、某テレビの司会者はその行為を《非》としながらも、同席した人達が「むしろ原因は、日野氏に丸投げした教育委員会ではないか」と言ったためにしどろもどろでした。しかし、次の公演から帰国した日野氏は飛行場の出口にいるメディアに向かって「何でここにいるの?」と問い、「(こんなことで騒ぐ)あんた達が日本の文化を壊しているんだ」と断言。それ以後はメディアで取り上げられることはなくなったようですが、確かに現在は《体罰》と《教育的指導》との線引きが分からなくなっているようです。言い換えれば、《殴る》と《叩く》の違いや《怒る》と《叱る》の違いも分からない人達が増えてきたということでしょうか。昔はその違いは当然のこと、子ども同士のケンカでもその限度を知っていました。そして、子どもが何か悪さをすれば親は当然のこととして、それを注意したり時にはゴツンとゲンコツを与えた人も多くいました。しかし、今はそんな人達をほとんど見かけませんし、むしろ「注意した方が悪い」と言われる世の中になっています。子どもの虐待に対して親から「指導だ」と言われるとすぐに引っ込んでしまう役所側の例もありますが、このような時だからこそ、日野氏の意見に何も言えなくなったのではないでしょうか。
(なお、その後で中学生は「自分が悪かった」と謝りに来て、日野氏も「また頑張れよ」と励ましたそうです)

いよいよ9月が始まりました
2017/09/01
今年も既に2/3が過ぎ、残すところ4ヶ月になりました。今月は旧名『長月』で昔から名月が空に輝く月ということになっていますが、中でも『仲秋の名月』という言葉も生まれている月のきれいな9月になりました。昨日の『新日本海新聞』の4コマ漫画で「ひと月の経つのがなんと早いか」という部分がありましたが、あの大雪がついこの前のように感じられるほどつくづくと時の経つのが早く感じられることです。8月の後半は左胸の痛み(別に《恋患い》ではありません)とともに暮れましたが、その痛みももうすぐ消えることでしょう。9月は「仏壮・仏婦合同懇親会」で始まり、途中には秋のお彼岸もやってきます。また、《読書の秋》《スポーツの秋》《食欲の秋》そして《勉学の秋》でもあり、私も「門信徒研修会」や「僧侶研修会」等の研修会に参加しますし、坊守も研修会で大田(島根県)や姫路まで出かけます。また、5日には北摂組の仏教婦人会が研修で当寺に来られて私が講話をすることになっていますが、「人間の一生は勉強の日々」という言葉を実感する月でないのではないでしょうか。
(今月最初の写真は、アメリカ芙蓉にしました)

8月
同じ市議でもまったく違う人もいる
2017/08/31
8月は上西議員のツイッターで始まり橋本市議の辞任で閉じようとしていますが、国民(市民)の代表とはとても言えない両者です。特に橋本市議の方は設定問答まで作ってなんとかしようとしましたが結局辞任(それも、辞職願を《郵送》ですからねぇ)しましたが、これで神戸市議会では合計4人も辞職したことになります。国会議員と共に市議もこれでは人々の政治に対する期待感を失わせるだけですが、その中でも頑張って為政に努力している市議も確かにいるのです。先日の新聞に紹介されていた茨木市議ですが、大学時代に声をかけた女性が聾者だったということから手話を研究し、遂に手話言語学では世界的に著名な教授となった父と聾者の母との間に生まれて子どもの時から様々な経験をしてきた青年が市議となり、障害のために苦しんだ人の体験から全救急車に身体の状態を指し示せるパネルを設置してもらったのも、その市議の努力の成果だそうです。政党の《力》を頼りとしないで今でも《無所属》を通しているそうですが、こんな議員がもっと増えると将来に期待の持てる国や市町村になるのですがねぇ。(ご門徒からいただいたタマノカンザシが蕾をつけました。明日から9月ですが、もうすぐ咲いた花を写真に載せることが出来ると思います)

政府のJアラートの内容って、誰に対して?
2017/08/30
昨日は朝から報道番組は北朝鮮の発射したミサイル問題一色。しかし、コメンテイターの意見はあくまでも金正恩の考えに対するそれぞれ勝手なものであり、真実は本人しか分かりません。
ところで、今朝の新聞には「ミサイル2700㎞飛翔」とあり、「あれ?1180㎞じゃなかった?」と一瞬思いながらすぐに「あぁ、北朝鮮からの距離か」と納得しましたが、最初に目に入るのはあくまでも数字であって、「日本本土からの距離」なのか「発射地点からの距離」なのかまで考えて読むことはしません。政府の発表するJアラートにしても、以前《試験放送》で聞いていたときと今回の放送とでは、人の反応も違ってきます。今までは「ふ~ん、こんな音か」だったのに、いざ本番になるとその内容に多くの疑問がわいてきます。「ここでは頑丈な建物もないし、まして地下室なんてない。どうしろと言うの?」という意見や「通学途中や操業中ではどうしようもない」という意見も出ていましたが、よく聞いてみると、本当にJアラートは都会者の考えた内容になっているのですよねぇ。
(玄関横のテッセンが1輪だけ咲いていたので、写真に撮りました)

絶えていた宗旦木槿が咲きました
2017/08/29
季節というものは正直で、処暑を過ぎて1週間経ちましたが、とたんに虫の声がハッキリと聞こえるようになりました。「秋来ぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞおどろかれぬる」と和歌にもあるとおり、心なしか朝夕の風に涼しさが加わっているように感じます。その中で、以前には何種類もあった木槿が絶えてしまってわずかに1本だけ残った小株を鉢植えしていましたが、それが数年ぶりに花をつけました。白色の中央が赤色をした『宗旦木槿』ですが、街中ではあちこちに咲いている木槿でも、数年ぶりに境内で咲いたものを見るのはやはり嬉しいものです。絶えてしまった木槿は真っ白の花弁のものと紫に中央が赤のものとピンクの小ぶりの八重咲きでしたが、それ以外にも『紫式部』や『十二ひとえ』『金しばい』等が以前は境内に咲いていたのですが、今はありません。ですから、お盆参りなどでご門徒のお宅に行ったときにそれらを見つけると、どことなく懐かしい気分になるのですよ。

唐揚げでギネス記録が更新されました
2017/08/28
今年の『24時間テレビ』の興味は「誰が走るのか」に集中しましたが、私は最初から興味もない上に「ブルゾンちえみって誰?」でした。しかし、別にこの番組のためではないでしょうが、淀江では「大山開山1300年祭」に併せて大山鶏の唐揚げ供給量でギネス記録をねらった企画が行われ、2011年に大分県で作られた記録(1076㎏)を大幅に超える1530㎏が公式に認められました。このギネス記録唐揚げ供給量とはただ単に唐揚げを作るだけでなく、それがちゃんと《供給》されなければなりません。つまり、作る側と食べる側があって初めて認められる記録なのです。企画した「大山どり」の会社では普段の半額で販売したそうですが、感想は「美味しかった」だそうです。鳥取では名産の20世紀梨を使ったサイダー(三ツ矢サイダー)も9月から発売されるそうですが、「鳥取と言えば砂丘と松葉蟹と20世紀梨」しかないと思われていた時代から新たに3ケ所のアニメの聖地も加わり、これから益々《観光立国鳥取》としての名が広まってほしいものです。

アニメ聖地88選で3ケ所も選ばれました
2017/08/27
昨日は北朝鮮の短距離ミサイルが3発も発射されましたが、「途中で爆発した」との発表をアメリカは「意図的な爆発」と修正しています。この発射に対する菅官房長官の発表は気の抜けた、危機感がまったく感じられないものでしたが・・・。しかし、一方の日本では「誰が走るのか」という疑問を持ったままの『24時間テレビ』とともに幕張メッセでは『訪れてみたい日本のアニメ聖地88』の発表会が行われていました。この『聖地88選』の中に3ケ所も選ばれた鳥取としては最高の気分でしょうし、私も鳥取県民として鼻が高いものです。確かに端から見れば「こんな生湯につかったような気分でいいのか?」との危惧もあるでしょうが、これも敗戦後70年以上も戦争を否定し続けてきたという努力が生み出した成果ですから、そのことも認めるべきでしょう。
ところで、3ケ所とは境港市の【鬼太郎ロード】・北栄町の【魚山剛昌ふるさと館】・倉吉市の【ひなビタ♪】ですが、鳥取市の谷口ジローが入っていないのです。『父の暦』などフランスでは著名な作家なのに肝心の日本人に知られていないなんて・・・。商売下手な鳥取市民はもっと知事を見習って全国に発信する方法を考えるべきですねぇ。

未来の子ども達に残したい自然
2017/08/26
境内の水槽(火鉢と睡蓮鉢)に金魚を入れていましたが、睡蓮鉢の方は底が浅いためか花はよく咲きましたが金魚には不向きでした。しかし、火鉢の方は3匹から2匹になりましたが元気に泳いでいます。本堂前に置いていた蓮は葉が何本か枯れてきましたので横に除けましたが、片方はバケツのままでしたので見栄えも悪く、初冬になったら別の火鉢に移し替えるつもりです。ここ数日は残暑と言うよりも猛暑続きですが、それでも早朝や夕方にはやっと虫の声が聞こえるようになりました。本当に人間とは自分勝手なもので、こんなに猛暑が続くとあの豪雪だった冬が懐かしく思い出されます。今朝の新聞によると欧米や中東アジアでは40度を越える熱波で死者が出たそうですが、このまま温暖化が進めば2100年には地球の4分の3が熱波で覆われるということです。「温暖化はフェイクだ」と主張している大統領もいますが、青い空とさわやかな風、心地よい虫の声、美味しい梨やブドウ・・・。こんな素晴らしい自然を未来の子ども達に残さなかったら、私たちに「今を生きる」意味があったと言えるのでしょうか?

コルセット生活も辛いものです
2017/08/25
日曜診察をしている病院で「肋骨骨折」の診断を受け、その日から胸にコルセットをしています。しかし、ここ数日の猛暑による発汗(少し仕事をしても汗が出る)でコルセットの部分にあせもが・・・。大体あせもで苦しんだのは住職の資格を取るために龍大に入り直した時のたった1回だけで、その時は若いことと鳥取の空気に触れたことですぐに治りましたが、今回はコルセットを着けると余計にひどくなるし着けないと骨折部分が痛いし、おまけに胸と一緒に胃(上部)も締め付けるので食事が取りにくくなるので、どうすればいいのか悩んでいるところです。(そう考えると、着物姿の女性も大変ですね)
ところで、毎日の『独り言』欄に載せる写真は出来るだけ室内や境内にある花を使っていますが、昨夏にご門徒からいただいた千両の鉢植えが実を落としています。小さな実が葉先に見えたときには嬉しくて早速写真に撮りましたが、ここ数日の暑さに負けたのか、葉が茶色になったり実が落ちたりでガッカリです。撫子などはしぼんだ花の下から茎を切ってやればまた花芽が着きますが、千両はそうはいきません。可愛い実は来年に期待でしょうね。

消費者庁は誰の味方なのか
2017/08/24
最近はテレビでいろいろな商品のCMを見ますが、必ず出る言葉が「今から30分以内~~」と割引率です。しかし、現実に「目のピント調節を助ける」と謳っているサプリメントやトクホの青汁で肝機能障害になった人の情報がまったくと言っていいほど消費者庁の[事故情報データバンクシステム]には明記されていません。国民生活センターの情報提供では詳細が明記してあるのに、です。この食品健康被害の管轄が厚労省であった時には医師から情報があれば商品と被害の因果関係が不明でも直ちに発表していましたが、現在の消費者庁は「原因が体質による場合もある。企業への影響が大きいため、被害拡大の可能性と公表の是非を慎重に見る必要がある」ということで発表しないそうですが、この発言は「もっと多くの患者が出れば発表する」ということであり、消費者を企業のモルモットにしているとは言えないでしょうか。「鉄は熱いうちに叩け」という言葉がありますが、人命にかかわる大問題を隠したために世界中に被害者を出して倒産していったタカタの例を何ひとつ勉強していない消費者庁のこの態度こそが「国民を無視して企業へ忖度した態度」そのものでしょう。

教え子が結婚報告に来ました
2017/08/23
昨日、教え子が「入籍しました」と報告に来ました。その教え子が在籍していた当時、私は生徒会主任や図書主任をしていて一度も担任だったわけでなくて専ら授業だけの繋がりでした(その子が卒業後に免許センターで働いていた時に出会ったことがありました)が、その生徒が14年振りに会いに来てくれたのです。私が教員になった当初、先輩から「教師は目の前の成果を期待するな。10年後20年後に葉書が1枚来ればよしと思え」と言われたことがありましたが、正にその思いです。式は(外国で)11月に2人だけで挙げるとのことですが、少し年上の彼のことを「優しく抱き守ってくれる人のようで、よかったね」と告げて2人を祝福すると嬉しそうに笑っていました。36年間の教員生活で男子生徒1名と女子生徒3名の結婚報告を受けて今回が5人目ですが、たとえ数は少なくても、こんな時ほど本当に「教師になってよかった」とつくづく教師冥利につきることはありません。
もっとも、話の中で今2人が住んでいる家がご門徒の隣だと分かった時にはその偶然に驚きましたが、何はともあれ2人の幸せを祈ります。

《謙譲の美徳》は過去の遺物か?
2017/08/22
外国のジョークに「アメリカの家に住み、中国人のコックを雇い、日本人を妻にするのが男の最高の夢だ」というのがありました。現在でも言われるのかは分かりませんが、日本人の《謙譲の美徳》を讃えた言葉でしょう。日本人には昔から《勤勉》とか《謙譲の美徳》という特質を持っています。もっとも、最近では滅多に見られないものですが・・・。しかし、この《謙譲の美徳》は外国では「日本人は何を考えているか分からない」と見られています。政治家がよく使う《玉虫色発言》があります。「善処します」と言うのは相手に不快感を与えないためというよりも、政治家にとっては《逃げ》的発言として使われるものですが、「日本人はずるがしこい」と相手に捉えられてしまいます。やはり、時と場合によっては、ハッキリと是非を伝えることも大切なのではないでしょうか。民俗学研究の第一人者である井上章一氏も、自己の経験から「日本人の謙譲の精神は外国では通じない」と言っておられますしね。
しかし、この言葉が現在の日本人に通じなくなっていることも事実ですがねぇ。しかも、ある程度歳を重ねているはずの人達にも見られなくなっているのは悲しいことです。

日曜診察「可」の病院で、骨折と診断
2017/08/21
本当は今頃には中国道を走っているはずでしたが、昨日は脇腹の痛みが心配で病院に行きました。ただし、昨日は日曜日で、日赤は救急患者が主ですので待ち時間もかかります。そこで、電話帳で日曜診察をしている病院を見つけて午後(午前中は法務)から行きましたが、レントゲン2枚と超短波診察の結果「肋骨が2ケ所折れていますね」との診断。「長距離運転は見合わせてください。それと、入浴もしない方がいい」と言われ、結局私は自宅に残って安静にすることになりました。折角義母に《親孝行》をするつもりでしたが、これでは逆に心配をかけるだけですからね。
しかし、日曜日でも診てくれる病院があるというのはありがたいものです。昨日も老若男女合わせて10人ほどが待合室にいましたが、子どもの急の発熱などで心配な親にとっては正に「地獄で仏」的な存在でしょう。「血液1滴でガンの診断が可能」という報道が昨日の新聞にありました。医療の発達も確かに大切ですが、身近にいつでも診て貰える病院があるっていうのも本当にありがたいことですよね。私の経験から・・・。

肋骨を打ちつけて痛い!
2017/08/20
お盆参りが終わった日に往生なさった人があり、16日にお通夜法要を勤めました。しかし、疲れていないようでもやはり疲れが残っていたのでしょう、浴槽の縁につかまって座ろうとしたとたんに手が滑り、左脇腹を打ち付けました。打撲だろうと思って病院には行かずに翌日のご葬儀も別の日のご法事も勤めましたが、正座のまま大きく息を吸っただけでも痛みますし、当然のことに横になると痛いし、身体を起こそうとすると痛い!リクライニングのイスならば何とか眠れますが、とにかく腹筋に力を入れると痛いので寝返りも出来ません。30年以上前に一度(境内の水道のところで滑って胸を打った)似たような経験があり、その時は肋骨にヒビが入っていたためにとにかく痛かったことを覚えていますが、今回はそうではないことを願っています。でも、日曜日に診てくれる病院があるかしら??
(お盆が過ぎましたので、義母への親孝行をするために、明日から数日の間坊守の実家に行きます)

ミソをつけたJアラームのテスト
2017/08/19
北朝鮮が言っていた「4発のICBMをグァムの近くに撃ち込む」は一時休止のようですが、ミサイルが島根・広島・高知3県を通過するとのことで防衛省は迎撃ミサイル(PAC3)を各地に配置したりして大慌てでした。しかし、肝心な国民に対する情報伝達がまったくダメだったというオチが・・・。瞬時警報システム(Jアラーム)で政府から緊急情報が伝えられ、それが防災無線や携帯電話メール、ケーブルテレビ等で直ちに国民に伝えられるわけですが、島根や岡山では文面が《文字化け》してまったく読めなかったり、広島(府中市・尾道市)では市の防災メールが届かなかったりと、さんざんでした。幸いにしてこれはJアラームのテストでしたが、こんなことでは実際に起ったときには一体どうなるのでしょうか。何かあると《お偉いさん》がいつも「二度とこんなことが起きないように善処します」と言いますが、それが口先だけなことは誰もが知っていることです。
かつて寺田寅彦が「災害は忘れた頃にやってくる」と言いましたが、過去の経験を未来に生かすのも大切な為政者の仕事だということを忘れないでほしいものです。

新聞記事で感動した話
2017/08/18
毎朝の行動として誰でも一応は決まったものがあると思いますが、当寺もそれなりにあります。真っ先にすることは納骨堂の解錠(夜間は施錠している)ですが、後は大体どこも決まったものです。そして、個人の時間になるとまず新聞に目を通します。第一面から始まってコラムへ、そして今度は社会面から逆に第一面に戻りますが、大体においてスポーツ欄と経済欄は斜め読みですね。それ以外にも将棋欄や仕事柄「お悔やみ欄」等の記事にも目を通すことにしていますが、先日トピックス欄で感動ものの記事を見つけました。カナダで19歳の少年がカッターシャツ等を万引きしたそうですが、「生活が苦しい家族のために就職面接に行くため」と言われた警官は逮捕しなかったどころか、自分が代金を払ってやったとのこと。そして、その少年から「面接に受かりました」と連絡が入って我がことのように喜んだという内容の小さな記事でしたが、現在の日本ではこんな美談は落語の話だけになってしまったようです。いえ、そもそもこんなことが《美談》になること自体、世の中が狂ってきていることの証拠かもしれませんね。
梅雨模様から一転して厳しい暑さが戻ってきましたが、公園でアブラゼミを見つけました。夜になると虫の声も聞こえるようになりましたが、やはり昼間はまだまだ「暑い!」の一言ですね。

大統領の発言に固まった官僚達
2017/08/17
アメリカでは白人至上主義とそれに反対する人達の衝突がありましたが、肝心の大統領のそれに対する非難発言が発生から2日後であったことと内容が二転三転したことに対し、相談役とも言える人達が次々と辞任しました。大統領の発言がどちらに非があるのか明白にしなかったことに非難が出たため、次の日にはKKKや黒人差別者等を「犯罪者」と呼び、直後に「どちらも悪い」と言い換えました。その発言は大統領が勝手に言ったもののようで、それを聞いていた官僚達も「一瞬固まった」そうですが・・・。その発言に対する怒りが白人至上主義者の列に車で突っ込むという行為(勿論どんな理由があっても認められるものではありません)へと進みましたが、あろうことか、大統領はその出来事を自分のツィッターに戯画化してCNNキャスターをトランプ列車がはね飛ばす絵で載せたのです。トランプ氏は常に「CNN等のメディアが発表するものはフェイクだ」と言い続けていますが、逆に自分をよく書いてくれるメディアは賞賛しています。どんなメディアも常に国民と為政者との間で中立であるべきなのですがねぇ。

今年もお盆が終わりました
2017/08/16
昨日で1週間続いた盆参りもとりあえず終わり、17時から本堂と納骨堂で最後の盆法要を勤めました。参列者数も40人を超えるほどあって本堂に設置しているイスが埋まりましたが、教義上《迎え火》《送り火》をしない浄土真宗ですから、盆法要にお参りいただいたことはありがたいことです。しかし、今年の盆は最初から雨にたたられ、結局最後まで雨模様。雨乞いの傘踊りとは関係なく、『戻り梅雨』かと思ったほどのしとしと雨と高い湿度の連続となりました。それでもお盆の最後を飾る千代川の花火は大変な人出だったそうです。花火の前に行われた『精霊送り』は鳥取市仏教会が主催しているものですが、浄土真宗の僧侶は理事をしている寺院の住職しか参加していません。その理由は、浄土真宗の教えで「人は誰もが直ちに仏として生まれる(即得往生)のであり、仏として常に我々人間を見守り支えていてくれるのであるから、お盆が済んだからといって帰っていくものではない」となっているからです。宗派毎に教えが違いますからどれが正しいということもなく、親鸞聖人も「他宗を誹謗せず、ただ阿弥陀如来の本願を信ずればいい」とおっしゃっていますよ。

歳とともに息継ぎか短くなってきました
2017/08/15
いよいよ今年の盆参りも今日で最後です。私も今では車で回りますが、大学生の時は50㏄のバイクでしたので遠くには行けませんでした。しかし、亡父は自転車でしたので、さぞかし大変だったことと思います。特に騎兵だった父は馬に蹴られたのが原因で膝を壊していましたので、余計です。その父も母の1年と1日後に続いて往生してから既に35年経ちました。私が1人で回っていた時には朝から晩まで60軒も回ったことがありましたが、その時に比べれば今は副住職と2人ですので肉体的には少し楽になりました。しかし、今年のお参りには何故か去年以上に時間がかかっています。確かにお伺いしたときには短時間でもご家族の方と話をしたりしていますが、どうもそれだけではないようです。よく考えると、一息で出来る読経の長さが短くなっているのです。若い時には3~4行を一息で読めたのですが、今年は2行しか息が続きません。わずか数秒の差ですがそれでも全部読経をすると数分の違いが出来ます。それが30軒以上にもなれば、どうしても去年とは1時間以上の差が出来るのです。「今年は遅いですね」と言われるお宅もありますが、「心を込めて読経をするため」と思ってもう少しだけ待っていてください。

残り2日間です
2017/08/14
雨にたたられている今年の盆参りですが、それも京都明日を残すだけ。しかし、今日は最後のお宅が夕方になりそうです。16時から《一斉踊り》に入りますが、太平線通りからは当寺に入れるはずですのでちょっと安心。今日はいつもよりも早く(7時過ぎ)出ますので、この欄はここまでとします。
(写真は、ブーゲンビリアの接写にしました)

いよいよ盆参りもヤマ場にさしかかります
2017/08/13
9日から始まった盆参りですから、一応は今日が一つのヤマ場になります。もっとも普通は13~15日ですから、明日がヤマ場と言った方がいいかもしれませんが・・・。今日から旧市内のお参りが中心になりますが、一番困るのは車の置き場所です。去年まではあるお宅の駐車場を貸してもらっていましたが、土地の持ち主がそこに家を建てられたので今年は駐めることが出来ません。なんとか少し離れた場所のPをお借りすることにしましたが、歩いて回れる場所ならば何とかなっても離れている場合にはどうしても車が必要になります。交通課もお盆だけは《特別駐車許可書》を出してくれませんかねぇ。
1週間前に色づいてきたブーゲンビリアが次々と赤い花を咲かせていますので、今日はその写真にしました。

雨の盆参りになりました
2017/08/12
お盆中で困るのが雨です。白衣や足袋が濡れると部屋に上がるのも失礼と思ってしまいますし、かと言って着替えもありませんし・・・。今朝はその雨です。しとしと降りならば何とか我慢できますが、これだけ降ると車の乗り降りにも困ります。納骨堂のお参りでは中から拝んでいただければいいので濡れることはありませんが、宅参りをする側は必ず車の乗り降りに濡れますからね。
当寺の盆参りは1週間ですので全部が晴れというわけにはいかないのでしょうが、盆参り中に雨に遭ったのは過去に数回しかありません。今年はとにかく異常気象で立秋が過ぎても梅雨のように空気が湿っていますので、それが今日の雨に繋がったのでしょう。さてさて、どうしましょうかねぇ。
(庭の撫子は、茎を剪定してやったら次々と花を咲かせています)

昨日は途中で雨に遭い、困りました
2017/08/11
昨日の盆参りでは途中でいろいろと質問を受けたりしましたので、結局は予定よりも1時間多くかかってってしまいました。玄関前で待っておられた方もあり、ご迷惑をおかけしたと思っています。しかし、こんな時にこそいろいろと聞きたいことと思っている人もあり、無碍に断れないものです。しかも、最後から2番目の家が済んだとたんに雨になり、最後の家の読経中には青空が出ましたが済むとまた大雨。昨日は午後から県外のご門徒の墓参り用のシャシャ木(既に予約していた)を取りに行き、夕方から坊守と2人で円護寺墓地に行きました。さすがにこの時には雨も止んで助かりましたが、今日も朝からお参りに出ます。わずか数分ですがお仏壇の前の読経は心を込めて勤めていますので、帰寺するときには本当に汗びっしょりです。

熱戦の裏で素知らぬ顔を続ける人は?
2017/08/10
サニブラウン選手が末續選手以来、14年ぶりに史上最年少での200m決勝進出です。頑張ってほしいものですね。しかし、新聞には正反対のニュースも載っています。原爆被害慰霊のために長崎を訪問し、被災者達と話し合いを持った安倍総理が代表から「あなたはどこの国の総理ですか」と詰問された、というニュースです。勿論核拡散防止条約の批准に参加せず、署名も一切拒否した日本政府に対するそれこそ「血を吐くような思い」で発せられた言葉ですが、安倍総理は何も答えなかったとのこと。いくら《核の傘》に入っているとは言え、これで「国民の声を聞き、真摯に対応する」とよく言えたものですね。「こんな総理だからこそ『知らない』『記録は破棄した』と言い続けた佐川氏を恩賞で局長に昇任させた」と言われるのです。ロンドンで力を出し切った川内選手や決勝進出したサニブラウン選手、そして甲子園で熱戦を繰返している高校野球の部員達に恥ずかしくないのでしょうかねぇ。
(今日の新聞には百日紅のことが書いてありましたので、写真も境内に咲いている百日紅にしました)

盆前の準備で2人とも既にグッタリです
2017/08/09
昨日は午前中に本堂の打敷を掛けたり内陣のモップ掛けをし、その後は納骨堂の打敷掛けと花を立てる壺の準備。そして夕方からは坊守と2人で境内と本堂の表裏にある墓場の草取りをしました。台風の余波による雨が午前中にあったせいで草も多少は抜きやすくなっていましたが、今朝になってから右の親指が痛い。きっとそれだけ力を入れて抜いていたからでしょうが、台風前は雨がほとんど降らなかったせいで草も生き延びるために根を張っていたことも原因の一つだと思います。そう考えると、自然の力と言うか《生への執着》と言うか、本当にスゴイものですが、それに比べて人間は・・・??(《執着》だけは負けないかもしれませんね)
盆参り第1日目の今日は少し遅くなってからのスタートですが、明日からは7時過ぎに寺を出ることもあります。そのため、この『独り言』を書き込む時間があるかどうかが心配のタネです。

明日から1週間が盆参りです
2017/08/08
迷走を繰り返した台風5号ですが、紀伊半島のあたりから縦断に入りました。夕べは「これで台風の影響なの?」と思うほどに雨風ともに特別に強いことはありませんでしたが、さすがに今朝は境内に落ち葉が散っていますし、今(6時40分)は雨が強くなってきています。鳥取の大雨警報は依然として続いていますし・・・。確かに植木のためには雨は必要ですが、《程度》というものを考えてくれませんかねぇ。
ところで、当寺の盆参りは明日から始まりますが、明日は浜村方面から米子まで行きます。お参りの数は片手に余りますがご門徒にお会い出る折角の機会ですので、盆参りという時を大切にさせていただいています。ただ、盆参りで一番心配なのが《雨》です。足袋や着物の裾が濡れるとお仏壇の前に座るのも憚られますし、傘を差したりたたんだりして時間も余分にかかりますし・・・。とにかく、明日からの1週間は体力とともに心配なことが山積みです。(朝早くお参りに出ることもありますので、この『独り言』が書けないこともあります)

汗を流して運動していた青春時代
2017/08/07
台風の影響か、いよいよ風と雨の気配・・・。39度超という気温はもう結構ですので、地面の温度を下げるほど思いっきり雨が降ってほしいものです。そうでないと、毎日水をやっていても植木はグッタリですからね。人間?それは「言わずもがな」です。
ところで、ロンドンでの世界陸上が放映されていますが、学校事務という公務員の川内氏が日本人男子トップの9位。しかも入賞ラインである8位とはわずか3秒差でしたから、「全力を出した」という満足感とともに「あと数歩だったのに・・・」という悔しさもあることでしょう。私も高校時代の校内マラソンでは7㎞を走ったり、教員時代の運動会では生徒と一緒に3000m走ったことがありますが、ゴールを目前にした数mは気持ちはあっても足がなかなか出ない思いでした。しかし、校内マラソンでゴールした後に地面に寝そべって見上げた空の高かったことは、今でも鮮やかに記憶に残っています。思いっきり走り、頭から汗をかき、ハァハァと息を切らした瞬間は、青春時代の最高のひと時でした。(その私も、15年前のアキレス腱断裂と10年前の退職以来、運動からは遠ざかっていますが・・・)

唯一の核被害者だからこそ
2017/08/06
今日も鳥取は最高予想気温が38度。と言うことは、コンクリートやアスファルトで覆われた市内は39度になるということでしょう。寝汗の流れた身体をアルコールの入っているティッシュで拭いてから活動開始ですが、すぐに汗・汗・汗・・・。タオルを持ち歩いていますが、首から上には汗をかかない体質なのがいいのか悪いのか、すぐに下着がびっしょりです。「高校時代には猛者がいて、夏もずっと学生服だったよなぁ」と話をしても、本当にそんなことがあったのかと思われる最近の猛暑です。
ところで、今日は8月6日。広島に原爆が落とされた日(長崎は9日)ですが、そんなことさえ知らない若者が増えているそうです。そのうちに「日本に原爆が落とされたの?」と言うようになるかもしれません。勿論そんなことは杞憂であってほしいのですが、現在でも「原爆投下は米兵の死者を減らした、正当な行為だ」と主張しているアメリカに《忖度》して《核拡散批准条約》にも賛成できない日本政府ですから、あり得ることかもしれません。なにしろ、核の放棄を訴えたオバマ前大統領の主張が成功しなかったのも、根底には「日本政府の曖昧な態度があったから」だと言われていますからね。「日本に対して攻撃の意思を見せたならば、防衛のためには先制攻撃も可能」と言った小野寺氏が防衛大臣になった今、本気で考えなければならない問題です。

猛暑から酷暑という今週です
2017/08/05
36度2分。これが昨日の鳥取の気温ですが、気象庁の発表はある一定の条件の下での気温です。そしてその条件というのは、「風通しのいい場所で、下はコンクリートでなくて土であること」というものです。つまり、住居のあるほとんどの場所は周りがコンクリートやアスファルトであり、その反射熱もあって気象庁の発表よりも数度高いことになります。その証拠に、昨日は外に出たとたんに焼け付くような日射しに照らされ続けていましたし、家の中は扇風機も暑い風を送るだけでまったく気温が下がりませんでした。その中で唯一涼しい場所は、実は納骨堂の地下なのですが・・・。先日も納骨で降りられた方が一言「涼しい!」と言われたくらいですから、その気温差がお分かりでしょう。しかし、その中で一日中過ごすわけにはいかず、私は相変わらず4枚(下着・襦袢・白衣・色衣)の上に更に袈裟をつけて汗を流しながら読経しています。冷房の効いた外陣でお参りしておられる方々は本堂に入ったとたんに「涼しい。よかった」と言われますが、《汗が流れて気もそぞろ》状態でのお参りよりも心静かにお参りしていただく方が当方としてもありがたいことです。外ではこの暑さに負けずブーゲンビリアが1輪咲きましたので、今日はその写真にしました。

「素晴らしい成果」の根底にあるものは無視されている?
2017/08/04
迷走している台風5号ですが、今週末には九州方面にやってくる可能性が高いそうです。アメリカでは既にレベルを上げて「甚大な被害が出る怖れがある」と伝えていますが、一番心配になってくるのが九州豪雨の流木でしょう。今でも大変な被害を与えていますが、それらがまた流れ出したら《二次》《三次》の被害が出ます。近畿地方や東海地方の豪雨も心配ですが、今は九州や倉吉のブルーシートで覆われている家の方が心配です。改造内閣で「仕事人内閣」と明言している安倍総理ですが、そんな自慢よりも早く《目下の仕事》に取りかかってほしいことです。
ところで、埼玉県の古刹寺院が檀家制度から脱却して《商売人》としての寺院経営に乗り出し、成功しているそうです。確かに江戸時代に作られた檀家制度は多くの問題を含んでいますが、この寺院が成功した理由の一つが広大な土地(境内)を持っていることであり、そこに誰でも引き受ける埋葬場所を作る等の活動が出来たことはあまり取り上げられないで表面的な活動だけを取り上げていることが、実は問題なのですが・・・。当寺も鳥取大火後の区画整理で墓地が没収されていなければ、もっとご門徒のためにいろいろなことが出来たはずですが、「大火後の空間地」として残されていたその墓地(空き地のまま)もその後に《公園》と明記され、遂に寺に返却されませんでした。それが隣にある公園ですが、「これが戻っていたら・・・」と、今でも残念に思っていることです。

視聴者と視聴率とどっちが大事?
2017/08/03

閣僚が替わりましたが、総理は「人心一新」と言いながら結果的には《閣僚経験者》の顔がズラリ・・・。要は「うろたえたり、失言・失敗を繰返さないように」ということでしょう。もっとも、外交や国内政治にとって最も大切な今の時期に「9月1日に代表選挙」と言ってる民進党よりもまともかもしれませんが・・・。
ところで、先日のヤフーニュースで面白いものを見つけました。先月から盛んに取り上げられ、今も阪神や巨人が振り回されている《上西炎上ツイート》について、アメリカのメディアが「そんな馬鹿なことにいつまでもつきあっている日本のメディアは最低だ」的なことを書いていました。確かに日本のメディアは視聴率を稼ぐために話題になっていることを延々と、それも「面白ろおかしく」取り上げています。今回もわざわざ局に呼んでゲスト出演させていましたが、そんなことをするから余計に図に乗るのです。「『そんなことも分からないアンタに日本の政治は任せられない』と言った芸人が拍手喝采された」と放送するメディアも、結局は自分に注目させたいと思っている議員とどっちもどっちなんです。そう言えば、国民の反感を買っている《何でもかんでも安倍内閣を擁護する解説者》を大事な客として毎回ゲスト出演させている局もありますが、この意図も「??」なのですがねぇ。


子どもの声が聞こえない夏休み
2017/08/02
7番目の一番の末っ子が跡を取っているので、兄姉(の家族も含めて)に何かあるとその対応責任が全部かかってきます。兄姉が多いことはそれなりにいいこともありますが、幼い頃には姉達のオモチャになったり家族間の《生存競争》のまっただ中にいたりで大変でした。そして、その末っ子が七十歳を目前にした今では兄姉達もその分歳を取っていますので、別の意味で対応が大変になっています。その中、現在の日本の出生率は1.3くらいということですから、《ベビーブーム第一陣》である私たちが歳を重ねるほど「少子高齢化」が進んでいくことになります。夏休みに入りましたが、隣の公園でも10年以上もラジオ体操の音を聞いていませんし、子ども達の声も聞こえてきません。「子どもの声がうるさいから、保育園(幼稚園)の新設はダメ!」という記事をよく目にしますが、子どもの声がうるさいのは当然だし、それが《元気な証拠》でもあったはずです。「うるさくて眠れない」と怒るのは、その《うるさい》声に免疫がなくなっていることの証拠ではないでしょうか。昔から「孫は来てよし、帰ってよし」とも言われますが、子どもの声はいくらうるさくても大切な《宝》だと思いますよ。~山上憶良もそう詠っていますしね~

次の世代に伝えなければならないもの
2017/08/01
何かに言っていても、もう8月なのですね。毎年この時期になると隣の公園で夾竹桃が咲いていましたが、今年はブランコの移転設置のためか伐採されています。[お盆=夾竹桃]という図式が出来ていて、この花が咲くと「今年もまた体力勝負の時が来たか」と思っていました。もっとも、この夾竹桃は広島の県花になっていますのであまり悪口は言えませんが・・・。しかし、ある人に「夾竹桃って、広島の県花ですよね」と言ったら「え~、そうですか」と言われましたので、そのことを知っている私が変わっているのでしょうか?法話などでも時々「原爆投下で甚大な被害を受けた広島において一番先に咲いた花がこの夾竹桃だったことから、県花になった」とか、「新幹線の一番列車が走ったのは、東京オリンピックを直前に控えた昭和39年10月1日だった」と話しますが、もうそんなことは《過去の出来事》から《大昔の話》になってしまったようです。しかし、これらは実際に現実にあった出来事であり、その中には決して忘れてはならないものも数多く存在しているはずです。そして、それを次に伝えるのが私たちの使命なのでしょうね。

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