10月
絵手紙って難しいですね
2017/10/20
絵手紙(らしきもの)を書こうと思いましたが、なかなか思ったようにできません。仕方ないので写真に撮ってからそれを見て書くことにしましたが、いや~、なかなか難しいものですね。やっと貴船が絵になりましたが、今を盛りの石蕗(ツワブキ)に手こずっています。
ところで、いよいよ天皇の退位に伴う元号の改定日が決定したようです。原案では平成31(2019)年1月1日をもって即位となっていたようですが、新年には天皇家の関係する行事が目白押しである上に1月7日には昭和天皇の没後30年式典も控えていることから、最終的に【3月31日退位、4月1日即位】となるとのこと。そのため、3月31日までが平成31(2019)年で4月1日から新元号に変わる、ということになります。1月8日から平成に変わることを当時の大臣であった小渕氏が発表したことを思い出しますが、今度は一体どんな元号になるのか気になります。もっとも「元号の命名には中国の古典書籍から取ってくることが多い」ということを聞いたことがありますが・・・。

スーパーカブの製産が1億台になりました
2017/10/19
HPを書くつもりでキーを打っても反応なし。一太郎もワードもExcelも同様なのでパニック状態。慌てて専門家に電話して聞くと「キーボード(無線式)の電池切れではないか」とのこと。保存用の電池を入れると直りましたが、本当に機械音痴には困ったものですね。
ところで、今朝のラジオニュースでホンダのバイク製産が1億台になったと言っていました。このバイクは《スーパガブ》のことで、私も卒業直後は(中古ですが)乗ってお盆参りに使っていました。しかし、当時もメカには詳しくなく、オイルの不足に気が付かないままに乗っていてエンジンを壊したという苦い思い出もありますが、東南アジアでは現在でも愛用されていて、「ホンダ」と言えばこのバイクのことを言うのだと聞きました。実際にこのバイクはクラッチ操作もないのでオートバイとは違って乗りやすいし、重量もそんなにはありませんからスクーターのような感覚で乗り回すことが出来て、本当にお盆参りには便利でした。もっとも、すぐ近くへの移動にもヘルメットがいることと、雨には参りましたが・・・。久し振りに今朝のニュースを懐かしく聞いていたことです。

記憶の曖昧さと思い出すスイッチ
2017/10/18
お寺にはいろいろな訪問客や電話がありますが、ご門徒は別として初めての方の対応には気を遣います。先日も1人の女性が突然に訪問され、花見橋の横の柳について質問されました。その方は短歌を作っておられるそうで、左右の柳の種類が気になったとのこと。やはり普段からいろいろなものに注意を払っておられるのですね。「左は普通の柳ですが、右側は蛇柳でしょう」と話しましたが、次はいつ頃からあるのかとの質問。「橋が出来た昭和40年頃にはなかった」と答えましたが、よく考えると、遊歩道が駐車場だった当時もなかったはず・・・。
身近なものでも当り前のように見ていると、いつ頃から登場したのかなんてなかなか思い出せないものですね。それなのに、末広町の濱崎氏はしっかりと覚えているだけでなくて70年以上も前の市内の風景を記憶を頼りに描いておられるのですから、スゴイ人です。以前に「やまびこ館」でその絵の展示があったとき、当寺の絵もあったことから館員に頼んでコピーしてもらいましたが、それを眺めていると今は亡き次兄の話や私の記憶の片隅に残っている部分が思い出されることです。現在そのコピーは額に入れて本堂に飾っていますが、A4版用紙ですのでいつかA3版くらいに拡大したいと考えています。

仏教婦人会研修会の講師も一苦労です
2017/10/17
昨日の仏教婦人会研修会では『正信偈』の正式名称から入ってその語句の意味を説明し、次に『正信偈』に込められた親鸞聖人の信心について話してから真・行・草のそれぞれの譜(特に草譜)について解説しました。もっとも、話には必ず導入部分がありますが、今回の導入には《心》としました。数ヶ月前の掲示板に書いた言葉を引用して「慎みも慈しみも、《心》が入っている。しかし《心》は人には見えないから、言葉で知らせる他はない。けれども、その言葉も地域や人によって意味が違ってくる。だから、文字化したり記号で示したりする必要がある」ということから、「歴史的に一番古い印刷が蓮如上人の『正信偈』だ」と説明することから譜の解説に入ったわけですが、この譜の解説ほど難しい(音階となると、私自身カラオケが大の苦手のため手に負えない)ものはありませんので、とりあえず普段使っている《草譜》を中心にしましたが、それよりも難しいのが和讃の音符の解説でした。特に我々の年代には俗に《地方節》と称される節回しが染みこんでいるため、解説する前の練習では45年前に受けた得度の修礼の苦労がありありと思い出されたほどでした。
まぁ、その苦しみを忘れる(?)ため、境内は勿論のことあちこちで満開になっているツワブキで心を落ち着かせていますがね。

敷物の交換はくたびれました
2017/10/16
昨日は坊守と2人で夏用の敷物を片付けて絨毯に敷き替えました。本堂は数日前に私がしていたので今回は仏間や居間(婦人会等の集会室兼用)などでしたが、それでも夏用の敷物を丸めて物置に仕舞ってからの5ケ所の作業ですからすっかりくたびれてしまい、2階の客間は畳を乾かすために絨毯を畳んだままにしておきました。去年までは業者がしてくれていた作業をいろいろあって今年は断ったためですが、やはり「餅は餅屋」。素人は時間と余計な手間ばかりかかり、残ったのは《疲れ》だけです。それやこれやで手足を伸ばしたくて温泉に汗を流しに行きましたが、やはり何事も《歳》を考えて動かなければなりませんね。「まだ若いから」と思っていても、足腰は悲鳴を上げていますから・・・。
今日は毎月実施している当寺の仏教婦人会研修会の日です。婦人会からは「『正信偈』の読み方を解説してほしい」とのことでしたのでそれを中心に話す予定ですが、来月は当寺の報恩講会のために休会しますので、そのことも併せて話をするかもしれません。まぁ、話のなりゆきしだいですね。
(本堂の前にある花も『ホトトギス』だそうです)

PCだけは使いこなせられない!
2017/10/15
今月も念仏奉仕団体旅行や来年用のカレンダー(当寺制作)の打ち合わせとゲラの確認等でバタバタしているうちに半分が過ぎました。月末までに寺報と報恩講案内の印刷や発送用の封筒印刷をしなければいけませんし、このHP『住職の独り言』欄もH30年用を作らなければなりません。前者については既に原稿を作っていますし、機械操作には慣れているのでなんとかなりますが、問題はHPの方です。操作には今もってウロウロしている状態ですので、時間ばかりかかってしまいます。印刷機械の操作に関してはタイプライターからガリ版、ボールペン原紙、ドラム式Fax、ワープロ等々すべて使いこなした経験から何とかなりますが、さすがにPCだけは・・・。何しろ小学生の時から既に《肥後守》で鉛筆を削り、ダイヤル式黒電話を使い、「チャンネルを回す」テレビ時代に少年期を過ごした『団塊の世代』ですから、一度覚えればいろいろなものに対応できますが、さすがにPCのスピードにはついていけませんね。スマートホンを使いこなし、海外旅行を楽しむお年寄りが神々しく見えるこの頃です。
(写真は、百華園の中に立っている狸です)

自然の幸に恵まれた鳥取
2017/10/14
大体において仏花は農協直営店で購入しますが、ここ1週間の間に品物が様変わりしています。9月末までは梨とブドウが主流でしたが、今は柿一色。しかも、甘柿もありますが《あわせ柿》も目につきます。両親とも柿が好きでしたが、父は堅いものが好きで母は熟したものが好きでした。そのために同じしんぺい柿でも堅いものと熟したものでは手を出す者が別々でしたので、皮をむくとすぐにどちらもなくなるほどでしたし、その影響なのか、県外にいる姉たちが今でも秋になると「しんぺい柿が食べたい」と言うほどです。
平井知事は鳥取県のことを《蟹取県》と称して「ウエルカニ」と宣伝していますが、蟹が出てくるまでの期間は柿が中心です。今後も多くの種類の柿が店頭に並びますが、梨やブドウ、柿などの山の幸とともに蟹を初めとした多くの海の幸に恵まれた鳥取には、『名水100選』にも選ばれたネラルが豊富でそのまま飲める《清水》もあちこちに湧き出ています。そして、「水がうまければ酒も美味しい」と言われるほどに銘酒(あの『夏子の酒』にも出ていますよ)も数多く生まれている鳥取は日本一人口の少ない県ですが、「日本一自然に恵まれた県」でもあると自負しています。(酒に弱い体質なのが残念ですが)

京都御所って、散策には広すぎます
2017/10/13
昨日は念仏奉仕団の旅行について書きましたが、いつも2日目の昼食後にどこかを観光することにしています。そして、今年は御所散策にしました。京都御所は南北450m・東西250mで面積は約11万㎡ですが、これでも当初に比べると小さくなっているそうです。御車寄や清涼殿や紫宸殿等の建物や蹴鞠の庭などがあってまるで『源氏物語』の世界に迷い込んだ感がしましたが、パンフによると一番北側には《藤壺》という建物もあるとのこと。ここまで来ると、どこからか光の君(光源氏)が現われてくるように思われました。しかし、こんな広大な中で生活していた平安貴族って、本当に元気だったのですねぇ。
ところで、雛人形を飾る時には「左近の桜、右近の橘」という言葉を思い出しながら配置しますが、今から考えると、どうも逆に置いていたようです。正しくは「前から見て」ではなくて「紫宸殿の方から見て」ですので、正面から見ると《右に桜、左に橘》になるのですね。そして、広大な御所を散策していて気が付いたことは松の木が非常に多いことです。と言うよりも、「(庭園は別として)御所全体が松の木だらけ」と思えるほどでしたが、その理由を受付をしていた人に聞いたところが逆に「松が多いことに初めて気がついた」という反応でした。当然に返事は「分かりません」とのことでしたが・・・。(写真は、本山の虎の間にある板戸です)

念仏奉仕作業に行ってきました
2017/10/12
10日~11日と念仏奉仕団体作業に上洛しましたが今年は2日間とも《夏日》となり、暑さの中での清掃でした。1日目は阿弥陀堂での拭き掃除(空拭き)の後でご門主と一緒に記念撮影。2日目は百華園での掃き掃除となりましたが、その後は鸛の間での抹茶の接待でした。しかし、この奉仕での楽しみは何と言っても夕食時の歓談です。バイキング料理を次々と取りに行ったりお酒を楽しんだりと楽しい90分を過ごしましたが、周りの人達にとってはやかましかったかも・・・。奉仕作業がすべて終った後は大徳寺に行って鉄鉢料理に舌鼓を打ち、帰りのバス内では半分以上がウトウト状態。今回は15名中6名が初めての参加でしたが、それなりに楽しんでいただけたようです。
境内の隣にある飛雲閣は修理中でしたが、何しろ国宝ですから建築当時の方法でなければならず、足場はすべて木材でしかも3階の上まですべて人力による運搬。足場組みだけで2ヶ月かかったそうです。今月末には囲いが掛けられるとのことでしたので、「作業中の姿を見られるは今だけ」という時に見られたのは幸運でした。今日はその写真を載せます。

経済至上主義の弊害か?
2017/10/09
検定資格のない者が合格させていたニッサン自動車に加えて今度は神戸製鋼が強度を改ざんして出荷していた問題。どちらも生命に関わる事故の原因にもなるものであり、いかに「人の命よりも利益を重視」しているかが伝わってくるものです。以前、中国で起った地震の被害についてテレビで報道があり、その中でビル建築の基礎部分に空き缶や生活ゴミが入っていた(コンクリートの使用量を減らすため)ことを「あり得ないこと」として伝えていましたが、今回のニッサン自動車や神戸製鋼の問題はそれこそ「目くそ鼻くそを笑う」行為ではないでしょうか。私たちの年代ではいつも古老から「人の振り見て我が振り直せ」ということを聞いて育ってきましたし、実際にそうしてきたように思っています。しかし、経済至上主義が強調されて利益重視に傾いてきた企業が多く存在する現在では、「損して得取れ」という行為は馬鹿げたこととして受け取られています。そのために売る側と買う側とのやりとりもなくなり、「1匹おまけしておくよ」などという言葉も聞けなくなりました。確かに人員を減らせば利益率も上がりますが、品物について聞きたい時に従業員がいないこともしょっちゅうですし、いたとしてもバイトで「分かりません」の一言。もっとも、「従業員に声を掛けられることが苦痛」という客がいることも事実ですし《声を掛けないで》という買物バッグを使用する店もありますが、そんなことも昔はあまりなかったような記憶が・・・。これも《時代の流れ》なのでしょうか。
【明日から1泊2日で念仏奉仕団体旅行に出ますので、明日・明後日の『独り言』は書けません】

音楽は《人類の宝》ですよね
2017/10/08
夕べは美保公民館であった「中秋の名月~箏とサックスのジョイント・コンサート」に坊守と一緒に行きました。箏は今までに何度も演奏していただいた方(ご門徒)で、サックスは教員時代に同じ学校で勤務していた方でしたが、日本古来の楽器である箏と外国の楽器であるサックスとのセッションは予想以上に楽しいものでした。当寺では毎年夏に「街かどコンサート」と称した演奏会を本堂を会場に実施しており、《インド音楽のシタール》や《邦楽と日本舞踊》など様々な音楽に触れる機会を提供しています。今年は箏と尺八の演奏でしたが来年はこのサックス演奏を依頼していますので、日程等が決定次第皆様に報告する予定です。
現在、世界では北朝鮮やISを筆頭にガタガタしていますし、国内でも《大義なき解散》以降、政界は混乱しています。しかし、音楽はそれぞれの国にある文化と同様に人種や国境・宗教を超えて人々の心に熱く訴える人類の宝です。だからこそ、たまにはゆっくりと音楽に耳を傾ける時間を持ってもいいのではないでしょうか。
(コンサートの写真は撮りましたが携帯からPCに移動させる方法が分かりませんので、ここに載せられません。トホホ・・・)

ICANがノーベル平和賞です
2017/10/07
ノーベル文学賞に続いて平和賞が発表されました。過去においては「?」と思わせるものもありましたが、今年の受賞については諸手を挙げて賛成です。「ICAN」という略称で、要は核兵器と核拡散に対する反対運動に対する長年の功績に対して贈られるものですが、広島と長崎の原爆被災者の惨状を目の当たりにして核への反対を訴えたのが始まりとのことです。10数年前のインドやイランの核開発もそうですが、特に今年は北朝鮮とトランプ大統領との《子どものケンカ》問題もあるので、一番いい結果だと思います。ここから世界が《核廃絶》へ目を向けていけばもっと最高なのですが、先ず第一にすべきことは唯一の被爆国である日本自身が批准条約に署名することでしょう。総理はもはや《核の傘》に頼るのではなく、《廃絶》を推進する方向に舵を切るべき時だと思いませんか?(アメリカのシンクタンクの発表では、「北朝鮮が東京とソウルに核攻撃をすれば、最低でも1000万人の死傷者が出る」と言っていますし・・・)

今年のノーベル文学賞は日系イギリス人が選出されました
2017/10/06
今年のノーベル文学賞受賞者に日系イギリス人のカズオ・イシグロ氏が選出されました。氏は《日系》とは言いながら長崎出身の日本人であり、5歳の時に両親と共にイギリスに渡ってそこで国籍も入手しているために《イギリス人》とはなっていますが、彼は「私の心には日本が生きている」と言っています。彼の小説には『日の名残り』とか『わたしを離さないで』等があって中には映画化されたものもありますが、過去を懐かしむしっとりとしたラブストーリーがテーマになっているものも多く、そのあたりは動的な印象の強いアメリカ作品とは違う「さすがイギリス」と思わせる作品になっています。イギリスとアメリカの作品の違いはなかなか理解できない部分がありますが、たとえばすぐに銃で決着をつけてしまうアメリカの刑事物とじっくりとストーリーを見せつけるイギリスの刑事物の違いと言えば、何となく分かってもらえるのではないかと思います。そして、このあたりは日本人にとって同調しやすい部分でもあると思いますが・・・。
何はともあれ、カズオ・イシグロ氏の受賞をたたえたいと思います。

十五夜と月の不思議な力
2017/10/05
夕べは『仲秋の名月』と呼ばれる十五夜のため、久し振りにゆっくりと月を見ようと思って外に出ました。月も恥ずかしかったのか、すぐに雲に隠れてしまって1分ほどしか見られませんでしたが、真っ暗な空があんなにも月光で煌々と照らし出されていることに感動しました。きっと平安の人達も同じ心境だったのでしょうが、外国では月光は恐ろしい力を持ったものであり、それに照らされると狼男に変身したり吸血鬼が目を覚ます、とされていました。もっとも、日本の『竹取の翁(かぐや姫)』にしても月は不思議な力を持つものとして描かれていますし、月の満ち欠けと人の生死が関係していると考えられていましたから、その意味でも月の神秘性は世界共通だったでしょう。それもこれもきっと「何もなかったところに新しく姿を現わし、それが大きくなっていってまた消えていく」という月の姿に人間の一生(死生観)を重ね合わせたからかもしれませんね。
ところで、月の影については国によっては違っていて《ライオン》になったり《バケツを運ぶ少女》になりますし、日本では「ウサギが餅をついている」と見ているのに対して中国では同じウサギでも「不老不死の薬を作っている」です。(日本や中国でウサギになっているのは、仏典の『ジャータカ』にある話が基になっていると思われます)

秋の花は可憐なものが多い
2017/10/04
昨日の雨と打って変わって今朝はさわやかな風が吹いています。その風に誘われて窓から外を見ると、当寺の墓の横に植えているミョウガに白い花が咲いていました。昨日は気がつかなかったので写真もまだ撮っていませんが、近日中にこの欄に載せようと思っています。
秋の花は本当に可憐という言葉が似合いますね。夏の花の代表は何と言っても向日葵に百日紅に夾竹桃でしょう。中にはその日のうちにしぼんでしまう朝顔や木槿もありますが、それらも一斉に咲くために見た目には鮮やかなものです。確かに秋の代表であるコスモス(秋桜とも)も一斉に咲きますが、それが風に揺れている光景は壮観と言うよりも可憐と言った方がいいかもしれません。もっともこれはあくまでも私個人の感想ですから、「それは違う」と言われれば否定はしませんが・・・。去年の今頃には団体旅行で宇治にある『源氏物語美術館』に行きましたが、駐車場から入り口までの間ずっと紫色の実を付けた《紫式部》が植えてありました。これは勿論『源氏物語』に由来していますが、これもまたしっとりと落ち着いた感じがしたことです。

十五夜の月を眺める余裕もない
2017/10/03
明日は旧暦の8月15日ですから、《仲秋の名月》と呼ばれる十五夜です。この「仲秋」とは《孟・仲・季》の3つに分けた秋の《仲》に当るもので「秋の半ば」としいう意味ですから、今では「中秋」とも書かれます。新暦では太陽暦ですが、旧暦では月の満ち欠けで計算しているためにどうしても1ケ月が30日であり、そのために1年が360日になるのです。したがって、1ケ月の真ん中である15日目の満月のことを別名「十五夜」と呼んでおり、『海潮音』にも書いてあるように、旧暦9月13日(11月1日)の十三夜とこの十五夜を恋する男女が一緒に眺めて一夜を過ごす、という何とも粋な風習(片方を見逃すと『片身月』となって無粋なこと)が平安期にはありました。しかし今年の十五夜は雨にたたられそうな天候ですし、月末には《立憲民主党》と《無所属》も加わった三つどもえ・四つどもえの衆議院選挙の投票があります。これでは立候補者は無論のこと国民全体が月を見上げる余裕さえないでしょうね。愛しい人と一緒にススキや団子を供えて月を眺めていた平安時代の人達が何とも羨ましいことです。
(今日の写真は、開花した貴船です)

貴船(秋明菊)が咲きました
2017/10/02
よく「( )心と秋の空」と言われます。朝晩が寒くてもさわやかな一日の昨日でしたが、今朝は雨。草木はホッとしているでしょうが、何となく心寂しくなってくることです。その中に、蕾だった貴船(秋明菊)が1輪だけ開いていました。納骨堂の裏ではホトトギスが葉の重さに絶えかねて地面すれすれに這っていますが、その先には茶色をした蕾もついています。昨日の写真はそのホトトギスを使って玄関先に活けたものですが、今日と明日はその《貴船2態》にしようと思っています。もっとも当寺の貴船は白のため、薄ピンクの貴船を誰か株分けしてくれないものですかねぇ。
私は亡母の影響か花が好きで、ご門徒のお宅に行くとすぐに花に目が行きます。それが玄関先の活け花でも庭先にあるものでも関係なく目に入ってくるのです。そのためによくそれを話題にして雑談することがありますが、残念なことは、盆前の草取りでわざわざ残しておいた墓地内の貴船の苗を掃除にやってきた人が切り取ってしまうことです。かと言って、「これは花の苗です」と看板を出すわけにもいきませんし・・・。

今日からいよいよ10月です
2017/10/01
今日から10月、『神無月』です。八百万の神々が集まってきて出雲はさぞかし賑やかでしょうが、神が不在になった所は一体どうなるのでしょうかねぇ。
ところで、昭和39年の今日は東京~大阪間を6時間30分で新幹線が走った日です。今では当り前の新幹線ですが、実は「東京オリンピックの開会式に間にあわせる」という目的もあって10月1日に最初に走ったのが《こだま》号。それが今は《ひかり》《のぞみ》も走り、中には滅多にお目にかからない真っ黄色の《ドクターイエロー》という列車も走っています。これは、その名の通りに新幹線の走行に関する異常を早期に発見するためのもので、ダイヤの空き時間を狙って走るものです。そのため、ひと頃は誰もその存在を知らなかったと言われていますが・・・。昭和39年は西暦では1964年。多くの人達が「1964年のこんにちは~~」という歌詞は東京オリンピックを表わしていますが、この時の開会式を記念して10月10日が『体育の日』という国民の祝日になりました。現在は「10月の第2月曜日」と変更になっていますが、2020年のオリンピック(真夏の開会式)は盂蘭盆中の開会式であり、どうもその時に特別な休みを作るとか。どうも意図がよく分からない《国民の祝日》です。

9月
僧侶研修会がありました
2017/09/30
9月最後の『独り言』です。昨日は青谷町の同派寺院で「鳥取ブロック僧侶研修会」がありました。講師は東京教区千葉組常圓寺住職の井上捷信師でしたが、師の壮絶な生き様を背景にして《死》を受け入れる心境も話されました。舟橋市に寺院建立の土地を求めて本堂建築に入ろうとした時に喉頭癌に罹って声帯を切除し、バイブレーターによる発声をしておられます。今回のテーマは「不自由だけど不幸ではない」であり、その通りに法義の伝道に教区会議員としての活動にと頑張ってこられました。しかし、この度の検査でガンが全身に転移して「余命3ケ月~6ケ月」と宣告されて「これが最後のお出会いになります」との言葉で講演を閉じられましたが、聴衆から「私も数年前に腫瘍がみつかったことがありましたが、先生が余命を宣告された時はどのようなお気持ちでしたが」との質問に対しては「『歎異抄』の中で聖人が述べておられるように、そのまま受け取るだけです」との回答には、ただただ胸にズシンと応えたことです。
今回の講演については(発声は確かに聞き辛かったときもありましたが)、《死》というものが見え隠れしていたためか深く厳しいものでした。

どこもかしこも金木犀で埋まっています
2017/09/29
「西向く侍」ですから、9月も今日を入れて2日間になりました。昼間は今もって「暑い」と言いたくなるほどですが、さすがに秋風が漂う昨今は「涼しい」から「寒い」に移り変わろうとしている朝晩の気温です。その中、一昨日の風雨で満開だった金木犀が一斉に散ってしまいました。外に出て見ると、道路も庭も墓もすべて金木犀の花弁で埋め尽くされていました。花が散るのは自然のことであり、以前にも百日紅の花が台風のために一度に散ってしまったことがありましたので驚きはしませんが、今回のこんな光景は滅多に目にするものではありません。すぐに写真を撮りましたが、「次は境内が黄色に染まる光景が来るのか」と思うと複雑です。まぁ、結局のところ《その時その場の情景を楽しむ》だけなのでしょうが、庭に置いている火鉢の中で泳いでいるメダカもこの頃は動きが鈍くなっています。メダカたちにとってはそろそろ水が冷たくなってきたのかもしれませんね。

門信徒研修会がありました
2017/09/28
昨日は若桜の同派寺院で総代会主催の『門信徒研修会』がありました。テーマは「総代として、門信徒として」でしたが、最後に各寺院の住職に対して「総代に何を求めるか」というトークコーナーがありました。しかし、その趣旨が不明で、最初に当った私は「住職が総代に何を求めるかではなく、門徒が住職に何を求めるかの方が聞きたい。お互いがあって存続するのだから」と言いましたが、各住職は自坊の紹介(現状説明)が主になった内容になっていました。当日になってからの議題発表であった上に焦点がわかりにくいテーマであったためか、活発な意見は出ませんでした。ただ、あるご゜門徒から「障害者が楽に聴聞出来る施設にならないか」との意見には耳を傾けるべきでしょう。ただし、当寺も20年ほど前に車いすが可能なスロープを業者と検討したことがありましたが、勾配から考えても10m以上の長さが必要になり、境内全面に広がることから断念しました。どうしても本堂へは階段がありますが、当寺のように大火後の境内と墓地の没収にあった寺院はスペース的にもこれ以上広げることは不可能であり、すぐの対応には無理があります。今は、境内のストーンファイバー化や|庫裡のバリアフリー化など出来る範囲で一つずつ進めていくだけです。

総理の発言は『漱石』そのものですね
2017/09/27

安倍総理の解散総選挙に対する表明は、何度聞いても「??」の感がぬぐえません。一体何を求めているのかが伝わってこないのです。こんな発言ではどんな発表会でも一発でアウトですし、もしも生徒が面接指導などでこんな言い方をしたら、すぐにダメ出しされます。「自分がどういう人間なのか、そして、なぜここを選んだのかがまったく分からない」と…。結局、安倍総理の発言は最後まで「数の論理には口出しさせない」という党独特の≪おごり≫しか感じられないものでした。18歳投票権よりも前に、「この候補者は認めない」という拒否権的な投票制度の確立が必要だと思います。
ところで、漢文の授業で「中国に『流れに口をすすぎ、石を枕とする』という言葉があり、『乱れきった政治の世界から身を退き、自然の中で人間らしい生活をする』という意味で言われたものだが、それを間違えて『石に口をすすぎ、流れを枕とする』と言った人がいた」ということを話し、「それを指摘されると『石で口をすすぐのは乱れきった世界で食べたもの(贈賄など)を削り落とすためであり、流れを枕にするのはその間に聞いたこと(醜聞など)を洗い流すためだ』とごまかして言い逃れた」ということを生徒に話して「これが『漱石』の由来だよ」と教えたことがありましたが、今回の総理の発言からそれを思い出したことです。


パンダの名前が「香香」になりました
2017/09/26
お彼岸も今日が最終日です。しかし、明朝には山門の幕や本堂の打敷等の撤去がありますし、午後からは若桜の同派寺院で研修会がありますので、今しばらく多忙な日が続きます。
ところで、上野動物園のパンダに名前が決まりました。「香香」と書いて《シャンシャン》と読ませるのだそうですが、実は最も多かった応募がウキウキした日本人の心情をよく表わした《ルンルン》でした。実は、これは1986年に募集したときも第1位になっていましたが、「それなのになぜ選ばれなかったか」と言えば、ただ単に「ルンに当る漢字がないから」ということです。確かに上野で生まれても親は中国からの借り物のために返還しなければならないという契約になっていますが、「『中国だから何でも漢字』という考えは古くさいのでは・・・」と思います。おまけに現在の中国では日本で使っている漢字がなくなり、略字体の文字(たとえば「木扁にヌ」と書いて「権」)になっています。そのような現在、「漢字にないから」という理由だけで一番多かった応募名を無視するのは、いかにも頭の硬い《お役人気質》でしかないのではないでしょうかねぇ。何も《キラキラ名》がいいと言うわけではありませんが、「少しは応用力を持ってもいいのでは」と思いますよ。

どうなる?「もったいない」の心は・・・
2017/09/25
「日本には素晴らしい言葉がある」と言って「もったいない」という言葉を世界に発信してくれたマータイさんは亡くなりましたが、果たしてその言葉はどうなっているのでしょうか。もっと言えば、その言葉を生んだ日本人の心がどうなっているのかと、はなはだ疑問です。バス停やプラットホームで整然と並んでバスや列車の到着を待ち、乗客が降りてから順番に乗り込む。この光景は私たちにとっては至極当り前のことですが、外国人(特に中国人)から見れば驚くべき光景だと言われます。また、食事ではどこにいても先ず「いただきます」と手を合わせることから始めます。これらは「当り前」なことであってそれを驚く方がむしろ不思議でもあるのですが、最近はその「当り前」なことが伝わっていない若者が増えているように感じます。沖縄で集団自決をした洞窟が《肝試し》と称した行為によって破壊されましたが、犯人であった18~19歳の若者達はそこがどのような場所なのかを知らなかったということでした。もしも我々にしてみれば「当然」と思っていることが次の世代に伝わらなければ、マータイさんの感動した日本人の心はどうなっていくのでしょうか。戦争体験者としてその悲惨さを講演を通じて子ども達に伝えておられた西川肇氏が亡くなられましたが、氏の思いが子ども達に正しく伝わっていることを祈ります。

金木犀の香で思い出すこと
2017/09/24
ここ数日、納骨堂を開けるために境内に出ると香ってくるのがあの懐かしい金木犀(でも、都会の子ども達はこの香り《トイレの香り》と表現したとか・・・)です。台風前には蕾をつけただけと思っていたのにその数日後に漂ってくる金木犀の香りを嗅いでいると、40年前の出来事が思い出されます。両親と総代と一緒に坊守の実家に行って正式に結婚を申し込み、帰途そのまま青谷駅で降りて青谷高校で勤務しましたが、放課後に青年部の職員達と蒜山(ひるせん)までドライブした時に漂ってきた金木犀の香りは、私にとって一生忘れられない懐かしい想い出です。
「1輪の花や微かな香りなどに触れてふっと昔のことが思い出される」というようなことは誰にでもあると思いますが、普段はそれらが記憶の内奥に仕舞われています。それが小さなことで表に出てくるわけですが、それが辛く悲しい出来事では心が傷つきます。しかし、人間の記憶の不思議とでも言うのでしょうか、「辛いことは忘れて楽しいことの方が浮かんでくる」と言われる人も多くおられます。「辛い体験をした人ほど、他人の辛さがよく分かる」という言葉もありますが、やはり《辛い経験》はしたくないですよね。

本当に日本をよくしてくれる人は誰?
2017/09/23
昨日の「日本語の乱れ」を借りて言えば、安倍総理の日米首脳会談と国連での表明は完全に「(国民を無視した)言葉の乱れ」でしょう。トランプ大統領をいきなり「ドナルド」と呼んだ態度は小泉元総理と元米大統領との親密さの再現をねらったのでしょうが、聞いている我々からして見れば「ベタベタして気持ち悪い」としか思えません。その上、国連での北朝鮮に対する圧力の強化発言は「核攻撃をしろ」と言っているトランプ氏を認めているようなものです。そんな安倍総理が要請してから3ケ月も待たされた臨時国会開会の冒頭で解散を宣言するのは完全に《疑惑隠し》であり、「臭いものには蓋」どころか「臭いもの」の存在を亡きものにしようとしている意図さえ感じます。正に《トランプ劇場》ならぬ《安倍劇場》そのものです。政治家は国民の、ひいては世界の平和と安定を作り上げる力さえ持っているものであり、権力はけっして《個人のオモチャ》ではありません。だからこそ、そのような権力を持っている「国民の代表」を選ぶ我々自身が《自己の利益》だけで選ぶのではなく、本当に候補者をしっかりと見て選ばなければならないのだと思っています。

日本語の乱れと意識の欠如
2017/09/22
この度、文化庁国語世論調査が報告され、存続か滅亡かの重大局面を現わす語句を「存亡の危機」とする間違いが8割を超えたそうです。確かに私もそのように使いますが、正しくは「存亡の機」です。確かにPCで「存亡の危機」と打ち込んでもそのまま変換されて出てくるように、今や大衆に受け入れられてしまっているようです。同様にここ数年でよく耳にする言葉が「全然~」でしょう。現在では「とても~」とか「非常に~」というように最上級的な肯定として使われていますが、正しくは「まったく~でない」という否定語です。けれども、俳優や芸人がそのように使っても誰もそれを非難しないどころか、今や《大衆化》している状態です。そして、似たようなものに「1000円からお預かりします」というレジ係の言葉もあります。「この『~から』は移動の出発地点を表わす言葉であって、間違いで非常に耳障りな言葉だ」と盛んに言われましたが、現在でもよく耳にしています。これらの間違った使い方がそのまま《大衆化》している根底には「パない」という省略語や「JK」等の頭文字だけの表現や「ワイハ」等の逆位置語を《カッコいい》として盛んに使う心理にもあるかもしれません。
しかし、現在の日本人に最も欠けていることは「ありがとう」「すみません」という感謝と謝罪の言葉がまったくと言っていいほど使われなくなっていることだ、と思いますがねぇ。
(昨日の写真の白い彼岸花が開きましたよ)

糸瓜忌も獺祭忌も同じです
2017/09/21
9月19日は別名『糸瓜忌』。これは俳句の創始者正岡子規が「痰一斗 へちまの水も 間にあはず」と詠んだことから付けられたものですが、もう一つ『獺祭忌』とも言われます。《獺祭》とは、カワウソが捕らえた獲物を前足でつかんで食べる姿が食べ物を前に合掌している姿に似ているところに由来があるもので、実際に子規も『獺祭書屋俳話』という書物を書いています。10年近く前に山口の温泉旅館に泊まったことがありましたが、メニューに《獺祭》という名の酒がありました。今でこそ総理の宣伝もあって世界的に有名になっている酒ですが、その当時仲居さんに「これは正岡子規から取った名前ですか」と尋ねたところ「分かりません」との返事。それを聞いたとたん、正直なところその温泉旅館にガッカリしました。客商売をしているならば、せめてその程度は知っていてほしかったのですが。
今は亡き父は日本酒が好きで夏でも燗酒を飲んでいましたが、母は酒が苦手でビールも「苦い」と言っていましたし、果実酒を作る時にはたくさんの砂糖を入れていました。もっとも、その父も近衛兵(生まれが京都のため)になるまでは《丸っきしの下戸》で「酒粕の汁を飲んで酔った」とか・・・。どうも私はそんな両親の血を受け継いでいるようです。

国民無視の国会冒頭解散
2017/09/20
25日の国会冒頭で解散を発表する安倍総理ですが、小泉元総理の郵政改革などとは違って[解散→総選挙]の必要性が皆無です。だからこそ「大義なき解散」と言われるのでしょうが、こんなにも国民を馬鹿にした総理特権の行使は過去にもありません。かといって投票に行かなければ自民党候補者が自動的に合格するシステムですから、我々は何をしたらいいのでしょうか。せめて《不信任権》でもあれば「この候補者は合格させません」と言えるのですが、現在のシステムでは、たとえ1票でも票が入れば認めたことになるのですがら、我々国民にとっては「ごまめの歯ぎしり」しか出来ません。「森友・加計隠し」とか「大義なき解散」と言ってもそれを追求出来ない《冒頭解散宣言》ですからねぇ。正に国民無視で国会を好き放題にしている現在の安倍政権ですが、これが「国民の代表」である政治家の本来の顔なのでしょう。本当に《不信任投票》を強く求めたい気分です。

彼岸花が咲き始めました
2017/09/19
今度の国会冒頭で解散が発表されるようですが、その理由は「今なら他に追随する党派がないから」ということ。正に私利私欲そのものですが、まぁこれが政界における《大人の判断》なのでしょうね。国民を馬鹿にするにもほどがありますが・・・。
ところで、台風で大荒れの数日間でしたが、気がつくといつの間にか遊歩道に彼岸花(曼珠沙華)が咲いていました。この花は地面から芽を出したかと思うと急激に伸び出し、一気に花を咲かせます。そのために花が咲いてから「あっ、彼岸花が咲いている」と気がつくことが多いのですが、今年は蕾を出したときに気がついていましたので毎日見ていました。しかし、遊歩道の赤い彼岸花に対して境内に植えた白の彼岸花はなかなか芽を出さず、「もしかすると絶えたのだろうか」と心配していました。しかし、植木鉢の中で1本だけ茎が伸び始め、やっと開きだしました。今度はなんとかこの球根を増やし、来年はもっと多くの白い彼岸花を咲かせたいと思っています。今日の写真は、その赤い彼岸花にしています。

「台風一過」にはほど遠い
2017/09/18
昼間はあまり台風の影響を感じていませんでしたが、昨夜は予報通りというか激しい風雨でした。「台風一過」という言葉があります。それは「台風の過ぎた後は青空の素晴らしい天気になる」ということでしょうが、今朝は素晴らしい天気どころか境内から山門前まで落ち葉で埋まっていました。特に当寺の前にはイタヤモミジの並木がある上に排水溝もありますので、風で吹き飛ばされた落ち葉が吹きだまりになっています。そのために朝早くから落ち葉を掃き集めてゴミ袋に入れて出しました(当地は月・木が集配日)が、押し込んだ末に45ℓの袋いっぱいになりました。横手ではノウゼンカズラの枝が吹き飛ばされていますし、タマノカンザシの鉢植えは屋根から落ちてきた雨水で葉がボロボロです。それでもバケツなどは仕舞っていましたので予想していたほどの被害もなくてすみましたが、稲刈りの方は無事に終わったのでしょうか?ご門徒様の中には農家の方も多く、その方面でも心配なことです。落ち葉の清掃が終わって家に入ると、袋川の付近では突然の降雨模様。どうも部分的な降雨なのかすぐに止んで今は青空も覗いていますが、なんとか「台風一過」になってほしいものです。

11年連続でイグ・ノーベル賞受賞
2017/09/17
(台風18号の速度が鈍くなり、中国地方への影響は半日遅くなって今夜になりました。被害が出なければいいのですが・・・)
今年のイグ・ノーベル賞は日本人が受賞していますが、これは《愚かなノーベル賞》という意味で、「他の誰もやりそうにない、ユーモアと独自性を兼ね備えた研究」に対して贈られるものです。よく「日本人はユーモアを介さない」と言われますが、実は日本人の受賞は11年連続なのです。
今年はトリカヘチャバネという昆虫の生殖に関する研究発表ですが、実はこの昆虫は生殖器が逆転しており、雌が突起状の生殖器を雄の穴状の生殖器に入れるのだそうです。そして、その理由が「食べ物がほとんどない世界で生き延びて子孫を残す為に、雌は雄の体内に生殖器を入れて精子と一緒に雄の栄養を吸い込む」ということで、「そのために、雌の方が雄よりも積極的に生殖活動をする」という発表を聞いた人達は一瞬あっけにとられ、その後ドッと笑いと拍手が起ったそうです。この雌と雄の逆転現象からつけられた名前が《トリカヘチャバネ》ですが、これは平安期に作られた『とりかへばや物語』に由来しています。ある貴族が生まれた2人の子ども(男子と女子)をそれぞれ男子は女として女子は男として育て、男女の本能と逆転している現状との差から巻き起こる悲喜劇を描いたものですが、この昆虫の逆転現象を現代人における《男らしさ》《女らしさ》の逆転現象に当てはめているところがイグ・ノーベル生物学賞に選ばれた理由かもしれませんね。

「経験しない」ことの怖さと未熟さ
2017/09/16
昨日は体育祭の想い出を書きましたが、鳥東高では数十年ぶりにシンボルが復活したそうです。竹を取りに行くことから始めているそうですので、それを割ることと削ぐことに苦労したのではないかと思います。しかし、24時間何でも買える今の時代だからこそ、最初からすべて自分たちの手で作ることの難しさと面白さを経験したことは決して無駄ではなく、必ず将来において何らかの役に立つものと思います。終戦間際に集団自決したことで当時の姿のまま保存されている沖縄の洞窟では16~19歳の若者達が破壊したり供えられている千羽鶴を燃やしたりして逮捕されましたが、彼らの共通点は「人々の受けた苦しみや悲しみを自ら体験していない」ということでしょう。教育関係者にとって9月1日は《魔の9月1日》と言われています。《イジメ》による子どもの自殺が圧倒的に増える日だからですが、その原因の根底にあるものも「イジメによる悲しみ・苦しみを自分で経験していないから、他人の悲しみも分からない」子ども達にあります。我々の子ども時代には、小学校に入学すると「肥後の守」という折りたたみナイフが親から渡されました。「これを使って自分で鉛筆を削れ」ということです。そして、それで指を切ったら「何故切ったか考えろ」と言われました。そのような経験から、私たちは鉛筆に当てる刃の角度や力の入れ方、そして何よりも「傷つくことの痛さ」を知ってきました。だから人に鋏などの刃物を渡すときには自然と柄を向けて差し出しますが、今の若者はそんなことも知りません。情けないことです。

私たちの体育祭では・・・
2017/09/15
先月はお盆でしたので淨宗寺仏教婦人会研修会はお休みでしたが、今月からまた始まります。今月もいつものように「何を話そうか」と悩んでいますが・・・。
ところで、教員時代には9月は学校祭があり、クラスでは生徒が「文化祭のクラス発表で何をするか」とか「体育祭のワッペンとTシャツのデザインは?」と話し合っていましたが、私たちの時にはシンボル製作が主でワッペンとかTシャツなどはありませんでしたね。骨組みが出来上がったものを持ち帰って新聞紙を貼り、その上から模造紙を貼って色つけでしたが、今でも何を作ったか覚えています。中学3年では『太平洋ひとりぼっち』のヨット《マーメイド号》で高校3年では《ツタンカーメン像》でした。特に高校時代には市中行進もあり、学校から智頭街道→駅前→若桜街道と回って帰るのですが、いつも日赤病院の前では気勢を揚げていたものです。表面的には入院患者に対して「頑張れ」ということでしたが、その実は家政高校(現・敬愛高校)が対象でした。まぁ、青春真っ盛りの年代ですからねぇ。そのシンボルからのぼりになって今では何も作っていませんが、クラス全員で苦労して作り上げたシンボルとそれを燃やしながら踊った『ジェンカ』が懐かしく思い出されることです。

某劇団の《舞台裏》に幻滅
2017/09/14
台風18号が急転回して日本列島縦断をしようとしています。このままでは土日に台風の影響下に入るようですが、今は稲刈りの真っ最中。何も被害が出ないことを祈ります。
ところで、インターネットのニュースだけでまだ新聞には載っていませんが、某劇団で初日の2日前になって2人の主演女優が辞退するということが起きました。発端は2人の女優に生放送の仕事が入っていて所属する事務所から「通し稽古を1度済ませてから退出する」との連絡を入れていたのに、演出する女優から暴言を浴びせかけられて「土下座までさせられた」ということだそうです。もっとも、脚本家のマネージャーはそのことを全面否定していますし、劇団側は逆に「事務所側から『開演できませんよ。辞めたらどうですか』と脅された」とも言っています。私も観劇は好きで高校演劇の顧問をしていたほどですが、このような《舞台裏》を聞かされるとその劇団や役者がイヤになります。人間の集団が作るものである以上、そこにはどうしても相容れないものも存在します。そのことは劇団だけでなく政治の世界にもありますし、もっと極端に言えば、最も小さい集団である《家庭》にだってあります。そのことを理解した上でどう対処するかが《大人の対応》でしょうが、どの世界でも「自分が一番」という意識が先立つようですね。

次期連研のテーマについて
2017/09/13
鳥取因幡組には連絡用のdropboxがありますが、なかなか開けることが出来ません。新規の行事が記載してないかどうかチェックするのですが、頭を悩ませることが多々あります。しかし、今回やっと開けたところ、来年から始まる第10期連続研修(略して「連研」)の担当寺院とテーマが載っていました。今までは半年空けて次の連研を始めていましたが、第9期から4月~3月の1年開催としたため、次期の開始まで丸1年が空くことになりました。その第10期の原案が載っていたのですが、それを見ているとどうも次期は新しいテーマ(「10年20年後の僧侶・寺院のあり方」)が加わっているようです。確かに寺院経営も今まで通りのやり方では困難になってきており、その原因の根底には《少子化》とそこから生まれる《過疎地域の拡大》や《親から子へ法義が伝わっていかない》という現状があります。そのことからも「その状態に甘んずるのではなく、皆で《何か出来ることきないか》と考えていこう」という姿勢の表れだと思いますが、地域性を初めとした数々の問題も現実にはありますので、そう簡単には結論が出ないテーマだとは思います。しかし、誰も「今のままでいい」とは思っていませんので、検討することも必要なのでしょうね。

テニス界の伊達選手も引退です
2017/09/12

今日から始まるテニスの大会を最後に、沢松選手に続いて女子テニス界を牽引していった伊達公子選手が引退します。スポーツ選手にとって年齢は体力の低下に繋がる最大の原因ですが、40歳を超えても一流選手として自他共に認められているのはイチロー選手と伊達選手でしょう。確かにゴルフ界では70歳になっても頑張っている人はいますが、体力以外にも持久力や瞬発力を必要とする野球やテニスでは無理な話です。その中で今までトップ選手として若手を引っ張ってきた伊達選手の引退は悲しいものですが、過去にもグラフ選手を初めとして多くの選手が第一線から身を退いてきました。始まりがあれば絶対に終わりもやってきます。伊達選手も今回の試合に結果はどうであれ全力を出しきり、次には後進の成長の手助けをしていってほしいと願っています。
伊達選手、お疲れさまでした。そして、次の新しい道を堂々と歩んでいってください。


過去の経験を捨ててはならない
2017/09/11
平成13年9月11日のアメリカ同時多発テロから既に16年が経ちましたが、東日本大震災も実は同じ11日(3月)でした。後者は未だ復興の兆しも見えないままですが、前者は被災地《グランド・ゼロ》から被害を示すものをすべて撤去し、より高い建物を「復興のシンボル」として建設するとのこと。広島を初めとして福島や岩手でも悲惨な記憶を後世に伝えるために残そうとする日本人の心情とはまったく逆ですが、そこに「過去に囚われず、未来を見つめて進む」というアメリカ人気質を見た思いがします。勿論、どちらが間違っていてどちらが正しいということはなく、どちらも正しいのでしょう。けれども現在ではそれらが逆転し、悲惨な過去をすべて忘れて70年前に後戻りをしようとしている日本と《白人第一主義》の考えから黒人差別を是としたアメリカの姿が垣間見られます。
映画『ダンケルク』はドイツ軍に包囲されて逃げ場を失い、救助に向かった輸送船や駆逐艦等も撃沈されていく。そのような海に、死と隣り合わせになっている英仏軍の兵士を救うために危険を顧みずにヨットや小型ボートを出していった市民が描かれていますが、その中の1人がこう言います。「我々が起こした戦争で若者達が死んでいく。今、彼らを救うのが我々の使命だ」と。北朝鮮の脅威にさらされている現在、過去の悲惨な悲しみを二度と繰り返さないことを第一と考える為政者がいてほしいものです。

9月9日と10日の想い出
2017/09/10
10年以上前のことですが、教員時代に体育祭の慰労会が9月9日に行われました。たまたま私が幹事のために開会の挨拶をしなければなりません。このような時に長い挨拶は無粋ですから簡単にして「今日9月9日は『重陽の節句』で、菊の花びらを浮かせた酒を飲むとよいそうですが、別名『救急の日』でもあります。せめて救急車を呼ばない程度に楽しんでください」と言ってから乾杯の音頭を取ったのですが、なぜかその時の挨拶が思い出されることです。
ところで、今日は昭和18年に鳥取大震災が起った日のため、県立公文書館へ行って資料や写真を見ました。あいにくと当寺の写真はありませんでしたが「松浦旅館」の看板のついた電柱が写ったものが1枚ありましたので、「この向こうに当寺があったのだなぁ」と感慨深いことでした。鳥取大震災は震度6で西部地震(震度6強)よりもわずかに弱いのですが、当時の建物のほとんどが木造であった上に午後5時36分ということで夕食の支度に入っていたため、他の地震と違って家屋焼失とそれによる死者があり、西部地震では0名だった死傷者も鳥取大震災では1200人を超え、けが人も20倍超。そして、なんとか復興した9年後には市内の大半を消失する鳥取大火災が起り、当寺もやっと建てた本堂が全焼した上に区画整理にあって境内の没収と墓地の強制移転・・・。本当に9月9日と10日には悲喜こもごもな想い出があることです。

磁気フレアとミサイル、どちらが怖い?
2017/09/09
遙か彼方にある太陽の爆発で生ずるフレアによって磁気嵐が心配されていましたが、幸いにしてたいした被害もなくすんだようですが、メキシコでは激しい地震による被害が生まれています。また、真夜中には秋田でも震度5強という地震がありましたが、こちらはたいした被害もなかったようで安心しました。しかし、太陽の爆発による磁気嵐を心配するように現在では《地球》とか《宇宙》という広大な範囲で物事を考えている中で、昨日の報道番組は「北朝鮮の建国記念日による挑発の有無」がメーンになっていました。確かに「東京を飛び越すミサイルを・・・」と言われれば怖いし、「戦闘状態へのカウントダウンか」と不安にもなるのでそれは仕方がないのかもしれませんが、広大な宇宙の中のたった一つの星のそのまた小さな《国》という空間同士の《自己主張=ケンカ》ほど馬鹿馬鹿しいものはないはずです。
昨日はテレビの某番組で石破議員が日本の核保有による自衛について持論を唱えていましたが、他の番組では「金正恩は父と違って国際外交については何も知らず、一切耳を貸さない」とコメンティターが力説していました。2名の解説は表面的には共通点がないように聞こえますが、根底には「北朝鮮による暴発の怖さ」があります。しかし、同じ人間同士がどうしてこんなにいがみあうのでしょうか。釈尊も「この世にあるものはすべて互いに関係し合って存在している、父母兄姉である」と述べておられるのに・・・。

寺院が《サービス業》なのはなぜ?
2017/09/08

私が学生だった時(50年ほど昔)に家族調査がありましたが、「親の仕事」の区別欄を読むと寺院は《サービス業》に入っていました。もっとも現在では《個人情報》などでそんな調査自体ありませんが、その当時はこんな調査があるのは当り前でしたし、生徒名簿に親の職業を記入する欄があったくらいです。そして、その時の調査で「寺院って、サービス業だったの?」と衝撃を受けた記憶があります。確かに寺院はいつ連絡が入るか分からないために必ず家には誰かがいますし、外出する場合にも連絡が届く手はずになっています。その意味では確かに《24時間体制》ですから、サービス業かもしれません。しかしながら、僧侶は人々におもねったり愛想を振りまいたりはしません。かつて僧侶は《知識人》であり、《相談役》であり、《子ども達の遊び相手》でした。その代表が良寛さんでしょうが、現在でも基本的にそのことは変わっていません。けれども、人々の考え方や見方が変化してきているのは否定できませんし、その中には僧侶自身の意識の問題もあります。特に門徒戸数が1000を超すと言われる都会の寺院ほどその傾向が強いと言われていますが、寺院にとって一番大切なことは、昔と同様に「人とのつながり」ではないでしょうか。八百屋や魚屋のおやじさん・おばさんと世間話をしながら買物をするあの雰囲気こそが《サービス業》の基本だからこそ、同じ《サービス業》に分類されている寺院も、人々の悩み・悲しみに寄り添い支えていくことの出来る《心のつながり》を第一とすべきだと思っています。


胸が痛くても、のんびり出来ない気質です
2017/09/07

昨日はやっと気温が30度を割りましたので、玄関を簾だけで開けっぱなしにするということもなく過ごしました。もっとも、週末からはまた30度前後に戻るということですので、当分は「秋冷の候」という言葉は使えそうにありませんが・・・。坊守が1泊2日で大田市であった寺族研修会に参加ましたので、その間私は留守番。でも、逆にゆっくりと次の寺報の原案を練ることが出来ました。連絡等の記入事項もあってまだ完成には至っていませんが、いつも最初に書いている住職の思いの他にクイズと雑話は何とか原案が出来ましたので、9月中には添削も含めて完成に持っていくつもりです。
先日研修に来られた北摂組の方から「本堂に掛けてあるカレンダーの言葉はとてもいいですね」と言われました。手作りのカレンダーと知って驚いておられましたが、注目していただいて嬉しかったことです。
(先月、鉢植えの木槿が宗旦だったと書きましたが、同じ幹から今度は真っ白の木槿が咲きました。)


北摂組の仏婦研修で講話をしました
2017/09/06
昨日は神戸市と三田市の北摂組仏教婦人会が46名鳥取に研修に来られ、講話を頼まれました。7月に旅行社から依頼の電話があって受けていたものですが、結局「生きるとはどういうことか」ということを中心にいろいろと40分程度話しました。しかし、中には御住職もおられ、汗顔の至りです。思い返すと1年前の寺報で似たような内容を書いていましたが、今回も『遊雲さん 父さん』という本を主にしました。というのも、現在は《恐怖の9月1日》が問題になっているからであり、「ただ単に命があるだけでは、本当に生きていることにならない」「生きることよりも、なぜ死を選ぶのか」という問題が私の心にあったからです。以前にも寺報に書いたように、この本は小学6年で骨肉種に罹り、中学を卒業しないで死に至った子どもとそれを見つめた父親の思いが切々と描かれています。自殺を考える子ども達には《絶望》の2字しかないのでしょうが、その子ども達に《逃げ場所=心の支え》を与えられたら救われるはずです。そして、《死》から《生きる》へと変わっていくはず。「本当の《生きる》とは、自分を支え見守っていてくれる者の存在を知らしめること」と話しましたが、元々無口な私。さて、どこまで上手く話せたのでしょうかねぇ。

誰も知らない花壇にひっそりと咲く花たち
2017/09/05
私のこの『独り言』には草花の写真を多く載せていますが、ほとんどが境内や裏庭等に咲いていたものです。ですから、月が変わると「あれ?先月も載っていたような・・・」というものもありますが、同じ月内では絶対に(ミスは別として)同じ花を載せ内容にしています。しかし、同じ種類のものは別ですが・・・。先日、隣の公園で数枚の写真を撮りましたが、ここの一角には知らない間に作られた花壇があって、何種類かの花が咲いています。昨日からその花を載せていますが、子ども達が走り回るのには邪魔な位置に作られた1畳分ほどの大きさの花壇の花は弱々しく風に揺れていました。他の公園でも同じようなものを見かけたことがありますのでおそらく市の公園課が作ったものでしょうが、周りの人達も「いつ出来たの?」と言っているほどある日突然に姿を現わしたものです。こんな花壇ですからそこにどんな花を植えるのかも知らされておらず、当然のことに花壇を作った目的も知らされていません。
今は小さな花が何輪かひっそりと咲いるのでそれを写真に撮って昨日から載せていますが、これでは花たちがかわいそうです。

一服の清涼剤でした
2017/09/04
今回の北朝鮮の核実験については気象庁から早々に「水爆」との発表がありました。過去の地震と比較しても10倍近い差があることからの結果ですが、原水爆や「ICBMに載せることが可能な小型化に成功」に続いて「電磁パルスも可能」との発表もあります。これは高高度において爆発させることにより電磁波を狂わせてミサイルレーダーを使用不可にする技術であり、これが可能だとすれば日本やアメリカの防衛網も役に立たなくなります。今の北朝鮮はカッコいいオモチャを次々と与えられた子どもと同じで、「アメをあげるからそのオモチャを捨てなさい」と言われて逆にしっかりと抱え込んでいるようなものでしょう。そんな子どもがカンシャクを起こしてオモチャを投げつけたら、一体どうなるのでしょうか。本当に不安と紙一重の現在の状況ですが、原水爆の唯一の被害者である私たちが言えることは「絶対に戦争はダメ!」です。しかし、このような中で昨日の婚約会見は《一服の清涼剤》のようでした。今はまだ宮家である眞子様のために一歩引いて発言された小室氏や、2人に関する内容にはチラッと相手を見ながら《彼=太陽》と《眞子様=月》として互いを大切な人と発言されたご様子には恥じらいも感じられ、本当に心から「お幸せに」と言いたくなりましたね。

仏壮と仏婦の合同懇親会を持ちました
2017/09/03
昨日は当寺の仏壮と仏婦を中心とした懇親会を催しましたが、参加者は総勢28名。仏壮と婦人会が揃って食べたり飲んだりする機会はあまりなく、あったとしても男は座り込んで婦人会の方々がバタバタすることになりますので、この会はいつも外に会場を設けて行っています。そのせいか女性陣も落ち着いて飲み食いが出来、話も弾んで和気藹々とした会になりました。もっとも、あまり飲めない私はすっかり「二日酔い」状態です。それでも朝はいつも通りに起き出していますが・・・。しかし、法座後のお斎とは違った雰囲気でしたので、普段とは違った、肩のこらない話などが出来るこのような会もいいものですね。インディアンは1本のタバコ(キセル式のもの)を回し、お互いがそれを吸って《トモダチ》だとしたそうですし、「酒をタップリと飲んで初めて仲間になれる」という意味の言葉を持った国もかなり外国にはあると聞いていますが、日本でもそれと似たような言葉があります。もっとも、どこかの野球選手のように飲み過ぎて暴れたり絡んだりするのは逆に嫌われることになるので、御法度ですがね。

日野氏の言い分は正しい
2017/09/02
「世界的トランペッターの日野皓正氏が公演の最中にドラム奏者の中学生に往復ビンタ」という記事が大々的に報じられましたが、某テレビの司会者はその行為を《非》としながらも、同席した人達が「むしろ原因は、日野氏に丸投げした教育委員会ではないか」と言ったためにしどろもどろでした。しかし、次の公演から帰国した日野氏は飛行場の出口にいるメディアに向かって「何でここにいるの?」と問い、「(こんなことで騒ぐ)あんた達が日本の文化を壊しているんだ」と断言。それ以後はメディアで取り上げられることはなくなったようですが、確かに現在は《体罰》と《教育的指導》との線引きが分からなくなっているようです。言い換えれば、《殴る》と《叩く》の違いや《怒る》と《叱る》の違いも分からない人達が増えてきたということでしょうか。昔はその違いは当然のこと、子ども同士のケンカでもその限度を知っていました。そして、子どもが何か悪さをすれば親は当然のこととして、それを注意したり時にはゴツンとゲンコツを与えた人も多くいました。しかし、今はそんな人達をほとんど見かけませんし、むしろ「注意した方が悪い」と言われる世の中になっています。子どもの虐待に対して親から「指導だ」と言われるとすぐに引っ込んでしまう役所側の例もありますが、このような時だからこそ、日野氏の意見に何も言えなくなったのではないでしょうか。
(なお、その後で中学生は「自分が悪かった」と謝りに来て、日野氏も「また頑張れよ」と励ましたそうです)

いよいよ9月が始まりました
2017/09/01
今年も既に2/3が過ぎ、残すところ4ヶ月になりました。今月は旧名『長月』で昔から名月が空に輝く月ということになっていますが、中でも『仲秋の名月』という言葉も生まれている月のきれいな9月になりました。昨日の『新日本海新聞』の4コマ漫画で「ひと月の経つのがなんと早いか」という部分がありましたが、あの大雪がついこの前のように感じられるほどつくづくと時の経つのが早く感じられることです。8月の後半は左胸の痛み(別に《恋患い》ではありません)とともに暮れましたが、その痛みももうすぐ消えることでしょう。9月は「仏壮・仏婦合同懇親会」で始まり、途中には秋のお彼岸もやってきます。また、《読書の秋》《スポーツの秋》《食欲の秋》そして《勉学の秋》でもあり、私も「門信徒研修会」や「僧侶研修会」等の研修会に参加しますし、坊守も研修会で大田(島根県)や姫路まで出かけます。また、5日には北摂組の仏教婦人会が研修で当寺に来られて私が講話をすることになっていますが、「人間の一生は勉強の日々」という言葉を実感する月でないのではないでしょうか。
(今月最初の写真は、アメリカ芙蓉にしました)

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