5月
いつになったら《満足》出来るのか
2019/05/23
昨日の痛みですが、診察の結果「外反母趾による親指の亜脱臼」とのこと。痛み止めを貰ったので夜は眠れましたが、歩行にはやはりその部分をかばうために歩きづらい(痛みはなくなった)ですね。
ところで、この時期になると7月に勤める永代経法座の案内も含めた寺報の原稿作りが始まりますが、毎年のように年間5回分の法話に頭を痛めます。今回は《令和》を導入にしようと考えていますが、問題は序論・本論・結論という流れをどのように持っていくか、です。法要の時の一口法話と違って後で何度でも読み返すことの出来るのが文章の特徴ですから、「何度読んでも、書いてあることが分からない」ではダメです。「たとえ最初は分からなくても、何度も読んでいくうちに『あぁ、そうか』と分かってもらえる」ように結論まで導いていく表現をいつも目指しているのですが、「190号まで40年も続けていながら、今もってたどり着けていない」と忸怩たる思いでいる昨今です。それでも次号の191号は頑張るしかないですね。
(山椒の葉が伸びてきました。掌で叩くといい香りがします)

左足の親指付け根が痛くて歩き辛いです
2019/05/22
昨日の夜から左足の親指付け根が痛み、夜も寝返りを打つ度にズキズキして眠れませんでした。ゆうべ廊下を歩いている時、親指のふんばりに妙な違和感を感じたのですが、そのままにしていました。布団に入る時に「少し熱があるのかなぁ」とは思いましたが、今朝は痛みが治まるどころか、痛くてまともに歩けません。今週は法務が連日ありますが、とても正座など不可能なほどです。診察を受ける必要がありますが、なかなかその時間が取れなくて困っています。とりあえず今日の法務は椅子を準備しますが、今日から3日間は墓参りも頼まれていますので、せいぜい痛いのを我慢して坂道を上るしかないようです。《やせ我慢》かもしれませんがね。しかし、「どこかにぶつけた」ということもない中で起った急激な痛みでもあり、歩く度に左足の筋がピリピリする状態ですから、まず「まともに足袋が履けるかなぁ」ということを心配してい今朝です。

初夏の花々の競演です
2019/05/21
久し振りの雨で、庭の草花もやっと息を吹き返したようです。首を垂れていた紫陽花も今朝はシャキッとしていますし、やはり「水は生命の源」ですね。6月の掲示板の言葉はそのことを書く予定でいますが、今回のように5月らしからぬ好天続きの時はつくづくと「水は生命の源」だと思わされることです。境内には睡蓮鉢も置いていますが、今朝は雨を受けて満杯になった水面から蕾が頭を覗かせていました。この蕾が開くのもあと数日でしょう。写真を撮るのが楽しみですが、今はあちこちで花が咲き乱れています。玄関横では満開の真っ白なテッセン。松の下にはひっそりと咲く三寸アヤメ。そして、隣の公園ではニシキウツギが白やピンクや真っ赤な花弁をそれこそ《錦を着た》ように咲かせています。真夏の太陽を浴びるまでのほんのわずかな時間を楽しませてくれるようです。

忙しい1日でした
2019/05/20
昨日は市内一斉清掃がありましたが、前夜の風で吹き散らされた葉を掃き集めるとまだ風に吹き飛ばされるという状態。また、のり面に伸びている木については若い人と切るか切らないかで話し合い、結局は「町内から行政に言ってもらってから対応しよう」となりましたが、このままではのり面が壊れるのもそんなに遠いことではないでしょう。
一斉清掃が済んだら早々に白衣に着替え、岩美町にある寺院の新住職継承式に参列しました。お祝い事のために《第一種正装》で大変でしたが、それでも100名のご門徒が集まった本堂にはさわやかな風が吹いて心に残る法要でした。
そして、法要の終了後にはまた飛んで帰って午後からの当寺の納骨堂法要を勤めました。本堂でご門徒と一緒に『正信偈』を唱えてから法話・納骨堂での読経と進み、最後は本堂内でお茶とお菓子による坊守の接待と歓談・・・。住職が勤める法要は表側のものであるのに対して接待はご門徒方との交流が主になる行為ですので、つくづくと坊守の存在をありがたいと感じています。継職を終えられた新住職と新坊守も、2人で力を合わせてご門徒方との絆を大切にしてください。

年配の住職が2人になりました
2019/05/19
昨日は半日掛けて寺報192号の原稿に取りかかりました。もっとも、書き上がったのは全体の1/4で肝心の法話の方はまだテーマも決まっていません。次号は永代経法座のお知らせもあるので、1ケ月後には発行しなければなりません。しかし、原稿作成と印刷に加えて発送用の封筒印刷と封筒詰め等々があり、1ケ月は長いようで短い時間です。
ところで、今日は岩美町の同派寺院が新しい住職に継職される法要があり、私も出勤します。これで19ケ寺ある同派寺院の中で私より年上の住職は4人となりました。と言ってもその中の1人は同年代で1人は2歳上ですから、本当の《年上》は2人だけです。まだ若いつもりでいましたが、もうそんな歳になったのですねぇ。(円護寺墓地の坂道で息が切れるのも当然か・・・)読経の時に息が続かなくなったり、時々かすれたりするのも仕方ないのかもしれませんが、それでもご法義の伝道にまだまだ頑張らなくてはならない71歳の私です。
(鉢植えの山ウツギが満開になりましたよ)

独特の青葉の香りに触発されて・・・
2019/05/18
昨日の婦人会研修旅行は途中行程で予想外に時間を取られ、劇団の入場時間もあるために、坊守は「時計を見ながらの奮闘だった」とのこと。それでも参加された方々はそれぞれに楽しまれた様子で安心しました。去年のマヨネーズ工場の見学に続いて今回の観劇体験ですが、参加者からは既に「来年は~~にしよう」との話も出ているとか・・・。
ところで、毎朝納骨堂の解錠に出る度にまとわりつく独特の香り。ここ数日はあの若葉の独特の香りにむせる思いがしていますが、窓を開けるだけでも風に乗って入ってくるあの香りをかぐ度に亡父の言葉を思い出します。父(前住職)は昭和59年の5月から近所にあった病院で入院・加療していましたが、10月に退院した翌朝に「土の香りがした」と言っていました。病気になるまでは毎日のことで気にも留めず、入院したときも病室が3階であったために風に吹き流されて気づかなかった自然の香り。それを退院して1階の部屋で眠ったことで、目覚めたときに初めて《土の香り》に気づいたそうです。新人に対してよく《青くさい》という言葉を使いますが、青葉若葉のあの《青くさい》独特な香りに心がふるえるのもいいものですね。隣の公園では錦ウツギが満開になっていますので、また写真を撮りたいものです。

『万引き家族』と『ROMA』は必見かも・・・
2019/05/17
今日は当寺婦人会の研修旅行で、堺別院にお参りした後で劇団四季『リトル・マーメイド』の観劇という行程です。大阪は好天という予報ですが、照り返しがあるのでもっと暑くなるかもしれません。しかし、婦人会メンバーの熱気の方が勝っているかも・・・。
ところで、今回のアカデミー賞の最優秀女優賞にノミネートされている人が話題になっています。応募されていたメキシコ先住民の家政婦役に抜擢された素人ですが、本人自身もメキシコ先住民で、実際に家政婦として働いて生計を立てていました。その『ROMA』という映画はスペインの統治下にあった当時の先住民に対する差別と貧困を描いたものですが、この差別や貧困は現在に到るまで続いているものであり、「先住民ということで能力も低いと見られ、仕事も与えられない」という現状の中で「子ども達に明るい未来を与えられるようにがんばる」と語るその女性。昨年は『万引き家族』がカンヌ映画祭で受賞しましたが、日本でも格差が広がって《子ども食堂》の存在が求められている今、この『ROMA』は必見の映画化もしれませんね。(ご門徒からいただいたバラの挿し木です)


漢字が読めない総理と大臣達
2019/05/16
今では生徒に電子辞書を持たせる学校ばかりですし、私自身もPCの普及もあって《機械頼み》です。しかし、そんな私もかつては卒業していく生徒にいつも「国語辞典を手元に置きなさい」と言い続けてきました。「誤字は相手に対して失礼であり、ウロウロしたらすぐに辞書を引くように」との《最後の授業》でしたが、機械頼みになったとたんに私も(読む方は大丈夫ですが)漢字が思い浮かばなくなってきました。やはり、いくら身体に染みこんだものでも、使わなければダメになるのですね。
ところで、ニュースにはならなかったのですが、安倍総理が天皇即位における祝辞で大変な間違いをしていたそうですね。「~願って已みません」というところを「~願っていません」と読んだとか・・・。確かに「已」という漢字は文法の《已然形》にも使われていて「い」とも読みますが、それは《音読み》の場合のみ。しかも「む」という送り仮名がついている以上《訓読み》であることは明らかであり、当然のこと「や(む)」としか読めないので、「願ってやみません」となるはず。それを「いません」ではまったく逆の意味になり、昔ならば《不敬罪》で懲罰ものです。安倍総理は過去にも国会で「訂正云々」を「訂正でんでん」と発言したこともありましたし、北方4島の名前が読めなかった沖縄北方大臣もいた情けない現状を考えれば、文科省は道徳や英語を小学校の教科に入れるより先に《読み書き、算数》の充実を考えるべきではないでしょうかねぇ。「まず隗より始めよ」で、国会議員から範を示してほしいものです。

交通マナーはいくらでも正すことが出来る・・・はず
2019/05/15
大津の園児の事故以来、運転のマナーに対する批判が起きています。昨日のテレビでも《松本走り》なるものが報道されていました。この《松本走り》とは、直進車との距離がないのに強引に曲がったり左折車に合わせるようにして曲がる松本市の運転マナーのことを言いますが、市民からは危険だとの認識はあっても「もう慣れた」「予測しているから」という反応。県外客から「非常に危険を感じた」と言われているこの運転マナーは実は全国に似たようなものもあります。青になる直前に飛び出して右折したり、「黄色はイケイケ」と言って交差点に飛び込んだり、1台分の隙間でもウィンカーを出さないで強引に車線変更して割り込んだり等々。
私も昔、京都のタクシー運転手から「鳥取での運転は恐い」と言われたことがありました。理由は「どこから自転車が飛び出してくるか分からない」とのことで、赤面しながら納得もしましたが・・・。
数日前にもこの欄に書きましたが、人間は《学ぶ》ことが出来ます。そして、学ぶことによって毎日のように起る悲惨な事故やあおり運転・飲酒運転等をなくすることが出来るはずですよね。もっとも、「戦争で取り戻せ」と馬鹿なことを言う国会議員がいる日本では無理なのでしょうか?

庭作業で疲れました
2019/05/14
やっと昨日になって牡丹の《お礼肥》をしました。昨年購入していた肥料が残っていたのでそれを根元に埋めてやったのですが、なにしろ最近の好天気で土が硬くなっており、周りを掘り起こして肥料を埋めるのに苦労しました。埋めた後はしっかりと水を捲いておきましたが、28度近い気温の下ではどれほどの効果があるのか・・・。ついでにチューリップのプランターも置き場所を変えたり根付いた紫陽花の挿し木を地に戻したりした午前中の作業でした。まだ木の下には雑草や落ち葉があるので気にはなっていますが、少し疲れたので途中止めです。
庫裏の方では15日にある当寺の仏婦総会・研修会の下準備で婦人会の方々が集まっていましたが、その総会では長年の仏婦活動に功績のあった当寺の仏婦会員に対して本山表彰(当寺から申請していた)もあります。表彰状と記念品の授与とともに当寺からの花束も準備しています。当寺では今までにも功績のあった総代の方々を申請して何人も本山表彰したことがありますが、実は婦人会関係の表彰は今回が初めてです。本当は、女性方が頑張ってくれているからこそ男達も頑張れているのですがねぇ。

《親》はやはり大切な人です
2019/05/13
昨日は「母の日」でしたので、4人の親の中で唯一存命である義母に鉢植えを贈りました。花の好きな義母からの要望で以前はテッセンを贈っていたこともありましたが、最近は毎年出る新種の紫陽花になり、それが今年は真っ赤なアンスリュームになりました。その鉢植えが花店に依頼した次の日に着いたとのこと。「母の日」を指定すると混雑するので、それがよかったのかもしれません。私たちは誰もが多くの親から命の鎖を受け継いで今ここにいるわけですが、その親も今は義母のみ。だからこそ、《大切な母》なのです。
私は7人兄姉の末っ子ですが、僧侶の資格を取るために京都住まいをしていた2年間以外はずっと鳥取におり、地震と大火による罹災で両親が苦労したことも知っていましたので、少ないバイト代の中から親にお年玉を渡していましたが、毎年のように母から「初めて子どもからお年玉を貰った」と言われたことを思い出します。小学生の時には貯めていたお小遣いで母に草履を贈ったこともあったのですがねぇ。自分が歳を取るほど親も歳を取っていくわけですが、それでもやはり《親》は大切な人。いつまでも元気でいてほしいものですね。
(今日の写真は、紫蘭の葉の横でそっと咲いている一寸アヤメです)

門推会報への思い
2019/05/12
先日、教務所から組長を通して山陰門推会報『ともしび』への寄稿を依頼されました。第9期と10期の事務局をしていたからだと思っていますが、指示内容は《僧侶側からの思い》とのこと。そのため、今までの会報では運営側の苦労や受講した人の喜び等が殆どですが、私は講義をする者としての心構えを自戒を込めて書くことにしました。会報の内容としては適さないかもしれませんが、連研の講義だけでなく普段の一口法話においても「《正しく、分かりやすく》伝えることが大切」だと思っていますから。もっとも、「言うは易く、行なうは難し」との言葉をいつも実感しているのが現状ですが・・・。
ところで、季節はどんどんと初夏に向かって歩んでいます。牡丹園での感動に浸っている間に、境内の草花も様相を変えています。薄紫の都忘れや一寸アヤメの姿が消え、代わりに強い春の陽を浴びて急激に花芽を伸ばした君子蘭がオレンジ色の花を咲かせていますし、アメリカミズキもピンク色の花を付けています。また、今朝は朝日に当る所に鉢を出していた山ウツギが真っ赤な花を付けていました。庭はもうすっかり《初夏》なのですね。

勉強しない人間でも、成長を信じ続けたい
2019/05/11
大津市の悲しい事故があったのに、また母子が横断歩道ではねられる事故が起きました。芸能人による覚醒剤に続いて今回はキャリア官僚による覚醒剤使用(しかも職場で)など、どうして人間はそれらを『他山の石』として自らに生かすことが出来ないのでしょうか。しかし、そんな暗いニュースの中でも心あたたまるニュースがありました。
与那国島に住む伯父の葬儀に行こうとしていた沖縄の高校生が財布と航空券をなくして途方に暮れていた時、その理由を聞いた人が名前も言わずに6万円を渡してくれた、ということです。その人は周りから「だまされている」と言われたそうですが、その高校生が「是非ともお礼がしたい」と探していることを知って「信じてよかった」と涙を流したとのこと。飛行機に間に合わないことから名前も言わず、また高校生も慌てていて名前を聞かなかったそうですが、人の温かさを知った高校生も信じた人に裏切られなかったその医師も、きっといつまでも「人の心の素晴らしさ」を信じ続けることでしょうが、私たちも人の心の温かさと人間の成長を信じ続けたいものです。
(牡丹園の写真は今日で最後にします)

最後の仕上げは《愛情》という調味料なのに・・・
2019/05/10
昨日は面白い番組がありました。「同じ長さの板に溝を付けた場合、直線と凹凸のあるものとではどちらが早いか」というものです。答は「凹凸があれば直線よりも距離的は当然長くなるが、凹凸のある方が時間的には早い」ということでしたが、私が《面白い》と感じたのはその結果ではなく、その結果に対する理系と文系の学生の相対する感想です。理系は理系らしく「力学で考えれば当然の結果だ」と言ったのに対して文系は「『急がば回れ』だな」「苦労した人ほど最後は成功するということか」という感想に惹かれたからですが、このことは理系と文系の特徴をよく示しているように思います。「国語は分かりやすいことを難しく教える教科」だと言われますし、そのことを否定することが出来ない部分も確かにあります。しかし、「理系は『手順が正しければ、必ず答は導かれる』とよく言われるが、『答が出ない』ということが答になることもある」と話してくれた先生もいました。
よく「料理の最後の仕上げは《愛情》という調味料」というセリフを聞きますが、これは「人と人とのつながりには目に見えないものが存在している」ということを象徴的に表わした言葉ですが、最近の世の中は《人》が存在せず、まるで《同じ味しかしない料理》に思えてくるのはどうしてでしょうか?

機械依存の前に「自分の頭で考える」ことを指導してほしい
2019/05/09
15年程前に購入していた紙折機の調子が悪くなったので昨年2代目を購入しました。これはB4版を折ってから更に3つ折りが出来る上にミシン目を作る装置の設置も可能ですが、連休前に使おうとしたところどうしても作動しません。結局はパネル部分の不良とのことで修理をしてもらうことになりましたが、機械は必要な時に不良状態になることが多いように思います。もっとも、普段は気にもしていないくせに使う時は突然のことが殆どですから、それも仕方ないことでしょうが・・・。しかし、AIやPCなど機械に頼ることが多い昨今ですから、何かの拍子に機械の調子が狂えば社会はパニックに陥ります。昨日も搭乗整理券の処理機不良で混乱に陥った空港がありましたし、昨年はATMの故障で大混乱に陥った金融もありました。
ところで、最近は殆どの小・中学校で紙の辞書から電子辞書に変えたため、子ども達はまったく辞書が引けないそうです。自分の知りたいものが、アルファベットや50音順から今見ているページの前か後を瞬時に判断できないのが原因だそうですが、やはり子どもの成長の過程で最初は「自分の頭で考える」ことを指導してほしいものですね。

「言葉は《言霊》」を忘れている?
2019/05/08
「『この味がいいね』と言ったから7月6日はサラダ記念日」とベストセラーにもなった俵万智の短歌集です。続編も持っていますが、やはり第一作は強烈な印象でした。国語の高校教師だったこともあり、何年間も生徒に短歌の課題を出して《大伴家持大賞》に応募して、中には学生の部の大賞を取った生徒や佳作になった生徒もいましたが、ほんの少しだけ言葉や語順を入れ替えるだけでガラリと変わる歌に彼らの若々しい感性をすばらしく感じたものでした。
最近は芸能人に俳句を作らせる番組に人気がありますが、時として子規や虚子らの時代とはまったく違う《新しい感性》に触れる作品に出会うことがあります。「言葉には《言霊》がある」ということをつくづくと感じさせる夏井先生の辛口批評にも納得しますが、同じ《辛口批評》が私たちの法話にも言えると思います。こ難しい法語を重ねた話よりもその人その人に合わせた話の方が心に伝わる、という当り前のことを釈尊が数千年も前にしておられたのに忘れてしまっている今(自分も含めて)の私たち。そう言えば、「専門用語を使わないとプロではない」と考えている《頭でっかち》の医者や盛んにカタカナ語を使いまくって《賢ぶっている》いる政治家もいますよね。
(今日の写真も牡丹園の一場面です)

唯一の休みは牡丹で堪能しました
2019/05/07
長~い連休も昨日でやっと終わって今日からまた仕事に行く人もあるでしょうが、くれぐれも疲れを残さないようにしてほしいものです。目に見えない疲れは気持ちの切り替えにも影響を与えますからね。私は昨日は久し振りに何もない日になりましたので、いつも裏で支えてくれている坊守へ感謝を込めて一緒に境港まで牡丹園を見に行きました。「一体何万本あるのか」と思うほど広大な庭園に咲いている牡丹群に圧倒されましたが、よく見ると中に芍薬もありました。そして、帰途に見た畑では菜の花が一面を覆っていて、正に《黄色の絨毯》でした。
ところで、先日はご法事の後でご門徒から「坊守ってどういう意味ですか」と聞かれました。その時は「住職が活動できるのも、裏で寺を支えてくれる人があってのことです。ですから、私たちは妻のことを《寺を守る人》と言う意味で《坊守》と呼ぶのです」と答えましたが、「私たちからすれば当然分かっている言葉でも、ご門徒にしてみれば?がつく言葉なのだ」ということを、改めて知らされました。だからこそ、普段の法話においても難解な言葉を使って話すのではなく、出来るだけ平易な言葉を使うことに心がけなければならない私たちです。(今日からしばらくは牡丹園の写真が続きます)

綺麗な花の後は、必ず《お礼》をしないと・・・
2019/05/05
10連休も明日で終わりますが、休んだ人も働かざるを得なかった人も体調の方はいかがでしょうか。少しずつたまった疲れは一度に表に出てきますから、くれぐれも気を付けてくださいね。
ところで、当寺の君子蘭について以前に「7鉢の中で1鉢しか蕾がついていない」と書きましたが、今朝確認すると、なんとあと2鉢の株に蕾が隠れていました。と言っても1鉢はまだ葉の奥に頭を覗かせている程度ですが、それでも鉢を3つ並べているとまるで《ダンゴ3兄弟》かと思えるほどの姿です。夕べはチューリップと白の牡丹の茎を切ってから鉢を公孫樹の下(朝日の当る所)に置いてやりましたが、花が終わったものには必ず後で《お礼肥》をしてやらないといけません。牡丹は他にも何ケ所か地に植えてありますので、それにもやる必要があります。去年はそれを怠っていたせいか、咲いてくれませんでしたから・・・。さぁ、連休が終わっても何かと忙しいことです。

連休は疲れを生むだけかも・・・
2019/05/04
長い連休も中日を超えましたが、仙台の市場では普段は開けない祝日(3日)をオープンしたとか。何でも「折角料理店が開けているのに、材料がなくなれば困るだろう」という理由ですが、このように、大騒ぎの陰で支えてくれている人たちがいることを忘れてはいけませんよね。今まででも「GWの後は疲れだけが残った」と言う人が多いと聞きますが、過去に例のない10連休の今年ははどうでしょうかねぇ。外では朝晩の気温差があるとはいえ日中は暖かい陽をあびて、雑草が伸びています。連休前には裏庭の草を抜きましたが、境内の隅では笹が新芽を出していますし、他の場所では三つ葉も伸びています。これ以上伸びると大変ですので、個人的には休みのない《連休》ですが、時間の余裕を見ながら(体調に気を付けながら)動かないと駄目なようです。今は少し疲れ気味ですが・・・。

鳥取道の開通を待つ
2019/05/03
今日は『憲法記念日』です。新天皇の継承式では女性皇族が参列できない中でただ1人片山議員が列席していたことに「どうして?」と疑義を称えた人も多かったとのこと。確かに肝心の新皇后である雅子妃が列席できない中での参列ですから、『皇室典範』ではどうなっているのか疑問です。
それはそうと、市内の車が少ないことに驚いています。今まで走っていたものが殆ど郊外に出ているからでしょうが、昨日は倉吉に出張されていた石材店の方が「青谷を下りてからがすごい渋滞でしたよ」と言っておられました。確かに西部から鳥取市内に入るにはこのルートか鹿野から吉岡温泉を通って来るルートしかありませんから渋滞するのは当然でしょうし、特にこのルートは白兎海岸に続くものですから、特に夏場は大変です。青谷~市内の《鳥取道》の開通までもう少しですが、寺院関係の仕事で時々松江まで行っていた者からすれば、早く開通してほしいと切実に感じています。
待つ下にある牡丹は昨秋に枝を短く切ったので、今年は1輪しか咲きませんでした。去年は10輪近く咲いたのですがねぇ。

HRに《令和1号》と叫ぶのはどうかと・・・
2019/05/02

昨日の放送はテレビもラジオも1日中新天皇の即位が中心の番組でした。もっとも、ご法事を勤めていたので肝心なところは見ていませんが、それが終わったとたんに野球放送に切り替わり、「令和第1号のHRです!」とアナウンサーが叫んでいました。結婚届や新しい命の誕生に《令和初》と報道するのはほほえましいものもありますが、「野球まで《令和1号》を持ち出すのは行き過ぎではないか」と感ずるのは、私がその球団に対する《アンチ》だからかもしれませんがね。
ところで、何かがある度に訳も分からず飛びついて大騒ぎをするのは今に始まったことではありませんが、そのものの理由や起源を考えず「流行に負けまい」として飛ついて大騒ぎする日本人の姿(仮装してはしゃぐ都知事の姿は特に)にはうんざりします。今回の退位と継承によって生じた10連休の陰には、それでも仕事を休めない人もいれば反対に連休中は仕事がなくて困っている人もあるということは新聞にも載っていますが、残念ながら片隅に小さく扱われているだけです。釈尊の説かれた《縁起》では「自分の存在には必ず他の存在があり、それが存在しなければ自分も存在しない」とありますが、10連休を楽しめるのもそれを裏で支えてくれる人があってのことだということを知ることも大切ではないでしょうか。
(境内の白牡丹が最後のあでやかさを見せています)


今日から元号が新しくなります
2019/05/01
いよいよ新緑のまぶしい5月になりました。そして、元号も《令和》になり、天皇が上皇に、皇太子が新天皇になられました。しかし、夕べの退位式での天皇(上皇)は立ちっぱなしであり、少し体力的に辛そうに感じられました。これからはお二人ともゆっくりとご自分の趣味に時間を使ってほしいものです。
昨日は御葬儀を勤めましたが、その人は私が30年前に国語の授業をしたクラスの生徒でした。私にとっては「30年前」ですが、彼女にとっては高校生から社会人に、そして愛する人と出会って家庭を持ち、子どもに恵まれて母として過ごす時間です。その意味ではこの30年も1日1日の積み重ねの連続であり、その時間も1人でなく家族全員で作り上げたものであることは否定できません。還骨のお勤めの後でそのようなことを話して「皆で作り上げた生活にはこの方が生き続いています。そのことを忘れず、その人が残してくれた思い出を大切にしてください」と言いましたが、やはり大切な人との別れは(私も経験していますから)辛いものがありますね・・・。
「風に吹かれて泳ぐ」とはなっていない鯉上りですが、5月のスタートに合わせてここに載せました。

4月
平成も今日で終わりです
2019/04/30
いよいよ今日の午前0時をもって平成が終わります。昨日のインタビューで古老が「戦争がなくてよかった」と言っていましたが、確かに昭和という時代は戦争と切り離せない時代でした。かく言う私も昭和22・23年生まれの《ベビーブーム》第一派であり、教室どころか学校自体が不足して一時的に新しい学校が建てられたことがあったほどでした。何しろ私の高校時代は1クラス平均52名でそれが15クラスもあったのですから、1学年で850名という今では想像もつかない時代であり、その高校時代に戦後日本の復興を世界に知らしめる東京オリンピックがあったのです。その後は大阪万博や沖縄の花博等次々と世界的なイベントがありましたが、その成功には敗戦後の復興を目指して必死に働いてきた先達の存在が大きかった時代でした。子ども達もそれぞれが歳をとって《ベビーブーム》から《団塊の世代》という表現に変わりましたが、やはり《昭和》は《戦後復興》という言葉と切っても切り離せない時代だったと思います。もっとも、その経済の復興という目的が違う道をたどり始めたためにバブルに踊らされた人々も登場した昭和でしたが、次の《平成》の30年間は(確かに多くの自然災害の発生も否定出来ませんが)古老の言葉のように戦争という暗い影がまったくちらつかない時代であったとも言えるでしょう。現在は韓国を初めとして国際間でギクシャクしていますが、明日からの《令和》はその字のごとく「心落ち着かせ、穏やかで和やか」な時代になってほしいものです。
両陛下も本当にお疲れ様でした。明日からはどうぞおふたりの静かな時間をお過ごしください。

GWは逆に忙しいのが寺院です
2019/04/29
今年のGWは10連休ですが、寺院は以前にも書いたように職業分類上は《サービス業》ですので、殆ど休みがありません。しかも今年は気温が乱高下していますので、せっかく仕舞おうと思っていたストーブもまだ本堂に出しています。定例組会の時(26日)は暑くて暖房を切ったほどでしたが、翌日から気温が下がったので法務中は暖房が必要不可欠です。こんな状態ですから体調も上手く切り替えが出来ず、今朝は肩コリと頭痛で困っています。何とか法務が始まるまでには治ってほしいものですが・・・。
夕べは5月用の掲示板を書き終えましたが、『独り言』用に撮っていた写真が少なくなっているので、これを書き終わったら庭を回って被写体を探してきます。
しかし、昨日の街中は驚くほど車が少なくなっていました。時間によっては横道に出るのも苦労するほどに走っていた車でしたが、どこに行ったのでしょうね。もっとも、市内を走る側としてはありがたいことですが・・・。
(昨日の写真は新芽が伸びているテッセンにしました。小さな蕾がいくつもついています。そして今日は窓辺の風景です)

納骨堂の入口のドアを改修しました
2019/04/28
連休に入る前に、当寺の納骨堂入口のドアを修理してもらいました。納骨堂は6mまで掘り下げて造った地下(2階)形式であり、お参りは建物の中で出来るので雨に打たれる心配もないのですが、完成が平成16年8月ですから既に15年近く経ったことになります。そのため、左右に開く入口のドアは上部のチェーンが錆びて重く感じられるようになったので、今回ドアを外して改修してもらい、お蔭でまた軽くなりました。
それ以前には、鳥取大火による強制的な墓地移転によって出てきた無縁の遺骨等を安置するために造られた古い納骨堂がありましたが、コンクリート製のために中は湿気もひどいし安置できる量も少ないものでした。しかし、幸いにご門徒の中に今の形式の意匠登録を持つ方がおられたので、我々の時に思い切って大改修をしたものです。地下形式は地上に建てるものの倍近い金額がかかることもその時に知りましたが、費用はまったく寄付を募ることをせずにすべてお寺の基金(お預かりしていた御布施などを貯金していた)でまかないました。「ご法義や本堂のこと以外は、出来るだけご門徒には迷惑をかけたくない」というのが当寺の考えですし、昨年末に完成した第2駐車場とともに、ご門徒達の「よかった」「ありがたい」という言葉が何よりのものですから・・・。

10連休でも働かれる方々、本当にお疲れ様です
2019/04/27
昨日は鳥取因幡組の各組織における1年間の行事と会計に関する報告及び検討の会が持たれ、大きな異議もなく殆どが承認されました。もっとも連続研修だけは今年1年が準備期間(運営は執行部)のため、行事予定も立っていなくて報告が出来ませんでした。私は今回の会議で書記に任命されたため、その後に持たれた交流会が済んだ後の夜中に必死で纏めました。殆ど「異議なし」であったとは言っても意見や要望も何点か出ているので、それを書き留めて纏めるのが大変である上に議事録署名人(2名)の押印も取らなければなりませんから、この連休中は法務もあって多忙の日々です。
そう言えば、お寺って《職業分類》から言えば何故か「サービス業」に当るらしいですね。だから、お寺は人が休みの時が反対に忙しいのでしょうかねぇ。世間では大勢の人たちが浮かれているこの10連休ですが、その中を休まずに仕事に従事している方々もおられますし、だからこそ生活も支障なく回っていきます。そのような人たちに心から「お疲れ様」とお伝えすることです。

人の心の弱さにつけ込む人たちの存在
2019/04/26
昨日は満中陰と納骨を霧雨の中に勤めさせていただきましたが、このお墓は数年前にご主人が建立されたものでした。しかし、その方が亡くなられて遺骨を納める時、奥様は事前に作業を依頼した某石材店から「墓が傾いている」とか「安物の石で表面がはげてきている」とか言われ、最後には「洋墓に家名を縦で書くとは何ごとか」と怒られて「やり直しなさい」と言われたとのこと。そのことを聞いて「そんなことはないし、折角ご主人が建てられたものを直す必要はない」と言いましたが、結局は仕方なく直されたそうです。最近は老後の生活資金に不安を持っている人の弱みにつけ込んで儲け話を持ちかける建築関係や詐欺師が横行していますが、このお墓のことも同じでしょう。やはり人の心は弱いものですから、お墓の善し悪しを言われれば、たとえ頭では分かっていてもそのままにすることが出来なくなったのは仕方のないことですしそれを非難もしません。「友引には葬儀を出すな」とか「49日が3ケ月にまたがるといけない」ということも同じことで、すべては《死》を不浄なものとする気持ちから生まれたもの(似たようなものに『清めの塩』もあります)でしょうから・・・。ただ、そのように弱っている人の心につけ込むことは、絶対に否定したいものです。

《鉄腕アトム》の世界も近い・・・かも
2019/04/25
『バック トゥ ザ フューチャーⅡ』の中で空を飛ぶ車が出ていましたが、それも夢ではないことを思わせる番組が今朝のNHKでありました。空中に浮かんで回転も可能なバイク型の乗り物が放映されたのです。「来年末には実用させる」との指針が出ているそうですが、世界では既に人間を乗せたドローン型飛行物体があるそうですし、人間型ロボットも登場している現在ですから、いよいよ《鉄腕アトム》の世界が実現されそうです。また、「脳から出ている電気信号(パルス)を読み取って言語化することに成功した」という発表がイギリスの科学雑誌に載ったそうですから、これが実用化されればプラ板を使って1文字ずつ目で伝えることから大きく飛躍し、患者との意思疎通が可能になることでしょう。
科学では解明できないものも確かに存在しますが、それでもやはり科学の発達が人間生活を高めることは否定できないようです。

『平成』も残すところ6日ですね
2019/04/24
昨日の午前中にやっと半日掛けて裏庭の草取りをしましたが、その後はずっと脇腹から腰にかけて痛みがあり、意識的に背筋を伸ばす動作を続けていましたが、今朝も着替えでは一苦労しました。やはり《若いつもり》ではダメですね。それでも、目に付いていた草を取り去ってスッキリした庭を見ていると、何かホッとすることです。ついでに裏庭に咲いているボタンの花の数を調べましたが、なんと8輪もありました。もっとも、今朝の雨の重みで下を向いているのが残念です。
昨日は両陛下が昭和天皇墓へ退位の奉告に参拝された姿がニュースで流れましたが、もう『平成』も6日間だけなのですね。でも、年間の会計予算案や行事案の書類作成をしなければならない者にとっては標記を「平成31年度」とするのか「令和元年度」とするのかが悩みの種です。先日あった組の代表者連絡会議の時にもその話が出たので「公文書では、4月末までに作成される書類は『平成』を使うようにとの指示が出ているそうです」と言いましたが、結果は「年度と言ってもわずか1ケ月が引っかかるだけだから、『令和元年度』でいい」とのこと。世間では「平成最後」だといって大騒ぎしていますが、その前にもっと必要なことがあるように感じているのですがねぇ。

自然は初夏に移ろうとしています
2019/04/23
庭の植木鉢を見る度に「早く手入れをしないと・・・」と思うのですが、あと一歩踏み出せません。さすがに駐車場は皆さんが使われる所のため、草が伸びているのはダメというとで夕べ除草をしましたが、裏庭に手が出ません。カーテンを上げる度に気にはなっているのですが・・・。いつもでしたらすぐに動いたのですが、どうも最近は心と体が一つになりません。
ところで、裏庭の牡丹は昨日の写真で分かるように真っ赤に開きましたが、本堂前に出した鉢植えでは逆に真っ白な牡丹が開きました。これで蕾で残っている牡丹はあと2本ですが、それはまだ硬いようですので、まだ1週間先になるかもしれませんね。椿から牡丹に変わって境内では霧島ツツジの時期が来ていますし、遊歩道ではブンゴツツジが咲こうとしています。季節は春から初夏に移り変わろうとしているのでしょう。平成も残すところ1週間ですが、令和になると同時に季節も初夏としてスタートかもしれませんね。

仏婦研修会も探究心の現われかも・・・
2019/04/22
昨日は連研の補講がありましたが、当寺のご門は都合が悪くて私の方で講習をしました。と言っても、当寺では毎月仏教婦人会研修会を実施しており、読経と讃歌の後で住職が法話(講話)もしています。4月では《花まつり》にかけて「仏婦の讃歌はどうして『アソカの園』なのか」とか「なぜ花まつりでは白象に乗った釈迦像に甘茶をかけるのか」「釈尊が誕生したときに7歩歩いたことの意味は」等を講話しました。毎月ある研修会でしかも講師が同じ人物ですから(連研は月毎にテーマと講師が変わります)このように内容にも融通が利きます。数年前には『正信偈』について(1年かけて)解説をしましたし、仏婦の組織と九条武子との関係も説明をしたこともありました。そんなことがあったので、今回の講話で『アソカの園』が九条武子と大いに関係があることもすんなり(?)と伝わったように思います。
人は「一生が勉強」だと思っていますし、「疑問が次の知識を生む」とも思っています。逆に言えば、「《なぜ?》をなくしたら進歩も発展も生まれない」と言えるのかもしれません。その意味で言えば、ブラックホールの撮影もガップ麺の発明も、人間の飽くなき探究心から生まれたものと言えるでしょうね。
(牡丹がとうとう開きましたよ)

植物に見る《栄枯盛衰》
2019/04/21
朝起きると先ず第一に室内のカーテンを上げますが、本堂裏に咲いているイチハツと一緒に目に入るのが梅の木の下にある牡丹です。今までも「蕾が膨らんできた」などと書きましたが、昨日あたりから蕾の先がピンク色の頭を覗かせています。ここ数日で3輪とも満開になるでしょうが、肝心の山門横にある深紅の牡丹は今少し硬いようです。しかし、今朝は泰山木の陰に置いているエビネ蘭が咲いているのに気が付きました。この苗も10年以上前に戴いたものを株分けして育てたものですが、殆どが絶えてしまって今はこの苗しか残っていません。その他にもここ40年の間に絶えてしまったものも多く、《夏椿》や《木槿》の木ものの他にも《紫式部》や《十二単》等の花ものもありますが、青葉若葉が芽吹く頃だからこそ、植物の《栄枯盛衰》に一層の寂しさを感ずることです。

いろいろなものが次の段階に進んでいきます
2019/04/20
娘から『父の日』に貰った紫陽花が数種類ありますが、昨年にそれを挿し木た中の何本かが根付きました。しかし、プランターに挿している苗は「春の陽は強い」と言われる陽光を受けて萎れています。そのために今朝早く水を撒きましたが、見ると土が少なくなっています。多分土が締められてたきからでしょうが、このままでは根付いた苗がケンカをしてしまいますので、早く地に下ろしてやらないといけないようです。しかし、もともと境内には移植できるスペースがありません。そうなると、やはり植木鉢でしょうかねぇ。
今朝は牡丹の蕾がピンク色を際立たせています。開花するまでそんなにはかからないでしょう。4月も残り10日。両陛下の天照大神への《退位》奉告も終わり、いよいよ《令和》へカウントダウンです。

もっと含蓄あるやりとりがほしい
2019/04/19
昨日は気温が高くて法務中に汗をかくほどでしたが、今朝は肌寒く、折角脱いだカーディガンをまた取り出しました。早朝から寺報の宅配を依頼しているお宅に配って回りましたが、天気予報によると昨日よりも最高気温が8度も下がるそうです。身体がついていかないのも当然ですね。
ところで、夕べはTV番組で高校生と芸能人との俳句対決を見ていましたが、最初の俳句に違和感が・・・。「《運命》にカッコをつけると固定されてしまうが、カッコがなければ《人々の運命》までも奥底に含んでくるから、ここは無い方が深みがある」と自分なりに批評したのですが、よく考えると最近のメディアには枠にはまった回答が多いように感じます。やはり時間内に結論を出さないといけないからなのでしょうかねぇ。もっと含蓄のある言葉のやりとりがほしいと思うのは、こちらが狭いのでしょうか?(落語の《オチ》など、日本には昔から含蓄のあるやりとりがあるのですが・・・)

イチハツが開きました
2019/04/18

「3日見ぬ間の桜かな」という言葉があります。昨日の『独り言』で「もうすぐイチハツが咲きそうです」と書きましたが、今朝は10本近くが開いています。納骨堂の解錠のついでに早速数本を切ってきましたので、これから玄関に活けることにします。活け花を始めた頃に「菖蒲中高、アヤメ中低、イチハツ3下がり」と教わったように3種類の花の特徴は覚えていますが、問題は《葉組み》です。葉には必ず爪の方向に違いがありますので、適当に組み合わせることは出来ません。ですから取ってきた葉が少なければ上手く組めなくて苦労しますが、それもまた楽しいことです。明日はもっと多くのイチハツが咲くことでしょうが、残念なことはそこが野良猫の休憩地になっていて、何本も折れていることです。猫を追い立てることも出来ず、「あちらを立てればこちらが立たず」的状況ですね。(写真は昨日の様子です)
そういえば、室外に出してやったクリーム色の君子蘭がぐったりしています。もう一度室内に戻すべきか悩んでいる今朝です。


やっとチューリップが開きました
2019/04/17
学校も会社もスタートをしている4月半ばですが、桜も若葉の中に花びらが残っているという状態になりました。そして、境内では昨冬に植えたチューリップがやっと開花しました。《春》から連想される花の一つであるチューリップはオランダが有名ですが、鳥取でも花回廊を初めとしてあちこちで一気に咲いている光景を目にします。赤・黄・白と色とりどりの花が咲いている光景に比して境内はプランターですから少し寂しい感がありますが、それでも咲いている花を見ると楽しいものです。ただ残念なのは、冬の間屋内に入れていた君子蘭には蕾が見えていないことです。裏に置いた1鉢だけは蕾が付いていますが、クリーム色の君子蘭は他のものと違って葉も弱々しくて心配です。でも、イチハツも牡丹も蕾が膨らんで咲く時を今か今かと待っている状態ですので、今月はいろいろな花の写真が載せられると思います。

ノートルダム寺院の尖塔が火災で崩落しました
2019/04/16
バリのノートルダム寺院といえばすぐに『ノートルダムのせむし男』と出てくるほど有名な作品の舞台になっている寺院で、既にユネスコの指定も受けていますが、その寺院が火災で崩れ落ちたとのこと。時間指定をしているラジオがONになったとたんに聞えてきたニュースで伝えていましたが、「えっ?何?」という状態でした。パリは別名《花の都》《芸術の町》と呼ばれ、かつては芸術家を志した多くの若者達があこがれを抱いて渡り、そして多くの者が失望のうちに離れていった町としても知られていますが、同時に凱旋門や美術館等でも有名です。そのルーブル美術館を題材にした作品を初めとして『父の暦』等でフランスでは数多くの賞を受けた谷口ジロー氏は、実は鳥取市の生まれなのです。
鳥取には中部の青山剛昌氏(『名探偵コナン』)と西部の水木しげる氏(『ゲゲゲの鬼太郎』)が世界中に知られていますが、鳥取市にも素晴らしい漫画家がいることは、残念ながらあまり知られていません。何年も前に岩美高校の図書主任をしていたことがあり、その時《谷口ジロー全作品》というコーナーを設けたことがありましたが、その時もあまり生徒達には受けませんでしたね。

《聖徳太子》って、夢でしたね
2019/04/15

突然に新らしい貨幣を作るというニュースが出ましたが、[84㎜×174㎜→76㎜×160㎜]という数字が何を表わしているか分かりますか?実は、旧1万円札が新しい1万円札になった時の大きさです。縦が8㎜ですからそれほどには感じませんが、横幅が14㎜も短くなっています。つまり、現在の財布には旧札は入りきらないということです。そして、この旧札の図柄が《聖徳太子》であったことから「聖徳太子で」と言えば「オッー」と感動されるほどでした。しかし、ただ単にサイズが大きいだけでなく、それが使われていた時代は「月給13800円」というような歌が流行るほどでしかも当時は現金支給でしたから、給料袋に入っているお金はわずか数枚のお札だけという時代でした。でも、いくら薄っぺらな給料袋でも、それを受け取るためにどれほど頑張ってきたか!そんな時代に《聖徳太子》というお札がどれほど感動を与えたかは想像に難くないでしょうし、実際に私の初任給も13000円程度でしたから、《聖徳太子》のお札を受け取ることは夢でした。だからこそ、それが新札に変わったときには感動よりもガッカリした気持ちがあったことは否定しませんし、今でも記念に大切にしています。たかが1枚のお札でも、それを手に入れるためにどれほど頑張ってきたかが分からない人には、きっと一生かかっても伝わらないでしょうね。


視点が自分にあるポスター
2019/04/14

先日の報道であった『げんしりょくむら』のポスターは、確かに問題があります。「若者の興味を引くように」との意向で使われた漫画チックな図柄でしたが、普段ならそれほど問題もなかったかもしれません。しかし、まだ原発事故から8年しか経っていない上に突然に自宅も仕事も奪われて仕舞った人たちが大勢いるという現状をまったく考えていない内容です。だからこそ「ふざけている」
とか「被災者の気持ちを逆なでしている」と非難を浴びたのでしょうし、それも当然だと思います。当事者はいい考えだと思ったかもしれませんが、結局は《自分目線》の考えであって、そこには《相手》が存在していませんから・・・。まるでどこかの道路の建設確認調査を「私が忖度した」と自慢げに言った国会議員と同じで、常に《自分が一番》という姿勢から逃れられないのでしょう。
それに対して浄土真宗は《同朋》という言葉を大切にしていますが、これは親鸞聖人自身が「我は煩悩の塊であり、凡夫である」として「我は師に非ざれば、弟子1人も持たず」と言われたことに起因しています。「私たちは誰でも1人では生きられず、必ず誰かの支えを受けて『生きさせてもらっている』のだ」ということから、聖人は「有り難うございます」「お陰さま」という感謝の心を大切にすることを一生の支えにされ、その姿を今に至るまで受け継いでいるのですが、常に自分が視点の中心にいるのは、人間の傲慢さでしょうか。
(ただし、この2人の子どもは無視しあっているのではありませんからね)


桜木は若葉になっていきますが・・・
2019/04/13
少しでも風が吹くと舞い散る桜。そして、薄ピンクの中に姿を現わす薄緑の小さな葉。これを見ていると、桜の木々も学校と同じように新入生の登場なのでしょう。でも、4月末には葉が勢力を持ってくるように新入生達も少しずつ環境に慣れてくるのでしょうが、友達が出来ると同時に《グループ》が生まれます。最も小さい社会が家庭だと言われて学校はその次になりますが、家庭と学校との違いは関係する者が他者であることでしょう。小学1年生にとってはそれこそ『未知との遭遇』かもしれませんが、それを《初めての経験》にさせないのが保育園や幼稚園かもしれません。しかし、政府は《無償化》を旗印にしていますが未認可の園には支援がなく、保護者がいくら志望する園に子どもを入れたくても定員オーバーで断られる現状。桜木は一斉に若葉になっていきますが、いくら「成長には時間差がある」とは言っても、大人の都合で子ども達が《若葉》になる時期に差が生まれるのはどうなのでしょうか。
境内では白ドウダンツツジが可愛い花を付けています。まるで新1年生が並んでいるようです。

無縁墓が増えていく・・・
2019/04/12
昔は墓地と言えば寺院の管理墓地と市営墓地か地元の2~3ケ所でしたが、現在は寺院の管理でも墓地や納骨堂がありますし、市営墓地でも5ケ所(八坂には4ケ所)あり、その他にも丸山や美萩野等にも墓地があります。また、中には本廟に祖壇納骨されたお宅もあります。自分の代に納骨されたお宅ならば大体は頭に入っているつもりですが、それでも年月が経つとウロウロッとすることもあります。そのために近年では過去帳に納骨場所も記載するようにしていますが、本山発行の過去帳にはそのような欄は作ってありませんから、独自の形式にして記録していますが・・・。その中で、近年の特徴として《墓じまい》が多いことに気づきます。「年を取ってお墓まで歩けない」とか「若い者が県外にいて、守ってくれる者がいない」などの理由がほとんどですが、それでも連絡が可能な家はまだいい方です。最近は転宅はもちろん住所名が変わっても通知が来ない場合が多く、そのために連絡が取れなくなっていくお宅が増えてきました。そうなると、次に起るのは《無縁墓》です。いくら墓地に連絡依頼の札を出しても、お参りに来られないなら伝わりません。本廟にも何軒か紙が貼ってありましたが、「自分の命は先祖からの《いのちの鎖》を受け継いでいてこそ」という当り前のことが伝わっていないからなのでしょうか?寂しいことです。

視線を上げて発言しない議員の姿に失望
2019/04/11
昨日は連研の会計監査をしていただき、署名・捺印ももらいました。これで後は印刷をして連絡協議会(本日)と組会に提出できます。もっとも、これらの資料作成にかかる印刷代等は後日の請求になりますので、次期繰越金から支払いをしてもらうことになりますが・・・。
やっとと言うべきか、桜田五輪担当大臣が辞任しました。数々の失言がありながら擁護してきた総理もさすがに「復興よりも議員の方が大切」と言い切った今回の発言に危機感を抱いたからでしょうが、もっと根本的な問題は《原稿を読むだけ》の姿勢だと思います。日本の閣僚に言えることですが、事務官が作った原稿をただ《読む》だけの国会討論に興味も関心もなくなるのみならず、馬鹿馬鹿しくさえなります。たまに視線を上げたかと思うと興奮して支離滅裂にがなり立てるだけのこともあり、それが原因で《忖度》問題も起きているのに、桜田議員は相変わらず原稿を見るだけだから「石巻」を「いしまき」と何度も間違えたり、「国後、択捉」が読めなくて国会が紛糾した大臣もいたりするのでしょう。どうして日本の国会議員は自分の頭で考え、自分の意見として発言できないのでしょうねぇ。学校では「自分の言葉で、自分の意見を言いなさい」と指導しているのに・・・。

スピード重視で失われていくもの
2019/04/10
「君の名は」と言えばすぐに出てくるのが大ヒットしたアニメですが、実は同じ名前のラジオドラマが昭和27年の今日4月10日からNHKで始まりました。今で言えば《朝ドラ》でしょうが、当時はまだラジオ全盛期ですから《ラジオドラマ》です。そして、「番組が始まると(銭湯の)女湯が空になった」とまで言われたこの作品は愛し合う男女が何故かすれ違ってしまうという設定。現在の人たちにとっては「まどろっこしい」と感ずるものでしょうが、昭和時代には派手さもなくどちらかと言えば暗いと感じられるような設定でも、名作と言われるものが多々ありました。現在再放送されている「おしん」は戦前の日本が舞台ですが、原爆による放射能を受けた女性が主人公の吉永小百合主演の「夢千代日記」はその最たる者でしょう。この温泉地は鳥取と兵庫との県境にあって今は観光客も多く賑わっていますが、かつては《湯治》を主とした温泉地だったと聞いています。
残すところ3週間で平成から令和に移り変わり、それこそ「昭和は遠くなりにけり」と言われるようになるのでしょうが、名作と言われる数々の作品にはその時代を表わす何かが彩りを添えています。PCやIT、AIなどの登場でスピード重視の時代になりましたが、その陰で大切なものが失われていくことにも気づいてほしいことです。

境内の花々も《席替え》です
2019/04/09
土日が満開だった桜も少しずつ葉桜に変わりつつあります。今朝も境内の周囲で草花の写真を撮ってきましたが、今まで盛りだった椿から鈴蘭や水仙えドウダンツツジ等に変わり、鉢植えではチューリップも花を咲かせてきています。ただ、境内には地植えや鉢植えの牡丹が7本ありますが、その中で蕾を持っているものは4本だけだったのがガッカリです。それぞれの色が違っていることだけが幸いですが、場所が点々としているので、一度に見られないのが辛いことです。
昨日は午前中にご門徒のお宅で年回法要をさせていただき、帰り際に庭を見せてもらいました。いろいろな牡丹やバラの挿し木などがありましたが、その中の1鉢(バラ)を戴いて帰りました。芽づいたばかりのものですからまだまだ小さいものですが、夏頃には少しは伸びることでしょう。また、昨日は日本綿業に依頼していた綿のタネが届きましたので、5月には鉢植えしてやるつもりです。これも薄黄色の花が咲く夏が楽しみです。

外は《花吹雪》です
2019/04/08
昨日の総代会では行事関係や会計関係に対して無事に承認を戴きましたので、必要な箇所を訂正してからご門徒に報告します。またしばらく多忙の日が続きそうです。
ところで、昨日は午前中に布勢まで命日のお参りに行きましたが、布勢には《千本桜》と言われる桜の名所があります。教員時代に春の遠足で行ったことがありましたが、その時は既に散っていたので青葉だけしか見られませんでした。しかし、「あれだけの木々が満開になるのだから、今日はさぞかしきれいだろう」と思ったことです。そして、帰途には隣の公園から風に乗って花びらが舞い散っていましたが、その様子は本当に《花吹雪》かと思ったほどです。おそらく今週にはあちこちで《花吹雪》が見られることでしょうが、「世の中に 絶えて桜のなかりせば 春の心は のどけからまし」と詠った平安歌人(在原業平)の気持ちが何となく伝わってくることです。残念ながら私の腕ではきれいな《花吹雪》の写真が撮れませんので、せめて心のカメラに撮すだけにします。

今日は総代会の日です
2019/04/07
今日は総代会があります。昨年度の報告と次年度の案などが議題ですが、組織ならば一度は通らなければならないものであり、そのことは宗教法人である寺院でも同様です。ただ、検討を要する大きな議題がある年もあればそうでない年もありますので、会に要する時間はまちまちです。特に今年はちょうど「鳥取さくら祭り」の当日でもありますので、窓から見える桜土手の風景や花見客の喧噪に誘われないようにする必要がありますが・・・。そして、この会で承認された後は、その結果をまとめて寺報(190号)と一緒に各ご門徒に送付する準備に取りかかることになります。また、この会が終わっても毎月実施している当寺の仏婦研修会と連休後には5月のグランドゴルフ大会が待っていますので、しばらく多忙な日が続きそうです。
裏庭ではイチハツが大分伸びてきましたし、牡丹も蕾を膨らませています。そのような心躍る春の1日ですが、親鸞聖人はこの狭い穴の中でどのような気持ちで過ごされたのでしょうか?もしかすると、それも《煩悩》だと思っておられたのでしょうか?

桜を県の花にしているのは・・・
2019/04/06
当寺の前にある桜土手は満開になり、橋のたもとにある柳の緑に映えて実にきれいです。いつも思うのですが、このソメイヨシノが満開になると、遠目にはピンクではなく白っぽく見えるのですね。今日明日は「鳥取さくら祭り」で、下手にある《きなんせ広場》でもイベントがありって賑やかになります。法務には少し(と言うよりも、ひどく)うるさくて困りますが・・・。片や国会も《舌禍》の花盛りですが、同じ花盛りでも国民が楽しめないものは遠慮したいものですね。
ところでこの国花でもある桜ですが、桜を県の花にしているところが3県あることを数年前に知りました。当寺の婦人会の人たちが趣味でやっていたパッチワークを展示することになったのですが、テーマを《県花》として各自に好きな花を選んでもらい、それらを日本地図の上に貼っていくというものでした。その県花を調べるのが私の仕事でしたが、その時に桜を県の花にしている3県を知ったのです。それは京都と奈良と東京ですが、奈良は「いにしえの奈良の都の八重桜~」という歌から八重桜であり、京都は平安時代に貴族が愛でていた山桜です。そして東京がソメイヨシノですが、これは江戸時代に染井村で新しく生まれた桜の品種から命名されたものです。「桜」の下で酒盛りをするのもいいですが、ちょっと視点を変えると面白いことが見えてきますよ。

新入生諸君、入学おめでとう
2019/04/05
今までの慣習では、今日4月5日は入学式が行われる日です。そして、入学式と言えば、桜の下を歩く新しい制服に新しいランドセルを背負った子どもの姿がすぐに連想されますが、最近の子ども達のイメージはどうでしょうか。近所に子どもの姿を見かけないことが多くなった近年ですから、すぐに思いつきません。TVでは「変わった入社式」として《水中入社式》や《始球式》等いくつかが報道されていましたが、入学式ではそんな突飛なもの(卒業式では《突然の芸能人登場》などがありますが・・・)は聞いたことがありません。やはり、「子ども達にとっての新しい人生のスタート」という厳粛な思いがあるからでしょうね。それにしても、あれほど世間の話題を集めた「アルマーニの制服」はどうなったのでしょうか?青山の保護施設建設問題にしても一時はメディアも盛んに取り上げますが、新しい話題が出ればそちらに飛びついて我々には伝わってきません。まぁそれがメディアの生き残る手段なのでしょうし、「そんなことはネットでいくらでも調べられる」と言われればそれまでですが、そこにある内容が本当に正しいかどうかは疑問です。実際に、新聞にしてもインターネットにしても、真反対の内容のものや《数字の操作》的なものがありますからね。
それはともかく、「今日は入学おめでとう」という言葉で締めくくります。

平成を表わす『創作熟語』
2019/04/04
年末になると毎年「今年の10大ニュース」が発表になりますが、今年は平成最後の年ということから、いろいろな方法で平成という時代を表わそうとしています。その中で某生命保険会社が募集している『今年を表わす創作熟語』から「30年間の中で一番と思うもの」を聞いたところ、『天威無法』がトップでした。これは平成23年に起った東日本大震災をもとにしたもので、全体の26.5%という圧倒的な支持を得たものです。そして2位の阪神大震災を踏まえた『震傷膨大』や地下鉄サリン事件等を起こしたオウム真理教事件、バブル経済の崩壊、米中枢同時多発テロ、リーマン・ブラザーズの経営破綻に端を発した世界恐慌など、トップ10の中で実に半分が天災・人災を原因としたものでした。次の元号である《令和》の手話表現は「軽く閉じた指を開くことで蕾が開く様子を示す」と決まりましたが、一部の外国メディアは「令」を「order=命令、秩序」や「command=命令」等と訳したそうです。外務省は慌てて「《令和》の意味はbeautiful  harmony=美しい調和だと説明するように」と海外の日本大使館に指示したそうですが、石破茂議員も発表後に「《令》の意味が正しく国民に伝わるようにしなければいけない」と述べています。次の《令和》が是非とも《命令のもとに和する》時代にならないように、為政者は身を削って頑張ってほしいものです。
(本山の手水場のように、《国民》という龍が見張っていますからね)

明日はどら焼きの日です
2019/04/03
今まで使えなかったHPの入力が何故か可能になりましたので、それで打ち込んでいます。
ところで、ここ数日の寒さも一段と厳しかった今朝はフロントガラスが凍りつき、慌てて暖房のスイッチを入れたり水道の水を掛けたりしました。この冬には一度もなかった《放射冷却現象》ですから慌てましたが、空は透き通るような青空。これで、今日からは春に戻ることでしょう。今日は4月3日で明日は4月4日。3月3日と5月5日の間に《挟まれている》ことから、明日は『どら焼きの日』とも呼ばれています。京都などでは『三笠』と言うようですが、やはり我々には『どら焼き』のほうが耳になじんでいます。そう言えば、漫画の『ドラえもん』が一番好きなのはどら焼きでしたよね。故・藤子不二雄氏の作品で今では世界中で愛されているアニメですが、そのどら焼きも最近は少し小さくなっている感じがします。子どもの頃はもっと大きかったように思いますが、これもやはり形を変えた値上げなのでしょうね。『まんぷく』で再ブームになっているインスタントラーメンも4月1日から値上げだそうですが、小さくなったどら焼きを見たら、ドラえもんは何と言うでしょうか。

5月1日から元号が『令和』になります
2019/04/02
新しい元号が『令和』と発表された時に報道陣の中から「命令の令か」と出たそうですが、《令》には「令嬢、令息」のように「素晴らしい」という意味もあるので、《令月》とは「初春の澄み渡った空にかかるきれいな月」という意味であり、「その中を心地よく柔らかい風が吹いている」情景を詠ったものになります。なお、その後にある「梅は鏡前の粉を披く」とは「梅の花は鏡の前の白粉のように白く咲いている」ということであり、この歌のことを記した石碑が立っている太宰府の《曲水の宴》では毎年3月1日に短歌を詠む宴が持たれています。発表で『万葉集』が出典とあったのでさっそく『万葉集』の巻1から一つずつ調べ、やっと巻5ある大伴旅人が太宰府で読んだ《梅花謌》32首の序文にある「初春令月、氣淑風和」の言葉を見つけました。幸い国語の教師でしたから『万葉集』も全巻持っており、すぐに調べることが出来ましたが、日本の古典が出典となったことは嬉しい限りです。やはり《日本人》なのですねぇ。
(ところで、アナウンサーが《和歌》と言っていましたが、奈良時代は《短歌》であって、《和歌》という表現は平安期からです。念のため)

いよいよ新しい時間が始まります
2019/04/01
 いよいよ4月。今までならば4月から連想されるものは『桜』『入学式・入社式』ですが、さすがに今年だけは「新元号の発表」です。とりあえず4月1日ですから、この『独り言』も当寺前の桜土手の写真でスタートしますが・・・。
アンケートで最も多かった漢字は『永』で「災害の多かった平成だったから、今度は平穏な時がずっと続いてほしい」という気持ちだそうです。『平成』が終わる今になってやっと元号が決まった裏側が報告されましたが、それによると出典が日本の古典のものもあったそうですが、最終的に残ったものはすべて中国古典だったとか。新元号は既に決まっていながら《戒厳令》が敷かれて表には出ていませんが、天皇の崩御でなく退位という新しい形で始まる今回の元号ですから、個人的には日本の古典を出典とするものであってもいいように思います。
ところで、メディアが今一番心配しているのは、エイプリルフールにかけて《興味本位・いたずら目的》でデタラメな元号がSNS等で出回ることだそうです。いたずらにも《程度》があるのですけれどねぇ。

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