9月
昨日は2ケ月ぶりの仏婦研修会でした
2019/09/18
昨日は2ケ月ぶりの仏婦研修会でしたが、講話では《月》を中心に話を進めました。最初は小野篁の「子子子子子子・・・」から漢字にはいろいろな読み方があることを話し、次に詠み人知らずの「月々に~」を使って同じ漢字でも意味が違うことがあることを話しました。また、人によっては言葉の真意の受け取り方が変わることもあると話しましたが、本当に言いたかった6字名号における3通りの意味については、結局のところ次回に回しました。前置きに少し時間をかけすぎたせいでもありましたが・・・。《中秋の名月》と《仲秋の名月》の違いや「秋とは何月のことか」等も含めながら、「物事を正しく理解するには《知識》は当然に必要だが、それだけではなく、いろいろなことを素直に受け取る《柔軟性》もいる」ことを話して終わりましたが、その効果があったのか、その後の『頭の体操』で出されたクイズ(アナグラム・・・バラバラになった文字を組み変えて意味のある言葉にするもの)はすんなりと解けたそうです。今回の講話は仏教的な内容とは関係のないものでしたが、たまにはそんな話もいいのかもしれませんね。
(剪定したアジサアジサイの近くには、実をたくさんつけた椿があります)

次の行事の準備にスタートです
2019/09/17
今年の猛暑は《異常》という言葉が適切なほどでしたが、「暑さ寒さも彼岸まで」との言葉通りに少しずつ気温も下がってきました。昨日の最高気温は27度ということですので、彼岸を3日後に控えていることを考えても「昔の人の言葉は正しいなぁ」と思うことです。今年もいよいよ秋の彼岸を迎える頃となり、当寺としても次の行事に向かって進まなければなりません。先週の土曜日はご門徒方と一緒に「仏壮・仏婦合同懇親会」を催して楽しみましたが、次は10月末のグランドゴルフ大会と11月の報恩講。そしてその前には念仏奉仕団体旅行が控えています。今年の旅行は宿(聞法会館)の日程で報恩講直前になってしまいましたが、2日目の観光先を《大原三千院》と決めました。昼食も大原にある京料理の店にしましたので、今年は「京都大原三千院 恋に疲れた女が1人~」という(デュークエイセスでしたっけ)歌に出てくる地を散策したいと思っています。9月中には行程表も出来ますので、10月早々に募集します。多くの参加を期待します。
(写真は、少し剪定したアジサイの株です)

マラソンは単なる《孤独な戦い》ではない
2019/09/16
昨日のMGCでは、独走態勢が37㎞からの逆転劇と見所満点でした。もっとも、私は午前も午後も法務があって見ることが出来ず、夕方のニュースで知ったのですが・・・。マラソンと言えば、我々の高校時代は校内マラソンがあって、男子は確か10㎞程度を走ったのではなかったでしょうか。学校から丸山を通って千代川まで行き、そこから折り返して鹿野街道を学校まで戻ったコースでしたが、走り終えた時にお堀端で仰向けになって見た空の青さと流れ落ちる汗の気持ちよかったことは、今でも覚えています。順位的には半分よりも上だったように思いますが、とにかく、そのような経験が後に定時制勤務の時に生徒と一緒に3000㍍を走っても負けなかった自信を作ってくれたのだと思っています。よく「マラソンは孤独な戦い」だと言われますしそれを否定する気もありませんが、その孤独な戦いが後の自信や体力を作ってくれることも事実だと言えるのではないでしょうか。足も重くなり、呼吸も体力もなくなっていったときに「まだ何㎞も残っている」と考えるか「残りはもう何㎞だけだ」と考えるか。人生の壁にぶつかったときにどのように対応すればいいのかを教えてくれる、辛いけれども素晴らしい経験でもあるのだと、高校時代から50年以上も過ぎた今になって、そのように思えるようになりました。

《仲秋の名月》と《中秋の名月》は別物?
2019/09/15
昨日(14日)は満月でしたが、実は『中秋の名月』は13日の月なのです。この《中秋》とは別に《仲秋》と標記するものもありますが、この2語は似ているようでも別物(現在は殆ど同じ意味に使う)です。《仲秋》とは「初秋・仲秋・晩秋」の《仲秋》であり、もともと中国の3兄弟を示すもので、長兄を《初》・次兄を《仲》・末を《晩》で表わしていたことからきたものですから、《仲秋》は「秋の真ん中」の意味になります。旧暦では1~3月が春で4~6月が夏、7~9月が秋で10~12月が冬ですから、秋の真ん中は8月。つまり、《仲秋の月》とは「旧暦8月の月」の意味になります。しかし、これが《中秋》になると「秋の真ん中の月」ということになり、「旧暦8月15日(1ケ月の真ん中は15日)の月」ということになるのです。したがって、旧暦8月15日を新暦で計算すると今年は9月13日になりますが、実は完全な満月になる日は14日です。そのため、《中秋の名月》は暦の上では9月13日であっても、月齢では9月14日だったのです。ついでに、この日にススキやお団子をお供えするのもちゃんと意味があるのですよ。
なお、《満月》のことを《十五夜》とか《望月》ともいいますが、これは1ケ月は月の満ち欠けで計算すると30日であり、その真ん中の15日目が満月になることから使われていた言葉です。(《望》とは「満ちあふれていること」から、《満》の意味でもある)
たった1文字の違いでも意味が違ってくるって、面白いですね。(補足:「シンダイシヤ タノム」って、どういう意味?)

今年のイグノーベル賞が決りました
2019/09/14
ノーベル賞とは別に『イグノーベル賞』というものがあります。これは「笑わせながらも考えさせる」ことをテーマとした研究に贈られる世界的な賞ですが、実は日本人がここ12年連続で授賞しています。昨年は大腸内視鏡の「痛みがより少ない方法」を研究し、実際に観客の面前で自分を被験者にして発表した人が選ばれましたが、今年は『5歳児の1日当りの唾液量』を研究した人が選ばれました。なんでも男児と女児それぞれ15人を対象に研究したところ、平均500㎖だったとか・・・。なにしろ相手は子どもですから簡単に言うことを聞いてくれることもなく、「飽きたら逃げだすこともしばしば」ということの連続で、平均値を出すのに何年もかかったですが、受賞者は「本当は生理学賞を目指していた」そうです。このイグノーベル賞には賞金もありませんし、授賞式に参加するのも自費だそうですが、それでも毎年多くの研究が発表され、多くの人たちが授賞式に参加しています。
しかし、このようにユーモアにあふれた研究でも、ノーベル賞と同様に《疑問》と《それを追求しようとする意思》と《それを支える周りの人達》が必要不可欠なのですよね。
(昨日のジンジャーが開花したので、玄関に飾りました)

大伴家持大賞が発表されました
2019/09/13
今年の『大伴家持大賞』が発表になりました。教員当時には生徒にも応募を勧めましたし、中には「ここはこうした方が、上手く伝わるのじゃないか」などと説明して手直しした(これは佳作になりました)こともありましたが、私自身は毎年のように応募しているのに一度も選ばれたことがありません。やはり選ばれた歌には素直な表現の中にも何かしら訴えてくるものが伝わってくるようで、自分の短歌の拙さに赤面の思いです。
ところで、この《短歌》や《俳句》という呼び方は明治に正岡子規が命名したものですが、実は《短歌》という言葉自体は奈良時代から存在していました。もともとは『万葉集』時代に作られていた歌の中で(57)を何度も繰り返して最後を(577)にして作ったものを《長歌》と呼んでいたのに対し、(57577)だけの文字数で作られたものを「短歌」と呼んでいたのです。そして、貴族だけでなく一般庶民の歌まで網羅したからこそ「万の言の葉を集めたもの」という意味の『万葉集』になったのですが、その編纂を完成させた人物が大伴家持であり、集の最後を飾っている歌が因幡の国府として赴任した時に彼が詠ったものなのです。元号が《令和》になった今年だからこそ、もう一度『万葉集』や《大伴家持》について知るのも面白いのではありませんか?

言語文化の真髄はどこにある?
2019/09/12
今回の内閣に対していろいろな名前がつけられていますが、ユーモアと言うよりも皮肉が込められた命名を当の本人はどう感じているのか、1度聞いてみたいものです。
ところで、言葉を使った文化においては、よく「日本は世界に類を見ないほど素晴らしい」と言われます。その代表的なものが落語でしょうが、話の間の取り方や声音の使い分け、そして何といっても《オチ》の絶妙さがあるからでしょう。しかも、落語の根底に仏教的なものが含まれている話が多いことにも驚かされます。よく知られた『寿限無』もそうですし『3年目』等も同様ですが、(このことについては釋徹宗師の本に詳しく載っていますので、興味のある人はお読みください)そのことを抜きにしても、どことなく間の抜けた《与太郎》や《若旦那》たちが織りなす行動とそれに伴った周りの人達の反応などが語りの絶妙さによって目に浮かんできて、思わず「ニヤッ」とさせられることもしばしばです。もちろん漫才も面白い言語文化ですが、ひと頃話題になった《どつき漫才》後の変貌にはガッカリさせられました。もっとも、数年前のM1グランプリで敗者復活戦から勝ち上がって優勝したサンドイッチマンの漫才には思わず笑い転げましたが、言葉だけでいろいろな場面を想像させ、笑いを起こさせる言語文化って、本当に楽しく素晴らしいものですね。そんな素晴らしさを感じさせない今の若い人達が使う日本語には落胆していますが・・・。
(本堂の下足棚が傷んできたので、新しくしました)

やはり秋は来ている?
2019/09/11
昨日、やっと塀の上をはっていた蔓を取り除きました。以前から気にはなっていたのですが、何しろ暑いのとジンジャーの茎をかき分けてアジサイまで行かなければならない(蔓はアジサイの根元から生えている)のとで、昨日まで「見て見ぬふり」をしていました。しかし、やはり気になるものはいくら無視を決めていても目に付くものですね。そのためにやっと昨日の午前中に実行したのですが、ついでに紫陽花の枯れた花を切り落としたりして枝も剪定しました。ゴミ袋(大)が一杯になるほどの量でしたし、なにしろ雨上がりでもあったので、影に隠れていたヤブ蚊が飛び出してきてさんざんでした。しかし、見た目にはスッキリしたので、まぁ「プラスマイナス・ゼロ」というところでしょうか。
今日で9月も既に1/3が過ぎたということになりますが、連日の猛暑には参っています。そんな今朝の空に浮かんでいたのは鰯雲。それを見ると、やはり秋は来ているのですね。つくづくと「目にはさやかに見えねども~」という古歌が思い出されることです。
(そうは言っても、今日も「暑い!」と叫びたくなる一日になりそうですが・・・)

シンボルも幟もなくなりました
2019/09/10
土日と運動会が行われた学校があります。今は《運動会》とくれば《熱中症対策》と続きますが、我々の時の思い出は《シンボル》でした。中学校ではマーメイド号を作ったものの大きすぎて部屋から外に出せなかったこととか、高校では15クラスが各シンボル(我々のクラスはツタンカーメン像でした)を担いで市中行進をしたことが懐かしく思い出されます。その後、教員となっていろいろな高校に勤めましたが、シンボルを作ったのは唯一岩美高校だけで、それ以外はすべて幟に変わっていました。でも、ファイヤーストームで燃やしてその周りでは生徒達がフォークダンスをしていましたが、校庭で燃やせなくなってからはシンボルも幟も見なくなり、代わりに生まれたのが各クラスのワッペンとTシャツ作りでした。私も八頭高校で3年の担任をしたことがありましたが、その時のクラスが作ったTシャツ(25年前に生徒達によって作られた)は今でも現役で着られます。そして、それを着る時は「まだ体型が変わっていない」ことを喜びつつも、当時のことが懐かしく思い出されます。もっとも、肝心の生徒達は今でもそのシャツを持っているでしょうかねぇ。

台風15号の勢力は去年の21号と同等とか
2019/09/09
今日は新聞が来ないので最新のニュースはテレビかラジオが頼りですが、やはりトップは台風15号関連。その台風が千葉に上陸したということですが、朝5時のラジオニュースを聞いていると、瞬間最大風速が何と60㍍!音量を小さくしていたこととまだ頭がボーッとしていたせいもあって聞き間違えたのだと思いますが、それでも数十㍍であったことは確かです。去年の21号ではトラックが横倒しになったり軽自動車が吹き飛ばされた場面が出ましたが、今回もそれに相当するほどです。昔の人は台風のことを《野分》と称していましたが、「車が吹き飛ばされる」よりも「野を分ける」風の方がまだ牧歌的イメージがありますよね。とにかく、今回の台風で被害が出ないことを願っています。
(猛暑で枯れていた山ウツギを剪定したところ、新芽が出てきました)

女流棋士として初の《6冠》達成です
2019/09/08
一昨日の納骨は炎天下でしたが昨日の納骨はちょうど木陰になっていましたので、お参りの方も一言「あぁ、よかった」。本当にここ数日の暑さには閉口していますが、その中でも運動会を実施した学校があったと聞いています。まったく子ども達は元気ですねぇ。
ところで、この熱気は台風13号のせいで間違いはないでしょうが、今朝の新聞によると別の場所でも熱戦があったようです。里見香奈さんが《女流棋士6冠》になったとのこと。女流棋士で6冠は史上初めてのことであって、「このまま行けば7冠(全制覇)も夢ではない」とまで言われていますが、勿論のこと里見棋士もここまですんなりときたわけではありません。途中で負けが込んだこともありましたし、折角得たタイトルを失ったこともありました。そんな中でも精進を重ねて今日の結果を出したのですから、やはり「努力はいつか必ず報われる」ということなのでしょう。そう言えば、里見棋士の次の試合は10月に皆生温泉であるそうですよ。
(写真は、春の彼岸の時に撮った西本願寺の境内にある手水場の龍です)

姓名の標記順変更は、本当に必要?
2019/09/07
昨日は市営墓地での納骨をお勤めしましたが、南風が強い上に照りつける太陽の厳しい暑さですっかり体力が奪われ、昼食もそこそこにダウンしました。昨日は外出時でも日陰を求めて歩いたほどの今年一番の《酷暑》でした。台風13号の関わったフェーン現象とのことですが、今日予定している運動会が行われる所は十分過ぎるほどの注意が必要でしょう。
ところで、「日本文化を尊重すべき」との文科大臣の発案で、世界共通の(名・姓)順を(姓・名)順に変えることになりそうです。確かに日本では姓名の順ですから大臣の主張も分からないではありませんが、世界共通であるものを「日本の文化に合せる」ために変える必要があるのかと疑問です。しかも、あくまでも「日本の文化に即して」変えるのならば、住所表記も変える必要が生まれます。英語表記は「番地・町・市・県・国」の順ですから・・・。しかし、そんなことよりももっと大切なのは「今の子ども達は辞書が引けない」ことであり、「筆記体がまったく理解できない、読めない」という、《基礎知識》が欠けていることに対する指導ではありませんか。単に「日本文化に合せる」という程度の理由は、かつての「米国では20ドル札がある」という単純な理由による2000円札の発行(今ではまったく見かけない)と同じ《馬鹿げた発案》だと思えるのですがねぇ。
(写真のストックがなくなり、明日の分に困っています)

戦闘機やミサイルと国民の生活と、どちらが大切?
2019/09/06
政府は中小企業の非正規労働者に対し、厚生年金への加入を義務化する方向で動いているようです。今までは501人以上の企業に対して義務づけていたものを今回から撤廃して、全企業に対して指導する方向とのこと。実はかつて寺院に対しても同様のことがありました。「寺院も僧侶を雇っているのだから、年金に加入するべき」という指導でしたが、役僧を何人も雇わないと回らない大寺院は別として、殆どの寺院が住職1名であり、その中にはご門徒の数が少なくて法務だけでは生活できない寺院も相当数あります。実際に、廃寺になったり住職がいなくなって他の寺院の住職が《代務住職》を勤めている寺も毎年のように生まれているのが現状です。そんな状態なのに「寺院は僧を雇っているのだから、年金を支払え」と言われても結局は自分が自分に年金を支払うことになり、しかも自分に対する給料さえ支払えないという状態では「どうやって生活しろというのか」ということになります。確かに、非正規労働者側が「基礎年金の収入だけでは生活できない」と言われるのももっともです。しかし、経営者側の支払い能力にも限界があります。政府としては結局のところ「政府の財政を賄いたい」というのが目的でしょうが、それよりも現場~労働者と経営者~の実情を調べて有効な手立てを講ずることの方が先決ではないでしょうか。今でも水害や地震による被災者が多くいるのに、戦闘機やミサイルの購入に支払う膨大な金があればそれを国民の「健全なる生活の保障」に回してほしいと思うのは間違いでしょうか?

どうして障害者の立場になれないのか
2019/09/05
メディアでは盛んにパラリンピックの宣伝をしています。確かに今までもオリンピックが済めばパラ競技までは放映していませんでした。しかし、2020年の大会は目標の一つに「共生社会の実現」を掲げていますから、それも含めて国民にパラの存在やそこで頑張っている人達のことを知ってもらいたいとの意識が伝わってきています。その大会組織委員会がチケット購入に関する点字資料やCDなどの作成を求められながら、「変更が生じても簡単には訂正できない」とか「点字が読める人の割合から、音声を重視している」等の理屈(へりくつ?)を主張して要望を無視ししていたことが分かりました。いろいろと理由を連れていますが、要は「それの作成には金がかかるから、作りたくない」ということです。実際に全盲の人がチケットを購入しようとしてHPにある音声読み上げを使ったところ、膨大な情報を聞くだけでも数時間がかかって結局あきらめたということも新聞に書かれていました。「予算を超えた」と言っては平気で数百億円もポンと出す委員会が1億円もかからない資料作りに金を惜しむのでは、どこが「共生社会の実現を目指す」態度だと言えるのでしょうか。本気で大会を成功させたいのならば、猛反省を促したいものです。

懐かしい思い出です
2019/09/04
昨日は倉吉までご葬儀に行きましたが、会館まで約55分弱。鳥取西ICから鳥取道を泊東郷まで行き、そこから下りて松崎の先まで行ったのですが、教員時代に出張で行った時と時間的に20分近い差がありました。やはり信号もない専用道路は早いですね。会館も斎場の場所も初めてでしたが、何度も出張で通っていた道路のために大体想像がついていたので迷うこともありませんでしたし。もっとも、お盆の時から代車として借りている軽自動車ですから、運転には疲れましたが・・・。今回の人も以前は小学校の教師として子ども達と触れ合っておられた方でしたので、お盆参りの時にはその当時の話で盛り上がった(?)ことがありました。それも、今となっては懐かしい思い出です。
(公園の花壇らしきものは、夏の陽を浴びて伸び放題です)

免許の更新には運転の実地講習も加わります
2019/09/03

来年の1月は5年ぶりの免許証更新が来ますが、その時は67歳だったので今度は《前期高齢者》に該当します。そのために運転の実地講習も必要になりますので、自動車学校に予約を入れました。しかし、8月末に申し込んでも取れたのが10月半ば。2ケ月近くかかることになりますが、「とにかく希望者が多い」ということで急の申し込みは受けつけられないそうです。該当者には免許有効期限の90日前には公安委員会から通知が来ますので、届いたら早急に申し込みをした方がいいでしょう。万一それを受けていなければ更新手続きが出来ないそうですから・・・。私も申し込んだ日を忘れないようにしないといけませんね。
メダカは水槽でのんびりと泳いでいますが、人間は多忙の毎日でそうはいかないようです。


鉄道好きの子どもにとっての《聖地》は?
2019/09/02
今朝は雨模様で外は暗く、まるで『夜明け前』の感です。今(6時55分)も部屋から窓を見ていますが、窓ガラスは真っ暗になっています。これが豪雨の前触れでなければいいのですが・・・。
過日あった義母の祝いの席に鉄道の好きな子どもがいて、「京都の鉄道博物館に行ってきたよ」と目を輝かせて言っていました。確かにそこでは本物の車両が見られ、運転席で運転のまねごとも出来ると聞いています。その時に私が「よかったね。でも、鳥取には本当に煙を吐いて走る蒸気機関車に乗れる場所があるよ」と言うと、「それはピンクの機関車のある所ですか?」と尋ねられました。若桜の《ピンクの蒸気機関車》が鉄道好きの人には幅広く知られているようで、反対にこちらが驚いたほどでした。もっとも、人を乗せて走るミニチュアの蒸気機関車は同じ八頭郡でも竹林公園の方ですが。ついでに、同じ八頭郡には隼ライダーの聖地である隼駅もありますよ。
(今日の写真は、玄関に飾っている綿の鉢植えです)

中秋の名月がみたいですね
2019/09/01
]今年もとうとう9月になりました。旧暦で『長月』は「中秋の名月」とも呼ばれる名月が出る月(旧暦の8月15日の月のこと)ですが、旧暦では1ヶ月は30日であり、その真ん中の15日の月が満月になることから、今でもそれを《十五夜》と言うのです。
ところで、旧暦では7月~9月が秋であり、その真ん中が8月ですから、8月は《仲秋》。(この《仲》という漢字は中国の兄弟の順を示し、上から「孟・仲・季」と書きます)したがって、「中秋の名月」は秋の中の真ん中の月のその真ん中の日の満月(十五夜)を示すことになりますが、旧暦の8月15日は新暦では9月12日。ただし、満月は9月14日だそうですが・・・。『内憂外患』の8月でしたが、中秋の名月は澄み渡った空に見えるでしょうか?
(9月最初の写真は、秋明菊の蕾です)

8月
スパコン《京》が役目を終えました
2019/08/31
いよいよ8月最後の日となりましたが、雨も止んで朝は涼しく感じられます。ここ数日は湿度が高かったので玄関を閉めていましたが、久しぶりに玄関も頼もうも開け放ちました。
ところで、今日の新聞にスパコン《京》がシャットダウンしたとのニュースが載っていました。このスパコンについては蓮舫議員が「2位ではいけないのですか」と述べたことから開発が困難になったことがありましたが、世界でのスパコンの開発はAIの開発とも大いに関係している最重要事項になっています。そのスパコン《京》が長年の役を終えてシャットダウンしましたが、この「京」とは1秒間に10の16乗(兆は10の12乗)という膨大な数の計算をする能力からつけられた名前で、(単位的には「億・兆・京・垓」と続きます)次のスパコン《富岳》はこの《京》の100倍の能力を持ったものになるとか・・・。初任給が13000円で、聖徳太子(当時は1万円の肖像)が神様に思えた年代の私にはもう「???」の数字ですがねぇ。

豪雨よりも秋風が待ち遠しいことです
2019/08/30
今年もとうとう8月が過ぎようとしています。ついこの前まで「暑い!」と叫んでいたのに、今朝は「涼しい」と感じています。もっともここ数日の雨で蒸し暑さが残っていますが、それでも何とか我慢が出来ます。本堂でのご法事も、エアコンと扇風機を併用すると「寒い」と言われるようになりました。かといって、エアコンを切るとまだ暑さが少し残ります。なにしろ、本堂の戸を開けっ放しにしても(周りが家に囲まれているので)風が吹き抜けないのが市街地の寺院の悩みどころですから。しかし、これからは1日ごとに秋風の気持ちよさが強まってくるでしょうから今しばらくの我慢でしょうが、この猛暑で銀杏の下にあった紅葉が枯れたので、今は幹だけになっています。
それにしても、九州方面の豪雨による被害は予想を遙かに見えています。氾濫に加えて工場の油が流れだしたため、水につかった家は「油でベタベタして使い物にならない」とのこと。病院も氾濫した水に囲まれて身動きできないと言われていますし、あの尾畠さんもボランティアに来ているとのことですが、この被害も《地球温暖化》が根底にあるのではないかと不安です。

住職も坊守も「一生が勉強」なのです
2019/08/29
昨日から坊守は仏教婦人会の研修に出ました。住職には『僧侶研修会』や『門信徒研修会』『連続研修』等の研修があるように、坊守にも『寺族研修会』や『仏婦研修会』等があります。それらは一部を除いて門徒も参加出来ますが、どちらにしても「(住職だから、坊守だから)何もしなくいていい」のではなく、「(人は)一生が勉強」と同様に「(住職も坊守も)一生が勉強」なのです。そして、この勉強とは勿論《法義》に関するものも多くありますが、単に知識的なものに終わらず、社会の変化やそれに伴った人心の変化(人々が何を求めているか)等について学び理解することも含まれますので、座学だけでなく様々な意見交換も大切になります。
誰もが研修会に参加したからといって直ちに《成長》するわけではありませんが、少なくとも《何かを得た》と思いたいものですね。
(綿の実が割れて、白いものが姿を現しました)

法要と米寿の祝いも終わりました
2019/08/28
月曜日に行われた25回忌法要と義母の米寿の祝いには親戚一同が参集しましたが、殆どが世代交代。そのため、「この人は誰だっけ?」という人もあり、久し振りの会席は(私だけが)右往左往状態でした。また2年後には義父の25回忌が来ますので、義母には「その時には卒寿の祝いもしましょう」と言っています。
ところで、昨日の帰途では何か事故があったのか新幹線が途中の駅で臨時停車したため、岡山で《いなば号》に乗り換える時に走ることになりました。往路での乗り換えよりも距離的に短いのが幸いでしたが、乗り換えには時間的に余裕を持たせたものにしていたのに、重い荷物を持って走ったこともあって列車に乗ったときには青息吐息状態でした。それでも無事に鳥取に帰りましたが、家に着いて休む間もなく本堂と納骨堂の供花の生け替えをしましたので、夜はそれまでの疲れも加わってさっさと布団に直行。もっとも、疲れすぎると逆に熟睡できないのですがねぇ。
(猫はサクラの幹から「おかえり」と言っているのでしょうか)

いよいよ明日は義母の米寿の祝いがあります
2019/08/25
明日勤められる坊守の実家での法要と義母の祝いの席に参列するため、午後のJRで下関に行きます。
私は7人兄姉(男3、女4)の末っ子として《ベビーブーム》の年に生まれましたが、最終的に私が継職したのは昭和48年、25歳の時でした。そして昭和52年に坊守を迎えて2人の子どもにも恵まれましたが、昭和58年に母が72歳で突然に往生し、その1年と1日後に今度は父が78歳で往生。その父の病が分かった時に「坊守は大丈夫だから、2人で頑張れ」との義父の言葉を信じて2人で乗り切り、現在があります。しかし、その義父も同じ病に倒れましたので、4人の親の中で唯一残っているのが義母です。ですから、その義母に対して今までも何かと《親孝行のまねごと》をさせてもらっていましたが、今年は米寿とのこと。どうしても抜けられない法務があれば仕方がありませんが、喜寿の祝いも出来なかった両親に代わって今回のお祝いには是非とも参列したいのです。(きっと、これも《親孝行》なのでしょうね)
PCに詳しい人ならばどこにいても可能でしょうが、私は機械音痴ですのでそんなまねは出来ません。そのため、明日と明後日のこの欄は休みます。

連日の疲れから腰痛が出ました
2019/08/24
盆の頃から椅子から立ち上がると左足にしびれが走るようになり、多忙に紛れて我慢していたのですがそれも限界。とうとう整体に行って見てもらいましたが、結局は腰の方から来ているものと分かって押さえてもらいました。そのせいか、今朝は少し楽になっています。短歌では第3句のことを《腰》とも呼んで「最も大切な部分」となっていますが、人間にとっても腰は大切な部分だということを今回のことで実感しました。考えて見れば、盆前の除草に続いて盆参りでは1日に何10回と立ったり座ったりを繰り返し、盆後には供花の整理や法務の連続で休む間もなかったのですから、腰をいたわる余裕も当然になかったわけです。しかし、今回の整体のおかげでなんとか1~2週間は持ちそうです。庭のノウゼンカヅラも最後の花を散らしています。もう秋なのですね。
ところで、明日は法務を勤めたらすぐにJRで山口に向かいます。月曜日に坊守の実家で祖母の法要と義母の米寿の祝いがあり、それに列席することになっていますので、月・火の『独り言』は休みにさせていただきます。

宮型の霊柩車を見かけなくなりました
2019/08/23
昨日の夕方、何の気なしにテレビを見ていたら「宮型の霊柩車が見られなくなった」との話題。調査では現存数が最盛期の1/5とか。確かに当地でも1台ありますが、まったく稼働していません。その理由として「維持費が高い」とか「製作技術のある熟練がいなくなった」というものもありますが、どうも最大の理由は「死人の出たことを知られるのが嫌」であり、それに伴って斎場への乗り入れを禁止している自治体も相当数あるようです。私も京都や大阪や兵庫、岡山等でご門徒の葬儀を勤めさせていただいたことがあります。京都の斎場は蹴上げですから街中から少し離れていますが、どこも市街地を通って行くことに違いはありません。その時に宮型の霊柩車では《死》が直接に印象づけられるという理由から洋型と称される車に移行し、近年では見た目に霊柩車とは思えないワンボックス型の車が増えています。もともと葬儀は生前にお世話になった人達へ感謝を伝える場であり、自らの《死》を通して「生かされていることの大切さ」を伝える場でもあるからこそ以前は家で勤めるのが当り前であり、近所の人達も遺族に変わって手伝いをしていました。しかし、手続きの煩瑣や弔問客の相手(駐車場確保等も含めて)等のためにそれらが整った《ブロ》に依頼するようになったのです。もっとも、近年は手続きだけを頼んで他をすべて取り去った《直葬》なるものも流行っています。「生ある者は必ず死ぬ」が真理でありながら、その《死》を嫌うのも「人間の弱さ」なのでしょうが・・・。
(昨日は蕾だった木槿が開きました)

警戒区域の色の境目はどこ?
2019/08/22
何かの警報や警戒予測に使われている地図の色として最も警戒の必要な所には赤が一般的です。今年の夏も《猛暑》を示す地域は赤で示されていたので、日本列島が真っ赤になった時もありました。しかし、このような地図に使用される色は赤系統だけでなく、反対の青系統もあります。私も小学校時代に色覚検査というものを受けた経験があり、いろいろな色が付いている図面を見せられて「何が見えるか」と尋ねられた記憶があります。子どものことですから「これは何の検査?」と思ったものですが、それが色覚検査だったということは後に分かりました。もちろん何の異常もなかったのですが、見える色と見えない色がある人には別のものが見えていたのかもしれません。そのような人が苦手な色は青や緑系統だそうです。
ところで、前述の地図の改定では「青・緑系統の色の使用を止めて他の9色を使う」とのことですが、一般の人でもたとえば「濃赤」と「赤」との境目など、一瞬で判別できないこともあります。9色よりもっと少ない種類でハッキリと色の判別が出来るようにした方がいいと思いますが、杞憂でしょうか?
(やっと木槿の蕾が開きましたが、すぐに散って写真を撮ることが出来ませんでした)

《断捨離》もよく考えてから
2019/08/21
時々「あぁ、失敗したなぁ」と思うことがあります。結婚当初に生活していた部屋は平屋の上に2階を付け足し、しかもスレート瓦のために夏冬逆転の《完全冷暖房完備》でした。しかも《付け足し》ですから足元も弱く、今では絶対に建築許可が下りないであろうと思われるものです。そのために退職金を全部使って建て直したのですが、その時に部屋に置いていた不要になった本も処理しました。その「もう要らないから」と思って捨てたものの中にあったのが英和と和英の辞典でした。教員時代には校内にALT(外国語指導教員)もいたので当然に英会話をすることもありましたし、その時に必要だったのがこの2冊の辞書だったのですが、退職して不要になったので処理したのです。しかし、最近は会話(特に政治家に多い)の中に外来語が盛んに使われているので、「どんな意味だろう」と思って調べようとして「しまった!処理したのだ」となったわけです。若い人達はすぐにスマホを使いますが、どうも私は紙の辞書の方がしっくりくる年代なので、「あぁ、失敗したなぁ」と反省することしきりです。
最近は《断捨離》とか《終活》とか言って身の回りを整理することが流行っていますが、よ~く考えてから処理しないと後で反省することになりますからね。以上、経験者としての意見です。

なかなか自分の時間が取れませんね
2019/08/20
お盆の直後から法務が続いたために「その前に本堂と納骨堂の片付けをしなければ」ということでバタバタと動き回っていましたが、やっと昨日は自分の仕事が出来ました。と言っても、寺関係の事務仕事も残っていましたので結局は半日だけでしたが、それでもゆっくりと本を読む時間が作れました。もっとも、その時間では読破は出来ませんので、また空き時間を見つけて先を読むつもりですが・・・。
今朝は虫の音がしきりにしています。「蝉時雨」という言葉があるように虫の音にも「すだく」という言葉がありますが、今朝はそれこそ「草陰にすだく虫の音」の状態でした。それこそ一日ごとに深まっていく秋を感じてホッとした早朝のひと時、外に出ると蝉の抜け殻がブロック塀にへばりついていました。しかし、目を下駄箱に向けると苔で中が見えなくなった水槽が!この苔が綺麗には取れないのですよねぇ。あぁ、また仕事が増えました。ガックリです。

待望の《秋》がやって来たようです
2019/08/19
昨日は延期になった花火大会が行われました。私は《音》を聞くだけでしたが・・・。今朝は空模様から「水撒きが要らないかも・・・」と思いつつ新聞に目を通し、読み終わって窓辺に行くと聞えてきたのがパラパラと降る久し振りの雨音です。お盆が過ぎてからの気温も少しずつ下がって昨日は3度近く低い一日になりましたが、猛暑の昨今とは言ってもやはり季節の移り変わりはなくなっていないようです。《立秋》を過ぎたとたんに聞えてきたのが虫の音ですが、昔の人が「秋来ぬと目にはさやかに見えども風の音にぞ驚かれぬる」と詠ったように、これからは雨音や風の音にも秋を感ずることでしょう。もっとも、《野分》の風だけは遠慮したいものですがね。
お盆前に草取りをしていた裏庭の雑草がまた伸びてきました。どうも先日の《お湿り》が元気を与えたようです。これでまた当分忙しくなりそうですね。(写真は玄関に置いている虫除けのアロマですが、もう少ししたら《お役御免》になりますね)

千羽鶴がお香として生まれ変わりました
2019/08/18
今の時期に日本中を湧かせているものは何と言っても高校野球ですが、それには必ず応援団のブラスバンド(先日も京アニ製作のアニメの主題歌が演奏されました)と千羽鶴がつきものですが、特に千羽鶴は負けたチームから相手に「決勝まで連れて行ってほしい」と託されるということもよく聞きます。
ところで、この千羽鶴は広島の原爆で亡くなった女の子を描いた『貞子の鶴』が基になっており、今でも広島や長崎には毎年数千羽もの鶴が寄せられているそうです。その中で長崎の原爆資料館には毎年700㎏も寄せられ、一定期間展示した後は倉庫で保管されてから再生紙等にリサイクルしているそうですが、「灰は生まれ変わりや再生の象徴。千羽鶴には寄せられた人達の思いが込められているものだから、もっと何かに出来ないか」との思いから、長崎在住の工芸家が苦心の末に『折鶴香』を作り上げたそうです。もともと灰は工芸品の染料むや釉薬などに使われるものであるため、それに香料を加えて生まれ変わらせたお香ですが、配合にとても苦労したとのことです。多くの人たちの強い思いが込められた千羽鶴によって再生されたお香がみ仏に差し上げる《香り》として使われることは嬉しいですね。

今や「昭和は遠くなりにけり」ですか
2019/08/17
昨日は古老のご門徒のお通夜を勤めました。97歳は数え年齢では99歳(白寿)で、母よりもちょうど10年後の誕生ですので、母が健在でしたら107歳ということでしょうか。「当寺の先代は2度の天災(大地震と大火)に遭い、その度に多くのご門徒の助けを受けて寺院を維持し続けてきましたが、そのようなことをご存じの方であった」ということを通夜の席で話させていただきましたが、大正生まれの人が90~100歳ということは、亡父のように明治生まれの方はもう数少ないのでしょうし、そもそも《明治生まれ》ということ自体がピンと来ないかもしれませんね。明治45年が大正元年、大正15年が昭和元年、昭和63年が平成元年、そして平成31年が令和元年というようなことも、これからは忘れ去られていくことでしょう。かつて「明治は遠くなりにけり」という言葉が流行りましたが、今や「昭和は遠くなりにけり」ですから・・・。
(少し涼しくなったのか、境内を野良猫も出歩いています)

台風ってやって来たの?
2019/08/16
昨日は雨を心配しながらのお参りになりましたが、結局は降雨もなく1日が過ぎました。夕方に勤めた盆法要では出足が例年の半分以下でしたが、それも仕方のないことでしょう。ただ、今年の盂蘭盆会中は猛暑に風が加わったせいで境内の草花がすっかり水を切らし、葉が巻き込んだものやグッタリしたもの、果ては枯れ果てたものも多く、「でも、台風で雨が降るなら水撒きをすることもない」と雨に期待することにしました。結果は降ったものの大騒ぎしたほどではなく、《少し多いお湿り》程度だったでしょうか。今朝もいつものように早く起きたので、納骨堂の供花を綺麗にしましたが、猛暑のために瓶の水も半分近く蒸発していたほどでした。今日の写真は境内の西側にある花ミョウガにしていますが、他のものもほとんどこれと似たり寄ったりの状態でしたので、どれほどの猛暑かは想像できることと思います。それでも《立秋》が過ぎていますので13日の夜以来蝉から虫の音に変わりましたが、「台風一過、猛暑がぶり返す」との予報。それを聞いてガックリしている今朝ですが・・・。

今年の盂蘭盆会も今日が最後です
2019/08/15
昨日から気になっていた台風の動きですが、それでも一斉踊りは出来たようです。「~ようです」と書いたのは音楽と人出だけの判断で、私は見ていないからですが・・・。今朝も5時前早くから外の様子が気になって窓を開けて確認していますが、どうも雨は降らなかった様子です。ニュースでは四国あたりにいるようですのでまだまだ安心はできませんが、とにかく今日一日は台風に気を配りながらのお宅参りと夕方5時からのお盆法要に集中することになりそうです。花火は18日に延期が決まったようですが、お盆参りだけは延期ができませんからね。しかし、お寺である法座や各種の行事、そしてご法事等でお会いできない方とはこのような機会でしか話が出来ません。今年もお孫さんの話や趣味の話等をしましたが、今まで長い間おつきあいをしていたのに「初めて知った」ということもいくつかありました。その意味でも、やはりお盆参りは大切な行事ですね。
いよいよ今日が最後。それが済むと片付けとご法事の準備(当寺は本堂での法事が殆どのため)に入ります。まだまだ気が抜けないことです。(写真はお彼岸の時に撮っていた大谷本廟の明著堂です)

気を引き締めてお参りしましょう
2019/08/14
さすがに納骨堂へのお参りも多かった13日でしたが、私の方は最後のお宅で足が(正座でお参りのため)痛くなり、汗の出方も少し多かったので、熱中症の初期症状だったかもしれません。帰ってから少し昼寝をして体調の管理に努め、夜になって本堂を閉めてから供花の活け替えをしましたが、やはり今年の猛暑に歳がついて行かなかったようです。今日はお参りをする家が一番多いので、気を引き締めていかなければなりません。台風の進路も心配ですしね。

今日で盆参りも中日になります
2019/08/13
当寺の盆参りは9日から始まり、最後の15日は夕方から本堂と納骨堂で盆法法要の読経をします。先代の時からほとんど全部のご門徒宅をお参りしていますので、盆中は朝から寺にいません。本当はお寺にいたいのですが、鳥取大火後の区画整理で墓地が山の裏側に強制移転になったため、お墓にはお参りされても離れたお寺までお参りされる方は多くありません。最近は納骨堂に安置される方が多くなって一緒に本堂にお参りされる方も増えましたので嬉しく思っていますし、坊守がいつも対応してくれていますので、お互い《顔なじみ》になっていますが・・・。
このような事情で盆中のご法事は時間的に殆ど受けることが出来ないず、その旨を寺報でお知らせしていますから、ご門徒もよく分かってくださいます。だからこそ、この「年に1回」の出会いが大切なのであり、出来るだけ世間話などもして心を通わせるようにしています。(昨日も、教え子の家が親戚だったことが分かりました。もっとも、そのために年々時間がかかり、帰寺が遅くなってしまいますが・・・)

昨日は無事に御巣鷹山に登られたのでしょうか
2019/08/12
昨日はバッテリーを交換したので、安心してお参りに出かけました。お参り先での話題は暑さと台風ですが、さすがに「雨乞い踊りだから仕方ないですよね」とはいきません。
昨日は《山の日》で今日はその振り替え休日ですが、御巣鷹山に日航機が墜落したのも最近は話題になりません。これを《風化》と言うのかもしれませんが、遺族の方々にとっては今でも消えない悲しみでしょう。「毎年山に登って慰霊碑にお参りをする」という方が去年もありましたが、その時に「でも、体力の衰えから、来年は難しいかもしれません」と言っておられたのが耳に残っています。昨日は3日目の疲れを癒やしていてテレビを見る余裕もなかったのでどんな放送があったか知りませんが、「元気にお参りしておられたら・・・」という思いです。しかし、他人事でなく、私も年々体力の衰えを感ずる盂蘭盆参りの1週間です。さぁ、4日目のお参りに出る準備をしましょうか。
(綿の花の後は、実が膨らんでいます。この中で白い綿を抱いているのでしょうか?)

バッテリーのダウンで大慌てです
2019/08/11
昨日は例年より1時間程遅く帰寺したため、昼食を取る暇もなく予約していた仏花を受け取りに行きました。その後少し休んでから坊守と一緒に県外のご門徒(複数軒)の墓参りへ。墓苑で献花香をしてから帰りに日帰り温泉でやっと汗を流しましたが、帰ろうとするとバッテリーがダウン!慌ててブースターを借りて動かし、家に戻ってからジャフに来てもらってバッテリーを交換。何年か前にもお参りの途中でバッテリーがダウンして慌てたことがあったので、今回はそんなことにならないように《代車》であっても自腹で交換することにしたのです。もっとも、ダウンした原因はライトの消し忘れのようですが・・・。
昨日もお参りに行った先で話題になるのが《猛暑》と《台風》でした。本当にどうなるのでしょうかねぇ、10号は。
(今日の写真は、1日しか咲いていない綿の花にしました。小さくて可愛い黄色の花が終わると、白い綿になるのでしょうね。)

雨はほしいし降ってほしくないし・・・
2019/08/10

昨日は湯梨浜のSAで車を交換し、軽に乗って帰りました。しかし、やはり感覚が・・・。違うのはエンジンの機能と車の重量感(とにかく、悪路で飛び跳ねるんです)ですが、一番最初に気づくのはブレーキの効き方ですね。今までの車よりも踏み込まなければしっかりと効かない感じです。着く頃には慣れましたが、とにかく気を付けて運転することが必要ようです。
しかし、本当に台風はどうなるのでしょうねぇ。夜中に降って朝には止んでくれると一番いいいのですが、なにしろ夏に強いはずのブーゲンビリアでさえも葉が枯れかけていますから、雨はほしいし盆中は降ってほしくないし・・・。本当に勝手なことですが、これが現在の心境です。


台風10号はいりません
2019/08/09
いよいよ今日から盂蘭盆参りが始まります。今日は湖山から浜村を通って米子までお参りに行きます。先代の時には行けなかったお宅ですが、私の代になってからは車が出来たのでお参りさせてもらっています。それこそ、1日がかりで・・・。帰りの途中で軽自動車(代車)を受け取り、盆の間はそれでお参りすることになっています。やはり、お盆の間は軽自動車が便利ですね。ただ、今年は13日と14日が台風の関係で雨の可能性が高くなるとのこと。盆中にあって困るものは2つですが、その中の一つが雨。雨になると足袋も白衣の裾も泥だらけになってしまい、お宅に上がれません。最後の手段は《洋服に布袍》という姿ですが、それでも車を降りる度に傘を差したり畳んだりですから不便です。台風10号がそれてくれることを願うだけです。
納骨堂には壺を8個出していますので、供花もそこそこに可能ですよ。どうぞお参りください。

本当の《自動》車は、いつ頃登場するの?
2019/08/08
昨今は高齢者の事故が多く、その殆どが「アクセルとブレーキの踏み間違い」という理由ですが、本当は1度空ふかしをしなければ急発進しないはずです。特にプリウスの動き始めは電気ですから、ゆっくりとしています。ですから、「踏み間違い」という理由も、本当は「考えていたのと逆の方向に動いた」とかで慌ててしまったことが原因ではないかと思います。私も交差点で止まったときにサイドブレーキをかけたことがありますが、サイドブレーキはギアをDにすれば自動的に外れます。しかし、再スタートしようとしてギアを変えても、そのタイミングとアクセルのタイミングがほぼ同時だとDにならず、動きません。そんな場面では少し考えれば対応可能なのに、慌てて身体の方が瞬間的に反応してしまいがちです。高齢者の事故原因の多くもそんな理由だったかもしれませんが、それでも《急発進》や《追突》にストップをかける装置があれば防げた事故もあったことでしょう。
この度の事故多発で「安全装置の設置」が義務化されるようですが、《後付け》だと部分的な防止機能ですし、それもどこまで効果があるのか不安です。年を取っての運転は「長年してきた運転だから」という《変な自信》が根底にありますが、それでもいろいろな面での衰えも否定できません。子どもの頃に夢見た「場所を示せば、自動的に行ってくれる車」の登場が待たれる昨今です。

どうして自分で答を導こうとしないの?
2019/08/07
某テレビ局の番組で平成生まれの若者と昭和生まれの人を対象にしたクイズ番組があるそうです。見たことはありませんが、今回「ウールは何の毛か」という質問に対して(勿論、昭和生まれは全員合格)「馬の毛」と答えた若者がいたとか。その他の問題でも正答出来なかった若者に有名大学の学生が何人もいたそうで、司会者もあきれて「もぅイヤだ」と言ったとか・・・。
教員時代に『躍』という漢字の旁を「ヨ」で書いた生徒に×をつけたことがありましたが、その生徒は教科書や辞書を持参して「全部ヨになっているのに、どうしていけないのですか」と抗議に来ました。その時に「今持っているものは活字体だからヨに見えるが、もともと《躍》という漢字は《飛び跳ねる》意味だから、羽なのだ」と説明しても納得しませんでした。そして、そのことを職員室で話すと「僕もヨで習いましたよ」と言う若い教師。その時ほど世代の違いを痛感した(ガックリした)ことはなかったですね。「なぜ?」「どうして?」という疑問を持つこと、そして自分で考えても答が分からない時にしっかりと教えてくれる教師や大人の存在。でも、現在はなんでもボタン一つですぐに答えが出てくるため、若者達は《疑問に思う》ことも《考える》ことも《聞く》こともしなくなっているのでしょうか?周りにもいっぱい疑問があるのにね。
【質問】当寺の下手にある智頭橋(きなんせ橋)には、どうして写真のような像があるのでしょうか?

30℃はもはや《夢物語》でしょうか?
2019/08/06
高校時代は30℃を超える日はめったになく、狭い教室に50人以上(クラス平均53名)がいても何とか過ごすことが出来ました。当然にエアコンも扇風機もない教室で窓を全開にしただけです。学校だけでなく、家でも窓を開けたままで蚊帳を吊って寐ていました。それが50年少し経った今はで35℃オーバー。昨日も今日も37~38℃ということですからもはや《熱帯》ですし、泥棒にはいられた時は警察から「施錠していない方が悪い」と言われるようになりました。昔は近所の人に「少し留守をするから、よろしく」と言って出たこともありましたが、今では何かあった時の責任問題などもあって、それも出来ません。「むこう3軒両隣」という言葉はもはや《過去の遺物》状態です。
夏の定番と言えば夜店での買い食いや金魚すくいに庭先での花火、縁側で食べた西瓜や海水で冷やしてから食べた瓜、そして山を駆け回った虫取りや海草の標本作りという夏休みの宿題などが思い浮かびますし、その根底にあったものは「いつも元気な子ども」の姿ですが、時間が戻らない以上それも《夢物語》です。しかし、せめて「気温30℃」だけは人間の努力で何とかなるのですから、《夢物語》になってほしくないですね。

「表現の自由」という権利を訴える前に・・・
2019/08/05
あいち国際芸術祭での『平和の少女像』展示を巡り、抗議や「テロをかける」的な脅迫めいたものがあって結局中止になりましたが、今度は「表現の自由への弾圧」との抗議が出ています。しかし、そもそも『平和の少女像』や昭和天皇の写真を燃やす場面の映像のどこが《芸術》なのでしょうか。確かに芸術を抗議の手段として用いることは昔からあり、その代表がピカソの『ゲルニカ』でしょう。そして、『ゲルニカ』と同様に漫画の『はだしのゲン』にも水木氏の『全員玉砕せよ!』にも訴えるもの(作者の主張)が明確に表現されています。しかし、今回の展示にはそれが明確に伝わっていないように思えるのです。そのため「日韓で問題になっている《慰安婦像》に、どうして国民の税金を使わなければならないのか」という非難が生まれるのも当然でしょう。今日の新聞には原爆を受けた直後の光景を描いた高校生の絵が載っていましたが、その情景を実体験をした方は涙を流しておられたそうです。なぜなら、その情景が描かれた絵にはその時に自分が抱いていた怒りや悲しみや孤独感や虚無など、言葉では表わしきれないほどの感情が見事に描かれていたからです。
この度の名古屋での展示が《表現の自由》を訴えるものであるならば、そこから何を訴えるのか、そしてそれが人々に充分に伝わっているのかも検討してほしいものです。それさえあれば、今回のような騒動は起っていないはずですから。

今週末から盂蘭盆参りのスタートです
2019/08/04
今朝は6時30分頃に納骨堂へお参りされた方がありました。既に解錠していましたのでお参りは無事にしていただきましたが、私はその後に境内の水撒きもあり、朝から汗が流れる状態です。今日は全国的に猛暑が予想されているようですが、のんびりしているのは簾の影で水遊びしているメダカだけ。人間も植木も、少し気を許すとすぐにグッタリします。それでも、今日最初のご法事は本堂の後でお宅参りもありますが、何とか元気で参らせていただけることが幸いです。
当寺は鳥取大火後の区画整理で墓地が強制移転になりましたので、お彼岸やお盆には山の向こう側まで県外の方のお墓に献花香をしに行かなければなりなせん。今年のお墓参りは10日に予定にしていますが、盂蘭盆参りは既に9日から始まっていますので、せめてこの1週間は雨模様を遠慮したいものですね。

暑い、暑い、暑い・・・
2019/08/03
昨日は朝早く起き出して西側の除草と清掃をし、夕方からは坊守と一緒に境内の除草と清掃をしましたが、2時間弱でゴミ袋が3杯になりました。除草と言ってもドクダミだけでなく紫蘭を刈り取ったりしていますので、これが本当に《除草》と言えるのか分かりません。しかし、やはり刈り取った後はスッキリしています。今朝は早速に水をダップリと撒いてやりましたので、少しはボタンも千両も元気になることでしょう。
ところで、本当に暑い日が続きますが、こんな時には10年近く前の悪夢を思い出します。盆参り最後の15日朝に起き上がろうとすると眩暈を起こして動けません。結局近くの病院に頼んで点滴を2本打ってもらい、午前中かけてタクシーで残りの家を全部お参りしましたが、今思い出してもゾッとします。原因は、前日の猛暑で汗をかいて出されたお茶を殆ど全部(今までは出来るだけ断っていた)飲んだせいです。汗と一緒に塩分などが流れ出たための熱中症だったのでしょうが、その頃は猛暑が始まった頃で《日射病》という言葉からやっと《熱中症》に変わった時ですから、完全な油断です。しかし、今なおそれがトラウマになっていることも事実ですので、これからは充分に気を付けたいものです。

今日も境内の除草作業です
2019/08/02
お盆が近づき、あちこちの除草をしなければなりません。円護寺墓地の方は業者に依頼していますので何とかなりますが、境内の周囲は当時の管轄です。先日も2日に分けて草取りをしましたが、まだ何ケ所も残っていますので、今日はこれから作業に掛かります。1ケ月前には疲れで眩暈を起こしましたし来週から盆参りがありますので、充分過ぎる程の注意が必要です。鋏や除草具以外にも麦わら帽子とタオルと水という必需品がありますし、それらに加えて蚊取り線香等もいります。また、ゴミ袋も何枚も必要です。「たかが除草、されど除草」というところでしょうか。何はともあれ、とにかくお盆は気持ちよく迎えたいものですからね。
写真は、当寺納骨堂裏にある俳人の岡田機外と歌人の中島宜門の墓に行く通路です。キンギョソウがはびこっていて、通路を確保するのも大変でしたよ。

8月、お盆、夾竹桃・・・
2019/08/01
いよいよ8月、盂蘭盆の月です。去年は「夾竹桃が咲くと、お盆が来たと思って・・・」と書きましたが、8月と夾竹桃との関係は、特に広島県民にとって大切なものです。「原爆による焼け野原の中で一番先に芽を吹いたのが夾竹桃だった」ということから、広島の花が夾竹桃になっているのです。かつて絵が描けなくなって苦しんでいたゴーギャンを救ったものは、タヒチの底抜けに明るい人達と風景でした。そして、原爆で苦しんでいた広島の人達の心を救ったのも、「この世の地獄」と思われていた中で元気に芽吹いた夾竹桃だったのです。青々とした空と真っ白な雲、そしてそこに咲く夾竹桃は白でもなくピンクでもなく、正にゴーギャンの絵の世界を表わすかのような《真っ赤》であったと自分勝手に思っていますが、人によって《思い》は違います。だから、「いや、白だ」でもいいし、「私はピンクだと思う」でもいいのです。要は、「人それぞれの思い」には必ず「それとつながっている《何か》」があるということを分かってほしいだけです。そして、その《何か》をいつの日か思い出していただければ、もっと嬉しいと思います。
「8月は盂蘭盆の月」という言葉で書き始めましたので、8月最初の写真は蓮にしました。手入れが悪くて花が咲いていないのが寂しいですがね。(そういえば、昔咲いていたお堀の大名蓮は、今はどこにあるのでしょうか?)

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